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今までで一番嬉しい

 因島大橋は、お化けのような大きな橋だったけれど、なんと秘密の道を持っていた。

「橋の下を歩けるぞ」

 お父さんはななを連れて、パーキングエリアから伸びる細い道をどんどん歩いて行った。

 しばらく歩くと、さっき車で通った橋に着いた。そこには橋の下に自転車や人が通れる道があった。

 大きくて頑丈な橋だと分かっているのに、それでもななは足がすくんだ。橋の下に見える海があまりにも下にあり、空の中に浮いているようで落ちてしまいそうだった。

 怖がるななにお父さんが手を差し出した。

 まるで魔法の国に入り込んだようだった。

 お父さんがぬいぐるみを3個買ってくれて、そうして、まさか……

 こんなことが起きるなんて……

 お父さんがななと手を繋いで歩いてくれるなんて!

「うれしい、すごくうれしい!」

 お父さんは黙っていた。

「ななね、今日は今までの中で一番嬉しい。ネズミ―ランドに行きたいってずっとお願いしていたでしょ? ななはね、もうネズミーランドに行くのと同じくらい今嬉しいよ。お父さんありがとう!」

 手を繋いで、橋をどんどん歩いた。見上げる天井から時々、ゴウンゴウンと音がした。きっとななとお父さんの頭の上を車やトラックが走っているのだ。

 どんなに揺れても、すっごく高くても、ななは怖くないよ。だってお父さんが手を繋いでくれたから。

 登ったばかりのお日様が、海をキラキラとさせた。

 大きな船がちょうど橋の下を通るところだった。

 すごいな、大きな白い橋、青い海、黒い煙が出る赤い煙突の船。心がウキウキ、ウサギのようにぴょんぴょん跳ねちゃう。なんて面白い所だろう!

「お父さんありがとう!」

 もう一度言っても、お父さんはななの顔を見なかった。

 そしてやっぱり……

 お父さんは何も言わなかった。

 



 おばあちゃんの家と言われて車を降りた場所は、庭に草がぼうぼうに生えた、古い家だった。

 家のさらに奥隣には、もっと草が高く茂って、半分崩れたような家が見えた。明るい陽の中でも薄気味悪い場所で、東京のマンションに暮らすねねには、初めて見る青い瓦屋根や、錆びた郵便受け、そして蜘蛛の巣がはった木の箱の牛乳受けなどが、ただただ不気味だった。


 おばあちゃんはいた。けれど初めて会う知らない人だった。


 白と黒が混ざった灰色の髪の毛を、後ろで結んでいた。肌の色は茶色でしわがたくさんあり、戸を開けるとしばらく黙ってねねの顔を見ていた。

 それから「いらっしゃい」と言った声は低くてちょっと怖かったけれど、そのあと「良く来たね」とすこし笑ってくれた。

 お受験の勉強で、お母さんのお母さんと、父さんのお母さんと二人のおばあちゃんがいることは知っていた。だから、初めて会うもう一人のおばあちゃんなのだと思った。

「こんにちは」とあいさつした。頭を下げて、それから「お邪魔します」と言って靴を脱いで、後ろを向いて靴をくるんと回してそろえた。お受験のお勉強でお母さんと何度も練習した挨拶だから、上手にできた。

 家の中は歩くとギシギシ音が鳴った。畳の部屋に入ると、ガラスのはまった戸が半分開いていて、隣に台所が見えた。テーブルがびっくりするぐらい低くて、正座して座布団の上にのった。何もかもが古い。壁は砂が固まったようになっていて、キラキラした金の粉が入っていた。

 

 しばらくおばあちゃんとお父さんはお話していたけれど、お父さんはそのまま玄関に行ってしまった。

 慌てて追いかけると、お父さんが靴を履いている。

「もう帰るの?」

「ここにいなさい。お父さんは手続きがあるから」


 お父さんはななを、知らない場所の、知らないおばあちゃんの、知らないお家に置いて、出て行った。

 すぐ帰って来ると思った。

 そうしたら車に乗って、お家に帰るのだと思った。

 ななと、とおると、お母さんと、お父さんのお家に……

 

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