表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/2

大事なことは言わない

「どうして言ってくれなかったの?」

 ねねは、お母さんの怒鳴り声で目が覚めた。

「ねえ、なんで? 言わなければそのまま何とかなると思ったの? どうして? こうなる前に言う時は何度だってあったでしょう?」

 ベッドを降りて、そうっとリビングルームを覗き込んだ。

 お母さんが怒っていた。何度もお父さんに「どうして、ねえどうして言ってくれなかったの?」と繰り返し叫んでいた。そして泣いていた。

 そうして…… お父さんはただ黙っているだけだった。


 そう、お父さんは何も言わなかった。


 それからお母さんは弟をつれて出て行った。

 『りこん』になったのだ。


                  ◇◇◇   ◇◇◇


「ねね、起きなさい。もうすぐ橋だよ」

 お父さんの声で、ねねは自動車の後ろの席で寝ていた体を起こした。真夜中にお家を出て、お父さんの運転する車に乗り、暗い高速道路をどこまでも走った。

 あたりはうっすらと明るくなっている。車はななを乗せて走り続け、いつのまにか朝になったのだ。

 白い見上げるような塔が目の前に見えた。

 車は大きな橋を渡っていた。そして左側にも同じような白い大きな橋が見えた。


 おかしいなと思った。


 だっておばあちゃんの家に行くからと、お父さんは言ったのに。

 ここは知らない場所だった。

「でっかい川がある」

 橋の下には青い水の川が流れて、遠くに船が見えた。

「川じゃあないよ、これは海だ。尾道水道」

「すいどう?」

 ねねが聞き返しても、お父さんは返事をしない。それはいつものことだった。お父さんとのお話はいつ始まるか、そしていつ終わるのかがねねにはよく分からなかった。聞いても答えてもらえないことに、いつの間にか慣れていた。

 ねねはキッチンの水道からでる水を思い出し、すいどうなら美味しいお水にだろうと考えながら、窓の外に見える川のような海を見た。車はスイスイ進んで、山の緑の中に入り、すぐ右側に大きな緑色の岩が見えた。

 岩はまるっこくで天辺がとんがっている、ななは栗みたいだなと思った。

 奇妙なことに岩には縦長の長方形に線がついていた。そしてその長四角だけ茶色になっている。

 あの大きな岩には扉がついている……

 それはどう見ても、扉に見えた。


 あの扉が開いたらどこに行けるのかな?


 大きな岩に朝の光が当たって、今にもその不思議なドアが開くのではと、ねねは少し怖くなった。


「しまった、通り過ぎた」

 行くはずだった向島を通り過ぎてしまったから、因島で引き返すとおとうさんはつぶやいた。車はどんどん高速道路を進む。そうして目の前に、どでかい橋が現れた。

 さっきの橋も大きかったけれど、これはもう橋のお化けのよう。両側のパイプのようなものが、天に向かってぐーんと伸びていく。ジェットコースターが登っていくようだ、そしてパイプは一番上までいくと、今度は勢いよく下に向かっていく。

 ああージェットコースターが落ちていくよ!

 車に乗っているのに、大きな橋の体に吸い込まれてしまいそうで、思わず「わー!」と声をあげた。

 はるか下に、海が見える。まるで空を走っているようだ。

 ねねはおばあちゃんの家に行くことも、そしてここがねねの知っているおばあちゃんの家の近くでないことも、頭からすっかり消えて、ただ、ただ大きな橋のお化けに心を奪われた。


 お父さんはパーキングエリアに車を泊めた。車を降りると大きなトラックがたくさん停まっていた。朝一番のお客さんになって、トラックの運転手さんたちと、ねねとお父さんは開店したばかりの食堂に入った。

 今までは、外でご飯を食べる時は、お母さんと弟のとおると一緒だったから、お父さんと2人なのはとてもドキドキした。

 でも、もうすぐ小学1年生になるのだ。

 ねねだって、一人でごはんも選んで食べられるのだ。

 うどんを食べると、お父さんと一緒に売店を見た。

 そこに四角い形の大きなぬいぐるみがあった。


 かわいい、すごくかわいい! そのぬいぐるみがすごく欲しくなった。

 きみどり色と黄色と、そしてピンク色があった。丸い目に、丸い鼻、そうしてにっこり笑っている。頭には何故か車が乗っていた。

「あれ可愛いなあ」

「そうか買ってやろうか」

 驚いたことに、お父さんがぬいぐるみを買ってくれると言う。今までそんなことは1度も無かった。お父さんがねねやとおるにお店で何かを買ってくれたことは無い。そもそも、何かを欲しいとか、やりたいとか、そういうことは全部お母さんに言っていた。

 お父さんはねねたちに何も聞かない。お母さんに言われたことをするのがお父さんだった。

 今日は違う。お父さんがねねのために欲しい物を買ってくれるのだ。あまりの嬉しさに、返事ができなかった。

 ランドセルと同じくらい大きなぬいぐるみ、本当に買ってくれるのだろうか?

「何色が良い?」

 聞かれたけれど、選べなくて固まっていると、信じられないことが起きた。

「迷うなら、全部買えばいい」

 お父さんは大きなぬいぐるみを棚から取った。きみどり色と、黄色とピンク色。

 お父さんはレジで一番高いお金のいちまんえん札を出した。そうしたら、おつりが百円1こだった。そんなに高いものをねね1人のために買ってくれたのだ。

 売店のおばさんが、3個買うのかと驚いて、袋に1つずつ入れて3つの袋を渡しなが「これはわたる君といって、しまなみ海道の橋のキャラクターなのよ」とぬいぐるみの名前を教えてくれた。

 ねねはさっき渡った橋のお化けを思い出した。

 さっき見た橋の上の、大きな四角い形。

 わたるくんは橋なのだ。だから頭に車が乗っているのだとわかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ