プリンター・ストライキ事件
研究室でいちばん大事な設備は、核磁気共鳴分光装置ではない。
高性能計算サーバでもない。
教授がドイツから買ってきた、値段だけならコンビニ三軒分くらいするらしいのに、説明書が厚すぎていまだに誰も完全には理解していない分析装置でもない。
プリンターである。
特に卒業シーズンには。
卒業シーズンのプリンターは、研究室の文明を一身に背負っている。
卒業論文、予備審査の書類、発表原稿、学会ポスター、立替精算書、そしてなぜか紙で提出しなければならない「電子版確認票」。
だから、新しく配属された学部生が初めて印刷ボタンを押し、プリンターが長い悲鳴のような音を立てたとき、研究室全体が静まり返った。
その音は説明しづらかった。
機械の故障音とは少し違った。
新人くんはプリンターの前で、手を宙に浮かせたまま固まっていた。
「すみません」
彼は研究室に来てまだ三日目だった。白いシャツを着て、リュックを背負い、話す前に必ず相手の表情を一度確認する、とても礼儀正しい学生だった。
指導教員は、まず環境に慣れなさいと言った。
私たちは、まずプリンターに慣れなさいと言った。
理にかなっている。
研究室の本当の入門儀式は、文献を読むことでも、ゼミに参加することでもない。最初の一枚を無事に印刷することなのだ。
博士課程の先輩が歩いていき、プリンターの前カバーを開けた。
「紙詰まり」
私たちはほっとした。
紙詰まりは、プリンターの正常な情緒の揺れである。
博士の先輩は紙を抜き、カバーを閉め、機械をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫。卒業シーズンはこいつもストレスたまるから」
新人くんはまた頭を下げた。
「すみません」
隣に座っていた先輩が言った。
「謝らなくていいよ。防衛反応を引き出しただけだから」
新人くんの顔色がさらに白くなった。
私は言った。
「冗談だから」
先輩は言った。
「冗談じゃない」
先輩は研究室で最も強固なオカルト派だった。
実験、データ、再現性を基本信仰とする理系研究室において、彼女はプリンターには性格があり、インキュベーターには機嫌があり、遠心機はクラシック音楽を好み、教授のコーヒーカップはゼミの空気圧に影響すると固く信じていた。
彼女はかつて、プリンターの横に「いつもありがとう」という付箋を貼り、設備の士気を改善すべきだと真剣に提案したことがある。
博士の先輩は迷信だと言った。
先輩は言った。
「じゃあ説明してよ。なんであなたが論文を出す前は、毎回こいつ紙詰まりするの?」
博士の先輩は言った。
「毎回、論文を出す前に二百ページ印刷してるからだよ」
先輩は言った。
「ほら。疲れてるんだよ」
そのとき私たちはまだ知らなかった。彼女のオカルトは科学的ではないが、精神的支援としては非常に有効だということを。
最初の紙詰まりで、事件は終わるはずだった。
だが翌日、新人くんは実験安全マニュアルを印刷しに来た。
彼はプリンターの前に立ち、両手でファイルを丁寧に持っていた。何かの神に供物を差し出す人のようだった。
「印刷してもいいでしょうか」
私が言った。
「もちろん」
先輩がすぐ顔を上げた。
「それはプリンターに聞いたほうがいい」
新人くんは少し迷い、プリンターに向かって言った。
「印刷させてください」
プリンターは沈黙した。
新人くんは印刷を押した。
画面が二度点滅した。
そして表示された。
用紙がありません。
私たちは給紙トレイを見た。
満杯だった。
とても満杯だった。
博士の先輩がトレイを開け、閉めた。
まだ用紙がありません。
もう一度開け、閉めた。
やはり用紙がありません。
博士の先輩の目つきが変わった。
「センサーの問題だな」
先輩が言った。
「違う。拒絶してる」
新人くんは一歩下がった。
「僕をですか」
先輩は言った。
「現時点では否定できない」
私は新人くんをいったん席へ戻らせた。
彼が席へ戻ったあと、博士の先輩がもう一度印刷を押した。
プリンターはすぐに動き始め、問題なく一枚目を吐き出した。
研究室は再び静まり返った。
先輩がゆっくり背筋を伸ばした。
「ほら」
博士の先輩は言った。
「偶然だ」
先輩は言った。
「科学の果ては偶然である」
博士の先輩は言った。
「科学を侮辱するな」
三日目、新人くんは自分の研究計画書を印刷した。
今度は全員が見ていた。
新人くんはプリンターの前に立ち、慎重にファイルを開き、慎重に印刷を選び、慎重に確認を押した。
プリンターが動いた。
そして一枚の紙を吐き出した。
紙には全面、文字化けが印刷されていた。
普通の文字化けではない。
古代の呪文のように見える文字化けだった。
先輩はその場で写真を撮った。
新人くんはその紙を手に取り、「自分は研究に向いていないのではないか」という顔をした。
その表情はあまりにも深刻だった。
研究室の全員がすぐに彼を取り囲んで励ました。
「君のせいじゃない」
「プリンターはもともとこういうやつだから」
「自分を疑わないで」
「研究とプリンターは別物だよ」
先輩が言った。
「でも、プリンターをうまく使える人は、研究もだいたいうまくいく」
博士の先輩は彼女を励ましの輪から追い出した。
四日目、プリンターはトナーを認識しなくなった。
五日目、白紙だけを印刷した。
六日目、新人くんがプリンターのそばへ歩いていっただけで、まだ何も押していないのに、自動的にメンテナンスモードへ入った。
これはもう普通の故障ではなかった。
連続事件である。
そこで、卒業シーズンでもっとも忙しく、本来なら絶対に会議など開いてはいけない時期に、私たちは特別会議を開いた。
会議名は博士の先輩がつけた。
「プリンター異常現象の原因分析および再発防止会議」
先輩は改名を提案した。
「プリンター連続殺人事件・第一回捜査会議」
投票した。
後者が圧勝した。
博士の先輩は苦しそうだった。
会議は午後三時に始まった。
参加者は、私、博士の先輩、先輩、論文を書きすぎて目の焦点が合っていない修士の先輩、そして事件の中心人物である新人くん。
新人くんは一番端に座っていた。職員室に呼び出された高校生みたいだった。
博士の先輩が投影を始め、一晩で作った表を見せた。
表には、直近六回の印刷トラブルの詳細が並んでいた。
印刷日。
印刷時刻。
操作者。
ファイル形式。
印刷枚数。
両面印刷の有無。
カラー印刷の有無。
当日の湿度。
プリンター状態。
新人くんからプリンターまでの距離。
先輩によるプリンター気分の主観判定。
最後の列は、先輩が強引に追加したものだった。
内容はこうだった。
「いらいら」
「警戒」
「明らかな敵意」
「少し引退したがっている」
博士の先輩は表を指しながら言った。
「現在のデータを見る限り、異常は新人くんの存在と高い相関がある」
新人くんはうつむいた。
「すみません」
博士の先輩はすぐ言った。
「責めてるんじゃない。変数だ」
先輩が補足した。
「君は人間ではない。変数だ」
新人くんはさらに悲しそうになった。
私は言った。
「この人はいつもこういう言い方だから、気にしないで」
先輩は言った。
「変数に良し悪しはない」
博士の先輩は続けた。
「対照実験が必要だ」
こうして研究室は正式に調査段階に入った。
実験一。新人くんが研究室にいない状態で、私が彼のファイルを印刷する。
成功。
実験二。新人くんは自分の席に座り、私がプリンター横で確認を押す。
成功。
実験三。新人くんがプリンターから二メートル離れて立ち、私が確認を押す。
成功。
実験四。新人くんが一メートルまで近づく。
用紙がありません。
紙は満杯だった。
博士の先輩は言った。
「距離が重要因子だ」
先輩は言った。
「縄張り意識があるということだね」
実験五。新人くんが入口に立ち、顔だけ出してプリンターを見る。
正常。
実験六。新人くんが一歩近づく。
プリンターが突然エラーを出した。
前カバーを閉じてください。
前カバーは最初から閉まっていた。
先輩が立ち上がった。
「支離滅裂なことを言い始めた」
博士の先輩は考え込んだ。
「センサーが干渉を受けているのかもしれない」
私は新人くんを見た。
彼はまっすぐ立ち、両手を体の横に下ろしていた。最終判決を待っている人みたいだった。
その夜、先輩はオカルト案を出した。
彼女はプリンターの横に小さな塩の包みを置いた。
博士の先輩が見つけて聞いた。
「これは何だ」
「浄化」
「ここは研究室であって祭壇ではない」
「祭壇なら、少なくとも働くよ」
塩の包みは没収された。
翌日、先輩はプリンターに付箋を貼った。
ちゃんと働いてください。みんな卒業したいです。
今度、博士の先輩は剥がさなかった。
彼も卒業したかったからだ。
奇跡が起きた。
その日の午前中、プリンターは丸二時間、正常に動いた。
先輩はとても得意げだった。
「ほら、設備への敬意は大事なんだよ」
博士の先輩は言った。
「午前中、新人くんは来ていない」
先輩は言った。
「空気を壊さないで」
午後、新人くんが来た。
彼はプリンターの前で一礼した。
プリンターは予熱を始めた。
半分だけ紙を吐き出した。
詰まった。
先輩は付箋をじっと見つめ、長く沈黙してから言った。
「もしかすると、新人くんの誠意がまだ足りないのかもしれない」
三日目、オカルト案は高度化した。
先輩は印刷前に手を洗うよう新人くんに勧めた。
新人くんは従った。
プリンターはエラーを出した。
先輩は印刷前にしゃべらないよう勧めた。
新人くんは従った。
プリンターは文字化けした。
先輩は印刷前に「悪意はありません」と言うよう勧めた。
新人くんは従った。
プリンターは三秒沈黙し、その後こう表示した。
不明なエラー。
先輩は息をのんだ。
「理解したんだ」
博士の先輩はついに耐えきれなくなった。
「不明なエラーは理解したという意味ではない」
先輩は言った。
「理解したから不明になった可能性を、どうして否定できるの?」
そのとき、教授が研究室の入口を通りかかった。
全員が硬直した。
教授はプリンターの前に集まる私たちを見て、それから画面の「不明なエラー」を見た。
「まだ直らないのか」
博士の先輩は即座に言った。
「故障解析中です」
教授はうなずいた。
「明日までに論文の初稿を印刷して持ってきなさい」
そう言って去っていった。
研究室は、判決を受けた直後のように静かになった。
プリンターが小さく音を立てた。
先輩が言った。
「あいつ、笑った」
私は最初から調べ直すことにした。
毎回の故障が新人くんの接近と関係しているのなら、彼自身に何か共通要因があるはずだ。
私は新人くんに、印刷時の状態を思い出してもらった。
「緊張してた?」
「してました」
「服は毎回同じ?」
「違います」
「スマホは持ってた?」
「持ってました」
「みんな持ってるね」
「腕時計は?」
「してません」
「毎日身につけてるものはある?」
新人くんは考え、襟元からペンダントを取り出した。
銀色の小さな丸い札で、外側には奇妙な模様が刻まれ、中央に黒い金属のようなものが埋め込まれていた。
「これです」彼は言った。「祖母にもらったお守りで」
先輩はすぐ一歩下がった。
「やっぱりお守りが出てきた」
「見せて」
新人くんがペンダントを渡すと、博士の先輩は手に取り、眉を少し寄せた。
「磁性がある」
そう言って、彼はクリップを一つ近づけた。
クリップはぱちんと吸い付いた。
研究室全員が沈黙した。
先輩が小声で言った。
「親族愛の磁場」
博士の先輩は無視した。
彼はペンダントを持ってプリンターのそばへ行き、右側のセンサー付近へ近づけた。
プリンターの画面がちらっと点滅した。
表示。
給紙トレイが装着されていません。
博士の先輩がペンダントを離す。
プリンターは正常に戻る。
もう一度近づける。
給紙トレイが装着されていません。
離す。
正常。
新人くんは愕然とした。
「つまり、これですか?」
博士の先輩は言った。
「強い磁気が、給紙やトナー認識のセンサーに干渉していた可能性が高い」
私はプリンターの横の壁を見た。
その壁の向こうは、核磁気共鳴分光装置のある機器室だった。
当時、研究室がプリンターをここに置いた理由は、この角だけが電源、LANケーブル、そして古紙を積むスペースを同時に備えていたからだ。隣が大型磁場装置の部屋であることについては、みんな選択的に忘れていた。
博士の先輩は説明を続けた。
「プリンター自体が古く、センサーが敏感になっている。そこに隣の磁場環境がある。新人くんが紙を取ろうと身をかがめたり画面をのぞいたりするとき、ペンダントがセンサー位置に近づいて、いろいろな不具合が出たんだと思う」
先輩は考え込んだ。
「つまり、プリンターは新人くんが嫌いだったわけじゃない」
新人くんはほっとした。
先輩は続けた。
「新人くんのおばあちゃんの愛が嫌いだったんだ」
私は言った。
「聞かなくていい」
博士の先輩はペンダントを外し、三メートル離れた場所に置いた。
新人くんはもう一度、印刷ボタンを押した。
プリンターは安定して予熱した。
給紙。
印刷。
排紙。
完全な研究計画書が一枚、出てきた。
研究室に拍手が起こった。
新人くんはその紙を持ち、目を輝かせた。
「成功しました」
博士の先輩は言った。
「成功したのはプリンターだ」
先輩は言った。
「いや、これは科学とオカルトの共同勝利だよ」
博士の先輩は言った。
「オカルトはない」
先輩はプリンターを指した。
「じゃあ説明して。付箋を貼った日の午前中、どうして二時間も正常に動いたの?」
「新人くんが来ていなかったからだ」
「ほら。新人くんが来なくて、安心したんだ」
私たちはそれ以上議論しなかった。
プリンターがようやく正常に動くようになった。
卒業シーズンの研究室にとって、それだけで信仰を取り戻すには十分だった。
再発防止のため、博士の先輩は新しい規則を作った。
1. 磁性のある物品をプリンターに近づけないこと。
2. 新人くんは印刷時に一礼しなくてよい。
3. 先輩は設備のそばに塩を置かないこと。
4. 先輩は無断で設備に対する儀式を行わないこと。
先輩は第四条に強く抗議した。
「もし設備に感情があるなら、これは傷つける行為だよ」
博士の先輩は言った。
「もし設備に感情があるなら、今いちばん離れたい相手は君だ」
数日後、研究室では小さなお祝いが開かれた。
新人くんはケーキを持ち、プリンターに一礼した。
博士の先輩が言った。
「もう拝まなくていい」
新人くんは言った。
「癖になりました」
先輩はうなずいた。
「畏敬の念は大事だよ」
博士の先輩は言った。
「黙ってて」
そのとき、研究室の隅にある電子レンジが突然「ボン」と音を立てた。
扉の隙間から、少し煙が出た。
全員がゆっくり振り向いた。
新人くんは電子レンジの前に立ち、温めようとしていた弁当を手に持っていた。
研究室は再び静まり返った。
電子レンジが最後に短く音を鳴らした。
新たな事件の開始を告げるように。
先輩はゆっくりとケーキを置いた。
「諸君」
「科学とオカルトの戦いは、まだ終わっていない」




