人の苦しむ顔は好きですが
そんなアリシエールの目の前にいたのは、ライカと『煙星四天王』百合ヶ丘の2人。
どちらも肩で息を切り、アリシエールに手も足も出ない状態だった。
ヴリーブァの居た場所から、2人へと視線を戻したアリシエール。
「......あぁ、すまない。うちの観測者共が次々とヘマをしているようでね。」
肩をすくめて軽く笑うアリシエールに対して、2人は険しい表情を浮かべていた。
沈黙を破ったのはアリシエール。
その身体が僅かに動いたのを認識する頃には、百合ヶ丘の体を一陣の風が突き抜けていた。
「ッ!!」
百合ヶ丘が先程まで存在していた場所を、青白い矢が通り抜ける。
直前に能力『欠乏する空間』を発動し、横方向に酸素を噴射する事で回避していなければ、今頃あの矢が百合ヶ丘の腹を貫いていただろう。
「流石に、そう何回も当てられるものではないか。」
残念そうな表情を見せるアリシエールへ、ライカが脚を踏み込んで接近した。
「はあっ!」
切り上げた剣を後ろに下がって回避し、続けて振り下ろされた剣も同じように回避。
ライカの腕へアリシエールは躊躇なく蹴りを放ち、剣でガードされた事を確認するとすぐさま右手を前に伸ばした。
「っ!」
2度の発砲音。
アリシエールの指から脚に向かって放たれた『空気の弾丸』をステップで回避。
剣で刺突を放つも、手首ごと掴まれてしまう。
そしてもう一度、発砲。
「ぐうっ.....!!」
ライカが苦痛に膝を折る。
ほぼゼロ距離での発砲を受けた脇腹の装甲に穴が開き、赤い血が漏れ出ていた。
一瞬動けなくなった隙に顔を動かし、すぐさま百合ヶ丘に狙いを付けるアリシエール。
地を蹴って瞬で詰め寄り、回避の暇さえ与えずにその腹部へと手を添えた。
「『空気砲』!」
添えた手のひらから気泡が出現。
破裂するかのように拡散し、百合ヶ丘を吹き飛ばした。
寸での所で能力を発動し、酸素で内臓を包む事で内臓への致命的なら損傷は免れたが、それでも負担は大きい。
「がはっ.....」
食堂部分が傷付き、咳ともに吐血。
床に飛び散った自身の血液を見て、百合ヶ丘は心底不愉快そうな表情でアリシエールを睨んだ。
「私は人の苦しむ顔は好きですが、自分が苦しいのは大嫌いなんですよ。」
「そうか。ご希望に添えなくて、すまないな。」
全く謝る気のない返事を返したアリシエール。
百合ヶ丘の前に再び急接近し、手のひらを構えた。
アリシエールの手のひらから、気泡が生み出される。
「させませんっ.....!」
再び放たれる『空気砲』を、ライカが許さない。
側方から蹴りを放ち、アリシエールと百合ヶ丘との距離を引き離す。
自身に照準を変更され、発射された『空気砲』を剣で受け止めた。
爆発するような音と、鉄が揺れ響く音とが混じり合う。
「私はまだ、倒れていませんよ!」
刀身から腕に伝った衝撃に痺れを感じながらも、大きく脚を開いて耐える。
一発受け止めるだけで精一杯だったライカへもう一度、アリシエールは『空気砲』を構えた。
もう一度正面から受ければ、間違いなく崩される。
ライカは剣を片手に持ち替え、開いた左手で魔術を発動。
「自然錬成魔術...『凪凪丘』!」
放たれた『空気砲』に向かって柔らかい風が吹く。
柔らかい風は『空気砲』を包み込むように衝撃を吸収し、ライカへ到達する前に相殺した。
だがアリシエールの攻撃は、これだけでは終わらない。
『空気砲』を相殺しているうちに距離を詰め、上半身を翻してライカに猛攻を仕掛ける。
ライカは一歩、また一歩と足を下げながら、舞踊の如きアリシエールの脚技を防いでいく。
「ほら、防御だけじゃ身がもたんぞ。」
「くっ.....!」
息が詰まりそうな猛攻の中、僅かに生まれた余裕を見つけて魔術を編むライカ。
「おっと。」
しかしそれを、アリシエールが見逃している筈がない。
指を構え、ライカの左手へ『空気の弾丸』を発砲。
装甲を掠め、バランスを僅かに崩した所を狙って回し蹴り。
さらにもう半回転して横蹴りを放ち、ライカを突き飛ばした。
「ああっ!!」
弧を描いて後方へ吹き飛ぶライカ。
それを追うように駆けたアリシエールが、空中のライカへ空気の弾丸を見舞うべく指を構えた。
その瞬間。
「.....!!!」
アリシエールは、ある事に気が付く。
振り向いた時には、もう遅かった。
一瞬にしてその目がぐるりと回転し、仰向けに倒れるアリシエール。
口から空気の塊を吐き出した後、彼女の身体は動きを止めた。
「ふーっ.....ふぅ。」
薄い呼吸を整えた後、百合ヶ丘がため息を吐く。
『欠乏する空間』。
その能力は、『酸素を操る能力』。
百合ヶ丘はライカが交戦中、その背後に大きな酸素の『膜』を作っていた。
要は大気が外に漏れないよう囲っておく、大気圏のようなものを擬似的に作り出したのである。
そしてライカがアリシエールの攻撃を受け、追撃する形でアリシエールが走り。
その『膜』へ、足を踏み込んだ。
大気は見えず、聴こえず、匂わない。
そんなものがある事など気付くはずがないアリシエールは、まんまと百合ヶ丘の仕掛けた罠に嵌ったのだ。
『膜』の内部にある空気から、全ての酸素を取り除く。
酸素が無い空間は、たった数回の呼吸で失神・昏睡に陥ってしまう恐ろしい場所。
絶大な身体能力を誇る『観測者』にも関わらず、アリシエールは負け惜しみを言う暇も無く失神させられたのだ。
「私を怒らせたのが悪いんですよ....本当は、もう少し苦しむ顔が見たかったんですけどね。」
百合ヶ丘はそう言って不満げな表情を見せた後、力が抜けたようにその場へ座り込んだ。
『9番目の観測者』アリシエール。
酸素の欠乏により、敗北!
「はぁ、はぁ、はぁ......。」
眩しいほど輝く光の階段を、チミーは駆け上がっていく。
みんなが下で戦っている間に、何とかして『星の管理者』と決着をつけなければならない。
そんな思いを抱え、ただ一心に階段を登っていた。
凄まじい速度で駆け上がったチミーはようやく『地面』に到達する。
しかしまだ上があるようで、遠くに薄らと光の階段が見えた。
あそこへ行けばいいのか。
再び足を踏み込んだチミーへ、一人の『観測者』が立ち塞がる。
ライカを暴走させ、ヴァルグリーズを起動した『コインの女』だ。
清潔な深緑の軍服が、隙の無さを表している。
「『観測者』.....!!」
力を抜いて余裕の様子を見せる『観測者』に対し、チミーは警戒心を張り詰めて自然と構えを取っていた。
「そういや、君と私は面識なかったんだっけ。」
「アンタ、私を知ってるの?」
「そりゃあ、当然。」
『観測者』はコインを弾き、空中で掴む。
「あの未熟な騎士ちゃんとも、再生する巨大ロボットとも、戦ってたでしょ?」
『観測者』が放ったその言葉に、チミーはようやく事を理解した。
ゴーグルで目の様子は見えないが、怒っているのが十分に分かる。
「アンタが、ライカをあんな風にしたってワケね。」
「そ。あの子もロボットも、同じ『暴走の宝珠』による力を浴びたの。まぁ、前者は複製品だったけどね。」
「────ッ!!!」
のんびりと話す『観測者』へ、チミーが仕掛けた。
しかし音速で放った拳は、『観測者』の手によって柔らかく受け止められる。
「まぁまぁ、そう焦んないでよ。」
チミーの拳を受け止めた手のひらをぐるりと回転させた『観測者』。
次の瞬間、チミーはそこに莫大なエネルギーを『視た』。
─────ッ!!!
轟轟。
衝撃が走り、空気がチミーを殴り付ける。
先ほど放った拳と同等の威力を返され、チミーは後方へ吹き飛んだ。
『観測者』はチミーの拳を受け止めた姿勢のまま、フッと軽い笑みを浮かべている。
「ざーんねん。私に攻撃は、一切通じないんだ。」
『観測者』はそう言うと、手のひらにボール大の球体を出現させた。
それを見たチミーの表情が、動揺へと変化する。
それもそのはず。
彼女が手に持っていたのは『宝珠』だったのだから。




