人間は、一人じゃない。
チミーに2度も一方的な攻撃を受けてしまったクルグラの顔は、中性的で美しかった先程とは別人のように歪んでいた。
怒りに顔を支配され、激しい視線をチミーに向けている。
「あーあ。クルグラ、完全にキレてるねぇ。」
「プライド高いからな.....あんな醜態を晒しちゃ、怒るに決まってるだろう。」
『地面』から地上を眺めていた、2人の影が話していた。
片方は肉団子のように丸い体型をした男。
『2番目の観測者』バラボンド。
もう片方は、青色のポニーテールとつり上がった目が特徴の女。
『9番目の観測者』アリシエール。
バラボンドが、アリシエールに問いかける。
「けどあの人間の子、結構危険だよね?俺らも行った方がいいかな。」
「ん...そうだな。クルグラ一人でやるには、少々荷が重い相手かもしれん。」
彼の言葉に頷いたアリシエールが、『地面』から飛び降りた。
追従するように飛び降りたバラボンドを見送った『観測者』の一人が、小さく笑みを浮かべる。
指に挟んでいたコインを弾いた後、空中でそれを掴む。
黒いロングヘアーに、深緑色の軍服を着た女性。
『暴走の宝珠』を使ってライカを暴走させ、ヴァルグリーズを起動させた人物だ。
「...随分、余裕だな。」
隣に立っていたもう一人の『観測者』が、仮面越しに声をかける。
純白の鎧と仮面に身を包み、2メートル近くある巨体でそびえ立つ男だ。
コインを弾いた『観測者』は、そんな彼の方を一切見ようとせず、地上の戦いを眺めながらニコニコと笑みを浮かべる。
「いやぁ、面白くなってきたなーって。」
「...面白い?」
鎧の『観測者』が頭を動かすと、コインの『観測者』が頷く。
「うん。だって『管理者』サマが一方的に人類を滅ぼすとか、つまんないじゃん。イレギュラーがあってこそ、面白いでしょ?」
「...理解出来んな。」
呆れたようにため息をつく鎧の『観測者』。
そんな彼の言葉に対して怒ることもなく、コインの『観測者』は淡々と話を続けた。
「ま、君は理解できなくて当然だよ。ずーっと『管理者』サマに付きっきりで、業務の遂行を見届けるだけ。私達とは違って、自由に地上へ行って観光とかできないもんね。」
「私はこの立場に満足している。....とにかく、私の役割は『管理者』様を守る最後の防衛線。イレギュラーを楽しむなら、私の負担を増やさない領域で頼む。」
「はいはい。」
その場を去った鎧の『観測者』を背中越しに見送りながら、彼女はもう一度コインを弾いた。
ついに『本気』を引き出したクルグラと、『蠱毒』の力を解放したチミーとがぶつかり合う。
宙を駆ける稲妻をステップで避け、天から降り注ぐ巨大な氷塊を殴り壊す。
圧倒的なスピードによって雪崩のように飛び散った破片を回避する。
お返しと言わんばかりに同じ氷塊を創り出し、拳で砕いた後、クルグラの全身へ突き刺した。
突き刺さった破片を操作し、クルグラの内側へねじ込ませる。
「がぁぁぁっ!!」
全身から血を吹きながら、クルグラは地面に両手を付く。
しかし、チミーにも異変が起こっていた。
「うっ...」
ズキリと突き刺さるような頭痛を覚え、チミーは片手で側頭部を押さえる。
体から力が抜け、片膝をついた。
直後、空から2つの影.....『2番目の観測者』バラボンドと、『9番目の観測者』アリシエールが地上に降り立つ。
チミーはバラボンドを睨み、頭痛の正体を言い当てた。
「『重力』か.....!!」
全身を強い力で押さえつけられるような感覚。
重力によって脳内の圧力が変化し、頭痛が発生。
通常の人間であれば一瞬で潰れるほどの重力によってチミーは頭痛に苛まれ、能力を満足に使用できない状況となっていた。
「ふっ!!」
地面に這いつくばった状態だったクルグラが顔を持ち上げ、チミーに向かって走り出す。
頭痛に気を取られ、一瞬反応が遅れたチミーは顔面に膝蹴りを受けてしまった。
後ろによろめいた隙を狙ったアリシエールが指を構えると、チミーの肩に穴が穿たれる。
「痛っ.....!!」
まるで拳銃で撃たれたかのような激痛と熱。
開いた傷穴から溢れる血を押さえるチミーの前に、3人の『観測者』が立ち塞がる。
「くっ......」
「『観測者』が人間相手に3対1で戦うなんて屈辱ではあるが。そうも言っていられないんでね。」
そう言ってチミーに手を向けたバラボンド。
しかしその直後。
彼の冷徹な視線が開き、チミーからその背後へ向けられた。
「人間は、一人じゃない。私たちはまだ...倒れてないよ。」
振り向くと、そこには桜の姿が。
いや.....さらに後ろに、何百人もの戦士達が立っていた。
「3対1で戦って屈辱?バカ言え、こっちは数百人いるんだぜ。上にいる奴ら全員、降ろしてこなくて大丈夫か?」
「俺達の目的は最初からずっと一緒。『全力でサポートするだけ』だ。」
「染口さん。」
ディーン、景野と次々に前へ出てくる戦士達の中で、酒城がチミーの元へ駆け寄る。
腰に装着していた装置を、チミーに手渡した。
「これは『宝珠』を収納した特殊な機械。.....『宝珠』を、君に託す。」
酒城は自身が宝珠の『器』では無かった事を、クルグラとの戦いで十分に思い知った。
であれば、今この場で最も強い人物.....『蠱毒』の力を纏ったチミーに託そう。
彼はそう考えたのだ。
「地上は任せろ。『星の管理者』を.....ぶっ飛ばしてきてくれ!」
チミーは手渡された機械を握り、強く頷く。
「.....わかった!」
そんなチミー達の様子を観察していたバラボンドとアリシエール。
バラボンドは一度手を下ろしたものの、再び『重力』を放つべく人間達に手を向けた。
しかし、彼の背後に現れた人物が、それを許さない。
「お前の相手は、俺だ。」
ゾクリと背筋が凍るような感覚。
バラボンドの全身に、背後から伸びる黒い手が張り付いていた。
背後の空間に重力をかけたにも関わらず、黒い手に変化はない。
「俺は、『影』。質量の無い影に、重力は効かないんだぜ。」
バラボンドの背中に立っていたのは、景野だった。
その様子を見ていたアリシエールは、困ったようにため息をつく。
「バラボンドには、期待できないな。」
呟くと、バラボンドの脇を通り過ぎて先へ進もうとするチミーに向けて指を構えた。
が、そんな彼女とチミーの前に、1人立ち塞がる者が現れる。
「カモミール。」
カモミールこと、ユウリだ。
アリシエールは気怠げな態度を包み隠さず、ため息と共に吐き出して口を開く。
「全く.....こんな事をしても無駄だって事。元『観測者』なのに分からないのか?」
「確かに『星の管理者』は遅かれ早かれ、近いうちにいなくなってしまう。いなくなればギルガンの侵食も勢いを増して、人間との争いはさらに激しくなると思う。」
けど。
と、ユウリが付け加える。
「人間は、そう簡単には滅びない。今こうやって『管理者』にケンカ吹っ掛けてるのが、その証拠だよ。」
アリシエールの放った空気銃を手のひらで弾く。
強い弾力を持つ彼女の肉球は、空気の弾丸を弾く事など容易く行える。
アリシエールは別段驚く様子もなく、静かに腕を組んだ。
「なるほど。私達とカモミールとじゃ、考え方が根本的に違うみたいだ。戦いは、やはり避けられない。」
その後、何か閃いたように両手を合わせたアリシエールが、空を見上げる。
その視線に釣られて上を見たユウリが見たものは、バサバサと布をはためかせながら降ってくる何か。
「そう、カモミールに丁度いい相手がいるんだ。」
軽い地響きを起こしながら着地したその物体は、人の形をしていた。
否、少しだけ違う。
筋骨隆々の、2メートルは越える巨大な体躯。
白いマントで身を覆ったその者は、獅子の顔を有していた。
「知らないだろう?彼はヴァズ。君がかつて座していた、『5番目の観測者』さ。」
すなわち、この獅子顔の男。
彼はユウリの、後任者なのだ。




