君はもう、僕を認識する事はできない。
新たな『5番目の観測者』、ヴァズはユウリを静かな瞳で見下ろす。
ただこちらを眺めているだけなのに、得体のしれない圧力がユウリを取り囲んでいた。
「はじめまして、『前任者』様。」
「星と共に消滅させられる事が分かっていて、何故『5番目の観測者』に.....!!」
『星の消滅』はそこに住む生物は勿論、『星の管理者』そして『観測者』をも共に消し去る無理心中のようなもの。
その結末が分かっている上で何故、ユウリの後任に就こうと思ったのか。
彼は答えなかった。
マントを翻して低く構えつつ、ユウリに接近する。
「速いっ.....!」
獅子の走る速度は最大で時速80キロメートルにまで達すると言われており、これは猫の最大時速50キロメートルを遥かに上回る。
想定よりも速い動きを見て避けられないと判断したユウリは、防御に徹するため腕を構えた。
構えた腕越しに、ねじりを効かせたヴァズの掌底が叩き込まれる。
「くうっ!」
ユウリの身体に備わっている大きな特徴として、『柔らかさ』が存在する。
ネコ科のヌーベルという事も相まって異常なほどの柔らかさを有しており、打撃の威力を数分の一にまで減らすことが可能だ。
しかし、数分の一にまで減らした上でユウリの体内にダメージが響くほど、ヴァズの掌底には凄まじい威力が乗っていた。
吸収しきれなかった衝撃に吹き飛ばされ、2、3度跳ねて転がる。
ユウリに当てて伸び切った右腕を引くと、筋肉が胎動するように動き始めた。
腕がしばらく不自然に変形した後、元に戻る。
それを見たユウリは、立ち上がりながらヴァズを睨んだ。
「能力者、ってこと?」
「その通り、です。」
ユウリの呟きに答えたヴァズはマントを開き、左腕を見せつけるように構えた。
その左腕は先ほどの右腕と同じように胎動した後、すぐに元に戻る。
「『眠れる生命組織』。.....『肉体を自由に成長させられる』能力です。」
自身の能力を明かしたヴァズは再び腰を落とし、地を蹴った。
今度は見切れる!
そう考えていたユウリの目算は、実に甘かった。
2度目に地を蹴る際、踏み込んだヴァズの左脚が膨らみ、萎む。
一瞬だけ『成長』させた脚の筋肉による蹴りで、ヴァズは更に加速したのだ。
「なぁっ!?」
驚いたユウリに避ける暇は残されておらず、その顔面に重い一撃が叩き込まれる。
よろめいた所にヴァズが脚を上げて構え、横蹴りを放った。
地面を削りながら吹っ飛んでいくユウリ。
ヴァズは顔から伸びる鬣を掻きながら、嘆くような表情を見せる。
「結局、暴力が全てとなってしまう。ギルガンによる侵攻も、それを防ぐための『消滅』も。力のない者は抗えず、ただ起きる現象を受け入れるしかない世界。.....本当に、つまらない。」
1歩、2歩とユウリに歩みを進めていくヴァズ。
その右腕は大きく膨らんだ後、凝縮。
蒸気を噴出させ、細かい筋肉の張り付いた禍々しい腕と化した。
「全力の一撃を叩き込み、引導を渡してあげます。じきに、私達もそちらへ向かうので。」
ユウリの首を掴んで持ち上げ、ヴァズは腕を構える。
マグマのように筋繊維がボコボコと音を立てて動き始め、熱気が辺りを包み込む。
次の瞬間、ヴァズの拳がユウリの顔面に放たれた。
が、しかし。
「残....念......ッだったね.....!!」
ユウリの肉球が、ヴァズの拳を受け止めていた。
吸収しきれなかった衝撃が全身に走り、ありとあらゆる箇所から形容し難いほどの痛みが襲いかかる。
正直、死ぬかと思った。
だがこの一撃を貰った時点で、ユウリは勝ちを確信した。
「何故、耐えられる....!?」
ユウリが自身の拳に耐え切った事に驚いたヴァズをよそに、背中を逸らし、両拳を引く。
その柔らかすぎる全身で受け切ったヴァズの『全力』を、拳に逆流させた。
ユウリの体は柔らかい。
故に衝撃が逃げず、その弾力に反映させることが可能!
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!」
ヴァズが気付いた時にはもう遅い。
ユウリの放った両拳が、ヴァズの顔面に直撃した。
大気が歪み、ヴァズが吹き飛ぶ。
吹き飛んだ際に発生した風圧だけで、硬い地面が砕けた。
ヴァズの拘束から逃れる事ができたものの、ユウリの体は限界。
「『何故、耐えられたか』って.......?」
彼女は息を細く切りながら膝をつき、ニコリと笑った。
「....『気合い』でッ!!!」
シスニルが引き、団長が前に出る。
二合、三合と打ち合った後、すぐさま引いて新たな騎士と交代した。
一糸乱れぬ連携攻撃によってヤソグラへの攻めを進めていくが、戦況は依然として厳しくなっていくばかり。
毒の空気を纏っている彼には、近付いて攻撃できる時間は1秒にも満たない。
かつ隙を見せれば他の騎士達のように一瞬で倒されてしまうほどの強さを有しているため、複数人でローテーションを組んで戦わねばやられてしまう。
100人近く居た騎士達のほとんどが倒され、残ったのは11名。
3〜4名で一つのローテーションを組んで戦っているため、ヤソグラは実質3人を相手にしているのと変わらない。
3方向からの同時攻撃を、完璧な立ち回りで対処していくヤソグラ。
まるで機械のような、精密すぎる認識能力だ。
「前の二人を相手しながら、背後からの攻撃も把握して、完璧な解答を出し続ける....達人という言葉で片付けられるような相手じゃない。」
顎を伝った汗を拭い、モミジが呟いた。
その呟きに反応したヤソグラは騎士達を少し離れた場所へ押し出すと、その理由を語り始める。
「俺には櫛状板が備わっているからだ。お前達の行動など、全て把握している。」
ヤソグラが自身の顎下に指を当て、そう答えた。
櫛状板。
サソリが持つ独自の感覚器官で、一説では空気の振動を察知し、獲物を捕らえるために使われているものだという。
ヤソグラはこれを用いて騎士達の動きに対応し、的確な防御と反撃を用意することができているのだ。
「なるほどね。」
それを聞いたシスニルは軽く息を吐き、ゆっくりとヤソグラへ歩み出る。
「だったら、君を倒すなら僕が適任だろうね。」
「ほう?正面からじゃ毒で長くは戦えず、騙し討ちもできない。そんな相手に『適任』か。」
「その通りさ。君は騙し討ちができないと言っていたが、だったらこういう小細工はどうだい?」
そう言ったシスニルが、消えた。
直後、背後に気配が出現する。
しかしヤソグラが振り返った先には、誰もいなかった。
「!」
斬撃がヤソグラの頬に切れ込みを生み、僅かだが勢いのある出血が発生。
剣が通ってきた横方向を振り返ったものの、既に何もなかった。
「......。」
ヤソグラの眼球に、冷や汗が伝う。
いつぶりだろうか。
『得体のしれないもの』を実感したのは。
「さっきの打ち合いで読み込みは完了した。君はもう、僕を認識する事はできない。」
ひとつ、静かな声。
櫛状板で音の振動を拾ったヤソグラが剣を放つも、やはりシスニルの姿は無い。
人が動いていれば、不自然な空気の振動は発生するもの。
全く動かない選択肢を取らない限り、ヤソグラに認識できないものはないはず。
「だが、シスニルにはそれができる。」
状況に理解が追い付いていないモミジへ、団長がシスニルの『必殺技』を解説し始めた。
「アイツは目が見えない代わりに、他の感覚がその辺の人間よりずば抜けているのは知ってるよな?」
「ええ、まぁ。」
視覚は最も情報を取り入れられる感覚。
それを持ち合わせておらず、その情報差を埋めるために他の感覚が敏感になる人は多い。
シスニルは、そんな人達の中でも飛び抜けて感覚が鋭いのだ。
「血液が流れる『音』から、眼球の動く『匂い』まで分かる。その辺の人間の、数百倍は│見│え《・》│て《・》│い《・》│る《・》と思うぞ。」
彼の凄さは、これだけでは留まらない。
「それだけじゃない。情報を『覚える』力も中々のもんでな。十数分の時間さえあれば、相手の癖や脈拍、果ては飲み込む唾の量まで『把握』し、完全に理解する。」
「えぇ.....」
「それによって相手が持つ感覚の『死角』を見つけ出し、ひたすらそこに潜り込む。奴だからできる技法『抜き足』!一番敵に回したくねぇタイプだな。」
シスニルの鋭すぎる感知能力を知ってドン引きするモミジを置いて、団長が説明を終えた。
しかし、ヤソグラには空気の振動を感知する櫛状板がある。
いくら死角を突こうとも、全方位の空気を把握してあるヤソグラに気付かれてしまうはず。
そこに、シスニルのもう一つの『技術』が光るのだ。




