それだけだ。
『知識の宝珠』による説得が終わると、トールは再びマイクを握り直し、当日の作戦を説明した。
先程も行った通り、当日は何が起きるか分からない。
想定外は当たり前。
だからこそ、至って単純な目標だけを作戦とした。
宝珠を操る酒城を、『星の管理者』の元まで送り届ける。
皆はそれを、全力でサポートするだけ。
ユウリ曰く、『消滅』の舵を取っているのは『星の管理者』だ。
ならば酒城が『星の管理者』と接触する事で何かが解決するのではないか、という結論で出た非常に大雑把な作戦である。
しかし何も分からない今の状況では、それぐらいしか想定することができないのだ。
「では、2日後に。」
トールの言葉と共に、会合は終了する。
お互いの交流を図るべく、部屋内はまた騒がしくなり始めた。
あと2日。
あと2日で、世界の命運が決まる。
イマイチ実感の無いチミーだが、それは皆も同じ気持ちだろう。
『知識の宝珠』をカバンに仕舞ったチミーは、静かに部屋を出ていった。
次の日。
世界の命運が明日に迫ったこの日、チミーは誰河川敷の芝生の上で、対岸に見える町の風景をなんとなく眺めていた。
[不安かい?]
川から流れてくる冷たい風を黙って浴びていたチミーに、カバンの中から『知識の宝珠』が声をかける。
チミーは口をとがらせ、それに応えた。
「当たり前だよ。『神の目』が未来を予知できなくなった...つまり『未来が無くなった』事は事実だ。実感は無いけど、このままだと明後日には世界が消えちゃうんでしょ?」
[みたいだね。管理者が自ら星を消滅させるだなんて、前代未聞だったけど。観測者が証人なら確実だろう。]
そんな会話を続けながら、チミーは大きく上半身を仰け反らせて青空を眺めた。
今日は雲がほとんどない心地のよい天気で、とても2日後に世界が滅びるとは思えない。
チミーは僅かに存在している雲の数をぼんやりと数えながら、ぽつりと呟いた。
「ねえ、本当に世界を救うことはできるのかな?」
[さぁね。]
『知識の宝珠』の回答は素っ気ないものだった。
しかし、今の状況ではこれぐらいが丁度いいのだろう。
[けど....できることをやる、それだけだ。]
『知識の宝珠』は気休めの言葉や、励ましの言葉は使わなかった。
そして時は無慈悲に流れ、ついにその日が訪れた。
周りに何も無い、果てしない草原。
国内にこんな開けた場所があったんだなと感心していられるという事は、まだ実感は湧いていないのだろう。
これから起こるであろう事の。
ちらりと横を見ると、この日のためだけに世界中から集められた、世界の守護者達がそこにいた。
チミーと同じ超能力者から、歴戦の風貌をした傭兵達、軍隊、騎士団。
数々の精鋭達が、この世界を守るために集結している。
「染口さん。」
サクサクと草を踏みながら、声をかけてきたのは酒城。
「宝珠、受け取りに来た。」
チミーは頷くと、カバンの中から『創造』と『知識』2つの宝珠を取り出し、酒城に手渡す。
[じゃ、気を付けてね。]
「そっちこそ、ちゃんと仕事はこなしてよね?」
『知識の宝珠』が投げかけた言葉に、チミーが指をさして軽く返した。
皆の先頭に戻った酒城の前には今、6つの宝珠が並べられている。
チミーが獲得した『創造』。
学校の地下に保存されていた『知識』。
結が所持していた『静止』。
軍が回収した『暴走』。
酒城と『神の目』が所持していた『破壊』。
そして島本が所持していた『昇華』。
「本当にうまくいくのか?」
「うーん.....やってみないと、ね。」
隣に立っていた二坂の言葉に、チミーが微妙な反応を返す。
直後、『呼んだはずのない二坂がここにいる』という事実に気付いたチミーが勢いよく顔を向けた。
「って!?なんでアンタがここにいんのよ?」
「俺だけじゃねーよ。『チーム』の皆は、ここに来てる。」
二坂が親指で後ろを指すと、桜やライカ、景野とディーンの姿がそこにあった。
「き、来たの!?」
どうやら、既に『チーム』へ声がかかっていたみたいだ。
当然と言えば当然だが、考えが及んでいなかった。
「戦わないと世界が滅びるんでしょ?だったら、やるしかないじゃん。」
桜は6枚の円盤を煌めかせながら言う。
「でも...」
「うるせぇぞ。普段は態度が大きい癖に、こういう時だけ消極的になりやがって。」
「はぁ?何を.....!」
二坂の言葉にムッときたチミーだったが、それのおかげで既に不安は消え去っていた。
ため息を軽く吐いた後、ニコッと口の端を持ち上げる。
「皆、絶対に死なないでね。」
チミーの言葉に皆が頷いたその時。
空を眺めていたユウリが、突然口を開いた。
「.....来た。」
そう呟いた次の瞬間、空を覆っていた曇天に違和感が発生。
ギッシリと覆われていた雲の一部が揺らめき、小さな穴が開く。
その穴は少しずつ広がっていき、やがてとてつもない大きさの穴へと変化した。
そんな異常な現象を見て、皆は一斉に騒ぎ始める。
穴から覗く晴天が、少しずつ色を薄めていく。空が白い光へ変化すると、その穴から巨大な『地面』が降りてきた。
光を帯びながら、ゆっくりと穴から現れる『地面』。
巨大な島のようなものが、空から現れたのだ。
『地面』はさらにゆっくりと降下を続け、地上数十メートル程まで下がった所に停止する。
皆が唾を飲み込んで様子を伺う中、『地面』の端に人影が現れた。
逆光が晴れ、その姿が露わになる。
「カモミール。やはり、これは貴様の仕業だったか。」
その人影は長い白髪に、ローブを纏った老人の姿をしていた。
老人の睨みつけるような目線は、ユウリを見ている。
「カモミール.....?」
「私の、『観測者』としての名前なの。」
首を傾げたチミーにユウリがそう伝えると、先頭に歩み出て老人を睨み返した。
「あんたの狂った計画を止めるために、あんたが守るべき人間が立ち上がってんのよ!」
ユウリは怒りをぶつけるように、老人へ強く言い放つ。
言い方から察するに、あの老人が『星の管理者』なのだろう。
『星の管理者』はため息を吐きながら、呆れたように口を開いた。
「『観測者』の座から降ろし、記憶を消して地上へ追いやるだけに留めた事を後悔しておるよ。」
「そりゃあ、残念だったね。」
「なぜ分からん。守ってくれる存在が無くなった後の人類が、侵略生物による生き地獄を味わっても良いのか。」
「人間は、そんなに弱い生物じゃない!」
ユウリの叫びと共に、老人の立っていた『地面』に変化が起きる。
地上数十メートルの高さにある『地面』から巨大な光の階段が出現し、『地面』と地上とを結ぶ。
その直後、『地面』の端に、ぞろぞろと大量の人影が現れた。
「抗いたい気持ちも分かる。運命を受け入れたくない気持ちも。だが、無意味なのじゃ。」
老人が物悲しげにそう言ったと同時に、『地面』の端に集まっていた大量の人影が大挙して地上へ降りてきた。
対して地上の軍団はそれぞれ声を上げ、空高くにそびえる『地面』に向かって走り出した。
ユウリが先陣を切って走り、皆に指示を出す。
「酒城くんを、あそこの頂上へと送り届ける!頼んだよ、みんな!!」
『地面』から地上に攻め込む『管理者』の軍団。
地上から『地面』に攻め込む人類の軍団。
両陣営が徐々に近付いてきた頃、 矢や銃弾が飛び交い始めた。
そのまま両陣営がぶつかり合い、怒号や金属音が飛び交う白兵戦へと突入する。
チミーは走りながら『永遠なる供給源』を発動し、エネルギーで盾を作成。
盾を左手で握り、目の前に現れた『管理者』の兵士を盾で弾き飛ばす。
兵士がよろけた隙を狙って懐に入り込み、鎧の胸部に右手を押し当てた。
「『衝撃』!!」
チミーが能力を発動すると、凄まじい衝撃波が兵士の体内を突き抜ける。
突き抜けた衝撃波は背中を通って拡散し、 その後ろで構えていた十数人の兵士を同時に吹き飛ばした。
吹き飛んだ兵士達を潜り抜けながら、後ろから新たな兵士が現れる。
チミーは跳び上がってその顔面を踏んづけ、踏み台にしてさらに跳躍。
空中で翻り、奥で他の者と戦っていた兵士の側頭部をぶん殴る。
兵士は途轍もない威力の不意打ちを受け、まるでボウリングの玉のように転がった。
「強えな、嬢ちゃん.....。」
「まぁね。恐竜くらいには強いよ。」
ぶん殴った兵士と交戦していた、黒い鉢巻を付けている男の傭兵が感心の言葉を述べる。
チミーは人差し指を立てて軽く返すと、次の兵士へと視線を向けた。




