久しぶり。
メモに書かれていた24桁のパスワードをしっかりと打ち込み、最後にエンターキーを押す。
途端に、擂鉢を擦るような重苦しい音を鳴らしながら裏庭の一部が動き出した。
一辺3メートルくらいの正方形に切り出された芝生が数ミリほど浮き上がり、横にゆっくりと移動する。
動いた後には、人が一人通れるくらいの四角い穴が空いていた。
穴を覗いてみるが階段などは無く、本当に底まで一直線の穴となっている様子で、途中からは暗くてそこが一切見えない。
ただ、とてつもなく高い事だけは分かる。
「んー...。」
少し唸った後、チミーは腰を下ろして座り、膝下を穴に投げ出す形で座った。
「...よっ!」
ひと呼吸つけたチミーは、唐突に穴から飛び降りる。
スカートを片手で押さえながら、自由落下に身を任せた。
酒城曰く『宝珠』の保管場所。
その入口である穴から、チミーは底へと無事に降り立った。
ストンという軽快な音がコンクリートの壁を反射し、大きく響く。
「結構高かったなぁ。」
チミーは制服の埃を払いつつ、自身が落ちてきた穴を見上げる。
穴の入り口はチミーが着地した時点で自動的に閉まったようだが、着地時の音の反響でかなり高い位置から降りた事だけは分かる。
底から見える通路に、足を一歩踏み入れた。
その瞬間。
「!」
待っていたかのように、地下に光が溢れた。
青い蛍光灯に、薄い黒の金属でできた床や壁。
まるでSF映画に出てくる秘密基地のような内部構造に、チミーの心は何となくワクワクし始めた。
先ほどまで抱いていた多少の不安は吹き飛び、軽快な足取りで道なりに進んでいく。
チミーの存在を感知し、奥にあった自動ドアが小さな息を吐いて開いた。
ドアをくぐり抜けた先には、一際大きな部屋が用意されていた。
[おぉ。これはこれは。]
明らかに人間の声帯では作り出せない、合成音声のような声が、部屋に入ってきたチミーを出迎える。
チミーが顔を上げたその先には、青白く輝く1つの『宝珠』が巨大な台座の上に浮かんでいた。
[始めまして、小さきお嬢さん。]
「...この声は誰?どこから喋ってんの?」
チミーは『宝珠』から目を離し、周囲を見渡しながら"声"に問いかける。
"声"はそんなチミーの様子を軽く笑うように小さく息を吐くと、その居場所を教えた。
[君の目の前にいる、僕だよ。]
「目の前って、どこに.....」
[『宝珠』だよ。見えるだろう?]
部屋内に響き渡るその"声"の正体は、チミーの目の前に浮かんでいた『宝珠』によるものだったのだ。
まさか、『宝珠』が喋るなんて。
「えぇ!?『宝珠』が喋って...ぁだッ!?」
驚きながら、目の前に見える宝珠に近付こうとしたチミーは突然『何か』に頭をぶつけて痛がる。
よく見ると、チミーと『宝珠』との間には非常に透明度の高いガラスが張られていた。
痛む頭を押さえているチミーに、『宝珠』は言葉を続ける。
[驚くのも仕方が無い。まさか『宝珠』が喋るとは思わなかっただろう?]
「そ、そりゃあね。.....『宝珠』って、意識とかあったんだね.....。」
[いいや、喋る事のできる『宝珠』は僕だけだよ。僕は特別な『宝珠』だからね。]
どういうこと?とチミーが疑問に思っている事を見抜いた『宝珠』は、一瞬だけ光を強めてから自己紹介を始めた。
[僕は『知識の宝珠』。7年か8年ほど前から、この学校の地下に保管されている。]
「『知識の』...『宝珠』.....。」
チミーの反芻に、『知識の宝珠』は肯定を示すように光を一瞬だけ強める。
[そう。知識を司るからこそあらゆる言語にも通じているし、だから意思の疎通も可能なんだよ。]
「は、はぁ」
『知識の宝珠』の説明に、チミーは半分ほど呆気に取られつつ一応は納得した。
続いて『知識の宝珠』は、今度はチミーに対して質問を行う。
[それで、君がここに来た目的は?]
「酒城がアンタを、連れてこいって。」
[僕を?]
チミーの回答に、『知識の宝珠』は少し驚いたような声を出した。
[もう、『その時』が迫ってきているのか。]
『知識の宝珠』の問いに、チミーが黙って頷く。
『知識の宝珠』は軽く回転すると、少しだけ光を強くした。
[それなら、セキュリティを解除しよう。....君が、宝珠を扱うのかい?]
「いいや。使うのは、酒城だよ。」
[え!]
チミーの返答に、彼はまた驚いた声を放つ。
直後、『知識の宝珠』は意味ありげな口調で言葉を述べた。
[てっきり、『器』は君だと思っていたんだけどなぁ。]
チミーが『知識の宝珠』を回収した日から3日の時が経っていた。
『未来の消滅』まで、あと3日。
『神の目』が指定した、『人類最後の作戦会議』の日だ。
大きな部屋に、何十人もの人が集まっている。
警察や軍隊の服を着た人から、自由な装備をした用心棒のような格好をした者まで。
皆、『消滅』を止めるために協力を約束してくれた有志達だ。
そんな中、部屋の端っこに立っていたチミーへと一直線に近付く影が一つ。
金属の擦れ合うような接近音に気付いたチミーが顔を向けると、そこには見知った姿の人物が立っていた。
「やあ、久しぶり。」
『鏡町』の騎士、シスニルだ。
「今この場にはいないけど、『鏡町』の騎士団は皆、この話に参加させてもらったんだ。...君も?」
「ええ、そうです。元々関係があったというか何というか...話せば長くなるんですけど。」
チミーの返答に、甲冑越しで頷くシスニル。
少し部屋内のざわつきが収まった頃、 部屋の奥に位置する少し高い場所に、一人の軍人らしき人物が現れた。
帽子を被ったスキンヘッドの頭に、彫りの深い顔。
マイクを持っていたその男は、皆に説明を始めた。
「今回はよく集まってくれた。私はトール、此度の指揮を努めさせていただく。」
堂々とした切り出しで名乗ったトールだったが、すぐにその表情が変化する。
「とは言ったものの、我々も何が起きるか分かっていない。その場で臨機応変に対応してくれとしか、今は言いようがない。」
申し訳なさそうな表情でそう言った後、不満げに言葉を漏らした。
「本当に世界の危機が迫っているのかどうかすら、微妙なところだ。いまいち実感が湧かないというか、信用する物がない以上...」
[証拠なら、既に君達が持ってるんじゃあないのか?]
トールの呟きに、チミーのカバンから言葉が飛んだ。
カバンに入れてあった『知識の宝珠』が突然喋り始めた事に驚き、肩が跳ね上がったチミー。
皆の視線が集まった中、恐る恐るカバンの中から『知識の宝珠』を取り出した。
『知識の宝珠』を始めてみたトールは、眉をひそめて睨むように目を細くする。
「何だその...変な玉は」
[僕の名前は『知識の宝珠』。僕のお仲間を、君達が保管してあるはずだが。]
『知識の宝珠』の言葉に首を傾げるトールだが、彼の部下らしき人物が気付いて耳打ちした。
「アレじゃないですか?ほら以前回収した...」
ヴァルグリーズから回収した、『橙色の宝珠』の事である。
それを聞いたトールはハッとした表情を浮かべ、『知識の宝珠』へ返答した。
「貴様はアレと同じもの、というわけか。」
[その通り。『暴走の宝珠』の事を、君達はどこまで把握しているんだい?]
「暴...?あぁ、我々の持っているやつのことか。」
軍が回収した宝珠の名は『暴走の宝珠』というもの。
絶大なパワーを得られる代わりに、生物はおろか無機物の意識さえ暴走させる危険な代物だ。
ライカの時やヴァルグリーズの時など、あの宝珠の影響を受けた者は皆、理性を失っている。
トールは名称について理解を示した後、少し俯いてため息を吐いた。
「実を言うと、全く分かっていない。様々な研究を行ったが、何一つ分からなかった。何なんだ、あれは。」
[それが証拠だよ。君達の技術では、理解するのは難しい。宝珠は『人智を超えたモノ』であるということだ。その存在だけで、人間には想像もできない事が起こりうるってのは分かるかな?]
「あ、あぁ。」
『知識の宝珠』の説明に納得したトールの元へ、『暴走の宝珠』の入った専用ケースが運ばれてきた。
用意された折りたたみ式テーブルを展開し、その上に大きな音を立ててケースが乗せられる。
一面がガラスになっているそのケースからは、禍々しい橙色の光を放つ『暴走の宝珠』が入っていた。
その圧倒的な存在感に、その場にいた一同は魂を吸われるが如く 『宝珠』を眺める。
[そいつは僕と同じ『宝珠』。『星の管理者』と呼ばれる、この星の支配者と呼べる者の核なんだ。]
星の管理者の存在を説明され、すぐに信じられる者は少ないだろう。
しかし今、『宝珠』という人間の理解を越えた存在が目の前にある以上、鼻で笑い飛ばせるような法螺話ではない事を皆は理解し始めていた。




