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桜を救うと決めたんだ

「宝珠.....争奪戦?」

「ええ。同じ力を求める10名の戦士達が、その力を奪い合うのです。ま、今回は9名ですが。」


つまり、桜を復活させられる力を持った『宝珠』を9人で奪い合うという事か。

『彼』はさらに説明を続ける。


「争奪戦の舞台は、他の世界とは隔絶され、独立した別の世界。『宝珠争奪戦』は数日で終わることも数ヶ月もかかる場合がございますが、こちらの世界から見れば一瞬の出来事です。」


『争奪戦』は長いと数ヶ月もかかるのか。

それだけ時間のかかる事とは、一体何を行うのだろう。

そんなチミーの心の声を聞き取ったかのように、『彼』が具体的な内容を語り始めた。


「さて、『宝珠』の力を欲する9名の者が一つの世界に集められますが、この後.....どうやって決着を付けると思いますか?」

「その世界に隠された『宝珠』を探して、先に見つけた人が勝者だ...とか?」

「...いいえ。」


『彼』は感情の無い声でチミーの言葉を否定した後、右手を胸に当てて一礼。

顔の部分だけをチミーに向け、答えを告げた。


「最後の一人になるまで、戦って頂きます。」




『彼』はそのまま、説明を続ける。

『宝珠』は、戦う意思のある者がたった一人になった時点で生まれるのだという。


「相手を戦闘不能にする、棄権(リタイア)させる.....手段は問いません。要は、最後に残れば良いのです。」

棄権(リタイア)したら、どうなるの?」


チミーの疑問に、いい質問です、と言いながら『彼』が答える。


「二通り、存在します。一つは元の世界へ戻る。そしてもう一つは、争奪戦の舞台に閉じ込められ、一生をそこで暮らす。」


しかし、強力な力を持つ『宝珠』を得るため争奪戦への参加を決意した者達が、そう簡単に棄権(リタイア)してくれるだろうか?


交渉は、暴力よりも遥かに難しい。

『彼』は小さくそう言った。


「今回の『宝珠』は『創造の宝珠』。文字通り、あらゆるものを生み出す力を有しています。」


『創造の宝珠』。

確かにチミーは、桜の機能を失った内臓の回復を望んだ。

その創造の力があれば、桜の内臓を作り出す事ができる。


「他の8名を戦闘不能にするか、棄権(リタイア)させる事で『創造の宝珠』が手に入ります。...いかが致しますか?」


『彼』の問いかけに答えようと口を開いたチミーへ、結が口を挟んだ。


「相手もチミーちゃんと同じように考えてる人達だよ。手段を選ばない人なら、命を狙ってくる事だってある。.....それでも、やるの?」


結の言う通り、最悪命を落とす危険性がある。

それに、棄権(リタイア)させるのも簡単ではないだろう。


だが、それでも。


「.....やる。桜は私の、大切な()()だから!」


桜を救うと決めたんだ。

あんな終わり方をするのは.....可哀想だと思ったから。


命を狙われる.....殺される可能性があるのは、とても怖い。

人が死ぬ重みは、つい先ほど桜を刺してしまったチミーにはよく分かっていた。

未だに、手が震えている。


けど、ここで引けば一生後悔するだろう。

チミーはそう直感したのだ。


「....よろしい。」


『彼』のぼやけた表情が、笑みに変わったような気がした。

指を鳴らすと、チミーの足元が黒い光に包まれ始める。


「...死なないでね。」

「大丈夫ですよ。私、強いんで。全員倒して、帰ってきます!」


心配げな表情の結に対し、ニッと笑みを浮かべたチミーが親指を立てる。

足元を包んでいた黒い光がどんどん大きくなり、チミーの意識を奪った。









「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」


強い風を感じ、目を開けると広い大地が見える。

気が付いた頃には、体が空高くに投げ出されていたのだ。

突然の事に、チミーは叫び声を上げながら手足をばたつかせる。


「『永遠なる供給源(エターナル・エンジン)』......!」


チミーは一回転した後、能力を発動して落下速度を落とす。

そのままパラシュートのよう速度を急減させ、ゆっくりと地面に降り立った。


「ふぅ...」


無事に着地できたチミーは、安堵の息を吐きながら周囲を見渡す。

そこはチミーのいた場所とは全く違う、見たことも無い景色だった。

まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのような、青々とした草原と木々が広がる世界。


「ここは......?」


ここが『彼』の言っていた『宝珠争奪戦』の舞台だろうか。

自分が落ちてきた方向を見ても、ただ青い空が広がっているだけだった。

桜との戦闘で傷付いていた体も気付けば完治されており、目には壊れたはずのゴーグルが装着されている。


突然見たことも無い場所に放り出され、戸惑いを隠せないチミー。

これからどうすれば良いのか、『参加者』は誰なのか。

それすら分からない状況に、チミーは早速困ってしまった。










滝ノ辺(たきのべ) 浩太(こうた)は自転車を走らせていた。


...はぁ。


思わずため息を吐く。

別に何か意図があって吐いたわけじゃない。

ただ、なんとなく。


渡る直前で赤信号になった道路を前に、再びため息をついてブレーキをかけた。

繰り返される日常、ただ何となくその日その日を過ごしている事に、浩太の心は擦り減っている。


「あーあ。全てを投げ出して、気ままに暮らしたいなぁ。」


思わず心の声が口に出た。

その瞬間。


自転車がひとりでに停止し、浩太の体は慣性に従って前方に吹き飛んだ。

思い切り地面に叩きつけられた浩太は、自身の下に黒い『穴』が開いていることに気が付く。


気付いた時には、『穴』に浩太は飲み込まれていた。



「うわぁぁぁ!?」



飲み込まれた浩太が次に見た光景は、暗い部屋。

暗い部屋、という言い方は少し語弊があるかもしれない。

確かに黒に染まった部屋だが、光が見当たらないにも関わらず明るく視界の開けた部屋だ。


「なんだ...?ここ.......」

「始めまして。滝ノ辺 浩太様。」


声に反応した浩太が振り向いた。

その先には砂埃のようなものが現れ、徐々に形を成していく。

人のようなシルエットが見えてきた頃に、『彼』が一礼した。


「『宝珠争奪戦』に参加してみませんか?」

「『宝珠争奪戦』...?」

「ええ。」


戸惑う浩太へ、案内人を名乗る『彼』は淡々と『宝珠争奪戦』のルールを説明する。





「何でもありの、戦争.....。」

「いかにも。戦いを避けて解決する方法もありますが、簡単ではございません。」


『宝珠争奪戦』が命の危険すら存在する戦争である事を聞いた浩太は絶句した。

まさか自分が、こんなわけのわからない事に巻き込まれるなんて。


だが浩太は普通の学生。

殺し合いなど、できるはずがない。


そんな浩太の心を読んだかのように、『彼』が優しく言葉をかけた。


「ご安心を。『宝珠争奪戦』に参加する者は揃って怪物揃いですが、非力な貴方のために『ハンデ』を用意いたしました。じゃじゃん!!」


『彼』が陽気にそう言って両手を広げると、まるで手品のように虚空から白い箱が現れた。

手のひらサイズの小さなそれは浩太の手元に移動し、浩太は反射的にそれを受け止める。


「これは...?」

「そちら、『大いなる力の箱』でございます。まあ要約すると、それを砕けば強大な力を得る事ができ、こと戦いにおいて一方的に負けるといった事は無くなるでしょう。」


ただし、これを砕くという事は、即ち『争奪戦』への参加表明を意味する。


自分が最も欲する『力』を得るために、死ぬかもしれない戦争に身を投じる。

そんなもの、やりたくない。


直感的にそう考えた浩太の頭に、もう一人の自分が話しかけてきた。


だったらこのまま、空虚な人生を送り続けるか?

平凡で、面白い事もない毎日。

次第に擦り減っていく感情を、受け入れて終えるか?


「....いいや。」


浩太は自身の声に対して呟くように返した後、勢いよく手のひらの箱を握りつぶす。

潰れた箱は光を放ち、光が浩太の中へ流れ込み始めた。


人の寿命は短い。

空虚な平穏よりも、浩太は『変化』を望んだのだ。

覚悟の決まった浩太の顔を見て、『彼』が手を叩いた。


「力の使い方は自ずと感覚で分かると思います。人間の赤ん坊は誰に教えられる事もなく産声を発し、虫は誰に教えられる事も無く飛びますからね。」


『彼』はそう言った後、深く礼をして、告げる。


「それでは、貴方様の健闘を、祈っております。」


その言葉が終わらないうちに、『彼』と共に周囲の黒い部屋は崩れ始め、浩太は黒い部屋の外にあった草原へと放り出された。


草原では瑞々しい草木が生い茂り、涼しい風が駆け抜けている。


「ほんとうに、別の世界に来たんだな...」


浩太は青い空を眺め、驚いたように呟いた。

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