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けど、まだまだ力不足で。

若い医者が、少女の顔を眺めていた。

白い壁に、ズラリとならんだ精密機器。

病院の診察室だ。


「うーん、これは....」


医者は少女の目元を軽く下に引っ張ったり、ライトを眼に当てたりしながら唸る。

丸椅子に座って診察を受ける小学生くらいの少女の背後には、心配そうに眺める20代くらいの男性が立っていた。


「どうですか...。」

「...恐らく超能力の『副産物』ですね。害はあまり無いと思いますが、大きな病院で何かしらの対策をしてもらった方が良いと思います。」


医者は男性にハキハキとそう説明する。

それを心配げな表情で聞いていた男性を、少女は翡翠色の瞳で不思議そうに見上げた。


「...大丈夫だよ。」


少女の視線に気付いた男性は、軽く笑みを作って頭を撫でる。

医者は道具を片付け、立ち上がった。


「では、失礼します。」

「いつもありがとうございます。こんな遠い所まで...」

「いえいえ。子供達のためです、このくらいはやらないと。」


医者はそう言って窓の外へ目を向ける。

外では小さな子供達が、木々に囲まれた広い場所で思い思いに遊び回っていた。その数、16。


その全員が、本当の親を知らない。

ここは親のいない孤児を預かり、育てている『孤児院』。


帰る途中で子供達に囲まれ、笑顔で対応している医者の姿を眺めながら、男性は足元にいた少女に声をかけた。


「良かったなチミー。けど、また病院へ行かないとだな。」








数日後。

男性と、腰の曲がった老夫と、30代くらいの女性の三人が車の前で話をしていた。

この三人は、ここの孤児院の職員である。


島本しまもとさん、早瀬はやせさん、後は任せました。結構遠いので、帰ってくるのは夕方くらいになるかと。」

「うむ、分かった。」

「行ってらっしゃい、チミーちゃん。」


島本、早瀬と呼ばれた2人の職員に見送られ、男性は助手席にチミーを乗せて車を走らせた。







数時間後。

目的の総合病院に到着し、男性は時間を確認する。

チミーは乗り物酔いを起こしたのか、助手席でぐったりした様子だ。


「大丈夫...じゃ無さそうだな。診察まで時間あるし、ちょっと休憩するか!」


男性はそう言うと、近くの自販機へ走っていった。

自分の分と、チミーの分の2つ飲み物を買ってきて、片方をチミーに渡す。

キャップを開け、チミーは勢い良くお茶を飲み始めた。


「おいおい、あんまり飲みすぎて戻すなよ?」


しばらく2人で外の風に当たっていると、チミーの顔色が良くなってきた。

腕時計を見るとちょうどいい時間だったので、チミーからお茶のペットボトルを預かり2人で院内に入る。


受付で手続きを済ませた後診察室へ行き、一通りの軽い診察を受けた。

その後、医者があるものを取り出した。


目を覆うような大きさの、HMD.....VRゴーグルを一回り小さくしたようなデバイス。

サングラスのように一方だけが反射しているレンズが、チミーの小さな顔を写していた。


「『副産物』.....『あらゆるエネルギーが見えてしまう目』の効果を抑えるためのものです。サイズは測りましたが、念の為に確認を。」


チミーはそのゴーグルを装着。

サイズはピッタリだ、痛い所もない。

目の様子は分からないが、大きく開いた口を見る辺り、チミーが喜んでいるのが分かる。


「ありがとうございました。」

「いえいえ。お大事に〜。」


医者に礼をしてから、2人は病院を出た。






男性とチミーは車に乗り、帰り道を走っていた。

昼ごはんとして買ったおにぎりを齧るチミーに、男性が問いかける。


「それ、苦しくないか?」

「ううん、大丈夫!」

「そっか。良かったなぁ。」


チミーの元気な返事に、男性は軽く微笑んで道路を走っていく。

しかし笑顔で雑談を続けていた2人は、山の麓に着いた所であるものを捉え、一瞬で表情が曇った。


「あれは.....!?」







孤児院が燃えていた。


男性は子供達の名を叫び、崩れ落ちている瓦礫を必死で退けて子供達を捜索する。

チミーはあまりの出来事に呆然と立ち尽くしていたが、直後キッと口を引き結んだ。


両手を構え、『永遠なる供給源(エターナル・エンジン)』を発動。

孤児院のあちこちで湧き上がる炎を片っ端から鎮火し、男性1人では退けられないような瓦礫も、エネルギーを操って軽々と退けていく。


「島本さんも早瀬さんもいないぞ...どこへ行っちまったんだ.....?」


そう呟くとほぼ同時に、ようやく消防車のサイレンが聴こえてきた。





救出作業には、1時間ほどかかった。


チミーを除く15人の子供達のうち、助かったのは3人のみ。9人の子供が命を失い、3人が行方不明。

また、早瀬さんも意識不明の重体で発見。

島本さんは、遺体すら見つからなかった。


「どうして...!こんなことが.....!」


男性はほとんど鎮火されボロボロになった孤児院を、涙を浮かべてただ見つめていた。








「これが『6年前』に起こった事。私もその時は小さくて、あんまり覚えてはいないんだけどね。」

「そんな事があったんですか。大変だったんですね.....。」

「...ごめんね、何か暗い話しちゃって。」

「いえいえ。」


ライカを励ますつもりが、つい自分の話をしてしまった。

落ち込むチミーだったが、逆にライカを奮起させる事となる。


「.....私は、そういった理不尽な出来事に悲しむ人を減らすため、騎士を目指しているんです。」


ライカは自身が騎士を目指すきっかけとなった一つのエピソードを、チミーに語ってくれた。


「えっと、2年前.....ですかね?私は町中で、ギルガンに襲われた事があって。」


ライカはギルガンのよく現れる『鏡町』出身であり、奴らに対する警戒心は人一倍持っていた。

しかし、ちょっとした油断で人の少ない場所へ行った際、そこで運悪くギルガンに出くわしたのだ。


「すごく怖かった。けど、そんな時に今の団長が現れたんです。」


立派な茶髭を生やしたあの団長が颯爽と現れ、一瞬のうちにギルガンを倒してしまったのだとか。

その光景は、あまり得意なものが無く普遍的だった当時のライカに、勇気を与えるものだった。


「『カッコイイな』って思って、決めたんです。この町の騎士になって、人の助けになりたい。役に立ちたいって。」


ライカは拳を握りしめ、熱く語る。

しかし、次の瞬間になるとその顔は少し陰りを見せた。


「けど、まだまだ力不足で。」


シスニルの言っていた事を思い出した。

ライカは自分の実力に、自信がない。


「毎日行っている鍛錬も身についてるのか不明ですし。団長達は焦ることないって言っていますが、私はどのくらい努力すれば一人前になれるのかな、って思っちゃうんです。」

「うーん.....」


チミーは生まれつき超能力を持った、努力を知らない『天才』である。

先の見えない努力に苦しむライカの気持ちを理解する事はできないが、一つだけ言えることがある。


「『人を助けたい』って気持ちを持った、ライカちゃんみたいな優しい人が騎士になったら、みんな喜ぶと思う。それに.....」


シスニルの言っていた事を思い出していた。

彼女....ライカは既に、充分な実力を会得している、という話を。


「『人を助けるための力』なら、とっくに持ってるんじゃないかな?」


そう、ライカは『人を助けるため』に『騎士』を目指し始めた。

しかし今の彼女は、騎士という難しい壁に阻まれた事で、『騎士』の称号に固執してしまっている。


チミーの言葉によって、ライカもそれに気付いたようだ。

顔を上げたライカが、自身に言い聞かせるように呟く。


「.....日々の鍛錬は私の必要としていた力を伸ばし続けている。『人の役に立つための力』には、『騎士』とは違って試験や条件なんて基準は無いから。」


『騎士』になるためには試験というボーダーラインを越えなければならない。

しかし、ライカが求めていた『人の役に立つ』という事は、誰だってできる。


ライカはその力を、日々の特訓によって更に伸ばし続けているだけに過ぎない、『騎士』の称号は、ライカの目的にとって単なる過程に過ぎないという事だ。


「難しく考え過ぎてただけだったのかもしれませんね。」


ライカの曇った表情は、すっかり取り払われていた。


「少しだけ、気が楽になった気がします。次の試験は、あまり思い詰めすぎないで挑めそうです。」


真っ直ぐな視線でそう語ったライカの肩は落ちており、リラックスできている様子だった。

チミーも、元気を取り戻したライカを見て嬉しくなる。


「よし!そうと決まれば早速、特訓再開します!話し相手になってもらって、ありがとうございました!」

「こっちこそ、ありがと。んじゃあ私は、鏡町の観光へ行こうかな〜」


ライカとチミーは互いに手を振り、別れを告げた。

長い階段を飛び降りるように下っていったチミーを見送った後、ライカは特訓を再開する前に軽い伸びを行う。


「.....誰ですか?」


ぽつりと呟いた。


自身以外に誰もいなくなったはずの庭。

そこに、直前まで存在していなかった気配が出現したのだ。

勢いよく振り返った先には、深淵の如く黒いロングヘアーを背景に深緑色の軍服を着た、女性が立っていた。


その女性は頬に指を当て、考えるように頭を傾ける。


「さあて、誰だろう?善人かもしれないし、悪人かもしれない。君次第だよ。」


女性はそう言うと怪しげな笑みを浮かべ、黒い手袋に包まれた指で持っていた黄金のコインを弾く。

空中で回転していたコインを掴み、彼女はライカに問いかけた。


「アナタ、力が欲しい?」


脇の剣にかけていた手をゆっくりと下ろし始めたライカを見て、女性がそう問いかける。


「力.....?」

「アナタ、『騎士』とやらを目指してるんでしょ?それを実現するための『力』。欲しいなら、あげるけど?」

「いえ、必要ありません。それに....『騎士』の名は、他人の手を借りて得る称号ではありませんから。」


睨みつけるような視線を向けて、ライカはキッパリと誘いを断った。

後ずさりしながら、再び剣に手をかけるライカ。

そんな彼女を見て、軍服の女性は面倒臭そうにため息を吐く。


「あっそ。.....まぁいいや。アナタに元々、選択肢は用意されてないからね。」

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