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まさに『神の目』なんですよ

2人は急いで踵を返し、破砕音のする方向へ走っていく。

シスニルは既に、腰に備えてあった剣を抜いていた。


「あそこだ!」


建物の角を曲がると同時に、シスニルが前方を指差す。

その先には、分厚い鎧のような甲殻に身を包んだ、サイのようにドッシリとした姿のギルガンが広場で暴れていた。

街頭や消火栓が崩れ、悲鳴が飛び交い、町の人々が四方八方へと逃げていく。


剣を構え、シスニルがギルガンへと突撃した。

ギルガンもシスニルの存在に気付いたらしく、向き直って迎撃の体勢を取る。


「はっ!」


短く息を切り、シスニルが上段から斜めに剣を振り下ろす。

しかしギルガンの甲殻にぶつかると、キィンと甲高い音を立て弾かれた。


よろめいたシスニルへ、突き上げるようなギルガンの頭突き。

シスニルはそれを上手く躱しつつ、ギルガンの背中に手をついて乗り越えて、反対側へ着地した。

片手で剣を握り、空いた左手を開く。


左手を剣にかざすと、左手から紋章のようなものが浮かび上がった。

剣に紋章が触れた部分は熱を帯びたように、鋼色から紅色へと変わっていく。


チミーはこれを知っている。

『魔術』だ。


超能力と同じように超常現象の一種で、超能力者のような特殊な体質が無くとも扱える、一種の『学問』である。

超能力のように先鋭化していない分、さまざまな種類が存在し汎用性が高いものだ。


「武装強化魔術...『鋼恒鍛化(フィルボム)』!」


シスニルがそう唱えると、鋼色だった剣が完全に紅に染め上げられた。

払うように剣を振ると、シスニルは再び剣を構える。

その時既に、左手では新たな魔術を組んでいた。


「自然錬成魔術『氷槍撃(ファ・ルート)』!」


突き出された左手から、氷でできた槍のような鋭いものが複数飛び出した。

それは横方向に走っていたギルガンの、目の前の地面に突き刺さる。


突然目の前に氷の槍が突き刺さり、サイ型のギルガンは足を地面に食い込ませて急停止する。

シスニルはその時に発生した一瞬の隙を見逃さなかった。

素早く懐に潜り込み、紅色に染まった剣をギルガンの横首に突き刺して切り上げる。


血飛沫が激しく飛び、ギルガンが悲鳴を上げて大きく体を持ち上げ、激しく暴れ始めた。

しかし、シスニルが剣を手放す事はない。

剣を引き抜くと、暴れるギルガンの腕を躱しつつ、的確に関節部分を刺していく。

出血が増え、シスニルの鎧に返り血が打った。


「っ!?」


黙々とギルガンを攻撃していたシスニルが、何かに気付いてその場を離れる。

直後、シスニルが先程まで立っていた場所は、激しい衝撃音と共に直径1メートルほどの穴が穿たれていた。


「まさか、2体いるとはな.....。」


シスニルは驚いたような、呆れたような声を吐く。


シスニルの側方から現れた新たなギルガン。

無数の細い脚で丸く大きな頭部を支えているような、その姿。

まるでタコのような.....いや、どちらかと言えば育ち過ぎたタマネギのような見た目をしていた。


しかし、その戦闘力は侮れない。

先程一瞬で地面に穴を開けたこともあり、器用さと攻撃力とを兼ね備えた厄介なギルガンのようだ。


タマネギ型ギルガンは複数本ある触手のような脚を掲げ、攻撃態勢に入る。

しかし、そこから動く事は無かった。


掲げられた脚が突如バラバラに切断され、静かに地面へ落ちていく。

切断された脚から激しく血を吹き出し、タマネギ型ギルガンは叫び声を上げた。

突然の事で状況が飲み込めず、チミーもシスニルも困惑していた。


「大丈夫ですか?」


鋭い女性の声が通った。

その声を聞いたシスニルはその声が発した問いには答えず、逆にその声の主へ問いを返した。


「...モミジか?」


シスニルの言葉を受け、タマネギ型ギルガンの背後から人影が現れる。

軽い鎧に身を包んでおり、凛々しい顔付きをした女騎士だった。


握りしめた拳には、よく見るとワイヤーのようなものが伸びており、タマネギ型ギルガンの肉に食い込んで拘束している。


「はい。先ほど大きな音が鳴ったので何事かと駆け付けました。...2体も現れるなんて珍しいですね?」

「いやぁ、全然気付かなかったよ。」


シスニルが剣を鞘に収めると同時に、モミジと呼ばれた女騎士は糸を引く。

ワイヤーの締め付けが強くなり、拘束されていたギルガンは大量の出血と共にバラバラに切り裂かれた。

なかなかグロテスクな光景だな、と少し顔を顰しかめていたチミーの存在にモミジが気付く。


「...精神に負担のかかる光景を見せてしまい、申し訳ありません。気分は悪くないですか?」

「大丈夫です。慣れて.....慣れてはないか。」


目の前でギルガンがバラバラにされる、というショッキングな光景を目の当たりにしたチミーを心配するモミジ。

気を遣える優しい心の持ち主なのだろうが、つり目が少し怖い。


「どちらへ行く予定で?」

「『神の目(ゴッド・アイ)』の所へね。」

「私もあの付近に用事があるので、よければお供しますよ。」

「本当かい?助かるよ。」


こうしてシスニルと共に、新たな案内人としてモミジが加わった。

町中の景色を2人に解説してもらいながら、チミーは鏡の道を歩く。

道中、かねてより気になっていた事を尋ねる。


「そういえば、『神の目(ゴッド・アイ)』って何なんですか?」


チミーが請け負った『お願い』。

鏡町にいる『神の目(ゴッド・アイ)』と接触し、チミーが出会った人物の事を話す事だ。

だがチミーは『神の目(ゴッド・アイ)』の事を何も知らない。


そんなチミーに、シスニルが丁寧に解説をしてくれた。


「この町じゃ、有名な超能力者だよ。その名の通り、この世のあらゆるものが『視える』。未解決事件の犯人とかを、何人も検挙に貢献したんだ。」

「まさに『神の目』なんですよ。」


あらゆるものが『視える』能力者。

下風はその力を借りて、チミーが出会った『マスク』と共にいた、あの『吸血鬼の男』の居場所を特定しようと考えたのだ。


神の目(ゴッド・アイ)』の力があればもしかすると、『吸血鬼の男』だけでなく『マスク』の正体も......


鏡町を歩き始めてから2時間弱が経っていた。

何度か休憩を挟んでいたとはいえ、チミーの脚が少しだけ疲れてきた頃、ついに目的地へ辿り着く。


「ここが、『神の目(ゴッド・アイ)』の住んでいる教会だよ。ここまでお疲れ様。」


目の前に(そび)える大きな階段の、一段目を踏みながらシスニルがチミーに伝えた。

ここに来て、またこんな階段を登るなんて。


高い頂上を歪んだ顔で見上げていたチミーだったが、躊躇なく階段を登り始めたシスニルとモミジを見て慌ててついていく。


永遠なる供給源(エターナル・エンジン)』を発動し、自身の体を浮かせる事で階段を一気に飛行した。

重い鎧を着て真面目に登っている2人に申し訳無い気もするが、こんな階段は疲れるので仕方ない。


相当高い階段で、重い装備を着ているにも関わらず、2人は雑談をしながら何食わぬ顔で登ってきていた。

凄まじいほどの鍛錬を行っているのだろうか。

チミーがその姿に驚いている間に、シスニルが登ってすぐのところにある鉄柵を開ける。


軋んだ鉄の音とともに鉄柵が開く。

青々とした芝生の庭を挟み、大きな教会が立っていた。


「大きいですね...」


チミーは細かな彫刻が成された教会の外壁を見上げていると、シスニルでもモミジでもない気配を察知した。

気配のする方を振り向くと、人影がこちらに歩いてくるのが見える。


「シスニルさん、モミジさん!」


向かってきたのは、金髪のポニーテールをした鎧姿の騎士。

チミーと同じ高校生くらいの、まだ表情から柔らかさがよく残っている子だった。


この子が、シスニルの言っていた騎士見習いだろうか。


「あぁ、ライカか。『神の目(ゴッド・アイ)』は今どこに?」

「えっと.....中にいると思います!」

「ありがとう。練習、頑張ってね。」

「はい!ありがとうございます」


ライカと呼ばれた騎士の少女にそう言った後、モミジと別れるシスニルとチミー。

シスニルがギィと軋む音を立てながら、教会の大きな扉を開いた。


「!」


薄暗い教会の中、開いた扉から射し込んだ光に照らされた、2つの人影が見えた。


「『神の目(ゴッド・アイ)』さん。それに、団長も一緒ですか。」


シスニルが1歩前に歩み出て、その人影に声をかけた。

片方は鎧姿に立派な茶髭を生やした男性で、もう片方は車椅子に座って眼鏡を掛けた、少し痩せた姿の青年だった。


「シスニルさん、こんにちは。」


車椅子に座ったままの状態で、青年はシスニルに軽く頭を下げる。

青年がチミーの存在に気付くと、チミーの方向へ車椅子を回転させ、ふっと微笑んだ。


「初めまして、染口チミーさん。僕が『神の目(ゴッド・アイ)』です。」


あらゆるものを『視る』能力者。

教会の中心に車椅子を止めて挨拶する彼に、神々しい何かが見えた気がした。

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