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 杏奈先輩がトイレに行っている。

 だからいまこの場所にいるのは私と夏海だけ。

 恋菜も先程来てくれたのだが、私達の間に流れる微妙な空気を察知しどこかに行ってしまった。


「なんであんなこと言ったの」

「そっちこそなにがしたいの?」


 どうして杏奈先輩がいたのにこちらばかりに意識を向ける。


「私は結望と仲良くしたいだけなの」

「それはいまじゃなきゃ駄目なの? なんで側に杏奈先輩がいたのにわざわざあんなこと」


 別にただ仲良くしたいだけならふたりきりのときなどにすればいい。ああして彼女がいる状態のときにすることではない。


「……しょうがないじゃん」

「なんで」


 なにがしょうがないだ。その気がないならもうやめると言えばいい。けれど夏海はそれをしようとしない。中途半端なままでは絶対に選ばれないし、いまのままでは「誰にでもそう言うんだ」と前に私が恋菜に言われたよう指摘されてもおかしくない状況だ。


「はぁ……ならさ、はっきりしてよ」

「え?」

「もう杏奈先輩のことを狙っていないなら、いっぱい私に構っても文句は言わないよ。だって夏海のことは嫌いじゃないしね」


 いや違う、もし彼女を狙っているままなら――。


「だけど杏奈先輩のことを狙ったままでいるなら、ふたりきりになるのはもうやめよう」


 これだ。1ミリでも一緒にいることで判断を誤らせることがあるなら距離を置く。別に恋菜と私だったら恋菜を選ぶんだろ? ここの関係が途切れても私はなんとかやっていける。


「お待たせしてすみませんでした」

「大丈夫だよ。それじゃ帰ろうか」


 面白い話だ。たかだか10月に入ったというだけで少し肌寒くなるんだから。杏奈先輩も「少し冷えますね」と口にしていた。


「桃瀬さん、夏海さんどうしました?」

「まだお風呂に入りたかったんじゃない? ほら、私のせいで強制的に出ることになったようなものだからさ」

「少し、いいですか?」

「ん?」


 彼女は足を止める。それで私も止めた結果後ろを歩いていた夏海が背中に衝突してきたけど気にはならなかった。


「あの、仲良くしても無駄なんて言わないであげてください。もしあなたがそう言われたら傷つきますよね? 私が言われたら確実に傷つきます」


 そりゃ私だってそんなこと言いたくない。細かく訂正するなら、せっかく杏奈先輩がいるのに私とばかり仲良くしていてももったいない、そう言いたかったんだ。


「いいじゃないですか、私はおふたりの距離感が羨ましいと感じたくらいですよ」


 距離感、か。それを言うならこのふたりの方が近いんだけどな。


「杏奈先輩」

「はい――え? い、いま名前……」

「夏海のことよろしくお願いします」


 ここで支えてより親密になってくれればモヤモヤを抱えずに済む。それと付き合ってくれれば普通の友達として接することができるのだ。


「よろしくって……もう帰るんですか?」

「うん、たまにはふたりきりで話してみてよ。最近夏海を独り占めしちゃってたからさ」

「……分かりました。気をつけて帰ってくださいね」

「そっちもね。夏海」


 さっきから背中に張り付いている夏海から距離をとった。

 彼女はこちらを見ようとしない。これは決めてくれたんだと判断してもいいのかな?


「……じゃあね」

「うん、ばいばい」


 その「じゃあね」は延々のもの? それとも――いや、別にいいか。


「いっぱい恋菜に相手してもらお」


 そもそも禁止にしたのはふたりきりになること。恋菜か杏奈先輩がいてくれれば話すことはできる。


「……これが夏海のためだもん」


 複雑な感情を抱えつつ家に帰った私なのだった。


 


「――でさ、私は間違ったことしてないよね?」

「なんでそれをあたしに聞くのよ……」


 今日も今日とてやって来た銭湯さん。

 入浴後の時間を使って恋菜に話をしていた。


「あ。あんたに言っておくけどさ、あたしのそれはファン的な意味だからね? だから特別な意味で好きかと問われれば……………………そもそも杏奈先輩が受け入れてくれなければ意味のない話だしね」


 なにいまの間。明らかに特別な意味で好きだと言っても過言ではないような感じだったけど。だけど本人がこう言っているので「え、そうだったの?」と白々しく驚いておいた。彼女は「うん、そうね」とこちらのわざとらしさにツッコミをいれることなく認めていた。


「でもさ、ちょっとモヤモヤしててさ」

「ん?」

「私だって酷いこと言いたくないんだよ、夏海と一緒にいたいんだよ」


 最初こそあんなことを言ってくれた夏海。でも、なんだかんだいっても側にいてくれたのは嬉しかったんだ。向こうにとっては本命と上手くいかなかったとき用の保険作り、もしくは暇つぶしかもしれない。それでも別にいいと思ってた。それで真剣に本命と向き合えるなら。


「あんた夏海先輩のことが好きなの?」

「そういうのじゃないよ……多分」


 が、いまはそうじゃない。見方を変えれば私に真剣になっているように見えてしまう。あれでは杏奈先輩から微妙な判断を下されてしまうかもしれない。だから私は距離を作ろうとしたんだ。


「ま、あんたはあんたなりに考えて動いたんでしょ? それは夏海先輩にだって伝わっているわよ」

「そうかな……私はまだあの人のIDだって知らないしね」

「そうなの? それは意外ね、気に入られているのに」

「違うよっ、私と恋菜だったら恋菜を選ぶって言ってたもん!」


 彼女は「なにをそんな必死になっているのよ」と呆れた笑みを浮かべられている。だっていまのままでは誰にも気に入られていないということでしょ? なのに態度は普通だから気持ちを片付けるのに苦労するんだ。


「はぁ、杏奈先輩呼ぶ?」

「なんでっ!?」

「あの人の様子を知っているのは杏奈先輩だけなんでしょ? あれから会ってないとか言ってたじゃない」


 いや、それもそれでどうなんだ? あの人の親友を悪く言ってしまったようなもの。だからあの人もそんなこと言わないであげてと言ってきたんじゃないか。


「あ、もしもし? あのさ、いまから銭湯に来てくれない? うん、分かった、待ってるね――いまから来るって」

「なにを余計なことしてくれてんですか!」

「いや、だってあんた暗いんだもん。一応……あたしにアドバイスとかもしてくれたしこっちだって動いてあげたい……のよ」

「アドバイスって偉そうに言っただけなのに。というかっ、私は別に夏海のことが好きなんじゃなくて、なんというかその……中途半端な態度にモヤモヤしているっていうかさ!」


 そう考えてくれるのは嬉しいが杏奈先輩を呼んでどうするのって話でしょうが! 送って帰らなければならないと考えたら……ああ、夜道を歩くのが怖い……。


「うるさいうるさい。黙って待ってなさい。あたしはもう帰るから」

「えっ!? あ、ちょっと!」


 優しく私のために動いてくれたように見せかけてこれはそうじゃないだろ……杏奈先輩をひとりで歩かせるなよ……好きなんでしょうが。


「こんばんは。え、桃瀬さんっ?」

「あはは……奇遇ですね」

「もしかして恋菜さんに頼みましたか?」

「いや、勝手に連絡しちゃってさ。ごめんね」

「大丈夫ですよ。それで用とはなんでしょうか」


 彼女をソファに座らせて横に私も座る。


「あの、夏海は……どう?」


 回りくどさは一切いらない。聞くならいつでも真っ直ぐに。


「夏海さんですか? 普通でしたよ、いつもの明るい彼女のままです」

「あ、それならいいや、ありがと」


 ということは、ふたりきりになれることはなくなったってことか、自分が望んだことなのに少し寂しい。


「え、それだけですか?」

「うん、だから恋菜に呼ばなくていいって言ったんだけどさ」

「気になるなら呼びましょうか?」

「いや、そういう約束――」

「なんですか約束って」


 しまった! こういうポカをやらかすのが自分らしいけど……。


「……別に言う必要はないかと」

「夏海さんを呼ぶのと、いまここであなたが正直に言う、どちらがいいですか?」

「それなら夏海をここに」


 ここで屈するとでも思ったか? 逆にこれを上手く利用してふたりが仲良くするように仕向けてやるわっ、あっはっは!


「えっ? あ、い、いいんですか?」

「うん、いいよ別に」


 驚いてるな。くくく、まさかここでそっちを選ぶとは思わなかったんだろうな杏奈先輩は。


「それならいまから呼びますね」

「うん」


 大丈夫、いくらでもやりようはある。それにルールを破るということにはならない。杏奈先輩がいれば彼女と話すことができる。


「いまから来るそうです」

「もしかして私の名前……」

「言いましたよ?」

「それならもっと楽でいいや」


 さあ来い、及川夏海!

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