表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お華の髪飾り  作者: 本隠坊
9/37

⑨八丁堀・桜田家作戦会議?

(1)

 

 天保十二年正月。

 奉行所の一年の始まりは、朝早い、明け七つ(午前4時頃)。

与力は、()()()麻上下。

 同心は、麻の上下で、奉行の登城前に、あい揃い。新年の挨拶を行う事から始まる。

 奉行所の御用始めは、正月十七日。

 それまでは、交代制勤務となる。


話は、御用始めの前。いわゆる、正月休みでの事である。

 そしてこの日、浩太郎は朝から、八丁堀の与力・同心宅に正月の挨拶に出掛けた。

 ただ、この正月は、お華が手先になってしまった為、要望が多く? 一緒の挨拶となった。

 やがて、午後もとっくに過ぎた、夕刻近い頃。

 浩太郎はフラフラになりながら、お華と一緒に、やっと屋敷に戻ってきた。

 屋敷に着くと、既に、置屋の女将とおみよ、隣の優斎が来ていた。

横には、おさよ。

 少し下がった所には、佐助も湯飲みを持って、座っている。

「おめでとうございます」

 皆から挨拶を受けたものの、疲労困憊の浩太郎は、

「いやいや、昨年に引き続き、今年もよろしく」

 と言った途端、

「もう、お華と挨拶回り行くのは嫌じゃ~」

 などと叫び、いきなり寝転んでしまった。

 皆もその様子に驚き、優斎も驚いた顔で、

「どうしたんです、浩太郎さん」

 声を掛けると、今度はいきなり起き上がり、

「いや、すまん。もうね、お華と一緒に、挨拶行くのはこりごりじゃ」 

 如何にも厭そうに、文句をいうものだから、お華が、

「なんです、兄上だらしない。ちょっと長くなっただけでしょ」

 すると浩太郎は、

「聞いてくれよ、先生、女将。普通ならな、こんなもん玄関先で帳面でも書いて、午前中には終わるもんなのじゃ。ところが、今回はお華が一緒なものだから、皆さん喜んじまって……上がれ上がれと言われてな」

 それを聞いた、おさよは和やかに、

「はは、それは仕方ありませんよ。お華ちゃん、八丁堀の人気者なんだから……」

「まあ、その辺は、俺もある程度、覚悟はしてたけどな。しかし、あれ程とは。与力の佐久間様のところなんざ、主人は奉行所にいかれてお留守なのに、奥様やご子息やお嬢様やらで、大騒ぎさ」

 浩太郎は、ガックリと首を落とし、お華は、得意満面だ。

 すると優斎が、

「そりゃ、ただでさえお手先やって、その上、深川の芸者じゃ。話も尽きないでしょうしね」

 頷いた浩太郎は、

「挙げ句の果てには、踊り出す始末じゃ。俺は一体、同心なのか、箱屋なのか、理解に苦しんだよ」

 それには、女将もおみよも大爆笑だ。

「もうね、来年、挨拶はおさよとお華で行って貰うことにしたからな」

 と二人に言い放つ。

 すると、再び優斎が笑顔で、

「いや、それもどうかと。下手すると、小太刀と簪の指導など始まってしまうかも知れませんぞ」

 それにはまた一同大笑いとなった。


(2)

 

 さて、その後、皆で正月料理などを食べ、穏やかに談笑しているが、少し蘇った浩太郎が、

「ふ~、やっと落ち着いたわ。さて、みんな。正月だからと言うこともあるが、実はそれとは別に、皆に話さなければならない事があるので、集まって貰ったんじゃ」

 座敷を囲む皆は、少し改まった。

「本来なら。正月であるから、こうした話はしたくはないのだが、そうも行かなくなってきてな。まず女将。年末の予定はどうだった宴会などの呼び出しは」

 女将は、軽く頭を下げ、

「それが若様。サッパリでして。うちだけかと思っていましたが、他の芸者連中から、料理屋まで、全く駄目だったようにございます」 浩太郎は頷き、

「やはり、そうであったか。で、この正月は?」

 女将は首を振り、些か暗い顔で、

「それが、全く同じでございます」

「そうか。ではまず、なぜそうなのかを話そう。先生。先生はお城の大御所の話。聞いてるかい?」

 優斎は頷き、

「はい。実は、伊達の藩邸に正月の挨拶に行った折に、チラっと」

「そうか、やはりそちらでも……。あのな、実は今、大御所のお具合が悪いのじゃ」

 おさよが驚いた顔で、

「大御所様が……」

「そうなのじゃ。まあ、あのお方もお年ではあるので、そう言う意味では、不思議ではないのだがな。だから女将。そんな噂が流れている時に、迂闊に宴会などやれんじゃろ」

「そうでございましたか、そういう事でしたら納得できます」

 女将も大きく頷く。

 浩太郎はお華に顔を向け、

「問題はその後なのじゃ。さて、お華。大御所に万が一の事があったら、どうなる?」

 振られたお華は、首を捻り、

「う~ん。お気の毒ですねぇ~」

 浩太郎は呆れた顔で、

「たわけ。おみよ。お前だったら何が浮かぶ?」

 お華の隣のおみよは、少し考えて、

「音曲の停止……ということでしょうか?」

 浩太郎は笑い、

「その通りじゃ。やっぱりお華よりは、頭が良いの」

 恥ずかしがるおみよと、ブスっとした顔のお華を、皆が和やかに見ている。

 そして浩太郎は、

「そう、もしその様な事になったら、恐らく、ひと月(大抵35日程度)は停止となる。どうじゃ女将。今の調子で、それが続いたら、食べる物も事欠いてしまうのではないか?」

 女将は、憂鬱な顔で頷く。

「まあ、その時はお華をここによこし、米を持って行かせるから安心せよ。お華は重いのを持って行け」

 お華は、「げっ」と叫ぶ

「はは、冗談じゃ。その時は佐助」

 向こうで、佐助が顔を上げる。

「へい」

「済まんが手伝って遣ってくれるか。お華じゃ役に立たんからな」

 と大笑いする。佐助も和やかに、

「何時でもお手伝い致します」

 それを聞いて女将が「ありがとうございます」と平伏する。


 浩太郎は一息つき、

「だがな、話はこれで終わらないのじゃ」

 すると優斎が、

「まさか、お上の事では?」

「さすが先生。そうなのじゃ。女将、実はな。とうとう御改革が始まる様なのじゃ」

「でも、まだ大御所様は……」

 と不思議そうな優斎に、

「その通りじゃ。しかしご本人が、城中、言い回っておられるらしい」

「なんと……」

「女将なら、その意味がわかるな?」

「はい」

 と、途端に暗い顔になる。

「何時からかは分からん。しかし、そう遠くも無いかも知れん。みな覚悟してほしい」

 浩太郎は、皆の顔を見回す。

 するとお華が、

「ねえねえ、兄上。覚悟って言ったって、何があるの?」

 浩太郎は一瞬考えて、

「まあ、風紀粛正ってところが第一であろうかの。俺が思うに、まず城内の粛正。そして、江戸町民の粛正ってとこだろう」

 お華はさらに、

「風紀粛正って、あたし達がどうなるっていうの?」

 浩太郎は笑い、

「さっきの話さ。音曲停止の延長ってところじゃないか? なあ、女将」

 女将は黙って頷く。

「そんなことになったら、あたし達は日干しになっちゃうじゃない!」 

 お華が、怒りを込めて言うと、優斎が厳しい顔で静かに、

「お華さん。それを狙っているんですよ」

「え? 本当なの先生」

 優斎は頷き、

「これまでの御改革と言うのは、その様でした」

 浩太郎も口を開き、

「先生の言う通りじゃ。少なくとも同じ様な……いやもっと酷い締め付けがあるやも知れぬ」

「ひえ~」

 お華とおみよは、顔を見合わせて悲鳴を上げる。

「問題は、それですむかどうかじゃ」

 お華はグイっと、浩太郎に向き、

「なに、それ以上って事?」

 浩太郎は真面目な顔で、

「今のところは、それ以上わからん」

 一同の空気は深く沈んでいく。


 すると浩太郎が、

「そう言えば、女将は芝居のご贔屓だったな」

 幾分、笑顔で尋ねる。

 するとおみよが、

「あ、おかあさんはね、部屋に役者の番付なんか貼っちゃって、いつも喜んでるんですよ」

 などと笑って、言うものだから、慌てて女将は恥ずかしそうに、

「これ、おみよちゃん何てことを」

 といい。周りも笑顔になった。

 女将は恐縮して、

「若様すみません。やはり拙いでしょうか?」

 恐る恐る聞くが、浩太郎は、笑顔で首を振り、

「いやいや、女将が芝居好きでも何の問題はない。心配しなくてもよい」

 しかし、今度は低い声で、

「そういうことでは無く、どうも今、お上では、芝居の廃止を検討されてる様なのじゃ」

 これには、さすがに一同が驚いた。

「は、廃止にございますか? と言うことは……」

 おみよが声を上げる。女将は身体が硬直している。

 すると優斎が、

「江戸の芝居、一切合切ですか?」

 と問うと、浩太郎は頷く、

 すると、向こうの佐助さえ驚き、

「ばあちゃん好きなのに……」

 と呟く。

「まあ、みんな落ち着け。芝居についちゃ、以前のご改革でも取り上げられているから、ある意味定番だったのだが、以前もその前もそこまではってことで取り止めになった。だが、今回は強行らしくての」

優斎は首を捻り、

「しかし、芝居を廃止したからって、それほどの意味があるとは思いませんがねぇ」

「そう、これまではそれが理由でそこまでならなかったが、今回は老中様が拘っておいでの様なのじゃ」

「でもその様な事したら、返って大変な事になりませんか?」

 優斎が腕を組み言う。

 周りは、優斎と浩太郎の意見交換に耳を澄ます。

 すると浩太郎が、

「そこじゃ。そんなことしたら、役者は勿論。小屋で働く者、また周辺の茶屋など職を失う者が、そりゃ大勢出る。そうだよな女将」

「はい。三つの小屋、全てでは。それこそ番付売るものまで、数限りなく」

「そのとおり。じゃから今、我らの北のお奉行と、南のお奉行様が共同で、反対を唱えておいでなのじゃ」

 お華が笑顔で、

「さすが遠山様。分かってらっしゃる!」

 と手を叩く。

「だが、それもどうなるかな……。まあ、こんなこともあって、どのくらいの物になるかは、全くわからんのじゃ」

 優斎も頷き、

「確かに、少々病的なものを感じます」

 浩太郎はつまみを口にし、酒を呑むと、

「これが、置屋のみんなに言いたかったことじゃ。芝居がそうならば、芸者家業に至っては、もっと酷いことになるかも知れん。従って女将。この時の為の、我が亡き父の備えは大丈夫だな?」

 女将は、大きく頷き、

「はい。そちらの方は、いつでも用意出来ます」

「恐らく、大御所様次第になると思うのだが、何かあったら知らせるから、直ぐに進めて欲しい」

「もう、その時に始めてしまうのですか?」

「そうじゃ。御改革のお触れが出たときでは遅い。先手を打たねばならない」

「承知致しました」

 と女将は頷く。

「そして、その時。みんなの住まいも変える」

 お華が驚き、

「そこまでやるの?」

 浩太郎は頷き、

「そうじゃ。まず、お華は、例の長屋に移れ。お華太夫は、一時休業し、そこでとりあえず、お手先のお華とでも名乗っておけ」

「はい」

「そして、おみよ」

 おみよが「はい」軽く頭を下げる。

「おみよはな、ここ。我が屋敷に住む」

 おみよは驚き、

「え? こちらにございますか?」

「そうじゃ。すまんがな、我が家の下女として。又は優斎先生のお手伝いとして、名乗って欲しいのじゃ」

 おみよは思わず、優斎の顔を見る。

 優斎は無言で微笑み、頷く。

「既に、先生にはご了承済みだ。ちゃんと給金も出す。本当なら、鍛冶屋の爺さんのところへ返すのも良いのだが、何かあったとき、爺さんにまで被害が及んだら大変じゃ。もう、いい年だしな。済まないが了承してほしい」

 おみよは、心から嬉しそうな顔で、

「すまないなんて、とんでもございません。じいちゃんの事まで心配頂いて、申し訳ありません。それに、そういうのも何だか嬉しいです。ありがとうございます」

 と、深く頭を下げる。

 どうも、おみよは、変わった環境に身を置く事が、楽しみのようだ。

 すると、お華が少し、不満顔で、

「え~おみよちゃん良いな。先生のお手伝いなんて」

 などと言うものだから、浩太郎が、

「お前は勝手に手先になっておいて、おみよに文句言うのはお門違いだろう!」

 と軽く叱ると、皆の笑い声が飛ぶ。

「あのなお華。今年から、手先にも、少々だが給金が出るようになったようじゃ。文句ないだろ。お奉行に感謝しろ!」

 お華は驚き、

「え? そうなの? じゃ親分達にも?」

 と声を上げる。

「そうじゃ。だから、お座敷が無くても、お華とおみよの稼ぎで、女将も人並みに暮らせるし、お華は、飯の時だけ帰りゃいい。おみよは、我が家にいるから何も心配いらない。とりあえず、これで当分、隙はないだろ」

 お華の賃金というのは、この頃、吉原からの上納金で、手先にも支払う事に決まった。その事を指している。

 賃金を少しでも払えるようになれば、不埒な行いはしなくなるだろうという、お上の狙いからだ。


 優斎は感心して、

「聞いてはおりましたが、さすが浩太郎さん。とりあえず、危難は避けられそうですね」

 浩太郎は、額を摩りながら、

「いや~、やはり、とりあえずってとこさ。あとは様子見だよ」

 女将達も、これだけ聞かされれば、先の推測が立つ。

 幾分、安心したような表情である。

 少々間を置いて、

「さて、お華。次はお前だ」

「はい。何です?」

「先程、大御所様のお具合の話をしたな」

「はい」

 お華は、くいっと酒を呑み、頷く。

「万が一の事があったら、どうせお前は暇になるから、手先の仕事をしてほしい」

「わかりました」と軽く頭を下げ、

「で何するの?」

「お前はな、その知らせを受けたら、お父上の仕事を手伝って欲しい」

「父上様?」

「そう、お父上を手伝うのじゃ。増上寺か寛永寺か、まだわからんが、葬儀の道中の取り締まりを、親分と一緒にしてほしい」

 お華は少し驚いて、

「取り締まり?」

「そう、行程が決まれば、居並ぶ商家などは、雨戸を閉めるか簾を落とし、外を見えなくしなくてはならない。二階などは特に」

「へ~そうなんですか」

 するとおさよが、頭を下げる。

「お華ちゃん、ごめんね。父上をよろしく手伝ってくれる?」

「何言ってんの姉上。それぐらいやりますよ」

 お華の顔は和やかだ。


 そして浩太郎は、優斎に顔を向け、

「さて、最後は先生だ」

「え? 私にも何かあるのですか?」

 浩太郎は軽く頷き、

「伊達様のお屋敷に挨拶したと言ったな?」

「はい。二日にチラっと。帳面に名前書いただけ、ですけどね。あと参勤で来ている兄の知り合いに、ご挨拶しましたよ」

「そうか……」

 と浩太郎は少し間を置き、

「あのな、正月、内与力の加藤様から伺ったんだが、どうも、来年か再来年辺り、日光参拝が行われるらしいんだ」

 驚いた優斎は、

「日光参拝って、あの?」

「そうじゃ、正確に時期などは決まってないようだが、どうもそのご計画らしい。これも筆頭老中様が、手配され始めているようなのじゃ。そうなると、東北最大の伊達様にも当然、影響があるだろう」

「いや、影響どこの騒ぎではございませんよ。しかし、宜しいのですか? その様な大事、私なんぞに話されても」

 浩太郎は、笑って手を振り、

「加藤様はそなたの事を知っているから、わざわざ教えて呉れたのじゃ。それに、これも御老中自身、城内で言いふらしているらしいから、或いは既に、お留守居様はご存じかも知れないが、奉行所からもその話が来れば、確実性が一層、高くなる。兄上様にも役立つのではないか?」

 優斎は、平伏し、

「これはこれは、ご親切誠に痛み入ります。兄は、喜ぶでしょう。早速、以前あった、日光参勤の資料を引っ張り出す事と思います。また、今、伊達の殿様はまだお若いので、そういう事は、なるべく事前に分かっておれば、非常に助かります」

 浩太郎は頷き、

「日光参拝は、我々にとっても重要な事ではあるのだが、前回が、(しゆん)(めい)院様(十代将軍徳川家治)の頃で、もう、六十年以上前らしい。何故、今なのかサッパリ分からんが、とりあえずこれも、先んじておかぬとな」

「ええ、私も今一、筆頭老中様と言う方は分かり兼ねますが、とにかく御礼申し上げます。早急に、兄に連絡しておきたいと存じます」

 すると浩太郎が、

「だが先生。くれぐれも、奉行所辺りからの噂。って事にしておいてくれ、今のところは慎重に動かねばならんからな」

 と笑う。優斎も和やかに、

「承知しております。御懸念無く」

 すると、お華が、

「ねえねえ、その日光参拝っていうのも御用があるのかな?」

 などと聞くので、

「お華。お前は将軍様と一緒に、日光行くつもりか?」

 と笑い、

「あっても、千住程度じゃ。それに、これはまだ先の話。気にせんで良い」

「ふ~ん」

「それより、お華。取り締まりが終わったら、お前は葬列の警備もしなければならない。特に子供に気を付けよ。列に入っちまったら、大変な事になるからな」

 それには、お華も頷き、

「わかりました。親分と相談します」

「うん。そうしてくれ、これも親孝行の一つじゃ、しっかりな」

「はい」

 それを聞き、おさよが再び、頭を下げる。

 

(3)

 

 暫くすると、今度はお華が、

「おかあさんは、ご改革の事知ってるの?」

 と横の女将に聞く、女将は首を振り、

「ううん、私も生まれる前だから、実際の事は知らないのよ。ただ、大殿様が大変御心配なさっていてね。対応の仕方を教えて頂いて、着物なんかの用意もして下さったのよ」

「へ~そうなんだ……父上が」

 すると浩太郎が、

「全く、お前はお気楽だな」

 大笑いすると、お華は眉を寄せる。

「まあ、お前は町の芸者見て、私も芸者になるなんて言った女だからな」

 浩太郎の言葉に、おみよが驚き、

「え? お姉さんって、それで芸者になったんですか?」

 すると浩太郎が、

「なんだ、おみよ知らなかったのか。そうなんだよ。それから亡き父上と母上は大変さ」

 と再び大笑いだ。

 するとお華が、

「え~そうだったっけ?」

 などと、言うものだから、今度は、浩太郎とおさよも驚いて、

「あなた、憶えてないの?」

 おさよが聞いても、

「う~ん」

 と首を傾げる。

 それを見て、浩太郎と女将は大笑いだ。

「困った奴だな。大体、お前が見たっていう芸者が、お吉だったじゃないか!」

 と、些か笑いながら怒った様にいう。

 これにはお華以外は、大爆笑だ。

 仕方無く浩太郎が、

「お前が見た、って言う芸者の話を聞いた父上が、教えてやったろう。父上は深川担当だったから、お吉の事も知っていたからな。しょうが無い奴だな、お前は」

 すると、おみよが、

「そうだったんですか、私も始めて伺いました。でも、なんで女将さんになったんですか?」

 浩太郎が、女将に向かって、

「女将。話してなかったのか」

 女将は頷き、

「あんまり、良い話ではありませんし……」

 と恥ずかしそうに笑う。

「じゃ、俺が変わりに話してやろう。これも今回の御改革と関係の無い話ではない」

 優斎が驚き、

「そうなんですか?」

 浩太郎は、和やかに頷く。

「お華が、お吉を見たっていう時から少し経って、深川で警動があったんだ」


 警動とは、吉原の申請によって、奉行所が行う取り締まりの事。

 元々、上方で売春宿の手入れを「けどが入る」と言い。けどが、「けいどう」に転訛したと言われている。

 岡場所などの非公認売春街の手入れや、夜鷹などの私娼を逮捕する為、しばしば行われた。


「警動?」

 お華の言葉に、浩太郎が、

「父上と俺は、警動なんぞで手柄立てたい何て思って無いから、すみやで、酒飲んで過ごしたりしてたんだ。すると、親分が飛び込んで来て、お吉が捕まったっと言ってな」

 女将は下を向いているが、他は皆真剣に聞いている。

「親分も、その頃。深川一と言われていた、お吉の事は知ってたからな」

 すると、おみよが、

「え、お母さん。深川一って言われてたんですか?」

 それには、お吉も恥ずかしそうに笑い。

 浩太郎が、

「今では、どっかのトンチキが、間違って言われている様だが、その前はお吉だったんだ」

 お華は、隣のおさよの着物を引っ張り、声は出さず怒りの顔で訴える。おさよはククっと笑いながら、まあまあと宥めている。

「へぇ~そうだったんですか」

 優斎は驚き、おみよも驚いた顔で、お吉を見詰める。

 そして浩太郎は、

「それまでは、警動といっても、芸者までは手を出さなかったが、お吉はその時、外に出てたんだな?」

 お吉は頷き、

「丁度、花代の回収頼まれてしまって、うっかり取り締まりの場所にいっちまって」

 と顔を伏せる。

「ところが、その相手ってのが悪い奴で、あろうことか、お吉を南に着き出しちまったんだ。そして牢屋にぶち込まれちまった」

 浩太郎は一口、酒を呑むと、

「それからが大変だ。父上は、お華の事で色々世話になったってのもあるんだろうが、あちこちにお吉の無罪を解いて回って、お奉行にも説明し、やっとお解き放ちになったんだ。白芸者だったのが本当に良かった」

 お吉は神妙な顔で、

「本当にあの時は、大旦那様に大変なお世話掛けまして、感謝のしようもありません」

 と少し涙ぐむ。

「その時さ、お吉はもう芸者は辞めたいとか言ってるし、それならと父上は、お華の世話を頼んだんだよ」

 おみよは、少々大きな声で、

「そうだったんですか」

 と笑顔になる。

 浩太郎は、みんなを見回し、

「でも、このお華様だからな。女将も大変だったと思うよ」

 と、大笑いだ。

 しかし、お吉は手を振り、

「まあ、確かに最初は、武家のお嬢さんがと心配でしたが、始めて会った時も、良い子だと思いまして」

「ネコ被ってたからな」

 浩太郎がチャチャ入れると、お華はまた、おさよの袖を引っ張り、指差し唸って怒る。

「改革に関係があるってのはこの事だ。今度は、芸者だからって容赦しないかも知れない。二枚証文なんぞ特にな。でも、お吉のように白芸者でもどうなるかわからない。一度捕まっちまうと大変なんだ。おみよ。捕まっちまうと、どうなるか知ってるな?」

 おみよは頷き、

「なんでも、吉原に行かされるとか」

「そうだ。吉原で三年ただ働きだ。しかも芸者ではなく、女郎としてな。だから、充分気を付けて欲しい」

 お吉とおみよは、「はい」と頭を下げる。

 しかし、お華は機嫌悪く、饅頭などパクパク食べている。

 そして浩太郎は、

「さっきのお吉の話は、ちょっと続きがあってな。聞きたいかい?」

 というと、優斎が、

「つづきですか? 芸者の修業の話ですか?」

 浩太郎は、

「そんな、普通の話じゃないよ」

 と、首を振りながら、大笑いだ。

 お吉も気付いたようで、口を押さえて笑う。

 おみよが、笑顔で、

「お願いします。旦那様」

 と言うので、浩太郎は頷き、

「ある日、俺と父上は、深川の番所にいて、茶を飲んで休んでいたんだ。俺がまだ、見習いの時でな。すると、若い者が飛び込んできて、富岡の前で芸者が、悪い男に脅されているって訴えて来たんだよ。早速、二人で駆けつけたんだ」

 と、ここまで言うと、優斎が手を叩き、

「あはは、そっちの話ですか」

 と苦笑する。

 浩太郎も頷き、

「それで行ってみたら、男が二人、顔中血だらけで、足にも簪打たれちまって、倒れて唸ってんだよ。しかも、一人はあの男でな、女将」

 お吉も、苦笑いで頷く。

「まあ、父上は顔面蒼白になっちまうし、女将は怯えているんだけど、若い芸者の方は、当然の様な顔してるんだ。父上も分かってたんだろうけど、周りは見物人が一杯だし、とても自分の娘だなんて言えないから。仰々しく、おまえたちは、こいつらに脅されたんだなって、言うしか無い。すると若い女は、私の身と大切なお母さんの為に夢中でなんて、いけじゃあしゃあと言いやがる」

 お華と女将以外は、大笑いだ。

「吟味与力の佐久間様も呆れて、これを私に、どう裁けと言うんだと呆れて、笑ってるしさ。まあ、ひとりがあのお吉を南に売った奴だったし、武家の娘に、町人のヤクザが絡めば、悪いのはそいつらって事に普通はなるんだが、あまりのやられかたに、困っちまったわけだ。俺は完全に、若い芸者が悪いと思ったね。だって、死ぬほど簪やら、石なんぞぶつけてるからな」

 お華は、斜め上を無表情で見ている。

 おさよも笑って、

「まあ、そうでしょうね」

 という始末。

「結局二人とも江戸所払いで、芸者の方はお構いなしになって、女将は厄介払いが出来たって訳だ」

 するとお吉が、

「私は、あの時。私の大事な者の為って言ってくれたのがとても嬉しくて。私の腹も決まりました」

 おさよとおみよは、大きく頷く。

 しかし、浩太郎は、

「でもね、あれは絶対、暴れたかったんだぜ。昔からそういう奴さ」

 お華の怒りは、最高潮に達する。

 おさよは、そのお華を片手で押さえ、

「もう旦那様。いじめるのもその辺にして下さい」

 みんなも下向いて笑っている。

 浩太郎も、ふふっと笑いながら、

「まあ、あの時は父上がいたから何とかなったが、今度はそうもいかない。みんなも気を付けてくれ」

 お華以外は、一斉に頭を下げ、

「分かりました。気を付けましょう」


 そうして第一回八丁堀会議は終わった。

 しかしお華は、まだふてくされている。



 まずは作戦会議。

 転換無しの、話になりました。


 正月は、武家も商家も挨拶回り。

 商家は、「御慶、御慶」と言いながら、白扇を配りまくり、武家も、上司など特に、玄関先の、挨拶帳に名前を書き回る。

その他、色々あって、今と違って、かなり面倒です(笑)


 ところで、お華が、一緒に回るってのは、全く確証がありません。

 まあ、主役ですので、ご容赦下さい。

 これから二年の間、芝居上では、かなりの騒ぎとなります。

 よろしかったら、ご覧下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ