脱出と再会
一行は六階層の灼熱地帯を足早に抜け、五階層の密林を敵を倒しつつも迅速に駆け抜ける。四階層の比較的安全そうな水辺で小休憩をとった後はさっさと三階層と二階層を最短距離で突っ切った。
ここは二階層から一階層へ続く階段を上った先にある広間。倫太郎一行は潜るまでに二日を要した道程を、帰り道は僅か五時間ほどで走破していた。
ここまで早く戻ってこれたのには二つの要因があった。
一つ目は行きとは違い、強力でイレギュラーな魔物が一切出現しなかったこと。オークキングとクイーン、スピリットゴースト、ノーライフキング、どこぞの魔族の王子など、もちろんイカれた精霊も現れなかった。
現れたのは元々それぞれの階層に生息する魔物ばかり、そんな有象無象がいくら出たところで倫太郎たちの弊害にはなり得なかった。
二つ目はその戦闘のほとんどを倫太郎が率先して殲滅したことが大きいだろう。
闇爪葬を大型のガンソードへと変形させることに成功し、大量の爆煉石を手に入れた倫太郎は嬉々として戦闘を買って出た。いや、マールとレディから奪い取るように遭遇した瞬間に片っ端から抜き手の見えない早撃ちにより次々と屠っていった。
数百メートル離れた敵だろうが地中に身を隠す敵だろうがお構いなしに腰だめに構えたガンソードの超火力と倫太郎の持つ射撃センスにモノを言わせ、魔物を蹂躙する様をマールとレディも遠い目で呆れたように見ているだけであった。
「……ねぇ、マール、襲ってくる魔物は帰り道のほうが遥かに多いけどレディ達は武器すら抜かなくていいのかな?」
「…いいんじゃないですかねぇ。むしろ抜かない方がいいのかもしれません。見てください、あのリンタローの嬉しそうな顔。よほど銃を自由に撃てなかったフラストレーションが溜まってたんでしょうね。今下手に手出しするとかえって怒られそうな気がします」
ガァン!ガガガガガァン!ガァン!
十五体ものゴブリンの群れが倫太郎に向かって襲い来るが七発の弾丸がいとも容易くそれらを肉塊に変える。
一発で正確に二体以上の眉間を正確に撃ち抜くが、火力が高すぎて被弾したゴブリンの頭は熟れたトマトのようにはじけ飛び、ダンジョンの壁や地面に汚い液体をそこかしこに飛散させていた。
ゴブリンからしてみれば阿鼻叫喚の地獄絵図、それでも際限なく襲ってくるのは知能の低さからか。倒しても倒しても銃声を聞きつけてワラワラと集まってくる。
弾を撃ち尽くすと同時にリロード。シリンダーをスイングして廃莢、器用に指に挟んだ新しい弾丸を一瞬でシリンダーに装填し、手首の返しでフレームへとシリンダーを戻してまたブッ放すを繰り返す。次弾装填にかかる時間は一秒未満、マールとレディには速すぎて何をしてるかよく見えないレベルの早業だ。
「あぁ~、幸せだ~。制限なく銃を撃てることがこんなに気持ちいいなんて知らなかったぜ」
うじゃうじゃとわいて出るように集まるゴブリンたちだったが、倫太郎が倒す速度の方が早すぎてその数を確実に減らしている。
最初は何体のゴブリンを倒したのかをカウントしていたマールも二百を境に面倒で数えるのを止めてしまっていた。それから数分後、一体もゴブリンが現れなくなった。ついに一階層のゴブリンは絶滅してしまったようだ。
「ふぅ、スッキリした」
一仕事終えたかのように額に光る汗を袖口で拭いながら闇爪葬を黒い霧へと還した。
清々しい倫太郎の表情とは逆に辺りは悲惨極まりない光景が広がっていた。堆く積まれたゴブリンの首無し死体の山である。
学校の体育館ほどの面積のあるただっ広いフロアでゴブリン掃討をしていたのだが、そのフロアの見渡す限りゴブリンの死体が横たわっているという状況だ。
魔物の死体などは見慣れているはずのマールとレディも思わず「…うっ」と嘔吐いてしまうのを禁じ得ないほどスプラッタな惨状だった。
「…気はすみましたか、リンタロー」
「ああ。まぁほどほどにはな。的が雑魚過ぎてなんの手応えもないから面白味には欠けたけどな」
ざっと見渡して五百を越えるゴブリンの骸を一瞥して満足そうに闇爪葬を霧へと変化させ霧散させた。
「よし、ガンソード状態の闇爪葬のクセも掴んだし、七連装なんていう特殊な弾数とバカでかい弾丸の扱いにも慣れたし、なによりスッキリした!地上へ戻ろうぜ」
清々しい笑顔で先頭を歩く倫太郎だった。
地上へと続く長い階段があるエリアまでもう十分も歩けば到着というところで、倫太郎たちが進む先がにわかに騒がしくなる。
「こちらはダンジョン、無幻の回廊管理事務局です!ただ今このダンジョン内で下層の強力な魔物が上層で出現するという異変が起こっています!探求者の皆さんは速やかに退避してください!一時的に夢幻の回廊は閉鎖されます。指示に従い、速やかに地上へ戻ってください!また、この異変について情報を持っている方はの情報提供もお願いします!」
音声拡張のレガリアで一階層中に響き渡るほど大音量で避難勧告がアナウンスされる。どうやら異常事態に気づいた他の探求者が報告を挙げたようだ。
まだ遠すぎてよく見えないが、武器を携え、フルプレートメイルを着込んだ騎士然とした者たちがゾロゾロと大人数で倫太郎たちの方へ歩いてくるのが見える。
「…やはり避難勧告が発令されたようですね。調査期間にもよりますが、少なくとも十日は封鎖されるでしょう」
無理を通して治癒の実を倫太郎に獲ってきてきてもらって本当によかったと思ったのか、マールは治癒の実が入った麻袋をキュッと大事そうに抱いた。
そんなマールを横目で優しく見つつ、倫太郎は逡巡する。「原因も知ってるし、その原因を排除したのは自分だが報告したほうがいいのか?」と。
しかし同時にある可能性にも突き当たった。それは正直にすべてを報告するとシルモイを倒した過程を説明しなくてはならない。
精霊シルモイ、それは数百年に渡りこの世の風を司る象徴とされ、崇められ、恐れられてきた存在である。
気分屋で災いと恵みをもたらす割合は半々、忌み嫌う者と感謝の念を抱いている者も世の中には半々で存在しているのだ。創造神イェニスの次に崇拝されているであろう精霊の一柱を殺したとなると、どうなるか倫太郎には計りかねていた。
重罪人として追われることになるのか、はたまた英雄として祭り上げられるのか。どちらにしろ勘弁願いたいと考えたのだ。
そんなことを難しそうな顔で考える倫太郎の思考をうっすら察したマールは提案した。
「本当はダメなんですけど、報告しないという選択肢もあります。大昔の話ですが、シルモイに関してはあまりの傍若無人ぶりにかつて各国が同盟を組んで討伐隊を差し向けた歴史もありましたから精霊を殺したからといって裁かれることはないと思いますが…面倒事は避けられないでしょう」
いくら法に縛られない精霊という存在だとしても気ままに破壊と死をもたらす者を野放しにしておくのは危険すぎる。ならばいっそ殺してしまって、シルモイの代わりに生まれてくる精霊が穏やかな気性であることに期待しよう、そういう流れになるのは自然なことだと言える。
シルモイを各国の一騎当千の英雄とも言えるレベルの精鋭揃いの集団で取り囲み、一斉攻撃を仕掛けたのだが…その討伐は返り討ちという凄惨たる結果で終わったという。
「それからは人にはどうにもできない自然災害のようなものであり干渉せず、放置するほかない、触らぬ神に祟りなし、という流れになるのも仕方がないことです。そのシルモイを単身で討ち取ったとなると…もしかしたらリンタローを取り込もうと国が動く可能性すらあります」
うへぇ…と、反吐が出そうなほど嫌な表情を隠しきれない倫太郎だった。異世界に来てまで国などという大きな組織のゴタゴタに巻き込まれるなど望むところではない。
「なるほどな。参考になった」
前方から倫太郎たちの方へ歩いてくる甲冑の集団との接触まであとわずか。倫太郎の中ではどういう受け答えをするかは既に決まっていた。
「おい、君たち!下層から上がってきたのか!?異変について情報があるなら教えてくれ」
先頭を歩く豪奢な鎧を纏った男が倫太郎たちに歩み寄る。マールとレディは「どう返すの?」という視線をチラチラと倫太郎に送っていた。
「ああ、よかった。あんたら事務局の人たちか。いやぁ、三階層でオークキングとオーククイーンに出くわして命からがら逃げてきたんだ。すぐに引き返したんだが迷ってしまってやっとここまで戻ってきたところだ。それで───」
倫太郎は嘘と事実を混ぜてそれらしい言い訳をでっち上げる。フムフムと事務局の兵士は倫太郎の話を聞いて更に深刻な面持ちになる。
僅かな違和感も感じさせないために迫真の演技で兵士と接する。恐ろしい魔物からやっと逃げてきて大勢の兵士たちに出会えた安堵感、ダンジョン内をさ迷った疲弊感、それでもやっとの思いで出口付近まで戻ってきたという達成感を倫太郎は一瞬で表情に詰め込んで見せた。
そして身振り手振りでいかに自分が怖い思いをしたかを実体験のように並べ立てる。
「っ!?。やはり情報は正しかったようだな。大変な目にあったな。さぁ、君たちは地上へ戻りなさい」
「そうさせてもらうよ。あんたらも気をつけてな」
にこやかに兵士に手を振り、兵士たちの無事を祈るフリをする倫太郎。今さらダンジョンを潜っていったとしても帰り道で出くわした魔物は倫太郎が片っ端からガンソードの餌食にしてしまったので強力な魔物どころか階層原生の魔物すらほぼほぼ残ってはいない。
それどころか異変の原因であるシルモイすら存在しないので、事務局の兵士たちはきっと原因究明などできずに無駄足を踏んで終わること間違いなしだ。
その後ろでマールとレディは詐欺師を見る目で倫太郎を見ていた。
「レディ、見ましたか?…あの即席とは思えない演技、戦闘だけじゃなくて詐称術にも長けているんですね…。そう言えばスピリットゴーストに憑かれた魔法使いの女の人にも素人とは思えない縄捌きで縛り上げてましたし……器用の一言で片付けるには些か業が深過ぎませんかね…?」
「………倫太郎は探求者だけじゃなくて詐欺師の才能もある。一生付いていくつもりのレディからしてみたら食いっぱぐれの心配がなくて安心。あの縄捌きも役に立つ。主に夜の営みで」
コソコソと倫太郎に聞かれないように話しているつもりの二人であるが、地獄耳の倫太郎にははっきりと聞こえていた。…レディの無理矢理なフォローが逆に倫太郎を追い詰める。
「…お前ら…」
ジト目で睨まれ、会話が筒抜けだったことにマールとレディはバツが悪そうに視線を逸らした。
「…はぁ、まぁいい、さっさと出ようぜ。もうクタクタだ」
踵を返して出口へと歩き出した一行、それとは逆に大勢の事務局の兵団がゾロゾロとダンジョンへの奥へと入っていく。
よく観察すると、彼らの出で立ちは様々だ。王都の街中で見かけた憲兵の鎧を着込んだ者、見るからに豪奢な装飾を施した鎧の者など、着ている防具、刻まれているエンブレム、携えている武器すら統一性が見当たらない。まるで寄せ集めの傭兵のようだ。
「なぁマール。なんでコイツら色んな格好してんだ?全員夢幻の回廊管理事務局の兵士なんじゃないのか?」
「夢幻の回廊管理事務局というのは王都直轄の組織なんですけど、そこに所属している兵士はごくわずかなんです。今回のような不測の事態が起こったときは管理局から原因究明の依頼が各所に回ります。そしてその時手の空いている荒事の処理が得意な者たちが一定数以上集まってダンジョンに潜り調査するんです。なので見た目は皆さんはバラバラなんですよ」
ふぅん。と倫太郎は彼らを見送りながら納得していた。少なくとも百人以上の武装した者たちが歩く列は壮観だ。鎧が鳴る音が幾重にも折り重なりガシャガシャと騒音レベルの音量を撒き散らしている。
音につられて魔物が寄ってきてしまうのでは?と思わなくもない。
「おぉ~い!リンタロー!私っ!私だ~!」
列の最高峰から倫太郎を呼ぶ声が聞こえてふとそちらを見れば、一際きらびやかな甲冑に身を包んだ兵士らしき者が倫太郎たちの方へ走りよってきた。少女のような声音で「私だ!私だってば!」などと連呼するフルプレートメイルの兵士を倫太郎は不審者を見る目で訝しむ。
「…?。…誰だ?」
甲冑に見覚えがあるような、ないような。はて?と、首をかしげながら考えていると、倫太郎のもとへ到着したフルプレートメイルの兵士は兜を脱ぎ、美しい金髪を解き放った。
「私だ、リンタロー!また会ったな!」
それはかつて倫太郎がこの世界へ迷い込んで初めて出会った人間であり、キングウルフに負け、食い殺されそうだったところを助けたトルスリック騎士団団長エリーゼ・フォグリスであった。
「おっ?おぉ~!エリーゼじゃねぇか。しばらくぶりだな。今日は副団長はいねぇのか?」
再会を喜び固い握手を交わす倫太郎とエリーゼ。相変わらずエリーゼは凛としていて意思の強い瞳である。今は『トルスリック騎士団団長』としてここにいるからか少女らしさは鳴りを潜め、完全無欠の強者としての風格が窺える。
「その節は世話になったな。グーフィなら別の任に就いているぞ。なんだ?探求者になったのか?まぁお前ほどの腕があれば困らんだろうがな」
「いや、こっちこそ世話になった。エリーゼの口利きのお陰でロックドラゴンの買い取りで得をさせてもらったしな。団長様々だったぜ。探求者になったのはコレが欲しかっただけなんだ。探求者として生きていくつもりはねぇよ」
そう言って担いでいた大きな麻袋を開いて見せる。エリーゼも先程から倫太郎の背中の大きな荷物が気になっていたようでチラチラと見ていることに倫太郎も気づいていた。
「硫黄の香り?…これは…爆煉石か?しかし量が異常だな…まぁリンタローだからなぁ。しょうがないか。くれぐれも街中で爆発させてくれるなよ?」
「そんなヘマはしねぇよ」
呆れた視線を感じつつ、麻袋を閉じて担ぎ直した倫太郎。まるで重さを感じさせないふうに持ち上げているが、どう考えても数百キロはあるのは間違いない。
「あのぅ、すっかり蚊帳の外ですけどそろそろ紹介してください。リンタロー、こちらの方は?」
会話に入るタイミングを見計らいマールが倫太郎に紹介を求めると、倫太郎も「あぁ、わりぃわりぃ」とエリーゼを二人に紹介した。
「彼女は俺がこの世界に来たばっかのときに世話になったトルスリック騎士団団長のエリーゼだ。エリーゼ、二人は俺の臨時パーティのマールとレディだ」
「トルスリック騎士団団長!?…これはまたビッグネームですね…。ごほんっ、初めまして。三等探求者のマールと申します。お見知りおきを」
「なに、大したことはない。リンタローの仲間ならば私の仲間も同然、エリーゼと気安く呼んでくれ」
一歩前に出て握手を交わすマールとエリーゼ。レディも前に出て自己紹介するのかと思いきや、自分の腕を倫太郎の腕に絡めてピタリと寄り添い、舌舐めずりしながら言い放った。
「…レディはレディ。リンタローのオンナ」
「!?」
バッ!と倫太郎を睨むエリーゼの目には「ダンジョンの中でナニしてたんだコラ!?」という非難の色がありありと浮かんでいる。
「…いや、違う違う。ダンジョンで奴隷契約を破棄されてたから俺が拾ったんだ。誓ってやましいことはしてねぇ」
レディを引き剥がしながら弁解するがエリーゼの疑いは晴れないようで、倫太郎を見つめる瞳は厳しい。
「…まぁ、いいだろう。そういうことにしておいてやる。おっと、任務の途中だったな。もう戻らねば。リンタロー、二日後の夜に食事でもどうだ?お前に会ったら相談しようと思ってたことがあるんだ」
「「!?」」
「ああ、いいぞ。メシがてら近況報告でもし合おうか」
「「!?」」
甲冑姿の戦士とはいえ目鼻立ちのはっきりした美人が倫太郎を誘う。そしてそれをすんなり承諾した倫太郎に好意を寄せる二人に衝撃が走った。
トルスリック騎士団団長という肩書きをひっさげて現れたエリーゼという美女に気が気ではないマールとレディであった。
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