激闘のあと
いつでも、どんなときでも、逆境でも、罠にハメられたときでも、必ず無傷無敗を常としてきた倫太郎だったが此度の戦闘は心身共に傷つき疲れ果てていた。
シルモイとの激闘を終えて強制的に睡眠についてからかれこれ二時間、眠ったまま起きる気配はない。超ショートスリーパーの倫太郎は普段の倍以上の時間眠りについていることになる。
「大丈夫でしょうか?…顔色は悪くないようですが…」
今、倫太郎はダンジョンのゴツゴツとした地面ではなく、マールの柔らかい太ももに頭を乗せられながら眠っていた。いわゆる膝枕と言うやつである。
最初は布を重ねたところに寝かせていたマールとレディだったが、それでも地面のデコボコで頭が痛いだろうとレディの「…じゃあレディが膝枕する」という発言を発端に今の状況に至るわけだ。
「それなら私が!」と張り合うようにマールも立候補し、マールとレディで倫太郎の頭を取り合っていたが、結局どちらからともなく「じゃあ半刻ごとに交代ね」という折衷案が出され、今はマールの番というわけだ。
「…シルモイと戦ってるときのリンタロー…相当無理してた。まるで命を対価に力を引き出しているような…レディにはそう見えた」
「はい…。あの精霊シルモイを圧倒するほどの力の対価です。安いはずはありません。リンタローの傷はすべて治しましたし、顔色からして血が足りないわけでもなさそうですが…。体力と精神の疲労のほうが激しいようです。…まだ休養が必要なんだと思います。好きなだけ寝かせてあげましょう」
倫太郎が倒れてすぐさまマールは倫太郎に全力全開の治癒魔法を施し、骨折や傷を癒した。瞬時に塞がり癒えていく怪我に相反して倫太郎の意識は依然として戻る気配はない。
ここは爆煉石の発掘地帯から少し離れたところにある洞窟の中。洞窟の入り口にマールが結界魔法と隠蔽魔法を施して簡易的な安全地帯となっている。
消耗し、意識のない倫太郎を守りながらでは魔物の群れと遭遇した場合戦うのも逃げるのも困難になるのは目に見えているため、マールとレディで倫太郎を担いで避難したのだった。
「それにしても倫太郎は爆煉石のゴロゴロ転がってる空間で普通に銃を使ってましたけど…よく大爆発しませんでしたね。正直ヒヤヒヤしてたんです」
それもそうだ。火気厳禁区域である爆煉石が大量に存在するエリアで倫太郎は闇爪葬を銃へと変化させ、当たり前のようにバンバンぶっ放していた。
一歩間違えばシルモイと一緒に心中していたかもしれない。
「…リンタローは撃つ場所を選んで撃っていた。闇雲に撃ちまくっていたわけじゃない」
そう。倫太郎は爆煉石と思しき鉱石が近くにある場所を避けて撃っていたのだ。
「…そういえば」と、マールは先の倫太郎とシルモイの戦いを思い返すと倫太郎の攻撃に不自然な動きがいくつもあったことに気付く。
「…レディは戦闘を俯瞰して見る目がどんどん肥えていきますね。それにリンタローからもらった短刀の扱いもビックリするくらいの速度で上達してるように思います。…少しでも記憶が戻ったんですか?」
「ん~ん、まったく思い出せない。…思い出せないけど、きっとレディは記憶を失う前は日常的に戦ってたんだと思う。すごいスピードで身体の記憶は思い出し始めてるのがわかる。この力があればリンタローの役に立てるし傍に居られる。だから記憶が戻らなくても平気」
そう言うレディは戦いで倫太郎の役に立てると嬉しそうに笑うが、マールにはどこか寂しそうにも見えていた。
親や兄弟、生まれ育った故郷も覚えてない。おそらくレディは十代後半の年頃であるが、その人生をまったく思い出せない孤独感と虚無感はレディは表には出さないが想像以上に心に不安と切なさを感じさせているはずである。
それでも心の弱味を見せずに振る舞うレディをマールは強い女性だと素直に感心していた。
「レディは…強いですね。…私も見習わないと…」
「?。マールは十分強い。シルモイを一時的にでも戦闘不能に追い込んだのはマール。あのときレディは一発でノされて気絶してた。マールが戦わなかったらきっとリンタローもレディもこの世にいない。マールは強い」
会話が噛み合ってるようで噛み合ってないが、マールはそれを訂正することなく微笑んだ。
「…ありがとうございます!」
流れる時間を忘れ、倫太郎の膝枕を交代しながらも二人は話に花を咲かせた。
これからどうしたいか、倫太郎の好きなところ、なぜ好きになったのか、食べたいもの、行きたい場所、好きなもの、嫌いなもの、語れど語れど尽きぬ話題に時は過ぎる。
何年も会えなかった唯一無二の親友と会ったかのように喋り倒すマールとレディ。ダンジョンという危険な場所で二人は互いの理解を深めようと貪欲に話語り合った。
「……ん…ぐっ…ここは…」
どれほど経ったかわからないほど話し続け、そろそろご飯の支度でもしようかと話していたとき倫太郎が目を覚ました。
倫太郎は寝惚けたような、まだ眠そうな眼で辺りを見渡し状況を把握しようとするが頭が回らないようだ。そもそも視界が悪い。「なんだコレ」と、視界を遮る物体に手を伸ばそうとしたとき、聞き慣れた声が視界を遮る物体の上から聞こえてくる。
「リンタロー!やっと気がつきましたか。随分寝ていたんですよ?」
目を覚ました倫太郎の目の前にはマールの大きな二つのメロンがぶら下がっていて視界がほとんど隠れているため、その声の主であるマールの顔も見えていなかった。
「お、おう。その声はマールか。心配かけたな」
「ちゃんとレディもいる。体調は大丈夫?リンタロー」
レディがヒョコッと倫太郎を覗き込むように現れる。
レディは遮蔽物であるマールの胸を押し退けて倫太郎の手を取り、引き起こす。が…
「…重っ」
「ちょっとレディ!?それはリンタローの体重のことですよね!?私の体の一部のことじゃないですよね!?」
何がとは言わない。自分がマールより胸のボリュームで負けているから刺々しい目でマールの胸を睨んでいるわけではないのだ。
「まっ、まぁ、無事に目覚めて何よりです。お腹は減ってませんか?今から食事の準備に取りかかろうと思っていたところなんです」
「あぁ、腹は減ってる。だけどその前にいくつか確認したいんだけどいいか?」
シルモイを倒した直後、すぐ深い眠りに落ちた倫太郎は状況が理解できていない。二人が悠長に食事の支度をし始めようとしていたことから差し迫った危険がないのは理解できたが。
「まずシルモイはどうした?たしか俺が頭をぶち抜いて倒したところまでは覚えてんだけど、そこから先の記憶がねぇ」
「シルモイなら……消えました」
「!?………消えた、消えたってどういうことだ?」
シルモイの遺体はそのままの意味で消えた。倫太郎が気を失った直後、身体の端から光の粒子になり空気へ溶けるように宙へと消えていったのだ。
精霊とはこの世界が生んだ意思である。だが精霊に成すべきことはない。『力』の集合体として生まれ、気ままに圧倒的な『力』を振るう。
その精霊にも死という概念は他の生物と等しく存在する。では精霊は死ぬとどうなるのか、答えは『世界へと還る』のだ。
そうマールは説明した。
「じゃあこの世に風を司る精霊は二度と現れないのか?」
自然の生態系の一部を破壊してしまったような気まずさを覚えた倫太郎はどこか不安そうにマールに聞いた。その問いにマールはフルフルと頭を、横に振って答える。
「いえ、シルモイが死んだ瞬間、新たな風の精霊がこの世のどこかで誕生したはずです。精霊は必ず一定の数を維持して世界の均衡を保つ役割を担っているそうです」
「……まさかまたシルモイみたいなプッツン野郎じゃねぇよな」
苦々しく言う倫太郎にマールは「…それはどうでしょう」と言葉を濁した。
精霊は変わり者が多い。シルモイのような極端な者はそう多くはないにしても、人間には計りかねる感性の持ち主が多いのも確かだ。
「そうか…。よし、寝たら幾分楽になったし、腹ごしらえして爆煉石をかき集めて帰るか。じゃあ俺は爆煉石を拾ってくるからマールとレディでメシの支度頼めるか?」
パンっと自分の膝を叩き、立ち上がる倫太郎。その足取りに不安はなく、すっかり回復したようである。
「ん、任せて」
「手早く作っちゃいますから早めに戻ってきてくださいね」
マールとレディに快く送り出されて倫太郎は先程までいた爆煉石の発掘エリアへと引き返す。
その間、様々な構想を練っていた。土壇場で閃いた刃物にしか変化できない闇爪葬を銃へと変化させるという荒業。多種多様な銃の構造を理解している倫太郎ならば闇爪葬を必要に応じて銃へと変形させることで状況にあった戦い方が可能になるだろう。
つまり何種類もの弾丸を作る必要がある。できる限り大量に爆煉石を持ち帰らなければなはないのは間違いない。
爆煉石を詰め込むための真新しい大きな麻袋を広げながら倫太郎は闇爪葬と錬金魔法と可能性を考え、感じながら爆煉石を広い集めるのだった。
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「リンタロー遅いですね…」
マールとレディの目の前には出来立ての料理が並んでいる。最後の食材を使い果たして作った力作である。
以前、マールが振る舞った料理の味に感銘を受けたレディがマールに料理の手解きを受けながら二人で作った超大作だ。限られた食材と調味料しかないが、足りないものは現地調達で間に合わせ、食材の切り方、焼き加減、出汁の取り方などのコツを教えてもらいながら調理したものだ。
倫太郎の傍にいることを決めたレディ、これからもダンジョンに潜ったり旅をすることも多々あるだろう。そのとき、倫太郎の口に入るものはすべてレディが担当するつもりなのだ。
どうせなら思いを寄せる彼には自らがこさえた美味しいものを食べてもらいたいという女心の表れである。まぁ早い話が倫太郎を落とすため、手始めに胃袋を掴もうという作戦だ。
だが折角作った料理が冷めてしまうかもしれないと懸念するほど倫太郎の帰りが遅い。そわそわしながら待つと、倫太郎が背中に巨大な麻袋を担いで戻ってきた。
「ただいま。遅くなってわりぃな。おっ!旨そうな匂い!」
「おかえりなさい…リンタロー、まさかとは思うけど…その後ろの、大荷物の中身は全部爆煉石?」
倫太郎が担いでいる麻袋は、中身がすべて爆煉石だった場合、どうみ見ても数百キロはくだらない重量であることは間違いない。
「ああ、もちろんそうだ。いちいちまた取りに来るのも面倒だからな、持てるだけ持って帰ることにしたんだ。かさばるけど持てない重さじゃない」
そう言ってパンパンになった大型の麻袋を地面に置くとドゴン!と、持てない重さじゃないなどと言う重量感ではない重厚な音が鳴った。
「「………」」
マールとレディは呆れたような、でもどこか「リンタローだからなぁ」という納得の表情だ。
「ま、まぁとりあえず料理が冷める前に食べちゃいましょう!リンタロー、今回はレディも頑張った力作ですよ!」
「ん、リンタローのために腕に寄りを掛けて作った。食べてみて」
急かされるように二人の間に座らされた倫太郎は手近にあった具だくさんのスープを啜る。
よくわからない野菜や肉が入っているが、味はクラムチャウダーに似ていて安心するような優しい味だ。胡椒のようなスパイスも効いていて実に食欲がそそる。
「うまい!これはカネを払っても食いたいレベルだぞ。特に肉がいい!ホロホロと崩れる食感が絶妙だ。野菜も食感が面白い。ホントにうまいなコレ」
「それはレディが仕込みから作ったものです。岩ミミズの肉がスープを吸って最高ですよね」
「…え…?……ミミ…ズ…?」
不穏なワードがマールの口から飛び出した。
「頑張って捕まえて捌いた。ヌメリを落とすのが大変だったけど四階層でたっぷり汲んできた水があったからなんとかなった。野菜もこのダンジョンに群生しているポイズンキャロットを入れてみた」
「い、岩ミミズ?ポイズンキャロット…?…え?」
余計なことは喋らずにさっさと食っておけばよかったと後悔する倫太郎だった。
食事で腹も満たされ、睡眠で気力も回復し、活力が戻った。最大の目的である爆煉石も大量に確保できたことであとは帰るだけという状況だ。
「…ふう、ごっそさん。材料はアレだがマジで旨かった。さて、あとは戻るだけだな」
「そうですね。私も母が心配なのであまり長居はできません。戻りましょう」
様態が急変するような病ではないが、目の不自由な母の傍へと早く駆けつけたい気持ちを抑えられないようだ。
倫太郎とレディももうここに用事はない。倫太郎も爆煉石の入った麻袋を担ぎ直して立ち上がりレディを引き起こす。
「よし、じゃあ帰るか。出口を出るまでがダンジョンだ。帰り道も気を抜かないように締まって行こう」
イレギュラーとトラブル続きで二日以上かけたダンジョン探索も折り返しだ。何事もなく最短最速で戻れば数時間で戻れるだろう。
出会うはずはない強敵と遭遇し、何度も死にかけたがやっと帰路につけることに倫太郎は内心安堵していた。王都の道具屋で聞いた話だと六階層程度ならば初心者の探求者でもパーティを組めば比較的安全に潜れるという話だったが、いざ挑んでみれば難易度スーパーハードな内容であった。さすがの倫太郎もしばらくダンジョン探索は遠慮したい気持ちでいっぱいである。
しかし闇爪葬とマール、レディという得難い武器と仲間と出会えたのは僥倖だった。この出会いがなかったら…一人で夢幻の回廊にチャレンジしていたら…もしかしたら死んでいたかもしれない。
そう考えたとき出会えたことに、仲間になってくれたことに感謝の念を覚えた倫太郎だった。
投稿遅くなって申し訳ありません。仕事と家庭が忙しくてなかなか執筆が捗りませんでした(つд⊂)
次回からはなるはやで更新していきたいと思いますので応援よろしくお願いします。




