シルモイ戦、決着
投稿遅くなって申し訳ないです。少し長めです。
「リンタロー!生きてますか!?」
シルモイに吹き飛ばされたとき倫太郎がぶち破った穴をマールとレディがくぐり抜け、倫太郎を探す。
そこは痛々しくも殺伐とした光景であった。
身体中に風穴をいくつも作り、うつ伏せに倒れながらも殺意を漲らせて倫太郎を睨むシルモイ。夥しい血を流し、這々の体ではあるものの放つ殺気は微塵も衰えてはいない。寧ろ怒りからか鋭く強大になっているようにもマールとレディは感じていた。
対する倫太郎は激痛からか大量の脂汗をかきながらもシルモイの殺意を押し返すほどの、まるで抜き身の刀身のように鋭利な殺意をぶつけて対峙している。
そして彼のその手には見慣れない武器が握られていた。
燻色に鈍く輝く十インチオーバーの銃身にM19の弾倉より二回り以上長く大きな弾倉。グリップは両手で持てるように延長されている。S&WのM500をも上回る超大型のリボルバー型の拳銃だ。だがその銃身の下には銃身と同化するように取り付けられた一メートル程の陽の光をも吸い込むような漆黒に染まったサバイバルナイフを巨大化させたような刃がついており、波紋だけがギラギラと歪に輝いている。
所謂ガンブレードと呼ばれる武器であった。
夢で見た闇爪葬の"可能性を見落としてる"というのはこういうことだったのかと、ふらつく体を必死に膝に手をつきながら倒れまいと堪えながらも納得する。
以前、闇爪葬は倫太郎に『自分は刃のついていない武器には変形できない』と言っていた。しかしそれは逆を返せば『刃のついている武器にならばなんでもなれる』ということだ。だから本来、刃のついていない武器にも刃をつけてしまえば変形可能ということ。
しかし銃という複雑な構造をもつ武器を細部までイメージして一気に具現化するのは通常であれば至難の技、と言うより不可能だ。
錬金魔法を極め、王都の有名店であるガンゾウをも凌駕した倫太郎の想像力と銃に対する深い造形があって初めて可能となる技なのだ。
これまで所有者の望む通りに槍、大鎌、剣、刀、と様々な刃物に変形してきた闇爪葬自身もこれは新境地であった。
『ぅおっ!…うおぉぉぉぉぉ!!!なんじゃこりゃあぁぁぁ!すげェ!すげェぜ倫太郎ォ!これァ銃ってやつじゃねぇかよォ!フゥゥゥゥイャアァァァ!』
(…うるせぇ。ちょっと黙ってろ…。無理して立ち上がってんだ。少しでも気ィ抜いたら倒れちまいそうだ。集中させてくれ)
ギシギシと軋む身体に喝を入れて気合いと根性のみで立っている倫太郎はいつ気を失っても不思議ではないほど満身創痍だ。
倒すべき敵が目の前にいる、ただそれだけで必死に立っていた。
だが僥倖、いや、不幸中の幸いであったのは倫太郎か吹き飛ばされた先に爆煉石があったことである。
辺り一面から漂う硫黄の臭いに倫太郎もまさかと思ったが、あの時、一か八か握り締めていた爆煉石と思しき鉱物を錬金魔法で分解し、火薬代わりにしこたま詰め込んだ弾丸をガンブレードに装填して引き金を引いた。
その結果、通常のガンパウダー以上の爆発力で銃弾が発射され、シルモイに手傷を与えられたのだ。
なんにせよ闇爪葬を銃の形状に変化させることに成功し、爆煉石も手に入れ銃弾も作ることができた。これでやっと倫太郎は本来のスタイルで勝負することができる。
自分が負けたらまず間違いなくマールとレディは殺される。手間隙のかかる呪ももう通用しないだろう。絶対に倒れるわけにはいかない。
「マール、レディ。…必ず勝つ。離れててくれ」
吹き飛ばされたときの裂傷、打撲や骨折。傷だらけではあるが瞳には一切の疲労や痛みによる苦痛の色はない。
眼の奥には殺意と闘志だけを静かに、だが確かに灯し、シルモイからはわずかも視線は逸らさずにマールとレディに告げた。
「…わかりました。必ず生きて戻ってきてください」
「リンタロー、死なないで…」
倫太郎がシルモイに吹き飛ばされ壁をぶち破っていったとき、さすがにマズいと思った二人は顔を見合わせて倫太郎の助太刀に入ることを決めて駆けつけた。
しかし、いざ参戦しようとしたのだが倫太郎の眼に諦めの色など微塵も感じられなかった。
むしろ今までにないくらい研ぎ澄まされた闘志と気力を倫太郎から感じとったのだ。
それは新たな武器を手にしたことによる道具頼りの薄っぺらい自信などではない。
傷つきながらも洗練され高まってゆく純度の高い殺意。それが倫太郎から放たれ、倫太郎を突き動かす原動力となっていることを感じとり、自分達が手助けのつもりで参戦したところできっと倫太郎の邪魔になるだけだと確信させられた。
二人は言われるがままにフロアの隅へと待避したのだった。
「フッ…フフフフフフ………。人間、今のは効いたよぉ。あ~あ、よくも僕をこんなに穴だらけにしてくれたもんだねぇ。これはもうお前一人の命じゃあ到底足りやしないよぉ?…地上に出たら国の一つでも滅ぼさないと気がすまなそうだよ。…その前にお前を八つ裂きにして殺すッ!!!」
うつ伏せに倒れていたシルモイを中心に上昇気流が巻き起こる。その風はシルモイを持ち上げ、徐々に上へと昇っていく。
傷口からはシルモイの鼓動に合わせて治が吹き出しており、人間ならば確実に致命傷だ。だがシルモイはそんなものはまったく意に介さないように傷に淡く緑色に輝く掌を翳すと一瞬でシルモイの銃創が塞がる。
「っ!?…チッ…」
風魔法の攻撃魔法特化だと思っていたシルモイがサラっと何事もないように治癒魔法、それも致命傷レベルの傷をあっという間に治した事実に倫太郎はシルモイに悟られないよう、苦虫を噛み潰したように顔を顰めさせ小さく舌打ちをした。
「こんな大きな風穴を六つも開けられたんだ。次は僕が君に大穴を開ける番だよねぇ?」
「ハッ。俺はずっと開ける側、お前はずっと開けられる側。これから始まるのは俺による一方的な蹂躙だぜ。ド突き回してやるから覚悟しろ扇風機野郎」
そんな倫太郎の虚勢をシルモイは嘲笑った。傷だらけの身体と強気な台詞がまったく合っていない。よほど滑稽に見えたようだ。
油断はしていないが完全に馬鹿にした目で倫太郎を蔑むように見下ろしている。
「やれるものならやってみればいいさ。人間、お前もう放っておいても死にそうじゃないか。そんな状態でなにができるって言うんだぃ?もうその飛び道具も通用しない、次は避けるか逸らすかして回避できるよぉ?どう見ても手詰まりだよねぇ?」
「………」
汗だく血塗れで強がってはみるが倫太郎のコンディションは最低に近い。負けるつもりは毛ほどもないが、現実問題として倫太郎の身体の活動限界が刻一刻と迫っているのは明白だった。そして運動能力もガタ落ちしているのは語るまでもないだろう。
起死回生の一手がなければ覆りそうもない絶望的な差だ。それは倫太郎も重々承知していた。
ふぅ、と一息つき、やむを得なく倫太郎は腹をくくって"とっておき"を行使することを決断したのだった。
「……ホントは『奥の手』は使うつもりなんてなかったんだけど…出し惜しみしてる場合じゃねぇよな。…スゥー、フゥ、フッフッフゥ…フゥー…」
丹田と心臓を意識しながら独特の呼吸を繰り返す。そして己の脳に自己暗示をかける。
一拍後、倫太郎の脳からドーパミンとアドレナリンが溢れ出した。
ギンっと鬼のような鋭く赤い眼でシルモイを睨んだ次の瞬間、倫太郎の姿が消失した。
ブンッ…
「っ!?どこだッ!」
闇纏は使ってはいない。純粋な身体能力のみの膂力によるスピードで倫太郎はシルモイの知覚能力を凌駕したのだ。
「いつまで見下ろしてんだ?堕ちろ」
倫太郎が現れたのは空中にいるシルモイのさらに上。シルモイが倫太郎の声を聞いて見上げたとき、シルモイが見たのは倫太郎の迫り来る剛脚だった。
ドッゴンッ!
それはシルモイの肩へと振り下ろされた踵落とし。およそ人の脚力ではあり得ない衝撃音が鳴り、シルモイは地面へと叩き落とされた。
風衣を常時纏っているシルモイだが衝撃を消しきれなかったようだ。
「ぐぅっ!?ガハッ…。ふざけるな人間ごときがァ!!!死ねぇ!」
地面に叩き付けられながらも風を操作して落下の衝撃を緩和して即座に反撃に移る。
倫太郎がまだ停滞しているであろう空中に向かって両腕を伸ばしてすべてを切り裂く鎌鼬を乱発する。が、そこに倫太郎はいない。
「いないっ!?チョロチョロと…」
「こっちだウスノロ」
シルモイの後ろに唐突に現れた倫太郎はガンブレード状態での二十連の斬撃を叩き込む。一呼吸で振るわれたそれは知覚などできるはずもない。シルモイからみれば黒い剣閃が煌めいたようにしか見えていないだろう。
とっさにシルモイも障壁を張るが、その悉くを切り裂いて貫き、ダメージを与えた。
「がぁっ!!!ッ痛いぃ…。くそっなんで…!人間ッ!何をした!?さっきまでお前は死にかけだっただろ!それなのに何故パワーもスピードも上がってるんだぁ!」
その疑問はもっともだ。ついさっきまで息も絶え絶えで立ち上がることさえやっとだった者が急に爆発的に強くなり、自分を圧倒しているのだ。シルモイの混乱の度合いは計り知れない。
「…答えてやる義理はねぇな」
ぶっきらぼうに言い放ち、再びシルモイの視界から消える倫太郎。
完全にシルモイを圧倒し、上回っている。だが焦っているのは倫太郎の方だった。
倫太郎は今、脳内物質を自らの意思で作り出している。
アセチルコリン、エンドルフィン、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、それらを特殊な呼吸方と自己暗示によって無理矢理生成している状態だ。
痛みと疲れは消え失せ、知覚は拡大し、身体能力のポテンシャルを余すことなく引き出している。今の倫太郎ならば北極熊数頭と殴り合いをしても押し負けないだろう。
だがそれは長くは続かない。脳内物質を延々と作り続けることは不可能。タイムリミットは確実に迫ってきていた。
そしてタイムリミットを迎えた後の副作用は甚大だ。ガタガタの身体を自己暗示によって酷使している為、脳内物質の分泌が止まったとき倫太郎はきっと意識を保ってもいられないだろう。
本人もそれをわかっているため決着を急いでるのだった。
それでなくても身体に複数開いた特大の銃創さえ瞬く間に治すシルモイに時間を与える訳にはいかない。
倫太郎は一気に勝負を決めるべく、闇纏をも織り交ぜ、シルモイを撹乱しつつ距離を詰める。
「僕がっ…この僕が人間ごときに…ふざけるなぁッ!!!」
顔中に血管を浮き上がらせ、シルモイの全身を覆う風衣が分厚く膨れ上がった。倫太郎の急激な攻撃力の上昇を恐れ、自信の魔素の大部分を防御へと振ったようだ。
倫太郎の動きを眼で捉えることができないシルモイはこうすることでしか何処から来るか分からない倫太郎の攻撃を防ぐことができない。
しかしそれは倫太郎の予想の範疇である。近接戦闘が得意ではない手合いは攻めて攻めて攻めまくればガードを固める。倫太郎相手にそれは悪手だ。
闇纏と独自の歩方を繰り返し、シルモイとの距離を一気に潰す。
「ォラッ!」
ギィィィィン!!!
頭部に向かって全力で斬りつける。闇爪葬の刃は分厚い風衣を半ばまで切り裂くがシルモイには届かない。だがそれも予想の内だ。
「ぜあッ!」
闇爪葬を振り抜いた勢いを利用してクルリと反転し、シルモイに強烈な後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
車に轢かれたように真横に吹っ飛ぶシルモイ。風衣を伝播して衝撃がシルモイに伝わるほどだ。
「ぐあっ!…くそっ!人間がぁ!この僕を足蹴に…絶対殺して……っ!」
吹っ飛びながらも風を操り体勢を整える。お返しとばかりに空気を超圧縮した風の爆弾を作り出し倫太郎に投げつけようとしたが、それより先に倫太郎が動いていた。
シルモイの背筋を冷たいものが流れ落ちた。今まで感じたことのない感情が沸き上がる。これは焦燥か、はたまた怒りか。違う。…これはおそらく…。
倫太郎は腰溜めに闇爪葬を右手で構え、左手は撃鉄に添えられている。
「じゃあな、扇風機野郎。お前なかなか強かったよ」
ガァァァァァァァン!!!
倫太郎の神がかった早撃ちにより発砲音は間延びした一発分、だが闇爪葬の銃口からは特大の炎と共に六連に連なった弾丸が音速を遥かに越えた速度で射出され、シルモイへと一直線に迫る!
「それはもう効かないって言っただろぅ!?」
シルモイも素早く反応し、ノーモーションで十枚の連なった障壁を展開して弾丸の衝撃に備えた。
バリンッ!バリンッ!バリンッ!バリンッ!バリンッ!
弾丸と障壁がぶつかる。が、障壁は倫太郎謹製の超硬度のドゥーロ鉱製の弾頭に対してあまりにも脆弱過ぎた。
紙屑を貫くようになんの抵抗もなく弾丸は障壁を貫きシルモイの纏う風衣へと突き刺さる。それはさっき倫太郎が傷を付けて薄くなった場所だ。
六発の弾丸同士が矢継ぎのように連なり凄絶な貫通力を生むが、あと一押し足りないようだ。
「…おしかったね。あと少しで僕に届いたのにねぇ」
六連の弾丸はシルモイの分厚い風衣を貫ききることができずにその勢いを完全になくし、地に落ちた。
あと数ミリ残る風衣を貫ければシルモイの頭へと弾丸が到達できただろう。
ニヤリと笑うシルモイ。攻守交代、次は自分が攻める番だと思ったのだろう。だがまだ倫太郎は銃を下ろしてはいない。
「まだだ。闇爪葬は"七連装"なんだよ。さぁ、死ね」
「なっ!?待っ…」
ガァン!
弾倉に残る最後の一発が今放たれた。一キロ先のネズミの眉間をも撃ち抜く倫太郎の精密射撃によって風衣の薄くなった弾丸一発分の穴へと七発目の弾丸が突き刺さった!
バリンッ!
ビシャアァ!
狙い違わず銃弾は風衣を突き破り、シルモイの眉間で見開いている三つ目の眼球へと突き刺さった。
シルモイの頭部が熟れたトマトを叩き付けたように爆ぜて吹き飛ぶ!
フラフラと漂うような僅かな停滞の後、シルモイの体は膝から崩れ落ちてピクリとも動かなくなった。
「リンタロー!」
壁際で戦いの行く末を見守っていたマールとレディが走りよってくる。
それを倫太郎は虚ろな眼で見つつ、手を振って応えようとするが身体がまったく言うことを効かないことに気付く。
どうやら脳内物質生成の打ち止めのようだ。遠のく意識を繋ぎ止めることができずに、徐々に暗転していく視界の中、倫太郎はゆらりと横倒しに倒れてゆく。
慌てた表情で駆け寄るマールとレディをぼんやりと見ながら意識を深い眠りへと落としたのだった。
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