神性邂逅 009
神性邂逅009
帰還石は複製できる。『複製士』の技能によって複製されたそれは、一回限りの使い捨てではあるものの、未だ訪れたことの無い場所への転移を可能にしてくれた。
「サクラメントのNPCにも複製の技能を持つ者がいますから、そこで作らせました」
おれはラス・ザ・ラースから受け取った帰還石を用いて、彼女とともに『霜の古戦場』へと転移した。
蒼い宝石はおれの掌中で砕け、それとともにおれの身体は光の粒子に分解される。
視界は白に覆われ、もとに戻ったとき目に映ったのは灰色の遺跡だった。
湿り気を帯びた空気が鼻元をくすぐる。背丈の低い雑草の間を、薄い霧が流れていた。
「ここが『霜の古戦場』か?」
おれの隣には、純白のローブを身に纏ったラスがいた。ほぼ同時に転移したようだ。
「そうです。サクラメントから北にかなり離れてます。私が『黒曜鎧槍』を手に入れた場所でもありますね」
遺跡。巨岩を組み合わせ、積み上げただけのようにも見えるオブジェクトが、列石然として並んでいる。それらが無ければ、ここはただの野原だ。
おれの背後には縦に高く、細長い岩が、大地に突き刺さっていた。オベリスクと呼ぶに相応しい格好のそれは、帰還石と同じ蒼の光を発している。
おれが魔導書を呼び起こすと、応じてシステムメッセージが流れてきた。
──【『霜の古戦場』のポータルの記憶を得ました】
これで、おれ自身の帰還石でも、この場所を訪れることができるようになった。
おれは改めて、ポータルのオベリスクの周囲を眺めてみる。
原始宗教を感じさせる列石群だが、ただの石ではないようだった。周囲に立ち込める霧はそれらの岩石から発せられているように見えた。
「ここはまだ浅い層ですから霧で済んでいます。古戦場は野外のフィールドダンジョンですが、中心に向かうに従って気温が下がっていきますよ」
ラスは『黒曜鎧槍』をストレージにしまっている。
少女の姿で、薪の代を地面に組むと、指先から発した稲妻で着火していた。
言われてみれば肌寒い。だが、この寒さは衣類では防げない種類のものだ、とラスは説明する。
「ダンジョンギミックの一環、なんでしょうね。DOPEは今も外縁に向かって世界を膨脹させ続けていますが、中央海から北側の地域にはよく見られる現象です」
中央海というのはDOPEの中心、三大ダンジョンの一つである『星屑の海』がある場所のことだ。アルクヘイム島も、この中央海に浮かぶ島の一つである。
無限に広がっていくDOPEの世界で、東西南北の基準とされているのがこの海だった。
薪の火が燃え盛るに従い、心なしか周囲の霧が晴れていく。
「火を付けながらいけばいいのか?」
「さすがに火事を引き起こすのは……やり過ぎて火に巻かれるのも困りますし」
ラスは松明をおれの分も用意してくれた。視界を確保するためには必要らしい。
おれはラスの案内に従って、その後ろを歩いていく。
「外周は敵も出ません。ただの野原が続いていて、霧がかかって道に迷うだけです。問題は中央の古戦場ですね。そこにユニークモンスターが沸きます」
だいたいゲーム内時間で1週間ごとにボスにあたるユニークモンスターが再出現するらしい。それを倒せば遺物級のアイテムが報酬として得られるということだ。ラスはこれまでに10回ほど、このボスを倒しているそうだ。
「相手のタイプにもよりますが、ソロだと討伐までに5時間くらいはかかります。今回は正臣さんがいてくれるので、多少は楽ができそうですね」
おれはラスの口から零れた数字に耳を疑った。
「悪い、聞き間違いじゃなければ5時間と言ったか?」
「はい。ボスのHPは物によると100万を越えますから。本来なら4人で組んで倒すものなんでしょうね」
確かに遺物級と銘打つ最高級のアイテムが手に入るなら、その程度の難易度は当然なのかもしれないが。
「なるほど、だからパワーレベリングなのか」
「はい。普通なら手に入らない等級のアイテムを正臣さんには取得してもらいます」
遺物級のアイテムは取得時に、プレイヤー個々人に所有権が紐づけされる。取引しようと思えば、名義を書き換える技能が必要になる。が、名義変更に必要な墨や証書を作成する費用は実際にボスを攻略するのと似たようなものらしい。
「私は『黒曜鎧槍』以外にも5個ほど遺物級の装具を所持してます。他の物はマキナギアに奉納して、信奉点に変換してしまいました」
ラスが手もとに残しているのは、基礎ステータスの底上げや耐性を付与するタイプのアイテムだ。彼女は基本的に鎧を生かした肉弾戦と、術による遠隔攻撃を使い分けるオールラウンダーで、今のところ特別に欲しいアイテムは無かったそうだ。
おれ達は並び立つ列石に沿って、霧深い野原を進んでいく。手にした松明の火が、霧を徐々に払いながら道を示してくれる。
それでも、慣れたラスの導きがなければ、簡単に迷い込んでしまっていただろう。
「剣……こっちは戦斧か」
やがて、徐々に野原の様子、特に列石の姿が変わり始めた。
無骨な拵えの武具が、至る所に突き立てられている。それらの刃は風化し、毀れたものが多かったが、もともとの質自体は高そうに見えた。
おれはその一つに手をかけて引き抜こうとしたが、びくともしない。
「私も何回か試しましたけど、この辺りの武器はアイテム化はできないみたいなんですよね。採掘の技能を持ってる人なら、岩から削りだしたりできるのかもしれませんが」
ラスは残念そうに言いながら、更に奥へと案内していく。
踏みしめる足音に、硬いものが混じり始めた頃、おれは行く手に待ち構える何かを察知した。
「ラス、何かがいる」
慣れた技能である『生命探知Ⅲ』がおれの視界に光点を灯した。技能の成長にしたがって再使用までの時間が短縮され、探知距離は30メートル程度にまで延長されていた。
ラスは声を潜めて、おれの言葉に答える。
「『探索者』の技能ですか?そろそろ『霜の古戦場』の闘技場──私が勝手にですけど──アリーナと呼んでる場所です。この辺りからは防衛の巡回型モンスターが出てきます。多分それを探知してるんですね」
おれは頷き、試したいことがある旨を申し出た。
おれの職位は既に全てレベル80に達し、グランドマスタースキルを習得している。新たに得た『探索者』のそれを、おれは起動した。
おれの指先に緑色の光が灯り、おれはその光でラスの周囲の空間をなぞった。
ハーフリングの背丈は低い。『隠身』の技能の補正によって、かなりの部分で気配は抑えられている。だが、これまでそういった探索の技能は、おれ自身を対象としたものに限られてきた。
新たに得た『探索者』のレベル60の技能の名は『迷彩Ⅰ』。地味な名前に反して、この技能は非常に強烈な能力を発揮した。
「なんですか、これ。光学迷彩って奴ですか」
すでにラスの姿は、周囲の景色に溶け込んで、瞬時には判別できない。少しばかり背の高い岩のようにも見える。
『迷彩Ⅰ』はおれ自身に迷彩を施す技能ではなかった。おれが、周囲の物に対して迷彩を施す技術だったのだ。
おれは生命探知が示す光点の動きを追って、入り組み始めた遺跡へと先行した。
霧は既に半ば晴れている。空気中に冷気が煌めき、足下には霜が張っていた。
列石の迷路のなかを、敵と思しき光点と出くわさぬように進んでいく。踏み出すたびに、霜の割れる硬質な音が微かに鳴った。
おれ達は互いを見失わないように、パーティ内のマーキングを付けあっているが、目視では姿を確認できない。迷彩は十全に機能している。
「他に道がないな」
敵を迂回しながら、迷路の中心を目指して歩いてきたものの、完全に戦闘を回避するわけにはいかなかったらしい。曲がり角の向こうでは、一本道の通路を行ったり来たりしている生物がいる。
「先に説明しておくと、角にいるのは古戦場の戦士です。見つかったら警笛で仲間が集まってきます」
おれはラスの補足を耳にしながら、注意深く角の先にいる存在を伺った。
そこにいたのは巨人だ。黒曜鎧槍を装備したラス・ザ・ラースに等しい巨体──半裸の皮膚は一面に氷の結晶が生え揃い、手には冷気を放つ戦斧が握られている。
「今まではどうしてた?」
「仲間を呼ぶ端から、順番に倒してました」
まさかとは思うがラス・ザ・ラースは脳筋なのか?いや「力の倍化」などという神に仕えるなら当然か。関係が馴れ始めてから、ラスの素の部分が見え始めてきている。
おれは頭の中で、巨人を強襲するプランを組み立てる。『屠殺者』の技能である『骨格知識【人】』が、覗き見た巨人の急所を教えてくれる。
「ここで待っててくれ。失敗したらプランBは任せる」
おれの言葉にラスはサムズアップで応じてくれた。掲げた右手には、すでに黒騎士の籠手が嵌められている。随分いい笑顔だ。おれが失敗する可能性が高いと見ているのか?
プランBがあるというのは、心強い限りだな。糞、意地でも失敗したくねえ。
おれは並び立つ巨岩の間を、慎重に忍び寄っていく。傍に近づくにつれ、彼我の差が顕著に現れる。おれの背丈は巨人の膝下ほどしかない。
視界の外を縫うように這い寄り、一足に飛びかかる距離にまで近づいた。
巨人の急所は首の裏側、うなじの奥だ。頑健の値が、その部位だけ異様に低く設定されているのだろう。
だが、ここからでは刃は届かない。おれは意を決して戦闘を開始した。
跳躍?否、それでは精々届いて腰元だ。
おれはストレージから抜き出した、サクラメント市NPC謹製のダガーナイフを逆手に握る。セラミックのような白い刀身に、簡素な滑り止めの拵えの実用的な一振りだ。
転がるように巨人の踵へと走り込む。狙いはアキレス腱、神話の勇者さえ殺した致命の部位だ。
ダガーを弛緩した腱に向けて真横に差し込む。ぶちぶちという手応えを感じながら、更に深く押し込み、水平に振り抜いた。
歩みを止めて、おれの存在に気づかないままの巨人の喉から、咆哮が搾り出された。びりびりと空気を震わせるそれには、何の効果も付与されておらず、ただの音に過ぎない。それでも心得の無いものからすれば、委縮させるのには十分だ。
おれは冷静に敵の動きを観察する。足の腱は確かに断ち切った。予想した通りの反応を敵は示している。巨大とはいえ人間型だ。脳裏に描く敵の挙動、視線の動きを外れるように立ち回る。
おれは既に足元にはいない。
突然に激痛を感じたならば、傷の深さを確認するだろう。巨人は首を回し、己の踵へと視線を注いでいる。傷はすでに冷気によって凝結しているが、腱は機能せず動き回ることは叶うまい。
並ぶ列石の一つを垂直に蹴り上がり、勢いのまま宙返りを決める。
相手が頭を下げた今ならば、跳躍の高さは足りるだろう。
おれは空に体を泳がせながら、着地する先を確認した。狙いは降りてきた首だ。
ダガーナイフに体重を乗せ、重力に身を任せて、そのままに落下する。着地の衝撃は、巨人の首へと注がれた。刀身は深く入り込み、巨人の急所を傷つけた。ざっくりと裂けた傷口から、泉のように赤い血が溢れ出してくる。
「オァァァアアアアア!!」
それはもはや悲鳴だった。太い破れ鐘のような叫びが、列石の森に木霊した。
おれは突き立てたままのダガーを掻き混ぜ、傷口を広げると手を離す。巨人はダメージに腰を折り、崩れ落ちてはいるが霧散には至らない。
視界の端で、瀕死の巨人が腰に手を伸ばし、角笛を取り出そうともがくのが見えた。
「そいつはダメだな」
すでに詰み手は放たれている。
おれの手には解体用の両手鎚、鎚頭には肉を叩くための刺がびっしりと生え揃う。屠殺者のための、精肉のためのブッチャリングハンマー。本来なら戦闘用ではないそれは『屠殺者』の職位を持つ者にとっては生身を破壊する最高の武器になる。
「おれは肉の良し悪しなら分かるんだよ」
かつて、テイ・トワから購入した『食肉大全』は、おれに『鑑定V≪食肉≫』を授けてくれた。
おれはブッチャリングハンマーを握り、相手を屠殺する家畜だと認識し──すると鑑定Vの判定が成立した。おれ自身、まさかこんなコンボが成立するとは驚いたものだ。
おれの視界に巨人の肉体部位の詳細なステータスが流れ始める。食肉としての価値は最低ランク。お前は不味いらしいな。重要なのは肉の奥に透けて見える生命石の部位だ。首に突き刺さったダガーは刃渡りが足りず、首の奥にある生命石にまで届いていなかったらしい。
屠殺者のグランドマスタースキル『オンスロート』を発動させる。巨人はおれから発せられた技能発動の気配を察してか、体表に生えそろう霜柱の発生を加速させる。首元の急所を隠すように結晶が走るが、そこには既に楔が撃ち込まれている。
おれは振りかぶった屠殺鎚を、突き立てたままのダガーの柄に向けて全力で撃ち込んだ。鎚の刺がバリバリと霜柱を食らいながら、衝撃を短剣へと伝え、砕氷船の如く強張った首筋を叩き割る。
屠殺鎚が生身の首肉へと辿り着き、筋張った筋肉を鎚頭に巻き込んで挽肉へと変えていく。それは屠殺の奥義、頑健を無視し、一方的に対象を肉へと変える業。
抵抗なく、柔らかなプリンをスプーンですくいとるような感触の中に、一瞬の手ごたえが紛れ込んだ。
振り抜いた鎚頭の先に、頚椎の骨片がへばりついている。鮮血が宙に弧を描くが、飛び散る先から凝結し、朱い霧へと変わっていく。
ぶち抜いた首の際に、子どもの頭大の赤い宝石が露わになり、おれは鎚を捨てて体ごと、剥きだしのそれに組み付いた。
巨人はすでに反抗の意思も体力も失くしていた。おれは未だ未練がましく生命石に絡みつく筋肉をダガーナイフで千切り捨て、生命石との接続を断ち切ってやった。
「正臣さん、普通に強くないですか?」
霧散し始める巨人の体躯の傍、陰から姿を現したラスがおれを驚きの眼差しで見ていた。
「ただの不意打ちだ。正面きって戦ったら、一たまりもない」
ラスはおれが投げ捨てた両手鎚を拾ってくれた。おれは巨人の生命石を魔導書に吸収させる。生命石は3000LCに変換された。
「ブッチャリングハンマー、戦闘に使えるのは知ってましたけど、生身相手に有効化してるのは初めて見ました。もしかしてチートですか?」
「よしてくれ、相手をただの肉だと思ったら有効化されただけの話だ」
おれはチュートリアルで、ダルタニャンと対峙した時のことを、遠い昔のように思い出す。あのときシャオはおれの肉体そのものを弾丸と認識して、『スナップショット』で撃ちだした。今回も同じことをしたまでだ。
「やっぱりDOPE世界の法則は、インスタントプロシージャルに生成されてるということで当たりなのかもしれませんね」
「どういう意味だ?」
ラス曰く──DOPE内の物理その他の処理法則は強固な原則さえあるものの、かなり流動的に変化しているらしい。即ち、固定化された法則は存在せず、一回性の法理がその場で演算されるたびに用意されている。一瞬として同じ状況は存在せず、imAIから発信されたプレイヤーの思考がDOPEの世界法則に承認を要求し、それが絶えずフィードバックされ続ける。
「気づいている人、ほとんどいないですけどね」
おれはラスの説明に疑問を持つ。
「その仮説、PvPだとどうなるんだ?お互いの認識が食い違って送信された場合、DOPEの処理システムはそれをどう裁定する?」
ラスは返答に窮していた。
「うーん、でも『私が勝つ』って思ったときは、だいたい思い通りになってましたよ」
おれはこの少女がアホの子なのだと確信した。だが、ある意味では核心に触れた言葉なのかもしれない──より強い確信がその場を支配する──未だ仮説にすぎない、とおれはこの議論を頭の端に留めておく程度にした。
おれ達は再び遺跡を進んでいく。そこから先、敵に道を塞がれることはなかった。
そして遂に最奥部──『霜の古戦場・闘技場』──へと辿り着いたのだった。
2017年5月13日22時の投稿分です。




