神性邂逅 008
神性邂逅008
Power Leveling.
それは文字通りの力技、上位者が下位者のレベルを引き上げる行為だ。
既存のMMO RPGではグループを組んで経験値だけを吸わせる養殖や、モンスターからの攻撃を引き受ける壁役といった手法が存在した。
だが、DOPEのレベリングシステムは異質だ。
「とはいっても、おれの場合LCのあてはあるんだよな」
DOPEでは通貨にあたるLCを支払えば、それによってレベルが上昇する。その意味ではハッターがおれにレベルを上げるための金銭を融資する行為自体が、PLだと言っていい。
「正直、あの男から提供された資金を使って欲しくはありませんが……」
ラスはすでに『必要な資金は出します!』という申し出を再三行ってくれていた。
ハッターとおれの間にはすでに出資者と馬という関係が成立しているが、ラスとの間にあるのは互いを同列とするものだ。どうにも金銭の貸し借りを持つのは気が引けた。
第一階梯から第二階梯に昇位した恩典は、新たな基本職位だった。
第二階梯から第三階梯への昇位によって得られたのは、神性職位──この場合、おれは機械神マキナギアの恩寵を受けた職位を得ることになる。
祭壇の間で、使徒の筆頭たるラス・ザ・ラースその人から、おれは油を注がれた。
それによって授けられた職位は『歯車を研ぎし者』という名だった。実際のところ、神性職位の名称はプレイヤーによってまちまちで、ラス・ザ・ラースの場合は『歯車を起こせし者』と名付けられていた。
おそらくこれは神性存在であるマキナギアからのプレイヤーに対する評価なのだろう。
「これで正臣さんも、マキナギアの恩寵を扱えます」
法務官相当の地位をおれに与え、ある意味ではサクラメントの共同経営者として迎え入れてから、ラスはおれに対する敬称を「様」から「さん」に改めていた。それは親しみの表れなのだと、おれは好ましく受け止めている。
神性職位は奉じる神性の力の一部を扱える。
マキナギアの神性特性は、『力の倍化』だ。
初めてその特性を聞いた時のおれの反応は「何そのチート」だった。
実際「力」という汎用性の高さに、「倍化」という単純かつ強力な組み合わせだ。
神性特性の発動は、一日に一回という制限が課されている。
ただし、それは通常の場合だ。聖杯を置かれた神域の内部では、特性は常時発動可能で、しかも捧げられた信奉点を消費して強化することもできる。
サクラメントの労働人口は多いとは言えないが、この特性によって驚異的なエネルギー効率を達成している。
市内を走る路面車が線路上をほぼ無制限に走っているのは、理力術の導線とマキナギアの恩寵によって、永久機関めいた力の循環が行われているからに他ならない。
「よく考えられている。というか、こんなパズルみたいなのおれには設計できない」
開かれた魔導書からは、サクラメント市街の三次元地図が宙に投写されている。そこには複雑な線路図と、理力術の流れる様子が表現されていた。
聖堂の意匠こそ、ガウディの建築様式を学習したAIを使用したというものの、市街全体の都市設計はラス・ザ・ラースの手によるものだ。
「パパが──これは、作り話じゃなくて──あんまりいい思い出は少ないんだけど、家にあった古い端末にインストールしてくれてたゲームがあって。私大好きだったんです。ツルハシでブロック壊して、積み上げて、お城作って、線路を引いて──」
それは21世紀の初頭に流行し、今でもよくある種のゲームだった。子どもの砂場遊び、サンドボックスと呼ばれるジャンルのゲームだ。
幼児期から、情操教育の一環に与えられるビデオゲームとして推奨されている。無論、大人がハマるケースも多い。
「おれもたまに遊ぶよ」
それは打算の色の薄い言葉だった。ラスは満足そうに笑った。
「私達の城です、守りましょう!」
「ああ」
おれは初めて、ラス・ザ・ラースの本音のようなものに触れたのかもしれない。
そしてシャオを抜きにしても、神性戦争を戦う理由が芽生えたのだった。
§
今、おれとラスはサクラメント市の壁の外に出ている。
聖堂の捕虜──あの脊柱は第二次神性戦争の際に捕らえた敵対プレイヤーの参謀格らしい──その管理があるために、ラス・ザ・ラースはサクラメント市街を55時間以上離れることができない。とはいえ、往復には帰還石を使用して聖堂に戻ることができるため、行動範囲は狭いわけではない。
おれ達が訪れているのは、ラス・ザ・ラースのスタート地点近くである『霜の古戦場』という名の地域だ。サクラメントからは北に400km以上離れている。
そのきっかけとなったのは、ラスの質問と提案からだった。
「そういえば、正臣さん。4つ目の基本職位は何を選んだんですか?」
第三階梯に上がる前に、おれは最後の基本職位を選択した。
おれが現在までに選択している職位は『騎乗兵』、『探索者』、『屠殺者』の3つだ。
機動力、隠密性、そして物理的な破壊力。『屠殺者』は初期段階こそ動物の解体などの生産職としての色合いが強かったが、レベル60のグランドマスタースキルまで習得すると立派な物理近接職だった。
「血術師だ」
おれが選択したのは血術師、ファンタジーでは概ね悪役のクラスで、代償を血で払うタイプの魔術師なのだが、DOPEの血術師は一風変わっている。
「地味──ですけど、強いかも?」
通常、術理系の職位は魔素の値にボーナスが振られている。それに対し血術師は頑健にボーナスがあるのだ。それは血術師が術理を扱う癖に肉体派の印象がある職位だからだろう。
おれは魔導書を取り出すと、すでにLCを支払いレベル80に到達した血術師の取得技能欄を開く。
【血術師】取得技能一覧
レベル5 増血Ⅰ:自然治癒力に補正Ⅰを加える。
レベル10 出血耐性Ⅰ:Ⅰ以下の【出血】を無効化する。
レベル15 疾病耐性Ⅰ:Ⅰ以下の【疾病】を無効化する。
レベル20 ブラッド:【血】の詠節。対象の血液の優先権を得る。
レベル25 増血Ⅱ:自然治癒力に補正Ⅱを加える。
レベル30 エクストラクション:【抽出】の詠節。対象を摘出する。
レベル35 フィルム:【吸収膜】の詠節。周囲に膜を展開する。
レベル40 ブリード:【出血】の詠節。対象に【出血】を付与する。
レベル45 増血Ⅲ:自然治癒力に補正Ⅲを加える。
レベル50 血清製作術Ⅰ:血液から血清を製作する。
レベル55 シェアリング:【共有】の詠節。対象を共有する。
レベル60 不朽の心臓:第二の心臓を得る。増血X相当。この心臓が送り出した血液はブラッドの効果を得る。
この情報を整理すると、次のようになる。
まず血術師の目玉となるのが自然治癒力に対する補正だ。増血と不朽の心臓によって、おれは増血XVI相当の、強烈なリジェネレーションを得た状態になっている。
そして低位の【出血】と【疾病】を無効化する耐性も手に入れた。
血清の製作技術も得たが、こちらはとりあえず使い道はないだろう。
さて、ここからが血術師の本領だ。
血液──生物に流れるこの赤い液体を支配するのが血術師だが、対象に制限が設けられている。まず操作の対象に対して、優先権を得る必要があるのだ。
ブラッドの詠節は、対象とした血に対して、その優先権を得る効果がある。つまり「この血はおれのものだ」と宣言するわけだ。
しかしそうやって宣言をするだけでは、何の効果も及ぼさない。
ブラッドは従属する第二節以降が無ければ、目に見える影響を起こさないのだ。
こういった多くの属性を象徴する詠節は「主節」と呼ばれ、第二節以降に用いられるものは「従属節」と呼ばれているらしい。
ブラッド【血】をエクストラクション【抽出】して瀉血させ、フィルム【吸収膜】によって防御する。あるいは他者とシェアリング【共有】することで、潤沢な回復力を分け与える。
地味だが多芸、何より強化された自然治癒力によってHPに負担をかけない術理職位といえるだろう。
「血術は、従属節が充実している純魔系の職位と組み合わせるものだと思ってましたけどね」
「だが、増血目当てにとるのもアリだろう?」
ラスはうーん、と唸っている。
「上級職位が生成されるまで、まだ時間がかかりそうですし──アイテムハントしましょう。いずれはやらないといけないことですから」
第四階梯から先の上級職位は、プレイヤーのimAIが独自に生成するものだ。実際のところ、どういった技能を持った職位が発生するかはわからない。
ただその発生にはimAIがプレイ内容を集積分析して生成する時間が必要になる。おれのように一気にLCを支払ってレベルを上昇させたプレイヤーの場合、必然的に待ち時間が発生することになるわけだ。
「アイテムハントか」
§
おれはいわゆるハックアンドスラッシュと呼ばれるジャンルのゲームを想像した。ひたすらにアイテム収集とキャラクター強化を繰り返していく要素は、多かれ少なかれ、どのようなRPGにも組み込まれている。そのなかでもストーリー性を排除して、リプレイに特化したゲームのことだ。
DOPEのキャラクターの強さは、職位の選択と、その他の技能習得、そして所持するアイテムに依存する。
おれが持っている装備はほとんどがNPCの商人から購入したものだ。プレイヤーから取引で入手したと言えば、騎乗生物であるハヤテのための鐙くらいのものだろう。
DOPEのアイテムには特別な階級を付与されたものがある。
その希少さを上から並べれば、伝説級、遺物級、希少級となる。ただしそれは単純な珍しさによるものではない。
伝説級──これは複数の伝承クエストをクリアーした結果として得られる特別なアイテムだ。
「でも、今のところ伝説級のアイテムを入手したプレイヤーはいないみたいですね。複雑すぎて必要な条件さえ明らかになってませんから」
ラスが指摘するように、伝説級はその入手のためだけにプレイの焦点を当てたとしても、そう簡単には届かない存在らしい。現実的に一か月の間に入手可能なのは遺物級と希少級だ。
遺物級──こちらは性能がランダムに生成されるユニークアイテムだ。ラス・ザ・ラースの所有する『黒曜鎧槍』然り、強力なボス級のモンスターを討伐した報酬として、あるいは宝箱から出てくるものもある。
「一口に遺物級といっても、性能はピンキリですからね。書いてあることは強いけど、実際に使ってみると応用が利かないとか。ランダム生成ですから」
『黒曜鎧槍』は大当たりというか、これ以上は無い遺物級装具と言っていいだろう。
希少級──この等級が、プレイヤー、NPCを問わず、人の手によって製作することができる最高峰のアイテムだ。現在の平均的な水準であれば、生産系のプレイヤーが複数人集まって資金をつぎ込んだ結果として作ることができるレベルらしい。
遺物級に比較すると能力値は抑えられているものの、望んだ性能のものが手に入るというのが魅力だ。
「炎神アグニを奉る西のギルドが希少級を量産してるらしいですが──サクラメントのNPC職人を全員動員して三日で一個生産できる感じですね」
ラスが執政官としての職権を行使して、職人にアイテムを奉納させるのは容易いが、市街のモラル率に悪影響を与えるそうで、控えたいとのことだった。肝心の防衛戦を、市内の治安が乱れた状態で迎えるというのは具合がよくない。
こうしておれ達は、遺物級の装具を求めて、フィールドへと繰り出した。
訪れた先、『霜の古戦場』には灰色の遺跡が広がっていた。
2017年5月13日20時分の投稿です。




