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神性邂逅 006

 神性邂逅006



 木漏れ日は蜜のように柔らかい。

 鼻腔をくすぐる芳しい華紅茶フラワーフレーバードは、舌にも優しく、おれの心を落ち着かせる。


 おれの頭上にはアール・ヌーヴォの影響を受けたであろう優美な曲線が格子状に広がっている。目の粗い網には、青々と蔦が繁り、そこから日の光が零れ落ちてくるのだ。影は蒼く、深い森のような静謐さで、肥沃な森の土に身を横たえている。


 時折吹き抜ける強い風がおれの頬を乱暴に撫ぜ、葉の擦れ合う音を響かせる。

 それがおれに、ここがマキナギアの聖堂、その尖塔の上層階であることを思い出させた。


「ここまでの話はご理解してもらえましたか、正臣様」


 おれは物思いから覚めて、現実に──否、鮮やかなDOPE(仮想現実)に──引き戻された。

 聖堂の尖塔ファサードには所々に、身からはみ出したような歪なバルコニーが存在した。

 ここはその内の一つ、おれとテーブルを伴にして、隣に腰かける少女が私庭として扱う場所だ。彼女──ラスは此処を、秘密の庭と呼んでいた。


「いや、あまり頭に入ってこなかった。すまない」


 薄い緑銀の髪は、肩ほどで切り揃えられている。白い肌はもち肌というのか、それ自身が光を帯びているかのように艶めいていた。

 ラスは身につけた純白のローブの袖をつまみ、楚々とした所作で茶海ティーポットを持ち上げると、おれの空いていた茶杯ティーカップを再び満たしてくれた。


「あまり面白い話じゃないかも。でも大事な話なんですよ」


 彼女は困った子どもを見つけたような目で、おれに微笑んでみせる。

 向かい合ったラスの顔の造作はかなり幼い部類であるが、彼女が纏う雰囲気は聖母と呼ぶのがふさわしかった。古い柳生のジャーゴンに、バブみ、という概念が残っていたが、こういうことを言うのだろうか。


 この庭園で、おれは彼女から種々の講義を受けていた。

 今しがたはDOPEにおける「魔法」の概念について語られていた。

 手元にあるのは、彼女の魔導書グリモアから引き抜かれた資料の束だ。


「DOPEの魔法が、行使する者の生命力を力の源にすることはご存知ですよね。ようするにHPを消費するんです。それで、先ほどお話していたのはここからです」


 ラスは束の中から、二枚の紙片を取り出す。

 一枚には『サーチ』、もう一枚には『アンカー』という文字が記されていた。


「私が正臣様と初めてお会いした時に放ったのが、サーチアンカーです」


 無論のこと覚えている。

 ラス──あの時の人格は、彼女ではなく殺戮者たるラースだったのだが──そのラースがおれに向けて放った魔法技能マジックスキルを、ハッターは『サーチアンカー』と呼称していた。


「DOPEの魔法技能は、全て詠節キャストという単位を最小とします。サーチアンカーという魔法は存在せず、サーチとアンカーという詠節を組み合わせた結果なのです」


 おれは提示されたそれぞれの紙片に目を通す。

 サーチは位置鑑定に用いられる技能スキルらしく、サーチを受けた対象の位置を行使者に常に伝えてくれる。これには追跡機能も含まれているらしい。

 アンカーは理力術フォースに分類される技能だ。大気中に霧散している魔素を凝縮固定し、杭状の形態へと変化させる。射出すれば敵を貫く、物理的な攻撃手段となる。


 この二つを組み合わせたサーチアンカーは、位置鑑定の能力を付与された杭弾となる。

 その恐ろしさはサーチに含まれる追跡機能によるだろう。即ち、初弾によって位置鑑定を受けると、次弾以降のサーチアンカーは対象を自動追尾するのだ。

 あのときハッターは位置鑑定の結果を偽装することで、次弾及び市内の警備兵(NPCミニオン)の追跡をまいたが、サーチが機能していればアンカーのダメージに耐えられたとしても、逃げることは困難だっただろう。


「詠節の組み合わせに制限はないのか?」


 非常に応用性の高いシステムだ。何らかの制限が設けられていると考えるのが自然だろう。

 ラスはこちらが興味を示したことを喜んでいるようだった。


「一番の問題はコストです。詠節の組み合わせによって、消費される生命力は乗算されていきます。三詠節トリプル以上の魔法行使は、頑健にボーナスを得ていないと一発が限度でしょうね。自爆覚悟で八詠節オクタプル極大呪文スペルを行使したプレイヤーを過去に知っていますが、生命力の漏出が速過ぎて魔法が顕在化アクティブする前にゲヘナに送られてました」


 基本職位ベースクラスは通常四つ取得されるが、それらを全て術理に関する職位で固めると、今度はコストとしての生命力を支払うことが困難になってくるわけか。


純魔法使いピュアマジックユーザーのくせに魔法使い放題ではない、というのは難儀だな」


 おれの指摘に対してラスは首を振り、自分の目を指さして見せた。


「そうとは限らないですよ。術理職位はレベル60で得られる技能グランドマスタースキルに邪視魔眼などの身体的特徴が現れる技能が設定されています。例えば、私であれば雷術師と理力術師の二つによって、『杭の視線(アンカーゲイズ)』と『雷鳴聖痕ライトニングスティグマ』を得ています」


 身体化された技能はコストを要しない。術理を極めたプレイヤーは、限定的ではあるが魔法を使い放題になるということか。


「それは……どちらかというと魔法使い、強すぎないか」


 くるりと掌を返したおれに、ラスは苦笑する。


「魔法の身体化は、職位技能以外にも得る方法がありますから。例えば眼球の移植ですとか、あるいは付与された装具を用いてもいいです。私が使ってる仮面にも『サーチ』の技能が付与エンチャントされているんですよ」


「待てよ、ということは君は『サーチアンカー』をノーコストで打ち放題なのか」


 おれの確認に、ラスは胸を張って得意げな様子を見せる。


「『黒曜鎧槍こくようがいそう』はオブシディアンゴーレムからのユニークドロップ、一点物の遺物級アーティファクト装具ですからね!」


 どうやらおれが想像していた以上に、DOPEにおけるキャラクターの強さはアイテムに依存する度合いが高そうだ。

 前衛職でも高い条件をクリアーすれば魔法を使えるというのは、魅力的である。


「しかし、そうなるとプレイヤーのビルドの幅は膨大だな。第五階梯(ランク5)以降の職位はimAI(インフォモーフ)が個々のプレイヤーに合わせて独自に生成するというのは知っていたが、いわゆる鉄板ビルドみたいなのは存在しないわけか」


 複数のクラスやスキルを組み合わせるゲームの場合、ある程度強い組み合わせというのが発見されるに従ってメタビルドと呼ばれるものが生まれてくる。どんな遊戯にも存在する定石やセオリーというものだ。


「難しいですね。モンスター相手なら、セオリーはあるんですけど、私たちがこれから挑む神性戦争ディバインウォーは対人戦ですから。一時期は超遠距離からの狙撃が流行したんですが、占術師フォーチュンテラーが製作するお守りで感知されるのが分かってからは廃れましたし」


 一回こっきりの戦いなら、不意打ちが通用する。だが、選択の幅が広いということは偏った戦術には対抗策が生まれてくるということだ。


「知識量と経験……か」


 ラスは微笑んで、改めて技能のリストである紙束をおれに手渡した。


「そういうことです。ここにある内容は全て覚えてくださいね!」


 こうして彼女がおれに講義を行っている理由は、一ヶ月後に開催される神性戦争におれを送り込むためだ。それまでにおれは最低でもレベル700に到達する必要がある。

 この聖堂に滞在するようになって二日目だが、まずは未取得のままにされている四つ目の基本職位を何にするかを検討している。


 そもそもラス・ザ・ラースはこれまで、他のプレイヤーと協力関係にあったことはない。彼女はソロプレイヤーとして、マキナギアを神性にまで育て上げた。

 にも関わらず、ここに来ておれを陣営に引き込む決断を下したのは、神性戦争の段階が一段進んだからだという。


 PvPコンテンツ、とりわけ陣営に所属して参加する大規模戦はMMOゲームの華と言ってよい。

 神性戦争はそういった大規模戦を想定されたコンテンツだ。


 プレイヤーは世界に散らばる亜神を探しだし信奉を捧げる。亜神は神性未満の存在だ。神性戦争は、その亜神に経験値を食わせるための場だ。


 期間シーズン中にトップスコアを得た陣営には聖杯が与えられ、亜神を昇神アセンションさせる権利が得られる。聖杯は聖堂の核となり、様々な恩典を授ける神域を定めるのだ。


 ラス・ザ・ラースは北方の採鉱所から、亜神マキナギアを見いだし、第一次神性戦争ファーストシーズンにおいてトップスコアを獲得した。そしてサクラメントに聖堂を建立し、この地を治める王族らに執政官としての地位を認めさせたのだ。

 だが、その三か月後に行われた第二期セカンドシーズンは事情が違った。


「顕現した聖杯は奪われる」


 ラスは眉をしかめて呟く。よほど苦労させられたらしい。それまでの言葉には無かった、重い調子で説明された。


 聖杯は、収奪できるのだ。

 聖堂に押し入り、神域の域外へと運び出せば所有権は中立化してしまう。


 完全な個人スコアを競う場だった第一期とは、第二期は全く様相が違ってしまった。あらゆる勢力がサクラメントを強襲し、聖堂はあわや失陥する手前まで追い詰められた。

 結局は聖堂の下層に鉢合わせた勢力同士が互いに潰しあって終わったというが、運が良かったというべきだろう。


 第二期に新たに顕現した聖杯は、炎神アグニを奉じる商工ギルドが西方に据えている。だが第三期に新興のアグニを狙う者ばかりとは限らない。強者とはいえソロプレイヤーであるラス・ザ・ラースには限界があると見る者らは多いのだ。


 個人スコアを積み上げ、新たな聖杯を狙うか。

 それとも既存の聖杯を奪うか。

 第三期は更なる過酷な状況が、サクラメントには待ち構えているだろう。

 そこで彼女は第三次神性戦争サードディヴァインウォーを戦い抜くため、新たなプレイヤーを陣営に加えることを決めた、のだった。


 それにしても、サクラメント市で活動するプレイヤーは少なくない。

 にも関わらず、彼女がおれを選んだ理由──。


「なぜ、ラスはおれを仲間にしようと思ったんだ?」


 至極自然な問いかけだった、はずだ。だが問われたラスは一瞬口ごもってから、その空白を取り戻すように早口で言葉を並べた。


「そ、それはですね、この聖堂の美しさに共感してくれる人なら信頼できるかな!と思ったからで」


 ラスの頬は、心なしか紅潮しているような気がする。

 おれの脳裏に、ハッターに言い含められた言葉が去来した。

 ラス・ザ・ラースを最大限利用し、アチーブメント達成への道筋への踏み台とする。


「ああ。確かに美しいな」


 あえて、何が、とは明らかにせず、おれはラスのあどけない顔を見つめてみせる。

 我ながら大根役者もいいところだ。

 だが、効果は覿面だったらしく顔を茹であがらせたラスは俯いてしまった。


「きゅ、休憩にしましょう。何かお菓子でも用意させますから」


 場の空気に耐えられなくなったのか、彼女は一方的に言って席を立ち、庭園を去っていく。

 おれはその後姿を見ながら、深いため息をついた。


 違うはずだ。


 あらゆる要因が、微妙なひずみで以て絡み合っている。

 彼女がおれに抱いているのは恋愛感情ではない。おれは自らにそう言い聞かせる。

 無論、語られた額面通りの信頼などでもない。


 何しろ彼女は、あの(・・)ハッターと累する人物としておれのことを認識しているのだ。

 ハッターと関係を結んだことのある人物なら、あの男と縁を持つ人物に信頼を置いたりするはずがない。


 これは彼女──ラス──が下した判断ではないのだ。

 内在する殺戮者、闘争を司るラースという人格がくだした判断を、ラスの人格が直感的に受け取っているのだ。

 混じり合わない二つの人格の境界を決然とさせるために、彼女はラースの判断に恋愛感情という曲解を当てはめて納得しているに過ぎない。

 あたかも自らが進んでそう判断したように錯覚しているだけだ。


 だから、おれが本当に語り合うべきは聖女ではなく殺戮者だ。

 だが過日におれの前に現れて以来、黒曜の騎士はその姿を見せない。

 なぜラス・ザ・ラースはおれを選んだのか。


 ラスの去った後のテーブルに、再び目をやると、そこにはいつかと同じ黒い封書が残されていた。どす黒い、湿り気を帯びた血のような蝋印もそのままだ。

 おれは指先で封を乱暴に破り、中の手紙を引きずり出して目を通す。


 『お前をラースにする。そうすれば、我は役目を終える。』


 綴られた一行の言葉が、殺戮者の目的を如実に語っていた。


2017年5月12日20時の投稿分です。

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