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冒険にでれば01

 DOPE online──それは21XX年にリリースされたナノマシンを利用したVRMMORPG。

 そのゲーム内世界に存在する中核都市コアシティの一つ、アルクヘイム。おれ、柳生正臣はアルクヘイムの市場通りにある中華飯店「天竜房」を訪れていた。


「イイネ、この牛肉イイネ。」


 おれが「天竜房」を訪れたのは食事のためではない。一般的な定食屋が5LCもあれば、一汁三菜の定食を出すのに対して、「天竜房」にはコース料理しか存在せず、最も安いコースでも500LCだ。超高級中華の価格として、適正なのかおれにはわかりかねる。大通りから外れた市場に店を構えているのも、予約客しか相手にしないからだ。


 おれは「天竜房」のオーナーシェフであるプレイヤー、テイ・トワを訪ねていた。おれが狩猟した牛型の草食獣、ワーカムからのドロップアイテム『牛肉(未鑑定)』の査定と買取を申し込むためだ。

 テイ・トワは猫人族だ。二足歩行で歩く猫といえば、チュートリアルに登場したAI──ダルタニャンを想像するかもしれないが、その外見は全く違う。

 顔も毛並みもネコそのものだが、恰幅の良い丸々とした体型は、どうにも人間臭さが強い。純白のコック帽とエプロンを巻いた姿は、立派な料理人のそれだが、彼自身の抜け毛が料理に混入したりはしないのだろうか。


「1個あたり──そうネ、100LCで買うヨ。鑑定の手間賃はコミコミ、ネ。」


 今、おれのストレージには500個の『牛肉(未鑑定)』が詰め込まれている。だが『鑑定Ⅱ《食品》』を持たないおれには、この未鑑定アイテムが、いったいどの部位で、どれほどの価値があるか皆目見当がつかない。トワの示した価格が妥当なものなのかも。


「トワさん、申し訳ないがおれには相場がわからない。少しばかり教授してもらえればありがたいのだが。」


 テイ・トワはニコニコとした笑顔を崩さぬままに一冊の本をストレージから取り出した。金箔押しの高級感あふれる冊子のタイトルは『食肉大全』と表記されている。


「ボクが書いたモノネ。10000LCで買うヨロシ。買ってくれるなら肉は110で査定するヨ。」


 コック帽からハミ出た猫耳が、楽しげに踊っている。おれはおとなしくテイ・トワから『食肉大全』を購入し、手持ちの『牛肉(未鑑定)』を全て売却した。



 §



「すげえな、コレ。」


 おれは馴染みのカフェ「アムール・ド・ラメール」で抹茶を啜りながら『食肉大全』を読んでいた。

 最初の数ページこそ、一般的な書物のように肉の部位や、鮮度の目利きなどが書かれていたのだが、中盤からのデータ量が半端ではなかった。

 まずおれの魔導書のモンスターデータを参照して、そのモンスターから取得できるアイテム欄に鑑定済みの注釈を付与してくれる。しかも、それらのアイテムがアルクヘイムの取引仲介所で売買される際の価格情報が自動更新されていくのだ。


「プレイヤーメイドのアドオンか。」


 アドオンとは、ゲーム内でのシステム不備や、利便性の向上をはかることを目的とした非公式アプリケーションやパッチのことだ。開発会社が製作したものではないから、下手をするとチートツールと混同されがちだが、MODやアドオンの歴史は長い。開発会社も過度な動作を行わない限り、アドオンの使用を許容することはままある。

 この『食肉大全』の挙動を確認する限り、DOPEにはゲーム内でプレイヤーがアドオン製作する機能が、あらかじめ用意されているらしかった。職位にそういったものが存在するのだろうか?それとも全く別の、おれが未だ知らない機能かもしれない。


「お待たせ。」


 テラス席で茶を啜るおれの肩を叩いたのは、シャオ・ルゥ──このDOPEにおれを誘った黒髪のアジアンビューティだ。

 シャオは取引仲介所ローカルマーケットで原木を売却していた。おれはその間に「天竜房」を訪れていたというわけだ。


「何か頼むか?」


 そうだねえ、とシャオがメニューを物色して視線を動かす姿は、現実世界と変わらない。彼女の外観は、現実のものをそのまま持ってきている。それでも美しい細面には、切れ長の目じり、すっと通った鼻筋、どこか血を吸ったように赤く艶めく唇──それらが完璧に配置されている。


 やがてシャオは、給仕役に雇用された少年のNPCにフルーツパフェを注文すると、おれが読んでいた『食肉大全』に気づいた。


「なんか面白いもの持ってんじゃん?」


 おれはテイ・トワから購入したいきさつを語る。シャオは聞きながら、いい商売されてんねえ、と半ば呆れたように笑った。肉を売りに行って、本を買わされたことが、どうにも面白かったらしい。おれはそれなりに納得して購入したつもりだったのだが。


 やがて注文したパフェが席に届くと、シャオは頂上に乗った苺を摘み上げ、口に放り込んだ。おれはシャオに、別の話題について尋ねる。


「そういえばウィツィロの方はどうだって?」


 おれ達が拠点としているポータル『神鏡の墳墓』から北東に5km程度の位置に存在する集落──『馬賊の砦』を治めているプレイヤー。ホブゴブリンのウィツィロのことだ。彼とおれ達は隣接する森林の資源を共同管理している。


『死霊術師』の職位クラスにあるシャオと、『人攫い』であるウィツィロは、それぞれにフレッシュゴーレムと拉致したNPCという労働力を持っている。それらを融通し合って森林の開発を進めているのだ。

 森林の南端の開墾が進み、そこは現在、小規模な耕作地へと変化していた。だがフレッシュゴーレムには伐採はできても、農業を指示することはできなかったらしい。そこでウィツィロからNPCを買い取って農業に従事させようと計画していた。


「私に売る分には問題ないけど、管理する技能スキルが無いと脱走するって警告された。やっぱり第二階梯(ランク2)に進まないとダメっぽいね。」


『人攫い』の職位には監禁やら手錠やらといった物騒な技能が用意されている。だが、それらはあくまでウィツィロが監督することを前提とした技能だ。彼が目を離せば、奴隷化されたNPCは脱走を試みるだろう。


 だが第二階梯に進めば、違う展望が見えてくる。奴隷を追跡する首輪が購入できる──そんな技能があるらしいのだ。そうすればウィツィロから購入したNPCが脱走を試みる可能性は低下する。

 シャオの『死霊術師』も、より高位のアンデッドを使役することができれば、ウィツィロからNPCを購入する必要は無くなるかもしれない。

 もちろん、おれ自身の職位『騎乗兵』、『探索者』、『屠殺者』もそうだ。さらに第二階梯に進めば、新たな職位を一つ追加することもできる。



「じゃあ、やることは決まったな。赤犬鉱山の攻略だ。」


 第二階梯──DOPEにおけるクラスビルドのデザインにおいて、階梯は一種の関門だ。基本的には生命通貨ライフカレンシーを支払うことで職位のレベルを上昇させる。第一階梯なら初期三職位の合計レベルが50に達した時点で、第二階梯への昇格権利が発生する。おれ達はLCを支払うだけなら、とっくに条件を満たしている。おれもシャオも三つの職位のレベルはすでに20に到達した。

 だが、昇格にはもう一つの条件があった。適正レベルのポータルストーンの所持だ。


 ダンジョンの中には、ポータルを持つものが存在する。それらを攻略すれば、ポータルへと瞬時に移動することが可能になるアイテム『ポータルストーン』が手に入る。おれ達が攻略した『神鏡の墳墓』やウィツィロの『馬賊の砦』は、チュートリアル用のポータルだ。実際のところ、抵抗らしい抵抗もなく手に入った。


 だが第二階梯に達するために必要なものは、難易度が星二つ以上のポータルの記憶ログだ。そこにはモンスターの難易度でいえば星二つが集団で出現する。おれ達が目星をつけているのは、ウィツィロが発見し、単独での攻略を断念した鉱山──「赤犬鉱山」だ。

 鉱山の周囲には歩哨が犬を連れて歩き回っており、一度中に入れば奥から武装した山賊が次から次へと湧いて来るという恐ろしいダンジョンだ。


 おれ自身も、シャオが死霊術の触媒とする死体調達のために何度か入口までは訪れたが、狭い鉱山には騎乗生物を連れ込むことはできそうになかった。

 ここのところ草原でワーカムを狩る際の必勝パターンである、ハヤテの圧倒的な機動力を生かした戦い方は役立ちそうにない。こうなるとおれは探索術を生かして、索敵に専念することになるだろう。


「正面から行くなら、前衛が欲しいか?」


 おれはシャオに問う。シャオは『死霊術師』、『魔法書司』、『生命道士』を取得している。時間とともに徐々にHPを回復させる『生命道士』は強力だし、『死霊術師』は使役するアンデッドによって頭数を増やすことができる。


 だがDOPEのAI──今回の山賊は人型だ。それは低位の獣型に比べて利口な動きをする。アンデッドを無視して術者であるシャオ自身を狙うくらいのことは当然してくるだろう。

 ウィツィロはウィツィロで『調教師』、『人攫い』、『商人』という尖ったビルドをしている。奴隷を肉壁にする手は、すでに却下されている。

 もともと『赤犬鉱山』から攫ってきたNPC達は古巣での戦闘中に反乱してくるのだ。縄で簀巻きにして、文字通りの肉の盾にするなら意味があるかもしれないが、敵の山賊どもはその程度のことには躊躇せず攻撃してくるだろう。

 それに──奴は愛猪のマンソンを溺愛している。プレイヤーは死んでも蘇るが、使役する獣やNPCは復活しない。ウィツィロは危険な戦場にマンソンを駆り立てることを厭うだろう。今回ウィツィロは槍を握って、体格を生かして戦うだけになるかもしれない。


「搦め手で攻めてもいいけどね──まあ、最初くらいは普通にやってもいい。」


 シャオはつまらなさそうに呟く。彼女からすれば難易度に差はあれども、木を伐採するのも山賊型モンスターを殺すのも同じ作業に過ぎないということか。

 【狂にして悪】なるシャオが本性を剥きだしにするのは、人間──同じプレイヤーを目の前にしたときだ。


 おれが、どうしたものかな、と悩みながら、抹茶の残りを呷っていると、カフェの入り口に新しい客が入って来た。


 おかっぱ、というよりも禿かむろ髪というのだろうか。黒髪の禿髪の幼女──だが、その風体は異様だ。額には鉄甲の額あて、胴には鎖帷子の上から青色のタバードを身に着け、背にはその身長よりも巨大な長剣を斜めに担いでいる。よくよく見れば首元にも金属製のカラーで防護を固めているし、脚甲、手甲まで嵌めて──幼く愛らしい容姿に対して、不似合いに厳めしい。

 幼女の後ろには同色のタバードを身に着けた、壮年の男が保護者らしく立っている。幼女とおそろいの武装だが、頭部に可動式のバイザーを備えたアーメットを被っている。こちらは鎧に着られている感じが強い。緩んだ腹と、少し曲がった背が、男の印象を頼りなくしている。


 二人の客は入り口でNPCに武器を預けると、まっすぐにおれ達の席に向かってきた。はて、こんな知人はいないのだが。シャオに目線で問いかけるが、興味無さげに首を振る。


「マサオミ!なんで連絡くれねえんだよ!」


 幼女の高い声が店内に響く。シャオは美しい相貌を歪めて、おれに疑念の眼差しを向けて来る。おれには覚えのない相手だ。必死で首を振って否定する。


「シャオさんもだ!二人して楽しそうに遊びやがって!おれも仲間にいれてくれよ!」


 今度はシャオが面食らった様子である。おれとシャオの共通の知人?


「おれだよ!ゲンジだよ!!」


 飲んだ抹茶が気道に入ってむせ返った。この幼女が?あの制服をだらしなく着崩して、チャラい恰好で女講師と不純交友を繰り広げるゲンジ?なんの悪い冗談だ?シャオはすでにゲラゲラと爆笑している。

 ゲンジを名乗る幼女の後ろで、保護者然とした男は何とも言えない顔つきである。


「あのなあ、今まで大変だったんだぞ。おれなんてずっとロリコンどもに囲われてHimechanやってて気が狂いそうだったんだ。」


 ゲンジの受難の旅は、なんとも波乱に満ちていた。


2016年12月18日0時から、第二章「冒険にでれば」全10話の投稿を開始します。

18日の20時に、「冒険に出れば02」を予約しており、そこから毎日20時に投稿予定です。

よろしければお付き合いください。

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