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冒険にでれば02

 さめざめと、己の身の不遇を嘆くゲンジ。その背後に立っていた壮年の男が口を開く。


「姫、そろそろ団員が参ります。開演時間です」


 姫!その呼びかけを聞いてシャオは体をくの字に曲げて笑い転げている。


「カツラさん、悪いが今だけは男ゲンジでいさせてくれッ!!」


 なりませぬ──頼む!──麗しい主従の茶番を見せつけられて、おれは唇を噛んで笑いをこらえることしかできなかった。さすがに友人がネカマをしている姿を指さして笑うほど、おれは悪党ではない。むしろ、何の因果で幼女の外見になったのか、ゲンジの身の上には同情すらしている。


「ゲンジ、先約があるなら行って来い。どれくらいかかるかは知らんが、ここで待っていてやる」


 おれの提案にゲンジは涙ながらに、友よ!と芝居がかった叫びを返す。カツラと呼ばれた男はその光景を眺めて──姫に友人がいたとは──などと呟いていた。大した忠義の臣だな、おい。


「ああ、もし良かったら正臣達も見に来てくれ。1chのメインストリートだ」


 ゲンジは桃色のカードをおれに投げ寄越す。そこにはファンシーな字体で「桃ウサギ源氏姫と仲間達」という謎の団体名が刻印されている。Genji Yoshituneの金文字の隣には、Vo.という略号。


「ヴォーカル……?」


 おれは改めてゲンジを見る。そういえばこいつは現実世界でバンドを組んでいた。高校生にありがちな軽音楽部の延長、流行歌のコピーバンドだったとは記憶している。だが、このバンドカードはどうにも──アイドル風ではないか。


 ゲンジに誘われるまま、おれとシャオはアルクヘイムの1chに移動する。いつ来ても縁日のような騒々しさが絶えない場所だ。特にメインストリートには所せましと屋台が並び、人と人がすれ違う隙間も無いのが常である。


 だが、この時は様子がおかしかった。ある一角にだけ、空白地帯が出来上がっているのである。その場所にあったと思しき屋台の店主は、青いタバードを身に着けた男から交渉されて場所を明け渡したらしい。


 おれとシャオは一歩引いた位置から、事の流れを眺めていた。


 やがてゲンジが現れたことに気付くと、場の空気は静まり返り、何やら厳かな雰囲気が漂い始めた。空白地帯を守るように囲む人垣が、禿かむろ髪の幼女を待っていたかのように二つに割れ、モーセよろしく道が生まれた。

 ゲンジはその花道に向けて走りだし、やがて空白地帯に向けて勢いよく跳躍した。


 ドラムスティックがカツカツとリズムを刻むと、ごりごりのメタルロックが流れ出す。アルクヘイムのメインストリート、その喧騒にも負けぬ爆音が鳴り響いた瞬間──幼女はステージ付近のモッシュピットに向けて、躊躇いなくダイブした。

 人間には発声不可能と思われる、超高音域のシャウトを繰り返すヴォーカルの幼女。その背後で演奏するのは、よく見ればカツラと呼ばれた従者を含んだ男たちだ。


 ゲンジが取得した職位クラス『歌姫』の技能スキルを生かした歌唱は、人の心を揺さぶる力を持っていた。従者カツラと、他二名はゲンジの後ろでギター、ベース、ドラムを操り、力強い演奏でヴォーカルの歌声を引き立てている。そしてそれに聞き入る聴衆たち。彼らは叫び、あるいは涙を流してこのライブを楽しんでいた。


「える!おー!ぶい!いー!LOVE(エルオーブイイー)!ラブリー義経!」


 なんだ、この地獄絵図は。メタルとアイドルの親和性は前世紀に既に証明されているが、これほど異様なサバトをおれは知らないぞ。


 そろいの青いタバードを身に着けた騎士団風の一味が、アルクヘイムのメインストリートに押し寄せて人の壁を作り上げている。彼らの手に握られているのは光る剣──いや、お前らそれサイリウムだろ、どこで売っていたんだ?


 彼らは一糸乱れぬ動きで、ゲンジの歌声に合わせて踊っている。

 飛び散る汗、漂う異臭──いらない!こんな過剰なまでの現実感(オーヴァリアリティ)を最先端のVR技術を駆使して味合わせないでくれ!

 普段ならステージも何も無かったはずの場所には、見事な演台が組み上げられていた。だがそれがフルプレートの金属鎧を身に纏った団員達による人間ピラミッドであると気づいたとき、おれの正気度合(SAN値)は勢いよく削られた。その人間ステージを踏みつけて歌っている幼女──それが、おれの友人であるゲンジだとは未だに信じられない。


 いや、できることなら最後まで信じたくは無かった。


「今日は、私のいかれた友達を紹介するぜ!マサオミ!シャオ!」


 やめろ、曲間のMCにおれ達を巻き込むんじゃない。むくつけき男たち──ゲンジ騎士団とでも呼ぶべきか?それとも正式名称がすでにあるのか?彼らはゲンジの指先が指し示す方角にいたおれ達を見つけると、姫のご友人ですか!光栄です!などと口々に叫びながら近寄ってくる。なんでおれと握手しようとするんだ、お前ら頭おかしいんじゃねえのか。


 あ、シャオ逃げるな、おれを置いていかないでくれ、マテ、マッテー。



 §



「はーい、物販はこちらー。義経姫とのチェキ最後尾こちらになりますー」


 カツラが手際よく列整理をしている。ライブ後の物販は、バンドマンにとって重要な収入源だ。ゲンジは訪れた団員のタバードにサインをしながら、チェキ撮影に応じていた。いや、だからチェキとかどこで売っているのだ。

 よく見れば一般人らしい人が新たにタバードを購入して着用していたりもする。新興宗教に入信する人を見るような気持になってしまうな。


 ゲンジは客が途切れると、おれ達のところへやってきて、打ち上げに行こうと誘ってきた。バンドマンにとってライブ後の打ち上げは必須事項マストなのだ。


「儲かってるの? あれ」


 彼らが行きつけであるという、スペインバル風の酒場「蛸壷亭」の入り口をくぐりながら、シャオはゲンジに問う。


「まあ、ぼちぼち。でかい会場ハコのオファーもあるんだけど、今は断ってる。こればっかりになるのも、違うだろうし」


「蛸壷亭」には、すでに20名以上の団員が集まっていた。カツラが乾杯の音頭を取ると、あとは好きに騒ぎ始めている。そのほとんどが外見的には三十代以上のおっさんだ。ゲンジはフロアの隅のテーブルで、おれとシャオを相手に果実汁を舐めている。その姿は愛らしい幼女そのものだ。


「ただまあ、機材のレンタルとか楽器の調達とかでな、結構出ていくもんが多いから。バンドメンバーはおれとカツラさん、ギターの清丸氏、ドラムのヒナビタの3人だけど、バックメンバー入れると23人だ」


 普段、彼らは『シエルナ寺院跡地』という廃寺のポータルを拠点に活動しているらしい。互いの地図を確認すると、おれ達が拠点にする『神鏡の墳墓』から真西に50kmの地点だ。チュートリアルの混乱の後、再設定されたスタート地点が『シエルナ寺院跡地』の隣だったのだという。


「あの時は大変だったぜ……DOPEの地獄って奴を味わった」


 おれ達がその地獄を演出したことを悟られないように、可能な限り平静な表情を保っていたが、シャオは笑いをこらえるので精いっぱいという様子だった。


 ゲンジとカツラはチュートリアル以来の仲らしく、以降は新しいプレイヤーを勧誘しながら規模を拡大していた。本人曰く、拡大するつもりは無いのに、気づくと青タバードのメンバーが増えている──まるで怪談のような話だ。

 そう言いながらもゲンジは旗頭として、一団を率いている。面倒見のいい奴だ。


 ゲンジが取得している職位は『騎士』、『君主』、『歌姫』だった。おれとシャオは聞きなれない『君主』という職位についてゲンジに尋ねる。おれ達の「職位一覧」には表示されていない。


「おれは最初から──いや、いつの間にかアンロックされてたぜ。解除条件はわからねえ」


 おそらく集団の長となるプレイヤーに対して解禁される職位なのだろう。ゲンジはすでに三つの職位を全てレベル20にまで上げていた。『君主』のレベル20で習得できる技能は『パーティ拡張Ⅰ』、本来であれば4人を上限とするパーティの人数制限を8人に拡張するという強力な技能だ。


「もし良ければだが、おれ達と一緒に第二階梯のアンロックに行かないか?こっちは3人だ」


 ゲンジは瞳を輝かせて、おれの提案に賛同した。団員から5人の精鋭を連れていくと答えてくれた。

 実際のところゲンジが率いる──正式名称は「桃ウサギ源氏姫と仲間達」だが、あまりに頭が悪い名前なので、便宜上「ゲンジ騎士団」としておく──騎士団は半数以上が戦闘には不向きな生産系の職位構成をしている。残りの半数は『騎士』の職位を中心としてゲンジを護衛する親衛隊だ。


「まだ全員が第二階梯(ランク2)に進めるレベルに達しているわけじゃないけどな。みんながLC(ライフカレンシー)を優先的に回してくれるから、おれは3つともレベル20になっている」


 ゲンジは十分Himechanなプレイを楽しんでいるらしい。早く『君主』の上限を解禁して、団員全員がパーティに参加できるレベルにまで『パーティ拡張』の技能レベルを上げたいのだという。


 おれはゲンジに『赤犬鉱山』の位置情報を提供し、ゲンジは三日後に仲間とともに向かうと約束した。


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