仕事を探そう02
男は腰をかがめ、種類も定かではない薬草をかたっぱしから背嚢に詰めていく。ただ命じられた仕事を、契約した時間だけ行うbotめいた行動。事実として男はNPCであり、その行動を司るAIには柔軟性がない。使役者の言語を理解し、内容を内部フローに沿って処理していく。
不意に、男は息苦しさを覚えた。鬱蒼と茂る森の空気は、濃密な酸素を含んでいる。にも関わらず、男は喘ぐ──否、喘ぐことができない。なぜなら男の口は閉じられたままだったからだ。
振り向けば、そこには男を雇用したシャオがいた。黒髪を揺蕩わせ、静かに歩み寄る美女の瞳には不気味な赤い火が灯っている。彼女が最初の【デスボーナス】によってゲヘナから持ち帰った【技能】『沈黙の魔眼』が発動していた。
だが男にはわからない。その異常が何なのか。眼前の女の眼に宿る光が何なのか。彼女の意図がどこにあるのか。故に近づいてくるシャオに対して、男は無防備だった。そして無防備なまま短剣で喉を貫かれて絶命した。もとより彼のHPは20しか無かったのだ。クリティカルな部位に突き刺さった一撃が、彼を葬ったのは道理である。
その結果に、シャオは満足げな表情を浮かべた。NPCの男は光の粒子に分解されることなく、その亡骸を地に晒している。
「職位、死霊術師を取得。生命通貨13000点を支払うわ。」
取りだした魔導書に向けてシャオは宣言する。13000LCはレベル10に到達するまでに必要な累計点数だ。
──【技能『メイクフレッシュゴーレム』を習得しました。】
──【技能『オベイアンデッド』を習得しました。】
まだ生きていた温もりを残す、男の死骸に向けてシャオは『メイクフレッシュゴーレム』を放つ。『メイクフレッシュゴーレム』が要求するのは10HPだ。
DOPEにはMPやSPといった概念が存在しない。すべての魔法と呼ばれるものは術者の生命力の燃焼であり、HPを対価として支払うことになる。シャオの最大HPはレベル10まで上昇したことで150に達していた。彼女の身体から生命力が漏出し、魔力へと形を変えて対象となった死骸へと向かっていく。
減少した分のHPは緩やかに回復していく。朝方に飲んだカフェでのドリンクの効果『リジェネレーションⅡ』が適用されているからだ。
魔法の触媒となった男の死骸は膨張し、人皮を裂いて破裂した。内側から現れたのは無貌の肉人形である。桃色の筋肉を剥きだしにして動く、グロテスクなアンデッドはシャオを主と認識して彼女の目の前へと歩み寄った。
だが、それだけだ。フレッシュゴーレムはシャオの前で涎を垂らしながら、ただ待機し続けている。シャオは続けて『オベイアンデッド』を行使してフレッシュゴーレムに対して命令を加えた。
「私の質問に答えろ。言語を解するか?」
フレッシュゴーレムは眼も鼻も持たず、つるりとした顔を縦に振る。臼歯のような堅牢な歯が並ぶ口は、大きく裂けているが、牙を持たないために噛みつくことは難しいだろう。
「では、道具は扱えるか?」
フレッシュゴーレムはまたもや勢いよく首を縦に振った。意外と高性能なことにシャオは満足している。もしかすると触媒となった人間による影響もあるのかもしれない。人間以外の生物の死骸ならばどうなるのか、後で調査しなければとシャオは考えた。
シャオはストレージから、安物だがよく砥がれた両手斧を取り出すとフレッシュゴーレムに手渡す。アルクヘイムの雑貨店で購入していたものだ。一本30LCである。
「いいか、森の端から木を伐採して墳墓に運べ。これからお前の兄弟をあと2体創造してやる。3体で協力して行動しろ。」
斧を受け取ったゴーレムは、命じられたとおりに森から墳墓へと向かって歩いていく。しばらくすると木に向けて斧を叩きつける音が響き始めた。
シャオは悪辣な笑みを浮かべながら、残る二人の後を追う。魔導書の地図を取り出せば、正臣の位置を示す光点が移動していた。
§
おれは森まで至る道すがら、シャオの計画を聞かされていた。死霊術の技能による労働力の確保。しかしながらDOPEにおいてプレイヤーは死亡すれば光の粒子となって死骸は残らない。ではNPCはどうか?
これがシャオの第一の実験だった。どうやらシャオの実験は成功したらしい。彼女の光点が地図上をこちらに向かって移動してくる。
おれはすでに『探索者』のレベルを10に上昇させていた。
それによって得たスキルは『探索術Ⅰ』と『生命探知Ⅰ』だ。おれは茂みの中からNPCの男が採集に励む姿を監視している。直接に視界に入れているわけではない。低木の枝越しに、男の存在が薄く光って見えるのだ。『生命探知Ⅰ』を取得した効果だろう。
男以外にも森林には数多くの生命反応がある。大小様々な獣、昆虫、地中にも詳細はわからないが反応がある。
その中の一つに、おれはシャオと思しきものを認めた。おれは彼女が近づいてきていることを確認すると、気配を消して茂みを出る。
自然の一部、風のそよぎ、草のかすれる音に己を同化させて男の背後に忍び寄る。そして一撃で男の喉首を掻き切り絶命させた。アハトから授かった『サイレントキリング』だ。この男を相手に使う必要はなかったかもしれないが、おれは己の手で命を奪う感触を確かめたかった。それは現実の世界では許されず、道場で真剣を手に立ち会ったとしても得られなかった経験だ。
シャオは無言のまま近づいて来ると、男の死骸に向けて死霊術を行使した。象られるグロテスクな肉塊は、彼女の命令に従順に従うと、手渡された斧を握って森の端へと向かっていった。
「こっちだ。探索術で目星はつけてある。」
おれにはすでに地図がなくとも森の姿が見えていた。生命探知と探索術、そして『直観Ⅰ』が残された男の位置を教えてくれる。おれ達は仕事を片付けるべく、森を歩いていく。
§
結論から言えば、まだまだブラッシュアップが必要な計画だった。
だが3体のフレッシュゴーレムは着実に木を伐採し、墳墓まで運搬してくる。疲れを知らぬ死体は休むことなく稼働し続け、一時間に丸太12本分の木を生産した。
「とりあえず第一段階は成功といったところか。」
シャオは丘陵の頂上から満足げに眺めている。
「知っているか、正臣。あの木が一本いくらになるのかを。」
おれは首を横に振る。アルクヘイムで彼女は市場における相場の調査まで行っていたらしい。
「一本当たり500LCだ。無論、あれは枝葉を取り払ってすらいない原木だ。これから木工師に引き渡して乾燥加工などを経ねば使い物にはならん。だがアルクヘイムでは原木の需要が急騰している。あの島の木々は枯渇していた。」
海に囲まれたアルクヘイムでは造船が盛んでもある。また建築の需要も尽きることがない。NPCも利用する取引市場では木材の価格が青天井の状態だったのだ。
一時間当たり6000LCを生産する原木工場だ。休みなく働き続けるアンデッドの労働力は24時間稼働して墳墓に原木を積み上げる。あとはストレージに収めて、相場を破壊しない程度にアルクヘイムで売りさばくだけでいい。
「しかし、あんな伐採の仕方だと、じきにこの森も枯渇するんじゃないか?」
フレッシュゴーレムが行っているのは皆伐だ。間引きではなく、目についた木を全て切り倒している。おれの問いに対してシャオはシンプルな答えを返す。
「今行っているのは伐採じゃない。開墾だ。開いた土地は農場にする。アンデッドどもには農業をさせる。」
今のままではフレッシュゴーレムは農業の概念を理解して実行するだけの知能がないだろうと、シャオは言った。だが森の木々が枯渇するまでには、シャオの死霊術を更にレベルアップさせるだけのLCが貯まるはずだ、とも。そうすれば更に多くのアンデッドを使役し、より高度な作業を行わせることができる。
おれは恐れ入ったよ、と手をあげる。しかしこれでは森で活動するために取得した『探索者』の職位が無駄になってしまうのではないだろうか。彼女は森を無くすつもりなのだから。
「この森全てをか?何年かかると思っている。それに『探索術』と『生命探知』は森以外でも十分に有用だと私は思っているぞ。」
そして、おれ達はフレッシュゴーレムの作業を眺めながら、これからの開発計画について話し合っていた。
その最中、おれは草原の中に何か光るものを見た。それはおれの『生命探知』が発した光だった。鹿ではない。何か巨大な生き物だ。それは高速で墳墓へと向かって、真っすぐに近づいて来る。
「何か来る。」
おれはシャオに言うと丘陵を駆けおりる。濠を挟んで近づいて来るものの正体を、はっきりと確かめた。
それは、チュートリアルで見た亜人。暗緑色の体皮にくるまれた巨体。手には槍を持ち、大猪に跨る姿は、部族の酋長の如き威容を発していた。
おれは無言のまま相手を睨んでいた。相手もまた、こちらの存在を確かめただろう。恐らくはフレッシュゴーレムが森を伐採する音を聞きつけて、こちらの位置を知ったのだ。この脅威の存在を頭に入れていなかったのは失策だったか。
亜人は猪を走らせると、墳墓から対岸に架かる石橋の前へと回り込んできた。そして、橋の前で猪を止めると鞍の上から降りたのだ。奴が獣を一撫ですると猪はおとなしく腰を沈めて待機状態になった。
亜人は一歩前に出ると、手に握っていた槍を地に突き刺し、敵対の意思が無いことを示した。そして、低くしわがれた声でこちらに向けて叫んだ。
「おれはウィツィロ!隣のポータルを治めるウィツィロという者だ。おれに敵対の意思は無い。新たなプレイヤーに誼を通じに来た。」
意外なことだった。
奴──ウィツィロはホブゴブリンを種族とするプレイヤーだったのだ。




