仕事を探そう03
ウィツィロと名乗ったホブゴブリン種族のプレイヤーは、思いのほか礼儀正しかった。石橋を挟んだまま、おれ達は会話する。
「ウィツィロさんと言いましたか。おれは正臣といいます。単刀直入に聞かせてください。今日ここに来た目的はなんですか。」
ウィツィロは重ねて慇懃な態度で語る。
「先ほども言ったとおりだ。隣のポータルを治める者として誼を通じに来た。お前たちはチュートリアルの試練を征して、このポータルを手に入れたのだろう。森に伐採する音が響いてきたから、こうやって挨拶に来たのだ。」
おれとウィツィロのやり取りを見て、シャオが丘陵を降りて来る。
「隣のポータル、ということはあの集落は貴方のものか?」
ウィツィロは首肯して、その質問に答えた。
「そうだ。おれがあのポータル『馬賊の砦』を治めている。おれがポータルを得てから、まだ日が浅い。お互いに情報を交換したいのだ。」
そういうと、ウィツィロは魔導書の頁を破いてこちらに放って寄越した。宙を滑るようにこちらに届いた頁には、彼のプレイヤーデータが記載されている。
──【真名】ウィツィロポチトリ
──【種族】ホブゴブリン
──【属性】正しき悪
──【階梯】第一階梯
──【職位】『調教師』Lv5、『人攫い』Lv5、『商人』Lv10
まるで名刺のようだ。この情報の真偽に対して、シャオは『鑑定Ⅰ』を行使して確認したらしい。どうやらここに至るまでウィツィロの語る内容に嘘は無さそうである。
「わかった。だが、ここで立ち話をするのもなんだから、アルクヘイムの広場、その横にあるカフェで会いましょう。あそこならPKフラグは立たない。」
シャオの提案に対して、相分かったと、返答してウィツィロはポータルストーンを使用すると転移していった。
ウィツィロが消えた後、おれはシャオに確認する。
「基本的には友好的に振る舞えばいいか?」
シャオはええ、と答える──戦うのは、いつでもできるから、と。
§
アルクヘイムに転移して、広場横のカフェの前には猪が行儀よく座っていた。その隣でウィツィロは律儀にも立って待っている。
おれ達が午前中に訪れたカフェだ。今回はテラスではなく、奥まった個室に案内してもらった。どうやらウィツィロもこのカフェを利用したことがあったらしい。
「先に入ると、細工をしているのではないかと疑われる。」
そんなことを言いながら、ハーフリング、人間、ホブゴブリンの三者は円形の卓についていた。そして飲み物だけではなく、つまみにするピザまで注文した。支払いはウィツィロが持ってくれるという。
「実を言うと、おれは『神鏡の墳墓』を攻略できなかったのだ。」
ウィツィロが語るには、墳墓の最奥にまでは至ったものの、鏡は何ら反応を示さず、またそれを持ち帰ろうにも強固に固定されて動かすことができなかったらしい。結果として崩落のトラップも、ボーンスネークからの襲撃も無く、ウィツィロは諦めて帰ることになった。
「たぶん、おれが善の属性だからです。あの鏡は魅了を使ってきましたが、シャオには効果が無かった。というより反応すらしていない感じでしたね。」
そうか、とウィツィロは得心したように頷いた。
それからおれ達はお互いが知っている情報を交換した。【技能習得条件一覧】をお互いに交換すると、随分と多くの技能の習得条件がアンロックされた。
またウィツィロからは原木の一部を買い取りたいという提案があった。『商人』のレベルを上昇させるためには|LC《LifeCurrency》を支払う以外の条件があるらしい。恒常的に商う資材の量に応じてボーナスが得られるということだった。もしかすると、おれ達が取得した職位にも同様の例外的な条件が設定されているかもしれない。
「しかし良かった。おれが『馬賊の砦』を攻略してから、おれの村を訪れるのは正しき善の属性のプレイヤーばかりだったのだ。『人攫い』の職位を見ると、連中激怒してな。奴隷を解放しろだのお題目を並べて攻撃されたこともあった。フレッシュゴーレムが伐採しているのを見て、お前たちのいずれかが『死霊術師』で、悪の属性に属していることは明白だったから、おれは交渉してみようと思ったのだ。」
おれは『人攫い』の職位について尋ねた。ウィツィロの説明によれば、『人攫い』のレベル5の技能は『監禁』だった。ウィツィロはNPCを監禁して『商人』の技能によって売買することを基本方針としていた。人身売買をメインにするとは、ずいぶんえぐいビルドだ。
「いや、そうでもない。おれは『監禁』すると言っても檻に閉じ込めるわけではない。集落の内部を範囲に設定して、そこから出られなくすることで村に入植してもらおうとしていただけだ。実際、今では8人のNPCがおれの村で生活している。皆以前の暮らしよりも生活水準が高くなり満足してくれている。」
それに人身売買といっても村を出たいと希望する者に、適切な奉公先を斡旋しているに過ぎないのだと主張する。
なんだろう──ストックホルム症候群という単語がおれの脳裏をよぎったが、あえて余計なことを言う必要はないだろう。
「一番ひどかったのは変な女がやってきて、女性たちに対して乱暴するのはやめろ、などと言うのだ。奴はわざわざ20キロ離れたポータルから徒歩でやってきて、そんな文句をつけてきたのだぞ。おれは誓ってそんなことはしていない。そもそもおれはZoophiliaだ。」
話を聞くのもそこそこに、追加で注文したフルーツパフェを食べていたシャオがZoophiliaって何?という純な目を向けて来る。
「つまりケモナーだ。おれの愛の対象は一筋に我がマンソンに注がれている。」
想像したくないが、まさかマンソンというのはあの大猪のことだろうか。ホブゴブリン×大猪──まさか大猪×ホブゴブリンではあるまいな。いや、そもそもマンソンという名前からしてオスなのか?オス×オスなのか?亜人×獣の?
他人の性的指向について言及するのは重大な性差別事案だが、いや、それにしても異文化というか異次元というかファンタジーの度合いが一気にメーターを振り切って行ったぞ。
「うむ、お前たちはどうやら信頼に足るな。」
パフェに夢中のシャオを置いて、ウィツィロは勝手に納得したように頷いた。
「リアルの話を持ち出すのはマナー違反だが、名前から推察するに、お前は日本人なのだろう。流石日本は違う。文化の寛容度が高い成熟した社会を築いている。」
いや、寛容度の方向性が偏向し過ぎだろう。
そして、ウィツィロはあることに気付いて話を変えた。
「ん、だがおれの記憶では日本でのサービスインはゲーム内時間までまだ40時間以上あるのではないか?お前たちはどうやってログインしている?在住が海外なのか?」
その話にシャオは反応して説明する。彼女の知人から先行ログインの権利を譲ってもらったのだ、と。ウィツィロはそういうこともあるのか、と驚いたような表情を見せて、やがて考え込み始めた。
「正臣は純善とはいえ、シャオ嬢には頭が上がらんのだろう?そこで──シャオ嬢、お前を狂にして悪の判定を受けたプレイヤーと見込んで相談したいことがある。囲い込みをしないか?」
囲い込み──その提案の内容と詳細は、おれ達のまだ知らないDOPEの仕様が大きく関わっていた。
§
PK──Player Killer。
MMO RPGにおけるPvPの歴史は古い。互いに申し合わせての対人戦がデュエルやPvPと呼ばれるのに対して、フィールド上で互いの了解なしに攻撃を加える行為はPKと呼ばれてきた。
そのためPKは卑怯な行為、格上が格下を一方的に嬲る行為として低い評価を与えられることが多い。だがその一方でフィールド上で突発的に発生するPKのスリルと刺激は、常に一定の支持者を得てきた。
DOPEは中核都市や一部の特別なエリアを除いて、常にPKフラグがONになっている。それでもバランスが成立するのは、DOPEが桁違いに広大なマップ面積を持ち、またプレイヤーは死亡後即座に光の粒子と化すために、死体からアイテムを漁ることもできない。そして【デスボーナス】というシステムを採用していたからだ。
想像してみて欲しい。PKはされた側に、深い遺恨を残す。いつか必ず、相手を倒すという臥薪嘗胆の志を胸にプレイすることになる。だが一般的なゲームでは後発プレイヤーが追いつくのは遥かに先だ。そして不快な思いをしたプレイヤーの多くはゲームからドロップアウトしていく。
DOPEでは死に対してペナルティではなく、ボーナスが設定されている。正確には、どのように生きたか、に対するボーナスが死亡時に清算されるのだ。復讐を企図して無念の内に死亡した場合──このボーナスは指数関数的に向上する。
だから、PKをする側は必死だ。一方的に相手を嬲っているつもりが、相手は復活するたびにボーナスを得て強化されて帰ってくる。絶対に復讐するという決意を胸に抱いて。
この仕様に気付いたプレイヤーの中には自殺によってボーナスを意図的に得ようとした者もいたが「十分な生」を得ない死にはボーナスが無いために、そういったファーミングは成立しなかった。
その代わりに──真剣に敵対するケースが出てきた。見込んだ相手に対して運命の宿敵といったラベリングをし合い、フィールドで目が合えば無言で殺し合う。そうやって互いを研鑽の贄として捧げるプレイヤー層がDOPEにはいる。
閑話休題──この場合の囲い込み、とはスタート地点を中心としてプレイヤーを延々とPKする行為だ。だが本来DOPEの仕様であれば、そのような行為にメリットはない。これがメリットに変化するのは、もう一つのギミックが関与する。
「PKが繰り返されると、その地域の危険度が上昇するんだ。すると現れるモンスターの強さが上がる。そいつらを倒したときに落とす生命石も大きくなる。更に採集できるアイテムの品質も向上する。そしてそれが続くと、チュートリアル中及びポータルの登録を持たないプレイヤーのリスポーン地点が、より世界の外縁部へと移動される。」
つまりウィツィロが提案していたのは次のようなものだ。
◆日本からのサービスインに伴って増える初心者を狩る。
◆地域の危険度上昇によって、モンスターの強さや報酬の向上が見込める。
◆新たなプレイヤーは、より遠方からスタートになり、森林を独占できる。
「そもそも、あの森林からスタートしてもチュートリアルを達成できない。おれが知る限り、あの森林の周囲にあるポータルは『馬賊の砦』と『神鏡の墳墓』だけだ。
おれは今のところ『馬賊の砦』に見知らんプレイヤーを入れるつもりはないし、『神鏡の墳墓』は埋没してしまったんだろう?チュートリアルはポータルストーンの獲得か死亡によって達成されるが、もしも他のポータルストーンを得ようと思うなら、森林を抜けて、さらに30キロ以上は歩かなきゃならん。」
ちなみに自分は猪と組打ちした負傷で死亡リタイアした後で、『馬賊の砦』を攻略した、とウィツィロは頬を掻く。
「つまり、これは必要なことだ、と言いたいわけね?」
饒舌なウィツィロに対して、それまでパフェを突いていたシャオが口を開く。ウィツィロはその雰囲気に一瞬呑まれかけたが、踏みとどまって首肯した。
ふうむ、とシャオは唇を舐めた。彼女は既に囲い込みをやるか、やらないか、そんなことを悩んではいない。凄絶な笑みを浮かべてシャオは言う。
「いいわ、やりましょう。でも──図絵を引くのは私だ。」
アルクヘイムの広場に立つ鐘塔が、正午を報せる鐘を鳴らした。
DOPE日本サーバーのサービスイン、翌朝午前10時まで──残り44時間。




