3. ヴィクトル
最低最悪である!!!!!
この世界に動物はいなかった。
はあ?ってやさぐれてしまいそうである。
あのあとギルバートと話をすり合わせた末に分かった事実は、この世界には魔物しかいないということ。
そしてその魔物は、人に懐くことがなく、ペットとして飼われていた例はないということだった。(というかペットという言葉の意味も通じなかった)
確認したところ、家畜という概念もこの世界には無く、食用の肉は、全て狩りで賄われているらしい。
私は全身から力が抜けてしまい、ズルズルとソファの背もたれにもたれかかった。
脳内に、今まで読んだことがある、数々の異世界転生や召喚ものの物語のシーンが走馬灯のように駆け巡る。様々な物語の中で、主人公たちは獣のモフモフを楽しんではいなかっただろうか。
もし私だったら、どんな異世界に行きたいか?1択だ!モフモフが沢山いる、モフモフパラダイスな場所に決まっている!
決して、こんなモフモフ要素皆無の世界なんかじゃない!!!!!
「っ、うぅ〜っ……!」
恥ずかしいし、止めたいのに、目からは悔し涙がぼろぼろと溢れてくる。
あともう少しで、モフモフをお迎えできそうだったのに、もうモフモフを触れないどころか、この世に存在すらしていないって?絶望じゃないか。
なんだか生きる意味を奪われたような気持ちになり、滲む視界でぼんやりと天井を見上げた。
「……ッ、少々お待ちを!」
ドタバタと部屋を出て行ったギルバートのことを気にする余裕もないまま、私は自分の顔を両手で覆った。
ここから立ち直れる気がしなかった。
今までずっと、私はモフモフを飼うことを目標に、ただひたすら突っ走ってきたのだ。目の前の誘惑や、ネチネチした上司のいびりにも耐えられてきたのも、その目標があったからなのに。
「もう死んじゃおうかなぁ……」
気弱な発言が口から漏れる。
「死なないで頂けると、こちらとしては助かるな」
ギルバートのものではない、落ち着いた優しい男性の声が聞こえ、私は弾かれるように顔から手を離した。
「誰っ――」
「はじめまして。ひらのし、ずく、さん。ギルバートから聞いてやってきた、ヴィクトルだ」
「ヴィクトルさん……」
「ヴィクトルでいい」
目の前には、黒く長いうねった髪を持つ30代くらいの男性が立っていた。黒い髪は顔の前まで長々と伸びており、顔の半分くらいを覆い隠している。その下に見える優しそうなタレ目には、深々としたくまが刻まれており、ヴィクトルからは疲れている雰囲気が漂っていた。かっこいいのに、勿体無い。
またヴィクトルは白衣を羽織っているので、医者か何かなのだろうと、私は推測した。
「はい、これどうぞ。ギルバートが、モフモフしたものを君が求めていると慌てていた」
もふっと、した何かが私の膝の上に置かれた。
下を見ると、それは灰色のふかふかしたクッションだった。
「すぐに用意できる物だと、それくらいしかなくてね。古くさいけど、ごめんね」
「いえ……ありがとうございます」
よく見ると、確かにクッションは少しよれていたが、汚れなどは見当たらない。
私はそのクッションに顔を埋めるようにして、抱きしめた。
ふわり、とその木クッションからいい匂いが漂う。ヴィクトルのだろうか?
クッションを抱き抱えて動かなくなってしまった私を見て、ヴィクトルは小さく微笑んだ。
そして私の前にしゃがみ、目線を低くすると、こちらを見る。
「僕が君の身柄引き受け人になった。落ち着いたら話をさせてほしい」
――――――
「君のことはなんて呼べばいいかな?しずく?」
「えっと……なら、ティアでお願いします」
しずくが本名だが、ヴィクトルも、先程のギルバートも、少し呼びづらそうにしていた。異世界では本名かそうじゃないかなんて重要ではないだろうし、安直だけど、しずくの英語版で、ティアを名乗ることにした。
今日はよく泣いてるし、ピッタリかも、と自嘲気味に鼻を啜る。ここまで泣いたのは、それこそ母からハムスターを飼っちゃダメと盛大に叱られた日以来かもしれない。
「分かった、ティアね」
ヴィクトルは頷いた。急な呼び捨てに、目を瞬きさせる。声の調子に、しゃがむ行為に、この距離の詰め方。ヴィクトルは私のことを、小さい子供のように見ている気がする。
お医者さんでありそうだし、別に不快ではなかったので、私は特に言葉を発することなく頷いた。
「改めてこんにちは。僕はヴィクトル。魔術研究所の所長だよ」
「魔術研究所……?」
お医者じゃなかったのか、と目を見開く。
「そう。疲れてるかもしれないけど、大事なことだから、今から僕の研究室でティアの魔力をはからせてほしい」
「分かり、ました」
私はソファからゆっくり立ち上がった。モフモフはしっかり両手で握り締めたままだ。
「いい子。痛くはないから安心して」
そう言ってヴィクトルは歩き出した。
「君の魔力量によって、今後どのように過ごして貰うかを決めさせてもらう。申し訳ないけど、今この城は財政難だし猫の手も借りたいくらいでね……ただの保護はできないんだ」
私は脳内でディーノをタコ殴りにしながら、こくりと頷いた。
「あの、ギルバートさんは……」
「ギルバートはグレイ……ああっと、騎士団長に報告に行った。帰ってくるのはもう少しあとじゃないかな?ギルバートは城にずっといるから、会おうと思えば、またすぐ会えるよ」
「そうですか」
ヴィクトルに続いて、城内の長い廊下を歩く。
少し心に余裕ができた今、キョロキョロと見渡してみる。
城の廊下は、クリーム色に近い白を基調に、時折赤や金色が混ざっていてとても綺麗だ。廊下の天井は高く、一定の間隔で上に小さめの(それでも分かりから見れば十分立派だが)シャンデリアが吊るされており、廊下を照らしている。
「ここだよ」
幾つかの廊下をこえた先に、ヴィクトルの目指す部屋はあった。
「魔術研究所といっても、城の内部にあってね。どちらかといえば部署のような扱いに近い」
そう言いながら、ヴィクトルは部屋のドアを開けた。




