2. 城へ
「ああ聖女さま……!ようこそ、コルヴェニアへ!」
私が目を覚ましたら、そこは私の知らない、埃っぽく薄暗い、天井が高い部屋の、地面の上だった。
「えっ……なにこれ、どこここ!?」
慌てて立ち上がり、辺りを見渡す。
「おお、聖女さま。貴方は私がこの世界を救うべく呼び出した、尊きお方です」
目の前の、黒いフードで顔が見えない男が、恭しく、地面に頭をつけるようにひれ伏した。
「はあ!?聖女……!?ってどう見ても黒魔術で呼び出されてるし!」
私の足元には、何かは考えたくない、赤黒い液体で描かれた魔法陣っぽい模様が。そして私がいる場所は、廃れた教会の中のようだ。
周りにいる人間は、話しかけてきた男、1人だけ。
「人違いです!私は聖女じゃありません!帰してください!」
あともう少しで長年の夢が叶いそうだったこともあり、半ばヒステリックに、私は叫んだ。
男は首を傾げた。そして両腕をゆったりと広げる。
「もう、帰る方法はありません。今から貴方の生きる場所はこの地。そして使命は――ここ、コルヴェニアを瘴気から救うことなのです!」
「どこよそれ!!!何よそれ!!!」
私の目から大粒の涙が溢れ出た。聞いたことがない地名だ。それに瘴気って何!?まさか、まさかまさかまさか私は異世界に召喚されてしまったとでも言うのだろうか!?
こんなタイミングで!!?
「説明はあとでします。今は――」
男が何かを言いかけたが、結局彼が今、私に何をして欲しかったのか、私が知ることはなかった。
何故ならその瞬間、教会のドアが開け放たれ、大勢の鎧を着た人々がなだれ込んで来たからだ。
「動くな!!!黒魔術師ディーノ、貴様を逮捕する!!!」
静かだった教会内が、一気に騒がしくなった。
突入してきた人たちの鎧がたてるガチャガチャ音に、男たちの飛び交う罵声、そして爆発音。
私を召喚した男、黒魔術師ディーノと呼ばれた男が何かを呟き、手をはらう。するとその先から、黒い斬撃が繰り出され、突入してきた男たちの何人かが吹き飛ばされた。飛ばされた者は、壁に激突し、激しい金属音をたてながら落ちていく。
もう一度ディーノが手をはらった。今度は空中に黒い球体状になった液体が5、6個浮かび上がったかと思うと、勢いよく爆発した。
「きゃあっ!」
揺れる地面に、私は立っていられなくなり、頭を抱えて座り込む。上から、天井が崩れたのだろうか、パラパラと細かいかけらが振ってくる。
何もできず、私は必死に縮こまり、ギュッと目をつぶった。
そんな私を、誰かの大きな手がガバリと抱え込んで、持ち上げた。
「もう大丈夫だ!君は我々、コルヴェニア騎士団が保護する!」
そう言って、私を抱き上げた騎士は、鎧の人たちが突入してきた扉とは反対方向の扉に向かって、駆け出した。
「……ッ」
私はなんと答えたらいいか分からず、騎士の肩の上から、そっと目を開けて、どんどん遠くなっていくディーノの様子を見る。
彼のフードは脱げ、下に隠されていた素顔が光の下に晒されていた。
ディーノは、年老いたその黒魔術師は、顔に満足気な笑みを浮かべ、真っ直ぐ私の方を見ながら、立っていた。
「私は聖女様の召喚に成功したのだ!私の本懐は!遂げられた!!!」
ディーノは大声で叫ぶと、自分の頭に手を当てた。嫌な予感に、私の背筋が冷える。
「……あとはきっと聖女様がこの世界を救ってくださる。私に思い残すことは、もう何もない」
そう言うと、ディーノの身体は、手を当てた頭の方から、黒い塵となって、崩れて消えた。
ディーノの着ていた黒い服が、バサリと地面に落ちる。
あれだけ騒がしかった教会内が、一瞬、痛いくらいシンと、しずまりかえった。
――私の召喚者は、こうしていなくなってしまった。
――――――
「この度は……我が世界の者が、大変なご迷惑をおかけしました」
古い教会から救出(?)され、連れて来られた先は、大変立派な城の中の一室だった。
目の前の、深々と頭を下げる、真面目そうなメガネの男性を見つめながら、私は震える手で、出された温かいお茶を啜る。まだ身体の震えが収まらない。この震えは、寒さからではない。
なんと、ここまでの移動手段が、空飛ぶ箒だったのだ。
私は、騎士に抱きあげられたまま、細い箒に乗せられ、飛んでここまでやって来た。
目の前にずらりと並ぶ箒を見て、本当に異世界に来てしまったのだ、と実感したのも束の間。不安定なまま、ふわりとした浮遊感に包まれ、勢いよく空高くに舞い上がったとき、正直生きた心地がしなかった。
ファンタジー世界でよく箒に跨って自由自在に空を飛ぶキャラクターたちは、よくあの、いつ振り落とされるか分からない感覚に耐えられているものだ。
「……いえ」
私はぺこりと頭を下げた。
「あの、なるべく早く、元いた世界に帰していただきたいのですが……」
私がメガネの男性を見つめると、男は困ったように眉を寄せた。
城に着くと、私はこの人に引き渡された。
このメガネの茶髪の男性。年齢は30代前半くらいだろうか、はギルバートといい、彼はこの国の騎士団の副団長さんらしい。
「大変申し訳ありません……。元の世界に戻る方法は、まだ発見されていません」
ギルバートの言葉を聞いて、私の目からぼろりと涙が溢れ落ちる。ディーノの言葉は嘘であってほしかった。
あーあ、今日はよく泣く日だな……。他人事のように、落ちていく水滴のあとを目で追う。
「っ、私は、どうすれば……?私はどうなっちゃうんですか?」
私の涙を見て、ギルバートは目に見えてオロオロし始めた。私がこうなってしまったのは彼のせいではないのに、責任を感じている辺り、いい人なんだろうな、と思う。
「ええと、ですね。こちらもこのようなことはここ数百年で初めてでして……」
ギルバートはおずおずと説明し出した。
曰く、私を召喚したディーノは、元々この国の大臣で、国を想う気持ちを皆に認められている人格者だったのだが、実は同時に禁忌とされている闇魔術の使い手だったらしい。
私を召喚したのも、闇魔術を使用してだった為、どうやれば私を元の世界に戻せるか分かっていないという。
その為、当分の間、身寄りのない私はこの城で引き取られ、生活することになるとのことだった。
「貴方様は異世界からの客人なので、できる範囲で、丁重におもてなしさせて頂きます。こちらで用意できるものがあれば、ご用意させていただきますので、遠慮なくお申し付けください」
ギルバートのこの言葉に、私は顔を上げた。
「なら、もしお城で飼われてるわんちゃんとか、なんか動物さんとかがいたら!少しの間でいいので撫でさせて欲しいです!」
今お願いするのがそれ?!って冷静に自分にツッコミを入れる自分もいるが、どうしても今の私にはモフモフが必要だった。モフモフは私の精神安定剤だ。
家にある、大量のモフモフクッションたちに想いを馳せる。1個でも持ち歩いていればよかったな。
祈るような気持ちで私が見つめる中、ギルバートは困惑した顔で、首を傾げて言った。
「どうぶつ……ってなんですか?」




