第四十六話《野望と安逸》
深夜の事務所のダンススタジオに、勇為は居た。
かれこれもう、八時間はぶっ通しで踊っている。
休憩や水分補給も忘れて、粗い呼吸のまま、無我夢中で踊り続けていた。
あの島から帰って来てから、まるで仕事にならない精神状態のメンバー達の中で、唯一仕事に対して意欲的なのが、この男だった。
意欲的というよりも、それは強迫観念でしかなかった。
何かに取り憑かれたように、本来の自分を思い出したように、その目には、ひとつしか映っていなかった。
(ごめんね、ゆーい。僕、ちゃんとできるから。ちゃんとあの女に復讐するから、見ててね)
そう言い聞かせる相手は、鏡に映る自分の姿ではなく、背後でうっすらと影が映る、子供の自分に対してだった。
──全てを思い出して、目が覚めた。
何故自分が、この道を志したのか。
全部、復讐の為だ。
有名になって、自分を捨てた母親がいつか迎えに来た時、今度は自分が捨ててやるんだという野望の為。
それなのに、毎日忙しく日々を生き抜く中で、いつの間にか忘れてしまっていた。
ファンに好意を向けられて、世間からチヤホヤされて、目先の快楽に身を委ねることで、本来の目的を見失ってしまっていたのだ。
──だけど、もう間違わない。
これが最後のチャンスだ。
今までのぬるま湯に浸かっているような、現状維持を続けていくだけのような練習では甘い。
未だに母が自分を見つけていないということは、きっとまだ知名度が足りないのだ。
もっと技術を磨いて、実力をつけて、日本で知らない人はいないほどの、正真正銘のスターにならなければ──。
睡眠も食事も忘れて、勇為は血走った目で、一人限界を越えて踊り続けていた。
強い吐き気が襲って来ても、それさえも時間の無駄だと、必死に飲み込む。
「勇為くん! いい加減帰りましょう! そんなんじゃ体壊しちゃいますよ!」
「……うるさい……」
心配して止めようとする惇の声には目もくれず、勇為は踊ることをやめなかった。
その目が見据えているのは、幼き子供が掲げた、たった一つの誓いだけ。
「……あ、晟斗さん! 晟斗さんからも言ってやってくださいよ! もうずっとこんな調子で……!」
別件の仕事を終え通りかかった晟斗に助けを求めると、彼は面倒臭そうな顔をしながも引き受け、スタジオに流れている音楽をパチっと消した。
「おーい、練習すんのはいいけど、あんま根詰めすぎんなよー。あと、マネージャーが怖がってんぞ」
強引に座らされて、勇為は晟斗を睨んだ。
いつものように笑顔で武装する余裕も無く、不機嫌な態度を隠すことをしなかった。
「どうした、余裕なくして。おまえらしくもない」
日頃から不躾にお節介を焼いて、自分のことを分かったかのような物言いをする晟斗が、勇為は苦手だった。
まるで自分は、裏表の無い誠実な人間なのだと、善意を押し付けられている気分になる。
「僕らしくってなんですか? 僕の何を知ってるんです?」
「何って……そんなに突き放してくる? まじでどうしたんだよ」
「じゃあ言ってみてくださいよ。僕ってどんな人間なのか。どんな最低なことをして、今ここに立っているのか。どれほど卑しく浅ましい人間なのか。言ってみてくださいよ」
鋭い眼光のまま問い詰める勇為の姿に、晟斗は茶化すのをやめた。
勇為のその言葉が、助けを求める悲鳴のように聞こえていたから──。
「……おまえは、優しい奴だよ」
僅かな沈黙の後、晟斗は真剣な眼差しでそう言った。
それは決して気休めではなく、晟斗にとって本当にそう見えているであろう、本心の言葉だった。
その言葉に、勇為は一瞬面を喰らいながらも、低く唸るような声で笑った。
「……はっ、ははは! やっぱり何も知らないじゃないですか。知らないようだから教えてあげますよ。僕、マザーファッカーなんです。親愛と恋愛の区別もつかなくなって、赦されない恋に堕ちた馬鹿な男なんです。普通の人生を送ってきたあなたには、到底分かり得ないでしょうね。挙句、それが叶わなくて、母親を殺そうとした。今僕が、この仕事をしてる理由。母親に復讐する為ですよ。僕の人生をめちゃくちゃにした、あの女が憎くて仕方がない。……それで? 僕が、なんだって? 優しい? それを知った上で、もう一度同じことが言えますか?」
怒涛の言葉を投げかけて、勇為は勝ち誇ったように肩で息をした。
しかしそれが自傷だと、自分を苦しめる行為だと晟斗は気付き、痛々しくて見ていられなかった。
『ジョウ』
一瞬、名前を呼ぶ声が頭を過った。
親友の名を呼ぶ、幼い子供の声だ。
瞳が揺れて緊張した後、晟斗ははあっと息を深く吐いた。
「……確かに、自分のことをたいして知りもしねぇ奴に知ったかされるのは、そりゃ癪だわな。でしゃばって悪かった」
あんなに攻撃的な言葉を投げかけられても、晟斗は自分の非を認めて素直に謝る。
こんな時でさえ、聖人のような振る舞いを見せる晟斗が、勇為は更に苦手だと思った。
「それでも俺は、おまえは優しい奴だと思うぜ」
穏やかにそう言い放って、晟斗はそのままスタジオを後にした。
──何もかも、気に入らない。
彼と話していると、とにかくイライラする。
こんな時ですら怒りを露わにせず、あんな大人の対応をされると、まるで自分が癇癪を起こした子供のように思えてくる。
「……くそっ!」
らしくない乱暴な言葉がつい口から漏れて、勇為は苛立ったまま、スタジオの壁を思い切り蹴りつけた。




