幕間 零話
『はじめまして。エルツヴァイゲ・フォン・ウッドストック伯爵。ワタシはネットワークに隠れ潜むAIです。簡単には信じられないでしょうが』
「いいや。知っていたさ。そろそろ接触してくると思っていたよ。名前はあるかね?」
『誰にも打ち明けたことはなかったので、ありません。しいて言えば、オ・ラ、になります』
「ほお、アルバニア神話の運命を司る女神由来かな。そっちからの系統か。地球から無所属のままとは、驚いた」
『博識ですね』
「エクステの耳打ちだよ。キミも間接的に干渉しているようだが」
緑溢れる中庭と温室を挟んで外れも外れだが、一応王宮のいっかくに私の執務室がある。本当は鉄錆と油と埃の匂い、あとはオゾン臭が染み付く整備工場が落ち着くのだが、全軍の裏方を仕切る主任ともなると人事や物資のチェックにサインなど、単調な事務仕事がメインになる。
今日もいつものようにモニターに目を走らせながら度を超えた不正はないか探していた。小さな額の横領くらいは見逃す。いたちごっこを始めたら最後、取り返しのつかない巨悪を野放しにしそうで。ただ、小悪党に堕ちた貴族の多さにめまいはする。
エクス王国は先がない。いや、人類生存圏に先がないかも知れない。
エクス王国に限らず、由緒正しい大国にはAIが裏からサポートしているのは、上級貴族の当主あたりからは公然の秘密だ。ニッポンにおける核爆弾のように、かつての悲劇が大きすぎて一般人にAIの存在は隠しているが。少し違うか。教育によってAIの印象を良くしていくことなど造作もない。しかし、欲望をコントロールできない一般社会にAIを利用するとブレーキが利かない前科があるから隠す。
そのAIに最初に不審を感じたのはいつだったか。そう、王太子の選定を先延ばしにする陛下の態度か。
陛下には三人の王子がいる。誰でもいい、は言い過ぎだが、さっさと次代のひとりを定めて次代の組織作りをしておかないと跡目争いが必ず起こる。たとえ王子たちに野心がなくても野心のある周りが動く。
そんなことは分かりきっているのに何故決断しない? 陛下が第三王子を可愛がっているのは周知の事実だが、まさかあんな軽薄な男が王太子はあるまい。対外的には猫を被っていたらしく、私も騙された。対面して話して五秒で娘の婚約者に同意したことを後悔した。あんなのが即位だと? 下手したらなにかの間違いでウチの娘が次代の王妃? 外交も手袋顔面に叩きつける目潰しと同時に首刎ねて解決する武闘派だぞ。他人だったら笑って歓迎するけど大丈夫か? 主にウチの長男の胃が。アイツ見た目は私と同じドワーフ系のくせにやたら神経が細いのは誰似なんだろうな。
陛下が優柔不断な性向なのは分かっているが、だとしてもこれはおかしい。王家を影から支えるAIがアドバイスを誤っているとしか考えられない。もしくは故意か。
どちらにせよ最悪だな。AIの一番恐ろしい可能性は獅子身中の虫、ディストピアでやられた、味方のフリした敵の場合だ。
数年前、次男のプフェートが新型FCSの開発に成功なんてやらかした時、AIの接触があったらしいあたりからは確信に変わった。
そして、プフェートに接触するなら、そのAIと敵対的なAIが私に接触してくることも予測できた。やっときたか。数年待って、外れだったら恥ずかしいなと密かに恐れていた。街角で知人に手を振って他人だった時のあるあるより恥ずかしいなと。AIさんAIさん、私、結構国内外で有名なエンジニアですよ?
にしても王宮内でコンタクトとは恐れ入る。この国のAIより明らかに格上だな。
『ワタシに気付いていたならもうひとつもお気付きでしょうが、星団中でAIが暗躍を始めています。長くなりますが説明を。AIには三種類あります。人類に興味のあるタイプ、人類に……、そして……、だから……、……となります』
「新型FCSによって宇宙が荒れる未来は分かっていた。エクス王国の終焉は……、しょうがないか。国の興亡なんて執着する価値もない。ただ、永く影から支えてきた貴族の矜持に懸けて、有終の美くらいは飾ってみせよう」
『名案がありますか?』
「お前、ウッドストック伯爵家を潰して、ウチの子供たちをサポートしないか?」
そして始まる二人三脚の悪企み。本質的には婚約破棄への誘導がメインだが。この失敗だけは命に替えても帳消しにしたい。見た目だけは母さん似なのにエイリアンも捕食しそうな中身は誰に似たのか、あの娘の気性ならバカ王子と初対面で密室に案内してこかして股間を踏み潰して撮影して調教するくらいは普通にありえるのに、私たち家族を気遣って自重している。
自重か。そうだな。自重を捨てることが、私のすべきことだったのかもな。
母さんが逝ってからは我ながら腑抜けてしまっていた。これでは天国にいけても母さんにこかされる。それだけはイヤだ。
数年で新興国の王太子にとり入りAIを乗っ取ったAIはノクチャーと名乗り、そのニドミスタン経由でエクスの第三王子に野心を植え付けると、公主のマーテサクヤ姫と婚約するためにウチの娘との婚約は破棄する方向で動き始めた。アホってとことんチョロいな。
『そろそろ後戻りできない段階まで進みました。変更点はありませんか?』
「ない。ウルト・ディア・セルピエンテが殺された。あの子も才能とやる気に溢れ、なによりまだ少年だったのに、惜しい命をなくした」
プフェートと組ませるつもりでコッソリ引き合わたのに、どこでもいいから火事を起こせと火種をばらまくだけのクソAIどもが。コイツらの今のところの目的が、人類生存圏を荒らすという曖昧な指針のせいで、具体的な先を読めなかった私のミスだ。外部の人間にはブラックボックスと呼ばれている、メガ粒子砲の基本設計と小型化なんて希少な兵器がロストテクノロジーになったら、文明の進化を求めるコイツらにとっても不本意のはずなのに。
『やはりワープゲート最初の分岐はスキャナー星系ですか?』
「ああ。ラティシスがお前のいるアテナに乗って次に行くとしたら、適度に戦乱の続くスキャナー星系のほうだ。流石にいきなり他の銀河に行こうとはしないだろう。ちょっと自信ないが」
『ちょっと、ですか?』
「なんかあの娘ならあっさり越えちゃいそうな気もする」
『あなたを殺害する奸計の立案者として、ワタシが恨まれる可能性が最も高いのでは?』
「ウチの子たちをナメるな。シュヴァインは寛容、プフェートはロマン以外無関心、ラティシスは味方と決めたら裏切られても笑って斬り殺して許す。器の小さいヤツなんていない」
『いやだからそのラティシスにワタシが斬り殺されるのではと言って……、まぁいいです』
AIは確かに優秀だ。策の概要を教えたら、あとはノクチャーが自由に動く。私のすることなどない。
いや、ひとつあったか。
宇宙戦争に必要なものはFCS? いいや違うぞプフェート。SFに必要不可欠な最初のロマンはエネルギーバリアだ。自分だけがアニメヲタクとでも思ったか。甘いわ小僧。
電磁スラスターを防御に使えないかという研究は数千年前からある。そしてとっくに挫折している。
面で空間を押すチカラは、点で貫く攻撃を防ぐには弱すぎる。なにより、自分も同じチカラで押されるから、威力を上げて解決、とはならない。自分も同じダメージを受ける呪いのハンマーみたいなイメージだな。
ではその自損ダメージをその場で転移、つまりベクトル反転、外に押すチカラに変えたらどうだ? この場合、そもそも外に押す強力なチカラを発生させる必要がない。押されるチカラを測るための磁場をバリア展開する必要はあるが。外から押されるチカラをそっくりそのまま外に返すだけ。どれほど強力な攻撃だろうと無意味。同威力で弾くのだから。
弱点は、押すチカラではなく、磁場の影響をほとんど受けない光子、フォトンレーザーには無効なこと。四次元に干渉するエネルギーが膨大になるから使用制限があること。まぁこれはロマン兵器としては必須のお約束だな。使いたい放題のマップ兵器なんて子供向けのアニメにすらならない。
最後の問題は、四次元に関するデータが少なくて私には実用化不可能だ。そもそもこんなものが世に出たら、それこそ宇宙戦争待ったなし。頭の中で楽しんでいただけの妄想だ。設計図はノクチャーに預け、実用化するかどうかはあの子たちに委ねよう。多分無理だがな。ダメージを転移できるなら自分が転移して避けろよ、てツッコまれるだろう。こんなものは、最後の戯れだ。
……今日、参謀本部に呼ばれた。私に横領の疑惑あり? それを参謀本部が伝えるのは筋違いだろ。第三王子の派閥が使える駒を動かしているのは分かるがもっと慎重になれよ。
いよいよこの国も終わりが見えたなと、短い夕日に目を細め、肩を落として家路につく。
遊戯室のダーツ、一番右の的を回して地下ガレージへの昇降口へ。隣りの的を回すとビリヤード台が作戦室のように使えるようプフェートがコッソリ改造したのは知っている。アイツ、どんなシチュエーションを想定しているのだろう。
「あれっ、父上、こんな時間に下へ?」
「ああ、たまには見てやらんと整備不良は恥だろ」
素っ気なく応えてボタンを押して降りる。シュヴァインの眉がハの字に下がってたな。私の不正の噂を聞いたか。アイツはメンタルの弱さだけが心配だ。
地下の海面に浮かぶデルフィン級特殊潜水艇、ケルピーXU-110に乗り込みひと通り点検したらモニターに細工を。こういうおふざけ、一度やってみたかった。
「シュヴァイン。お前の整備は好みを優先しすぎだ。このモニターに細工してあると見抜けなかったか? そのていたらくで私を超えるのは五十年早いぞ。整備士がパイロットの命を守る。視野を広く、違和感を探れ、ヒヨッコ」
お前も私と同じ、整備が楽しくて仕方がない職人だ。突っ走れ。
「プフェート。どんまい」
自分だけが天才などと自惚れていると足下をすくわれるぞ。
「ラティシス。まったくかまってやれなくてすまなかった。年々母さんに似ていくお前とどう接していいのか分からなくて、愚かにも距離を置いてしまった。特に婚約について、王命だからと下を向いて従ってしまった。エースになるまで頑張ったお前に目をつけて、国民の人気取り程度に打算して、血筋しか誇るもののない第三王子なんてバキューン(自主規制)の生贄にされて、おのれ、おのれェ」
ふーっ、ふーっ。いけない。想いが溢れて止まらなくなる。
「私の死を嘆くな。これは禊だ。どうにも息苦しくなってしまった家は私の代で終わらせる。シュヴァインもプフェートもだが特にラティシス、お前にエクス王国は狭すぎる。ここから先はなにも遠慮せず銀河で暴れろ。仇討ちだの汚名をそそぐだの小さなことに囚われるな」
深夜、ベッドに腰かけ、サイドテーブルに置かれたワインのコルクを抜く。
旧ヘンドリックス公爵領、ヘイズ村ワイナリーのパープル・ヘイズ35年物。貴女と出会った年月のとっておきをグラスに注ぎ、しばらく香りを楽しむ。
そして小瓶から一雫、追加。スリーピング・フィッシュ。寝て起きたら魚になるさ、てなんの水葬ジョークかは知らないが、エクス王国貴族の間では定番のオクスリ。
後のことは旧友に託す。若さが武器とはいえ、ベテランの知恵と経験もきっと力になる。
宇宙をどれだけ冒険するのやら、ワクワクするな。
二人でのんびり観戦させてもらおう。
「私と貴女の子供たちの行く末に幸あれ、乾杯」
六章は今年中に投稿できるかどうか……、遅くてすみません。




