修学旅行
夏休みも終わり、寮に戻ってくる。
学校に行くと、
「はーい、では抜き打ちテストを始めます」
突然のテスト宣言にクラス中から「えー!」とブーイングの嵐が飛んできた。しかし神邦も「はいはい文句を言わないでくださいねー」とそのまま進める。どうやらアヤメ校長が突然言い出したらしい。かなり気まぐれだなここの校長は。
テストは割と難しかった。そのせいで魂が抜けている人が多かった。
「すずちゃんと怜はどうだったー?」
冷や汗を流しながら、啓が尋ねてくる。彼も珍しくあまりよくなかったらしい。
「難しかったですねー」
「そうだね。特に神学が」
「二人でも難しかったんだねー」
天才肌である二人でもそれなら、出来なくても当然だろう。そう思うことにする。
皆でカフェにでも行こうと誘うと、主に愛斗と慎也と孝と記也が「行く!」と乗ってきた。どんだけ酷かったんだ。
カフェに行くと、怜と涼恵は同じ席に座った。
「ホント、仲いいよねー」
「ゴウさんと舞華さんも十分仲いいと思いますけど」
涼恵が遠くを見ると、舞華にパフェを食べさせてもらっているゴウの姿があった。
「すずちゃんもやれば?」
「さ、さすがに恥ずかしいですって」
(いや、この前やってたよね?)
顔を真っ赤にする涼恵に、ほかの人達は心の中でツッコミを入れる。あのたこ焼き事件(笑)は忘れてはいけない……。
(多分無意識だったら気にしないタイプだなこの子)
怜は一人、そう結論付ける。そうじゃなければ納得が出来ない。
不意に思いたった怜はパフェをスプーンですくい、涼恵の前に差し出す。
「はい、涼恵」
「ん?」
涼恵は疑うことなくそれを食べる。そして「うまー」と笑顔になった。
「……本当に無意識だと気にしないんだね……」
「え?何がですか?」
「いや、何でもないよ……」
この子はこのまま純粋でいて……。
そう願わざるを得なかった。
(まぁ、幸せそうだしいいか……)
涼恵の笑顔を見て、怜はそう割り切ることにした。
その日の夜、
「ねぇ、怜。実際すずちゃんとどこまで行ったのー?」
「ぐっ!?」
もちろん見逃されるわけがなく。女性陣が部屋に戻った後、男性陣に問い詰められていた。
「け、啓さんには話す義理ないでしょう」
「私は気になりますけど」
「恵漣!?」
お前はそれでいいのか兄貴。というよりこの疑問何度目だ?
「怜さん、森岡のきょうだいはどこかずれてるから……」
「佑夜はそれでいいの?」
肩にポンッと手を置く守護者に怜はため息をつく。君この中で唯一のツッコミ役だよな?
「ぜ、絶対に話しません」
「いいじゃねえかよ、男同士だし」
「嫌なものは嫌です」
さすが怜、嫌なことはしっかり嫌だと言える男だ。
だが、ここはそんなこと問答無用な人間の集まりだ。
「おーい、すず姉ー」
「ちょっと記也、涼恵を呼んで何を……」
まぁもう寝ているだろうし、来ないとは思うが。
「どうしたのー?記也」
なんで来たの?涼恵。
「怜さんとどこまで行った?」
なんで姉に聞こうと思ったの?記也。
どうしようツッコミが追い付かない。
涼恵は目を丸くしたが、一気に顔を真っ赤にする。
「あ、えっと……!」
「その反応!なんかあったな!」
「は、ははは早く寝た方がいいよ!」
焦る姿が可愛い。思わずほのぼのしてしまった。
まぁ、あまり涼恵をいじめると兄に殺されそうなのでそろそろやめておこう。
「あとで聞かせてくださいね」
「う、うん……いいよ、兄さん……」
こら、涼恵。きょうだいだからって話さなくていいんです。
怜はそう思ったが、まぁここのきょうだいは下着の色まで共有しているというある意味ヤバイ集団なのでツッコミはあきらめた。
「……………………」
(やめて蘭!興味津々に兄さんの方見ないで!)
目を輝かせている弟に怜は心の中で叫んだ。
それから二週間後、三泊四日の修学旅行があった。
「みんな、ちゃんと準備した?」
雪那の言葉に舞華が「バナナはおやつに入りますか!」と元気に手を挙げた。一度やってみたかったらしい。
「その……薬草はおやつには……」
ガザニアも恐る恐る聞いてきた。シンシアの身体が弱いため、持っていけるか不安だったらしい。
「うん、薬草はおやつじゃないね。でも必要なら持っていきなさい」
それは必要物品だ。むしろそれで怒ったら保険医として失格だろう。
「じゃあこれはー?」
愛斗が見せてきたのは毒薬。
「普通に考えてダメだよね?」
逆になぜ許可が出ると思ったのだろう。
「……愛斗君、君のリュックの中身見せて」
嫌な予感がした雪那はチェックを入れる。
愛斗のリュックの中身は紐にスタンガンに注射器その他もろもろ……。
「今すぐ置いてきなさい!」
もちろん、雪那はそう指示を出す。「えー……」と愛斗はむくれた。
「じゃあこれもダメか?」
慎也が見せてきたのは棘のついた鞭。もちろんダメである。
「これは?涼恵さんに危害を加えようとした奴に使おうと思っていたんですけど……」
佑夜も硫酸や塩酸を取り出した。これは一体何に使おうと思っていたのか。
「佑夜君、君時々怖いよね……」
涼恵の守護者怖い……主に佑夜。さすが怒らせたら怖い男ナンバーワンだ。
とりあえず、それらを没収してバスに乗せる。涼恵と怜は後ろから二番目の座席だ。
「君の守護者達、怖いよ……」
隣に座っている怜に苦笑いをもらい、涼恵は「ある意味過保護なんですよ……」と笑う。
「あー……」
それで納得出来てしまう自分もなんかむなしくなってしまう。
「涼恵って本当に愛されているよねぇ……」
「実際そうだな」
怜の呟きに後ろから蓮が声をかけてくる。
「涼恵ちゃんは森岡きょうだいと祈花きょうだいと愛斗に過保護に囲われているからなぁ」
言ってしまえば紅一点というものだ。妹は可愛いものなのである。まぁ約一名弟なのだが。
さらにその隣ではシンシアがガザニアにくっついていた。どうやら二人は付き合っているらしい。あそこまで堂々としているといっそすがすがしい。
ふと、涼恵が怜の腕に抱き着いた。
「おっと、涼恵、どうしたの?」
「いえ、ちょっとこうしたかっただけです」
「おー、目の前でイチャイチャするとは、涼恵ちゃんも変わったねぇ」
蓮がニコニコと笑っていると、その隣に座っていた裕斗が「なんだ?蓮もやりたいのか?」と聞いてきた。蓮はそれを丁重に断っていたが。
目的地に着くと、部屋に荷物を置く。ちなみにここは校長が立てたらしく、一人一部屋あるらしい。
「すず姉!」
もちろん、早速来たのは弟だった。もちろん、といってもこの双子の場合は、の話である。
「どうしたの?記也」
「遊ぼうぜー!」
「何して遊ぶ?」
「ゲーム作ろうぜ!」
この双子、常人では思いつかない遊び方をするのである。
二人でゲームを作っていると、さらに来客が来た。
「あ、涼恵。先に記也、来てたんだ」
「怜さん、それに蘭君も」
中に入って、と涼恵が部屋に入れる。
「……何してんだ?」
「ゲーム作ってた」
ちゃっかりパソコンを持ってきていた双子はゲームを作っていた。しかもアクションゲーム。本当に天才肌である。
「やってみます?」
「楽しそうだけど」
もう動作出来るのか……。
「作り方さえわかれば、どうにでもなりますからね」
涼恵がほのぼのとそう言った。
「……ちなみに作成時間は?」
「「三十分ぐらい」」
……常人なら絶対に出来ないだろう。
実際にやってみると、数か月間かけて作ったのではと思うぐらい出来が良かった。
そのあと、兄や幼馴染達もやって来て一緒にゲームをしていた。
次の日、涼恵は自由時間で記也と怜、蘭と行動を共にしていた。
「蘭、なんか欲しいものある?」
「え、いいのか?」
「たまには兄さんが買ってあげるよ。こういう時しか出来ないからね」
「じゃあ、欲しい本があったんだ」
兄弟の会話を聞いていた双子は「仲いいねー」「そうだなー」と言った会話をしていた。この二人の場合、人のことは言えないが。
蘭は兄にアドレイやシンシアが勧めてくれた騎士道物語を買ってもらい、ニコニコしていた。
「可愛い……」
それを見ていた双子はほのぼのしていた。
「可愛いって言うな」
蘭が冷静に突っ込んだ。さすがツッコミ役、どんな時でもそれは発揮されるようだ。
そして、昼食を食べようとファミレスに入る。そこでも双子のシスコンブラコンぶりが発揮される。
「これ、おいしいよ」
「ん、あんがと、すず姉」
普通にお互いに食べさせあっていたのだ。さすが涼恵と記也、人目を気にしない。もう少し気にしてくれ、頼むから。
「怜さんも食べます?」
まさかの飛び火がやってきた。
(これはどうするのが正解なんだ!?ってか記也、君は目を輝かせるな。君の姉だろう)
怜は約一秒で結論を出す。
(よし、食べよう)
ここで拒否したら涼恵は傷つくだろう。そうなるぐらいなら自分が恥ずかしい思いをした方がマシだ。そう思って、怜は口に入れる。
「おいしいですか?」
「うん……おいしいよ、ありがとう」
怜は顔を真っ赤にしながら頷いた。
「怜さん、顔が真っ赤ですが熱でもあります?」
「誰のせいだろうね……」
心配する彼女が健気で可愛い。可愛いのだが……もう少し自覚を持ってくれ。
(だから目を輝かせるな記也。君は姉を止めてくれ。そして蘭も真っ赤にならないでくれ)
心の中で怒涛のツッコミを入れる怜。さすがツッコミ三銃士の一人だ(後の二人は佑夜と蘭)。勝手に三銃士にするなというツッコミが入ってきそうだがそこはスルーしておく。
「行こうか」
怜に言われ、ほかの三人も立ち上がった。会計を済ませ、店を出る。
「次はどこ行くっすか?」
「うーん……どこ行きたい?」
「電気屋!」
「本屋!」
「それ、いつもと変わらないじゃん……」
行きたい場所を尋ねるといつもの場所を答える双子に、怜と蘭は苦笑いを浮かべた。
「どうせなら別のとこ行ってみようぜ」
蘭がそう言って、別のところに連れまわす。
「元気だねぇ」
「明日は遊園地っすよ。絶叫系、絶対に乗せるっすから」
「うわぁ……勘弁してほしいなぁ」
アハハ……と怜は乾いた笑いをこぼした。この兄弟は絶叫系が苦手なのだ。
その次の日、宣言通り怜と蘭は絶叫系に乗せられた。
「涼恵……君は乗ったことあるの?」
「いえ、私は乗ったことないですね」
隣に座っていた恋人に尋ねると、彼女はそう答えた。当然である、なぜならこの彼女はほとんど外に出たことがないのだから。
動き出すと、涼恵は「たのしー!」と叫んでいた。
(君はそっち側だったかー……)
どうやら絶叫系大好きなタイプだったらしい。後ろで蘭が吐きそうになっている声が聞こえる。
(ヤバイ、蘭が吐く前におりないと……!)
別の意味で危険な状態になっている弟に怜は慌てていた。
まぁ、短めのコースだったためどうにかなったのだが。
「だ、大丈夫?蘭君」
「苦手だったんだな……」
涼恵が慌てて水を渡し、記也は蘭の背中を撫でる。
「だ、だいじょうぶ……おえぇ……」
「こ、今度から気を付けるね……」
「いや……短ければ大丈夫……」
しゅん……としている涼恵に蘭はそう答える。涼恵には甘いのは兄と同じらしい。
「蘭、無理すんなよ?オレ、最難関のジェットコースターも乗るからな」
「それは無理……」
「記也、蘭君をいじめたらダメだよ」
ありがとう涼恵、君じゃなきゃ多分この弟は止まらなかった。
「じゃ、すず姉行こうぜ!」
「はいはい、じゃあまた後で」
双子はそのまま別の絶叫系に向かった。
「元気だなぁ……」
「元気だねぇ……」
怜は弟の隣に座り、双子を待つことにした。
数分後、戻ってきた双子とともに昼食に行った。
その日の夜、涼恵がパソコンをかかっていると誰かが来た。
「はーい、どちら様?」
出ると、怜と蘭だった。
「ごめんね、こんな夜中に。蘭が悪夢を見て眠れないって言ってきたから……」
「大丈夫ですよ、ほら、中に入って」
涼恵が二人を入れると、備え付けられていたお茶を淹れる。
「カモミールティーだけど、大丈夫?」
「あぁ……」
リンゴのような甘い匂いに、蘭は心が落ち着く気がした。
「カモミールティーは安眠効果があるんだって。雪那さんによく淹れてもらったんだ」
毎日悪夢にうなされていたあの時、雪那はずっとそばにいてくれた。その時に淹れてもらったことがあったのだ。
「そうなんだな……」
「悪夢ってどんなの?……あの時の夢?」
あの時、というのは蛇谷に殺されかけた時のことだ。
「……あぁ、最近は見なかったんだけどな……」
「仕方ないよ。私もよく見るし」
両親が包丁を持って殺そうとしてきたあの日の夢……涼恵も、いまだに見る。トラウマはなかなか消えないものだ。
「ちょっと動画でも見る?寝てもいいからさ」
「あぁ、ありがとう……」
涼恵がパソコンでゲーム実況を付ける。この実況者は涼恵の知り合いが作ったものだ。
「面白いね」
「そうですよね」
笑っていると、肩に蘭の頭が乗った。
「寝たね」
「そうですね。ベッドに寝かせましょうか」
怜が寝てしまった弟を持ち上げ、涼恵は布団をかぶせる。その姿はまるで夫婦のようだった。




