第九十八話 始動
◇
十二月 七日
「あぁー、つっかれたー!」
僕はそう声を大にしながら、キチンと整えられた布団に頭から突っ込んだ。
「・・・・おい、だらしないぞ。歩」
そんな僕の姿に、嫌そうな顔をしながら、ノアがそう言った。
ノアはそこそこの潔癖。僕が着の身着のままで頭から布団に突っ込んで、ほこりを立てられるのが嫌なんだろう。
「いーじゃん、カメラとか無いんだし。それに、こうやってベッドを使ってゆっくり寝れるのなんて、今日で最後なんだよ?」
世界戦線の本番は遂に明日。十二月 八日に決行される。
結局、黒級たちとの稽古では一勝しか出来なかった。
黒級二人との戦いは一週間近く、数えるのも嫌なくらいには戦った。それでも僕が出来たのはたった一勝だけ。ほとんど相打ちのような泥臭い形で。
「・・・・それは確かに」
ベッドに寝っ転がる僕を見ながら、ノアはそれには頷いた。
「でしょ? もうダンジョン四つ制覇してんだよ?! しかも銀以上。これで終わりたいよねー」
僕たちは今日までにイギリスの金と銀ダンジョンを合わせて四つ、攻略していた。
働きだけで言えばもう十分とも言えるくらい。これで終わりであるなら、どんなに楽なことか。
「そうも言ってられんだろ。一般人からしたら大イベントなんだし」
シワがつかないように、ハンガーに上着をかけてからノアがそう言った。
「・・・・」
SNSを見ながら、それを考える。SNSなんて、もうその話で持ちきり。日本のテレビなんて、毎日僕らを特集して、もう擦り過ぎて味なんてしないほどに。
「緊張してんのか?」
「・・・・当たり前でしょ」
スマホの電源を切り、ベッドから身を起こしてそう言う。
「ノアこそ、緊張してないの?」
「・・・・してる。今までが危険じゃなかったわけじゃ無いけど、今回は段違いで危険だし」
緊張しないわけが無かった。言い訳をするわけじゃ無いけど、年齢を考えてもかなり分不相応な立場にいる。
死にかけた経験は何度もあったけど、正直黒級ダンジョンはそんな経験も、軽々と塗り替えるような危険度を孕んでいる。
「それは、確かに。・・・・それに、責任もね」
「あぁ」
国家を背負った上での戦いは想像以上の責任を持っている。
ミスが許されない、というわけでは無い。けれど、普段の攻略に比べたら、一度のミスに含まれる意味の度合いには天と地ほどの差がある。
それに、僕は最初にやらかしてるし。
「全力を、尽くさないとね」
「そうだな、歩。・・・・例え、お前がどうなっても必ず治してやる」
ノアが、力強くそう言った。
「あはは、それは頼もしいね。ノア、信じてるよ」
少し意外だった、ノアがこんなことを言ってくれるなんて。
だから、僕も必ずやり遂げる。例え、何があっても。
「そうだな、全力で応えるよ」
ただの普通の、年齢相応の友達のように、僕たちはそう言って笑った。
◇
『連絡が遅かったな』
「いやー。俺としても、明日からのダンジョンに向けて精神統一を、ね」
携帯を右耳に当て、天神が冗談めいてそう言った。
天神が電話をかけている相手はエドワード。共同戦線直前に、最後の報告をしていた。
『冗談はいい、本題を』
「少しくらい、良いでしょ? 黒級ダンジョン前日なんですから」
いつも通りの軽口を少しいれ、一息ついてから天神は本題を話し始めた。
「・・・・この一ヶ月間、なんにも動きはありませんでしたよ。不気味な程にね」
天神はこの一ヶ月、トレーニングと並行して他の冒険者たちに探りを入れ続けていた。
他の冒険者たちをはじめ、黒級やサポーターに至るまで入念に。
その上で、無銘教の手かがりは何一つとして掴めていなかった。無銘教の尻尾を掴むどころか、僅かな痕跡すら見つけられていなかった。
『そうか』
「えぇ。貴方の見立て通り、起こるのはダンジョン内でしょうね」
世界戦線という絶好の場で、無銘教が何も仕掛けて来ないはずがない。
という事は、仕掛けてくるのはダンジョン内。ダンジョン内なんて、そもそも危険が高く、事件が起こったところでそれが故意的なものだと伝わる事なんてほぼ無い。
そんな、仕掛けるのに適し過ぎた所で仕掛けてこないなんて事は、まず無いだろう。
『手助けは、難しいか』
「はい。・・・・まぁ、なんとかはなるでしょ。策も幾つか並行させてるし」
それでも、天神にはそこまでの危機感は無かった。
「まぁ、一つ言うなら、ここまで手掛かりが一切無いってのは少し不気味ですね」
『・・・・』
「最悪、俺は命をかけてアイツを護ります」
天神の危機感の無さの原因はそこだった。最悪、自分が命を捨てれば一人を生かすくらいの強大な自信を持っていた。
『・・・・すまないな』
「いやー、これが契約なんで。それに、あんな事聞かされたんじゃ、護らないわけにはいかないでしょ」
天神が聞かされた情報、それは歩が助けた人の中に、天神の血の繋がらない家族がたまたまいた事。
そして、歩が経験するそう遠くない、確定している未来の事。
『・・・・そうだな。頼むぞ、天神』
「りょーかい。任せておいてくださいよ。報酬の件は期待してますよ」
『そうだな』
「そう言えば、そっちも明後日とかでしたっけ」
思い出したように、エドワードに天神はそう聞いた。
『ああ』
「勝算なんて本当にあるんですか?」
至極当然の問い。僅かな人数のみでの、あの無銘教の討伐。勝算があるのかを聞くことは当然であった。
『ああ、無い』
エドワードは、はっきりと即答した。強者であればあるほどに、自分と敵との力量というものはありありと見えてくる。
エドワードがそう言うと言うことは、万に一つも勝機はないのだろう。
『・・・・だが、負けることも無い』
エドワードはそう付け加えた。勝算は無いのに、死ぬ可能性も無い。無銘教と戦う以上、その戦いには勝って生き残るか、負けて死ぬかの二択しか無い。
エドワードのその発言はなんとも矛盾したものだった。
「?」
『こっちの話だ、お前は気にするな。こっちはどうにかする、そっちを頼む』
「勿論。それでは、また」
『ああ』
エドワードは天神の言葉を聞くと、頷いて電話を切った。
◇
「やーっときましたね、この日が」
雅舟 荘司の姿が映ったモニターが空に浮かび、そこに映る荘司が感慨深そうに、そう言う。
「・・・・あぁ、ついにだ」
「たった二十五名の無銘教掃討作戦」
「やっぱり、どう考えても無謀ですね」
言う通り、無謀という言葉が実に良く似合う。宗一郎は無銘教を軽視しているわけじゃ無い。
けれど、この無謀な人数でないといけない事情があった。
理由は単純、数に比例してこれが露呈する恐れが上昇する。無銘教の全貌が未だ不明な以上、不用意に数を増やすのは得策とは言えなかった。
「だが、価値がある。例え、死ぬ事になろうとタダでは死なんさ」
宗一郎はその覚悟があった。刺し違えになろうとも、この任務を遂行する覚悟が。
「縁起でもない事言うのはやめてください。ちゃんと生きて戻ります」
「・・・・そうだな」
「それにしても、良く集めましたね」
二十五名とはいえ、そこには錚々たる面々が揃っていた。
金レベルであれば容易に攻略できるほどの力を有していた。
「・・・・そもそも、この依頼は日本を含めた数ヵ国が秘密裏に動いているものだからな」
「あぁ、そっちのコネも使ったって事ですか」
宗一郎本人からの依頼のみならず、国からの要請も用いてこの人員を集めていた。
「勿論だ、俺だけでこんな事をしようとはせん」
「はは、確かに。すみませんね、現地に行けなくて」
荘司は現地にまでは同行していない。荘司の能力は戦い向きでは無く、それに本人の戦う力も乏しい。
だから、遠隔でサポートをすることに専念していた。
「いや、気にすることは無い。むしろ、そこから頼んだぞ」
「了解です。完璧に遂行しますとも」
「全員、用意は良いな。出発するぞ」
世界共同戦線の始まる二日前、無銘教を討伐するために宗一郎たちは動き始めた。
◇
十二月 八日
そして、始まる。世界共同戦線、黒級ダンジョン 騎士王のダンジョンの制覇を目標に、世界中の冒険者がその中へ足を踏み入れた。
「なーんか嫌だなぁ、カメラで撮られてんのは」
「・・・・文句言ってもしょうがないでしょ、これにどれだけの会社が金出してると思ってんだよ」
共同戦線、一回に掛かる金額はゼロが十数個以上の大金。
世界中の会社がお金を提供している以上、それを回収する場は必要だ。だからこそ、世界共同戦線ではダンジョン内での行動が基本的にリアルタイムで世界中継される。もちろん、プライバシーには配慮はされるけど。
「っていうか、ダンジョン内をどうやって中継するんだろ」
「ああ、なんだっけ。確か、ダンジョン内のカメラと地上の受信装置を部分的に繋げてるらしい。それにめちゃくちゃお金かかってるぽいぞ」
「へー、よくは分かんないけど凄いね」
「はー、こんなにカメラあってちゃ、力出せねぇぜ」
ノアと話していると、左隣にいた天神がそう呟く。
「嘘言うなよ。お前、こう言う時の方が盛り上がるだろ」
急にボケ始めた天神にそうツッコむと、少し笑ったあと、急に肩を組んでくると真剣な顔をして耳元で言った。
「・・・・歩、分かってるな。ここからは俺もずっと護衛は無理だ」
「・・・・分かってる、初めから」
ノアには聞こえない声量で僕たちは話す。
「何度目か分からんけど、良いか? 仲間を捨てる覚悟、というものは持っておけ」
天神は真剣にそう言う。
「・・・・」
「ま、その時が来ない事を祈りはするけどな」
天神が最後の忠告をかけてきた。覚悟が出来ていなかった、とかそんな言い訳はここから先は一切出来ない。
首元に着けた、エドワードに渡された魔道具を触りながらそんな時が来ないことを切に祈る。
「さて、お前ら。覚悟は出来てるな?!」
そして、遂にダンジョン攻略が始まる。
「行くぞ!」
ハインツさんのその言葉に頷くと、次々に足を踏み入れていった。
◇
騎士王のダンジョン 一階層
「ここが、騎士王のダンジョン・・・・」
「案外普通だな」
黒級、騎士王のダンジョン。入ってすぐに感じたのは、意外にも普通なことだった。
黒級とは言え、入ってすぐに理不尽が襲ってくる事はなかった。
「時間は有限だ、話しながら確認するぞ。騎士王のダンジョン、確認されている層数は二十一。
想定だと六十階層、お前たちに言っておく。訓練はあくまで訓練だ。本番では各々の判断で行動するのを許可する。ただ、それに付随する責任はよく考えて動け」
全員がダンジョンに入ったのを確認すると、先頭のハインツさんが僕らへそう言った。
六十階層、予定されているダンジョン内での活動は、最大で全三十二日。約一ヶ月間にも及ぶ超長期のダンジョン攻略であった。
「・・・・承知」
「あぁ、あと一つ。狭い場所の時だけは、訓練通りに。それに関してはある程度決めておかないとな」
簡単な確認のみをして、僕たちは先に進んでいく。
◇
「・・・・マジか。まだ一階層だぞ」
現れたのは、人狼の群れ。正直、意味が分からん。
人狼はダンジョンのレベルにもよるけれど、その脅威度は高い。低いランクのダンジョンならボスにも成り得るし、高いランクであってもそこそこな階層じゃないと出て来ない。
推定六十階層のダンジョン、その一番初めから人狼。これが、黒級ダンジョンか。
「さぁて、早速だ。行くぞ!」
先頭のハインツさんが後ろにいる僕らへ向かって声を上げる。
「近くの敵を排除しろ、回復役・荷物持ちを守りながらな」
「歩、行くぞ」
ノアを後ろに下げつつ、天神が前に走り始める。
「はいよ」
人狼の雄叫びが上がる。群れ全員の咆哮は普通の冒険者ならば萎縮する、間近でジェットエンジンを聞かされるような轟音だった。
「五月蝿ぇよ」
ハインツさんが人狼を斬ると同時に各々が人狼とぶつかり始める。
「歩、そっちの二体頼んだわ。こっちの三体は俺がやっとく」
「了解」
天神がそう言って、三体の人狼へと向かっていった。
「複式 虚爪・二連」
三体よりも少し近くにいた二体の人狼に斬撃を一つずつ放った。
「ん、結構硬いな・・・・」
思っているよりも人狼の身体は硬かった。皮膚を切り裂く事は出来ても、両断とまではいかない。それに、人狼のスピードも高い。虚爪をはっきりと捉え、躱そうとしてくる。
だったら、目に追えない速さで速攻で終わらせる。
「時間・・・・」
———使っちゃ、ダメなんだろ。
レティアが動こうとした僕へ声をかける。
「あっ・・・・」
レティアのその助言に、踏み込んだ足を慌てて止め、向かってくる人狼の鋭い爪を、上半身を逸らして躱す。
訓練の時からもそうだったけれど、なるべく時間軸は使わないようにしていた。一応、念のために。
普段、多用している分、つい癖でやろうとしてしまう。
———ここ最近は、技量のみの戦いが多かったな。
『確かに、そうですね』
向かってくる人狼の爪を避け、蹴りを入れつつ距離を離す。
———目標は?
『二十、いや十秒。それくらいで!』
———よし、やってみろ!
レティアにそう宣言して、人狼へ向かって足を踏み出す。
「封印:速血」
身体の内側が急激に熱くなるのを感じる。
脈打つ身体に力が満ちていく。
「後ろからぁ!」
二体の人狼、後ろにいた方から刈り取る。僕は一度の踏込みで二体の人狼のちょうど真ん中の位置まで接近した。
「!」
後ろの人狼が左手の巨大な棍棒を振り下ろす。
流石に、知能が高い。仲間に被害が出ないように、棍棒の根本を掴んで、棍棒の頂点で僕をすり潰すかのように真上から振り下ろした。
「五式 虎爪・零」
零距離からの斬撃。いくら黒ダンジョンとはいえ、棍棒如きに鬼月の直撃は耐えられはしなかった。
真上から降る棍棒が破壊されると、鬼月はそのまま人狼の身体まで切り裂いていく。
「次! 複式 神爪!」
虎爪の動作の終わりを振り切るのでは無く、鞘に納める、に変更する。一度の攻撃を無理やり二度に繋げていく。腰の捻りを利用して真後ろへ斬撃を放つ。
「! 凄いな」
前の人狼の振り返る寸前、少し捻れた首へ放った抜刀術は、空を切った。
「オオオオッッ!!」
振り向くのでは無く、人狼は即座に、その巨躯の膝を抜くようにしてしゃがみ込む。なるほど、頭に生えた大きな二つの耳で鬼月の風切り音を感知していたのか。
同時に人狼は地面を左手で強く掴み、その勢いで反転する。空いている右爪で僕の胸を貫こうと腕を伸ばす。
「うおっ・・・・!」
即座に足元の空気を固めて、空気の壁を蹴り飛ばす。人狼の巨大な手は間一髪、僕の胸には届かない。
爪を躱した僕は、そのまま空気を蹴って人狼の頭上まで駆け上がる。
「五式 虎爪・旋」
身体を横に倒し、回転をかける。
一気に上空から人狼の頭上へと落ちる。遠心力をかけた鬼月が、上を向いた人狼を頭から切り裂いた。
二つに分かれた人狼は左右に倒れ、血液が雨のように舞い散る。
「うわ、あぶな」
頭に降り注ぐ直前に空気を固めて傘を作り出す。
「はー、・・・・何秒?」
———残念、十四秒。
「・・・・ぐっ」
鬼月を鞘に納めつつ、レティアのその報告に少し肩を落とした。
「おー、速いな歩」
天神が僕へと近づいてくる。血溜まりになった地面をなるべく踏まないように移動する。
「一瞬で片付いたな」
天神の言葉通り、あれだけいた人狼の群れはほぼ駆逐されていた。
流石にレベルが高い。特に苦戦する事なく、この戦いは幕を閉じかけている。
「どうだった?」
「ん? 人狼の事か? まぁ普通よりかは若干強いとは思うぞ。一人で戦うってなったら危ないかもな」
「これ一階層って」
「嫌になるな。あと何階層あるんだか」
他の冒険者が最後の人狼を倒すのを眺めながら、そんなことをぼやく。
「まあ、とりあえず初戦は突破だな。こんな感じで全部突破していきたいもんだ」
「それは、本当にそう」
そんなことを話しながら、僕らはもといた場所へと戻っていった。
◇
「・・・・世界有数の大企業 バールマン、ね」
口にしたのは、アメリカに本社を置く大企業。日本の財閥四つのさらに上、推定総資産約十兆円。もはや、その企業が一つの国家と言って差し支えないほどの大企業で合った。
「どうした?」
「・・・・いいや、何でもないさ」
「依頼主には従わないとなぁ・・・・」
「急にどうした」
「・・・・いや、可哀想だと思ってな。理由もよく分からんまま、殺られちまうってのは」
「・・・・今更だろ。今まで散々やってきたんだから」
「それもそうだな」
「命は金で買えないってよく言うくせに、命の価値は金で決められる。何とも矛盾な話だな」
「ははは、詩人かよ。急にどうした?」
「いいや、何でもねぇさ」
「気を引き締めろよ。腐っても、黒級が指導者にいる冒険者だぞ」
「・・・・そうだなぁ。まぁ、いつも通り行こうか」
「あぁ」
そう言うと二人は人狼の亡骸を置いて、戻って行った。
◇
「こんな広いのかよ」
「二時間・・・・」
人狼の群れの強襲の後、何度かモンスターの攻撃を受けていた。
馬鹿みたいにデカい蛇とか、グリフォンとハーピィの群れとか。そんな攻撃を受けて、休憩も挟みながらやっと一階層の終わりが見えた。
「はぁー、嫌な予感が当たったか」
ハインツさんがぼやいた。
「何で・・・・、なるほど」
先にあるのは場には不自然な神殿のような造り。階段だけがあるとは思えない。それに、変な気配がある。
聞いていた話とは違う、事前の情報には無かったものであった。
「総員、戦闘態勢」
一番先頭にいたハインツさんが少し前に足を踏み入れると、神殿の柱が変化した。
「ゴーレム?」
「いや、あれはガーゴイルだな」
神殿の柱は徐々に羽が生え、獰猛な牙が生え、童話に出てくるような悪魔の姿になった。
「・・・・面倒だな」
弓を出現させたハインツさんがめんどくさそうな顔をして、そう言った。
「エル」
ミラーさんが、そう名前を呼んだ。
「・・・・はぁーい」
名前を呼ばれたアメリカ代表のエル・ブライツさんが、気が進まなそうな返事を返した。
「ハインツ、私とエルで全部破壊するわ」
「・・・・あぁ、オーケー。頼んだ」
ハインツさんは頷くと、弓を消して反転して後ろへと下がる。
「フロストノヴァ」
右腕を払うと、ミラーさんの前の空間が凍りついた。もちろん、柱から生まれたガーゴイルもそれを生み出す柱も全てが等しく、猛烈な冷気に襲われる。
「はい、あとよろしく」
指先についた霜を振り払って、前に出たエルの肩を優しく叩いた。
「人使いが荒いなぁ・・・・」
エルさんはそうぼやくと、息を大きく吸い込む。
「全員、耳塞いどけー」
ハインツさんがそう言う。僕たちは、両耳を耳栓と手で塞いだ。
エルさんの能力は超音波。文字通り、超音波を発生させる。超音波を発生させる方向は大体指定できるらしいけれど、どうしても周りに影響が出てしまう。だから、後ろにいるけれど、一応対策をしていた。
「ぅわゃァっっ!!!!!!」
直後、エルさんから放たれたその声、もとい超音波は凍りついた全てを粉々に破壊し尽くした。
凍る事で耐久性が著しく減少したガーゴイルたちは、争う事なく超音波の振動によって粉砕させられていた。
「あ゛ー。声が枯れちゃうよぉ」
「心配しないでいいわ。回復役は沢山いるもの」
「・・・・終わってるぅ、人使いが荒すぎるよぉ」
エルさんは平らな喉を押さえながら、げっそりとした顔でそう言った。
「良くやった、エル。よし、階段は向かうぞ」
何はともあれ、僕らはこうして一階層を乗り切ったのだった。
◇
二層
「嫌な階層だな」
「・・・・そうね、聞いてはいたけれど本当に全部水とは」
二階層、それは水の階層。溺れるほどの深さでは無いけれど、くるぶしまでは浸かるほどの水で満たされていた。
「罠は?」
ハインツさんは、ドイツ代表のマーク・シュナイダーさんに声をかける。
「・・・・沢山、反応は有りますよ。なんか薄いですけど」
水の中に手を入れ、地面に触れていたマークさんはそう応える。
マークさんの能力はトラッパー。ダンジョンに存在する罠を感知し、解析することが出来る。しかも、完全に無効化出来る上に、幾つか吸収してストック出来るらしい。
黒級ダンジョン攻略において、なくてはならない人材の一人だった。
「薄い? あぁ、成る程。この水か」
「そうですよ、この水最悪です。ダンジョンの嫌なところが凝縮されてるみたい」
「例えば?」
「感知しにくい、動きを阻害、モンスターが活用しやすい、ってところですかね。ほんと、最悪ですよ。よく、昔にこの階層を抜けれたもんですね」
「・・・・、罠の探知に全神経を注いでくれ。こっちでモンスターの発見・討伐は行う」
「任せましたよ」
「この階層は敵も罠も感知しにくい!全員、気を付けろよ!」
ハインツさんが声を大にしてそう言った。
「おい、気を付けろってよ。大丈夫か、歩」
天神が首だけ後ろを向いて、そう聞いてくる。
「・・・・大丈夫だろ、いや慢心は良く無いけど。ねぇ、ノア?」
「・・・・え? あぁ、そうだな」
ノアには話を振ると、やけに反応が悪かった。
「? どうしたの? 考え事?」
「いや、何でも無い」
「気を付けろよ、ノア。無理はするなよ」
「・・・・あぁ」
(「・・・・気のせいか?」)
確かに感じた、違和感。だけど、ノアは気付ききることは出来なかった。
確かにあるその違和感に、気づききることが出来なかった。
◇
二階層 安全地帯
二階層に入ってから数時間後、安全地帯を見つけた僕らはそこで全員が休憩を取ることになった。幸い、安全地帯は水のない陸で、水浸しになることはなかった。お陰で、ダンジョン内でも快適に眠れそうだった。
「よし、ここで休憩をとって行く。各自、ゆっくり休め」
「・・・・だってよ、歩」
「・・・・むしろ、お前の方だろ」
「ははは、そりゃそうだな」
「ノアはどう? 疲れた?」
「・・・・いや、特には。そんなに動いてないし、まぁでも早く寝ようかな」
「・・・・そっか。まぁ、明日も早いしね」
「あぁ、すまん」
ノアはそう言うと、テントの中に戻って行った。案外、疲れていたらしい。
◇
十二月 九日
水浸しの二階層を抜け、森林のような三階層を抜け、僕らは四階層へと至っていた。攻略は概ね順調で、問題は特に起こる事もなかった。
四階層は、宮殿の中を思わせるような作りだった。細工が施されたガラス窓のようなものが立ち並び、白を基調とした階層であった。
「なぁーんで、こんな所にこんなデカブツが居るんですかねぇ?!」
そして、僕らの目の前に姿を現したのはこの場所には似つかわしくない巨大なゴーレムであった。柱の陰から現れたそいつは僕たちの背後を封じるように石でできた人形を出現させた。
大柄の人ほどの人形数十体が、一斉に走り始めた。
「レスター、フロック、歩!! デカブツは俺らで消し飛ばす! 良いな!!?」
ハインツさんがそう叫ぶ。背後を振り返ることなく、即座に前へと走り出す。
「了解」
「行くよ、フロック!」
「合わせる、好きに動けー」
そう言うと、レスターは床に手をつき、片目を閉じた。
僕とフロックは即座に巨大なゴーレムの両脚へと接近していく。
「速血」
「地点設定」ポイントセット
「複式 龍突」
鬼月を床と平行に構えると、一点を抉り取るように突き出した。
ゴーレムに付けられた青白い円へ鬼月が触れた瞬間、その左脚が消し飛んだ。
「バンカー!」
同時に、フロックが思い切り右拳を撃ち込むと、青白く光った円が思い切りヘコみ、そのまま脚を千切った。フロックの能力はパイルバンカー。撃ち込むと言うことに特化した能力。衝撃を内部に浸透させ、打撃を加えた部分を内外共に破壊することが可能であった。
僕とフロックがほぼ同時に脚を抉り飛ばした。
レスターの能力はポイント。設定した座標に青白く光る円、または線を出現させる。それを通過した物質の衝撃を瞬間的に増加させる。
その効果はかなり大きい。現に、さほど力を込める事なく、巨大なゴーレムの脚を消し飛ばすほどの威力が出ていた。
「ハインツさん!!」
ゴーレムは倒れながらも、両手を合わせハンマーのように振り下ろす。
巨大な手が一直線にハインツさん目掛けて襲う。
「ナイスだ、お前ら!! ラウンド:テン クラレント」
「地線設定」ラインセット
「王殺しの一刀」(ブレイク・クラレント」
ゴーレムが振りかざす両腕諸共、呑み込んだハインツさんの一撃は、倒れ込むゴーレムを両断した。
両断、というかはゴーレムの身体半分を消し飛ばしていた。
———・・・・ハインツ・S・インフェルノ。最強、か。
レティアがそう、独り言のように呟いた。
「?」
「・・・・美味しい所を奪って悪かったな、お前ら。お陰でやりやすかったぜ」
握っていた大剣を消し、振り返ってそう言った。
「アシストができてよかったですよ」
「さて、後は雑兵どもだ。さっさと終わらせようぜ」
ゴーレムは倒しきったけれど、人形は未だ消えていなかった。どうやら、人形とゴーレムがリンクしているわけでは無かった。
「そうですね」
鬼月を再び鞘から抜くと、人形たちへ向かって走り出していった。
◇
十二月 十日
やっと、五階層までたどり着いた。ここに来るまでに、既に丸二日経っていた。
このメンツが揃っていて、たったの五階層へ行くまでに二日も使う、改めてこのダンジョンは、かなりレベルが高い。
それに、五階層ごとに存在する階層主は他の奴らとは数段強い。不安要素がどんどん増えて行く。
五階層
僕たちがこの階層に踏み入れた瞬間に、赤みかがった地面の、広い丘へと階層が姿を変えた。
そして、赤と黒の二色のみで飾られた騎士を中心に、鎧を纏った兵士が大量に現れた。
『階層主、悔恨の呪血騎士』
騎士と兵士が出現した直後、階層全体にアナウンスが響き渡る。
「モルドレッド?!」
事前情報とは全く持って違う相手の出現に動揺が走った。
「全員、集中しろぉ!!」
動揺をかき消すように、波紋が広がり切る前にハインツさんが声を上げる。
流石はトップレベルの冒険者たち。イレギュラーな事態が起こったとはいえ、即座に切り替える。
「こんな所で死ぬなよ?!」
ハインツさんが全員に向かってそう叫ぶ。
同時に、全員がその役割を果たすために動き出した。
「これは・・・・、カムランの丘の再現か。やはり、話と違うな」
剣を一振りして、向かってくる兵士を薙ぎ倒すとハインツさんはそう呟く。
事前に聞いていた話では、五階層は大量の騎士と戦うだけの筈であった。
「カムラン・・・・? なら、相討ちとか辞めなさいよ」
有名な話。アーサー王伝説におけるアーサー王、その人の最期。
円卓の騎士であり、自身の甥でもあるモルドレッドと相討ちの形でその命を落とす。
その場所こそがカムランの丘であった。
「ははは、気を付ける」
「笑い事じゃないけれどね」
ミラーさんがハインツさんへそう釘を刺す。
「トリヤ、ルーカス、レノ! ボスを任せるぞ!!」
ハインツさんは、最適と考える三人を選出する。
「了解」
その声を聞くと、三人が即座に集結してモルドレットの元へと目指し始めた。
「クラレントの能力は、鋭過ぎる事。そして、叛逆の逸話になぞらえた限定的な反転だ! 気を付けろよ!」
モルドレッドの元へと走り出す三人に向けて、助言を残す。
モルドレッドの持つ武器はクラレント、同じ武器を持つハインツさんはその長所をよく理解していた。
「総員、目の前の敵を倒しきれ!! アイツらの元に近づけさせないのが仕事だ、良いな!!?」
「了解!!」
各々がそう答えると、各自が目の前の敵へと走り出す。
近づけさせない、とは言われたけれど難しいことをするわけじゃない。要するに負けなければ良い。
敵を片っ端から叩き潰す、それが僕たちの仕事だ。
「完全武装:玄武」
「展開:結界防壁」
エジプト代表のマクロさんと、天神がいち早く戦闘向きではない人たちの元へと駆け寄った。
この二人の役目は防壁として、戦う力が乏しい人たちを守りきることが役目であった。
「予定通り、君の相棒は私だ。よろしく頼むよ」
「・・・・お願いしますよ!」
僕は正直言って、大量の敵と同時に戦うのは能力的にあまり向いていない。
だから、僕は決め手には欠ける代わりに広範囲に攻撃を与えることの出来るリリルさんと組んでいた。
「刻藤、次だ。キビキビ動け!」
「はい!!」
リリルさんはそう言うと、自分の手に握られた鎖を自由自在に操っていく。
操られた鎖は、鋭い動きで兵士たちの間を駆け抜け、十数体に巻き付いた。
「複式 虚爪・連」
鎖が巻き付いた兵士たちへ無数の斬撃を放つと、兵士たちは躱すことも防ぐことも無く直撃していった。
「どんどん行くぞ、刻藤!」
「はーい!」
リリルさんの能力は停鎖、巻き付けた対象の動きを完全に奪うというものであった。決め手には欠ける代わりに、巻き付けさせれば動きを奪うことの出来る、広範囲に足止めを主とする能力だった。
「刻藤! 右からまとめて、叩き潰せ!!」
「!」
動きが封じられたものから次々に斬り飛ばしていく。
なんて楽だろう、動かない敵を斬るだけ。敵が尽きないせいで、ずっと動き続けてるから疲れるけど、それでも楽すぎる。
◇
「さて、叩き潰そう」
この三人の中では最年長のクシャトリヤさんがこの場を仕切っていく。
「ここに俺いりました? 絶対いらないでしょ、サボって・・・・。はいはい、ダメですよね」
「レノ、支援頼んだ」
「はーい、了解」
「ルーカス、お前は好きにブン殴れ」
「! あーい!! それだったらやる気出てきたっすわ!」
ラッシュ・ルーカス、能力はラッシュ・カウント。
設定した対象を殴れば殴るほどに、自らの破壊力を増加していく能力。
殴れば殴るほどに強くなる、まさに攻撃は最大の防御を地で行く能力であった。
「スリーカウント!」
今回設定したのは三回。全て直撃させればルーカスの破壊力は三倍となる。
けれど、直撃させるのは至難の業。黒級の階層主に真っ向から単騎で勝負できるほどルーカスの能力は万能じゃない。
ただ、今回はクシャトリヤさんとレノさんがいる。ルーカスのフォローをこの二人が行えば、直撃させる事はさほど難しいことではない。
「解放:一割」
『英雄』、クシャトリヤ・マタハリ。彼の能力は、スーリヤ・アバターラ。主に太陽や光を糧とした能力。光を吸収して自らの力とし、それを纏うことによって絶大な力と引き換えることが出来る。この能力によって、クシャトリヤさんはインドネシアで『英雄』と呼ばれるに至っている。
「屈折開始」
レノが指を鳴らした瞬間、三人の位置が一瞬にしてズレた。
スイス代表レノ・ゾルメンテ、能力は次元屈折。自分の指定した範囲の次元を屈折させる事ができる。屈折といっても光のみを屈折させたりと、用法はさまざまで応用の効く能力であった。
この能力の真髄は対象の人物以外にとっては屈折しない事である。つまり、相手にだけしか屈折現象が適用されない事であった。
「ガラ空きだなぁ!」
間髪入れずに拳が三回その鎧に直撃した。
「?!」
モルドレッドの身体が急にぐらついた。
四発目、つまり三倍になった後のルーカスの拳と、太陽の光で強化されたクシャトリヤさんの拳が、モルドレッドの身体を同時に揺らす。
「ハハハハ!! やっぱりこの瞬間はいつになっても気持ち良い!!」
「! ルーカス! 退がれ!!」
クシャトリヤさんがモルドレッドの一瞬の機微を読み取った。
直後、ほんの僅かに上半身をずらすとともに、大振りに剣を引き抜いた。
剣はクシャトリヤさんとルーカスの胴体があった場所を斬り裂いた。
「あっぶな・・・・!」
ギリギリで身を引いたルーカスの頬から冷や汗が流れる。
「・・・・」
「! ごふっ・・・・!!」
突如、ルーカスが血を吐き出した。確かに躱したはずの、ルーカスの鍛え上げられた腹筋がパックリと裂けていた。
「! ノア・ライヘンドア!!」
「はい!!」
クシャトリヤさんがそう叫ぶと、即座にノアがその傷を回復させる。ノアはこの三人の戦いを透明になりつつ観ていた。他の所への回復もしつつ、ノアの役割はこの三人を出来るだけサポートする事であった。
ノアの回復は早く、すぐに腹は閉じていく。危うく、収まっているべき臓器が外に漏れ出るところだった。
「!! ・・・・そういう事か」
「? どうしたんです?」
何かに気づいたように呟くクシャトリヤさんに、レノが尋ねた。
「全体に通告、このダンジョンは姿を変える!! 恐らく、ダンジョンに入った者の意識を読み取っている!」
左耳につけたイヤホンを押さえ、この場にいる全員に情報を共有した。
情報に無い、階層の変化。そして、情報に無い敵。そこまで来たら、そう考えるのが妥当だった。
「切すぎる剣、成る程。それは情報には無いはずだ」
切すぎる剣、それはハインツの情報を読み取ったものだろう。このダンジョンはどうやら、入った者の意識を読み取り、より完璧に進化するようであった。
つまり、アーサー王伝説を基にしている以上、それに詳しければ詳しいほどこのダンジョンの攻略難易度は激増する。
「・・・・これは、一筋縄じゃいかないようだね・・・・!」
「! 限定的な反転・・・・、どこかにそれもあるって事ですよね」
「そうだね、だけど反転に関しては考えてもしょうがない。あの剣の方が問題。掠るだけでもダメ、完全に避けるしか方法は無いね」
「自分が考えるよりも二歩くらい前で躱すべきっすね。斬られた感じ、それくらいの意識じゃないと、両断される」
ノアによって傷が完治したルーカスが、斬られた腹部をさすりながらそう言った。
「オーケー。俺が剣は引き受ける。お前らは各自で攻撃し続けろ」
「「了解」」
レノが小さめの六連式のリボルバーを取り出し、弾丸を込めて構えた。
「・・・・解放:三割」
クシャトリヤさんの纏う金色が色を変えた。金色に紅い色が付き、鮮やかなオレンジ色に変化した。
「さ、やろうか」
「レノ、俺は一撃でいけるまで溜める」
「サポートしろってことね、はいはい」
「エンドレスカウント」
ルーカスの身体から目に見えるほどの蒸気が溢れ出した。
一呼吸をするたびにハッキリと分かるほどの圧倒的な熱量であった。
「ふーっ・・・・!」
ルーカスの能力、本来の使い方は対象を殴る事で自らの破壊力を倍増させていく。
ただ、使い方は複雑にも出来る。レナの能力のように血流に能力を適応させる。血流が全身を巡れば巡るほどに、初撃の破壊力を増加させる。カウントは必要無し、上限も無し、その代わりにただ一撃のみに賭ける状態であった。
「何分?」
「あー、三・・・・いや二分でいい」
「・・・・了解」
「クシャトリヤさん! 二分!!」
「了解、近づけさせるな!」
「屈折開始」
「魔剣 プロミネンス」
クシャトリヤさんの左半身に纏われていた光が一点に集中した。光が即座に質量を持ち、その姿を大剣へと変化させた。
「・・・・王殺しの一刀」
「!! 最大屈折!」
「、、・・・・!」
モルドレッドから放たれた斬撃は言葉とともにクシャトリヤさんの直ぐ脇を切断した。ダンジョンの床が鮮やかな断面を残し、裂けていた。
「斬撃範囲の拡張ですか・・・・」
「そうっぽいね、助かった。レノ」
「いえ。・・・・マズイですね、あれを連発されるようなら終わりですけれど」
「・・・・いや、それは多分ないよ。現に、あれをハインツは連発できないからね。けど、あれをルーカスに打たれるようならヤバいな・・・・」
「・・・・このダンジョン、コンセプトは入った者の記憶や知識を攻略ってところですかね」
レノが今までの状況を頭の中で並べながら、そう推測を出した。
「そう思うのが正確だろうね。ハインツ・・・・、まさかアイツが大きなデバフとなるとはなぁ」
横目で、一人雑兵を蹴散らし続けていたハインツを見た。
「・・・・とりあえず、完全にルーカスをサポートする方向が良さそうですね」
「そうだね」
「じゃあ・・・・。屈折率増加、全反射」
「・・・・」
「これ、意味あるんですかね?」
モルドレッドの視界を奪うことに意味があるのかよく分からない。普通のモンスターなら、視界が完全になくなることに動揺する。
モルドレッドは以前無反応、効いてるのか効いてないのか、判断出来なかった。
「分からんけど、やっておくに越したことはないよ」
レノの肩に手を置くと、僅かに後ろを振り向いてルーカスへと指示を出す。
「ルーカス! もっと力を溜めておきな!! 二分ごときじゃ多分倒せん!!」
「! ・・・・了解」
「・・・・レノ、ここから五分程だろう。耐えれるね?」
「はは・・・・、善処はしますよ」
「魔剣 フレア」
右半身の輝きが二本目の剣へと姿を変えた。
「行くぞ、レノ!」
「はい!」
「王・・・・!」
「させないよ、それは危険すぎる」
振りかぶられる剣の根本に二本の魔剣を打ち当てた。
斬撃範囲の拡張を行えると言っても、剣が振りかぶられなければ効果は発揮されない。まぁ、それをするのが難しいから基本は対処できないんだけど。
「魔剣解放!」
魔剣プロミネンス、クシャトリヤさんの能力の延長線上に位置するその魔剣が持つ力は、剣を構成する熱エネルギーを炎という形に直して放出する事。陸の持つレーヴァテインに近い能力であった。
「・・・・こんくらいじゃ、終わるわけないよな・・・・」
数千度の高火力を持った炎を喰らってもモルドレッドは大したダメージを負った様子は無かった。
「・・・・凍結弾丸」
クシャトリヤさんと相対する死角側から、レノが弾丸を撃ち放った。
振り返る事無く、モルドレッドに全ての弾丸が直撃した。
「・・・・凍結もダメと」
レノがそう言うように凍らせる事も意味は薄かった。直撃した部分から凍り始めたはいいものの、直ぐにその凍結は消え去った。モルドレッドの動きにも影響は与えられていなかった。
「・・・・これが反転か?」
限定的な反転、可能性は大いにあり得た。幾ら黒級のモンスターといえ、ここまで攻撃が通じないようなら特殊な効果があることを疑うべきだ。
「やっぱり一撃で、完全に行動不能させるだけの火力が必要らしいね」
「後四分・・・・、長いですね」
「そうだね・・・・!!」
「王殺・・・・!」
「させないよ!」
「速くなった・・・・? 最大屈折、演算開始」
レノは一瞬、ほんの一瞬だけモルドレッドから目を離した。
「! レノ!!避けろ!」
クシャトリヤさんが叫ぶ。何故か、クシャトリヤさんの声はモルドレッドの後ろから聞こえてくる。
「!! うっそ・・・・!」
「円卓殺しの乱剣・・・・」
入り乱れる斬撃が、一瞬にして空間を駆け巡る。地面には無数の斬撃の跡が刻まれていた。
「レノ!!」
直ぐにモルドレッドを剣で横から殴り飛ばし、モルドレッドの前にクシャトリヤさんが位置取った。
「ッ・・・・、大、丈夫です」
左手から血が垂れ落ちる。レノにあるはずの五本の指の内、三本が紅に塗れて散らばっていた。
「すまない、レノ。俺が・・・・」
血が溢れた左手を見て、クシャトリヤさんが顔を顰めた。
「いえ、俺がミスりました。これで済んで良かったです」
直ぐに止血と、あらかじめ持っていたルイス・ブラウンさんの能力である癒水を傷口にかけた。本来だったら、ノアの回復のほうが早い。けれど、今の状況では気軽にノアを呼ぶ事は出来なかった。
「反転、こういう使い方もあるのか・・・・」
驚くのは、位置の反転も可能であったこと。
レノに攻撃を喰らわせる前、モルドレッドはクシャトリヤさんと位置を一瞬にして反転させていた。
「これ、相当面倒になってきますよ」
長距離から反転してこないと言う事は、使用出来るのは、至近距離限定。とはいえ、常に位置の入れ替えという選択肢を突きつけられる。
その上で、直撃すればほぼ即死の斬撃。戦いづらい事この上無い。
「ああ、申し訳ないけど完全な治療は後回しだ。怪我あったばかりでキツイだろうけど、撹乱を頼む。後は俺が抑え込む」
「頼みますよ」
「あぁ」
「・・・・集中。絶対領域展開」
揃っている右手を前に出すと、片眼を閉じて大きく右手を開いた。
瞬間、大気が歪むほどに空間そのものがブレる。誰が見てもおかしい空間が徐々に元に戻っていく。
「・・・・集中」
痛みで他の事を考えない。唇に歯が喰い込むほどに強く噛み締め、演算をし続ける。
「期待には応える、解放:五割」
オーラが実体を持つ。光のみであったそのオーラが灼熱を帯びた。
「お・・・・」
「もう、それは使わせん」
右手に握られた魔剣フレアが、クシャトリヤさんのオーラに呼応するようにその大きさを増加させた。
業火が長剣の形をした、というのが正しいそれがモルドレッドと相対していた。
「・・・・」
「反転、二度目は無い」
「・・・・」
「魔剣解放」
魔剣フレアの持つ能力は炎の発生地点を任意で選べる事。
「太陽よ、消し尽くせ」
足元に出現した炎が一瞬にして火柱に変わった。クシャトリヤさん丸ごと飲み込む火柱が渦を巻いた。
「・・・・頑丈だな」
火柱は見た目通り業火そのもの。けれど、モルドレッドには傷一つ付くことは無かった。
「・・・・」
「!!」
鍔迫り合いの状態が、動き始める。モルドレッドは急に前に体重を乗せ、クシャトリヤさんの身体に剣を押し込む。
「・・・・っ、どうしたよ。急に動き始めて」
「・・・・王ヨ、ナゼワタシヲ」
直後、モルドレッドは片手をクラレントから離し、手を振りかぶった。その手刀は、銀色の弧を描いてクシャトリヤさんへと振り下ろされた。
「なっ・・・・!!」
眼を見開くクシャトリヤさんに斬撃が襲い掛かった。
「ッッツ・・・・、ただの手からも出来るってわけね。なんでもありじゃないか」
ぼたぼたと左肩から血を流しながら、クシャトリヤさんがそう言った。
モルドレッドの手刀が放たれる寸前に、振り下ろされる腕を、左手の魔剣を消し、空いた左手で逸らしていた。
ただ、逸らしただけであって放つのを防いだ訳じゃ無い。なんとか軌道をずらしたとはいえ、一直線に放たれる斬撃はその軌道上にあった左肩を捉え、綺麗に切り取っていた。
「回復は・・・・、期待出来なさそうだね」
癒水を掛けようとしても手が塞がっている以上、不可能。ノアは後ろで駆け回っているせいですぐにこっちに来るのは難しい。それに、来たとしてもこれに巻き込まない保証はない。
となると、この状態での戦闘が強いられる。
「ダンジョン内なのが悔やまれるね・・・・」
クシャトリヤさんは明るく光る天井を見てそう呟く。太陽光であれば始めから全力で戦えていた。クシャトリヤさんの能力は太陽光以外だと、全力になる迄に時間を必要としていた。
「・・・・」
「まぁ、しょうがないか。たかだかあと二分、完璧に抑えさせてもらう」
手刀でも斬撃があると分かった以上、さっきまでよりも更に抑え込むことの難易度は増加する。
「やらせない」
クシャトリヤさんが取った行動は、クラレントを上から抑えつけることだった。
無理やり力づくで刃先を横方向にすることで手刀の動きを阻害させていた。
「・・・・」
当然、そのままの状態が続く訳がない。すぐに弾かれ、いなされて態勢を変えられる。
「いくらやっても変わらない。抑え込むと言ったはずだよ」
「・・・・・・・・」
それでも、クシャトリヤさんは体勢を変えられても即座に斬り返し、上から剣を抑え込み続ける。
何度も何度も、クシャトリヤさんはその全てを抑え続ける。斬られた左肩からは血が流れ続け、力を入れるたびに血が吹き出していた。
「・・・・・・・・」
「火焔連槍」
咄嗟に距離を取ろうとするモルドレッドへと無数の焔の槍を放つ。着弾すると同時に、対象に燃え広がるその焔はモルドレッドの動きを僅かに奪う程度の役目を全うする。
「ルーカス!!」
「はいヨォ!!」
クシャトリヤさんの声に、ルーカスが力強く応答する。一部分だけ焔が消え、そこからルーカスが飛び出してくる。
「・・・・!」
「やっと、焦りを見せたな。流石にそれはやばいか」
「王ヨ、ナゼワタシヲ!」
「・・・・見えてなかったよな、それは」
ルーカスに直撃するはずの斬撃は突如、体勢を崩したことによって当たらなかった。
レノによって隠された、裂けた地面にモルドレッドの脚が取られていた。
「はっはぁっー!! 気持ちよくぶん殴らせてもらうぜぇ!!」
右腕を振り切ってしまったモルドレッドの胸元に、ルーカスは余す事なく一撃を叩き込んだ。モルドレッドに有効な打撃の衝撃が、全身を一瞬にして駆け巡る。
「・・・・・・・・!」
衝撃によって、モルドレッドが膝から地面に崩れ落ちた。剣を握る力も残されていないのか、クラレントが地面に音を立てて滑り落ちる。
「・・・・王よ・・・・、ワタシは・・・・、また・・・・」
撃ち込まれた拳の部分から亀裂が全身に走っていく。
天を仰ぐモルドレッドの瞳には、何が映っているのか。
「・・・・、栄光を・・・・君・・・・たちに・・・・」
崩れ去る直前、クシャトリヤさんたちに視線を移したモルドレッドから暗く渇いた称賛の声が発せられた。
「・・・・喋るモンスター、もうここまで来たらあんま驚ろかねぇぞ」
「・・・・ふー。やっと、終わったね」
その言葉通り、塵となってモルドレッドが消え去ると、全ての兵士がその動きを停止させて倒れた。
「これが五階層って頭痛くなるんですけど」
ノアの治療を受けて、指の動きを確認するように手を握ってレノがそう言った。
「これが黒級って事だね、流石は世界最高難易度のダンジョン」
「・・・・帰れるのかな」
「ははは、きっちり攻略して帰ろう」
クシャトリヤさんがレノにそう言うと、肩を叩いた。
「そうだぜ、レノ。たんまり金も貰えるしな」
「・・・・はぁ、そうだね」
五階層階層主、モルドレッドを倒した三人は塵の山の中心に紅く輝く魔石を拾って、戻って行った。
お久しぶりです。本当に時間が空いた更新になってしまいました。
さて、本話ですが、ついに世界戦線が開始しました。新キャラが続々と登場します。能力考えるのがね、頭痛くなりますね。なんか良い案あったら是非。
世界戦線と、レナたちの無銘教討伐は並行して進んでいきます。お楽しみに。
本話の補足です。天神は孤児院出身です。歩に助けられた血のつながっていない弟は同じ孤児院の子供です。実はめちゃくちゃ歩に感謝しています。そして、同情もしています。詳しい話はいつか出てきます。
たまたま、歩が救っていたと。成る程、そんな事あるんですね。そんな奇跡が・・・・。まぁそういうことにしときましょう。
それでは、また次の更新で。
面白い、続きが読みたいと思った方は下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてポイント高評価、ブックマーク登録をお願い致します。
感想やコメントなどもお待ちしてますのでよろしくお願いします!




