九十六話 売られる喧嘩、買う喧嘩。
◇
一カ月近くが経過した。
未だ、エドワードやアイリスには勝てていない。特に、エドワードなんてあれ以来、傷一つ付けることですらほとんど出来ていなかった。それに、前に僕たちがであった。新轍ならぬ、甚平やマリーにも何回かは勝ててはいいるものの、勝ち越すことは出来ていなかった。
「・・・・、本当は君を戦線に行かせたくはないんだけど。まぁ、しょうがないね」
アイリスは少し残念そうな顔をしながらそう言った。実際、世界戦線に僕を行かせたくないというのは本当なんだろう。けれど、この人たちが強く止めないのは僕を信用しているのか。‥‥それとも、他に何かあるのか。
「・・・・一か月間も、ありがとう」
「気にするな、お前が強くなるためには必要なことだった。・・・・それよりも、これを」
エドワードはそっけない態度でそう言うと、ガラス玉くらいの大きさの灰色の球体を手渡してきた。
「?・・・・これは?」
「空間に縛られない転移道具、名を異空間転絶。使い捨ての代わりに、どんな空間であろうと使用者を特定の場所に転移させる」
「!! 破格過ぎない?」
「・・・・ただし、転移できるのは使用者一人だけ。お前が、もしもの時に使え。使い方はそれを割ればいい」
異空間転絶、聞いたこともない魔道具だけれど、それがあまりに異常な破格すぎる性能を持っていることだけは理解した。もし、これをオークションにでも出したら、数十億近くの値段がつくかもしれない。
どんな空間であろうと転移できる、だなんて。それはつまり、魔道具が通常ならば使えない場所であろうと関係ないということ。ただでさえ、転移系の魔道具は貴重なのに、その中でも最上級に位置することは間違いなかった。
「・・・・分かった。これを使う機会がないことを祈るよ」
受け取った魔道具を異空鞄へと静かにしまってそう答えた。いくら最上級であろうと、これはたった一人しか移動できない。これを使用する。それは、他のすべてを見殺しにすることと同義であった。だから、これを使用しないことを切に祈るのであった。
「ああ・・・・、そうだな」
「・・・・黒級ダンジョン、しかも今回は世界でも名高い騎士王のダンジョン。あそこは、かなーり黒の中でも上位のところだよ。あのハインツがいる限りは、全滅なんてことはないだろうけれど、気を付けてね」
一週間ほど前に、世界戦線で攻略するダンジョンの名前が発表された。
そこはイギリス、かつて騎士王と呼ばれた世界中で有名な人物、アーサー王伝説のアーサー王、その人の墓がある場所に現れた黒級ダンジョン。その名は、騎士王のダンジョン。
認知度や場所に強く影響を受けるダンジョンの法則に則ると、そこは有り余るほどの認知度を有する危険ダンジョンであった。アイリスの言うように、認知度・土地性を考えれば黒級でも上位に位置するのは間違いないだろう。
それに、以前そこでは名高い冒険者が第三階層までしかたどり着くことができずに、ほぼ全滅していた。
両腕と片目を失いつつも生還した冒険者曰く、「あそこは誰も攻略なんてできないまさに天変地異。普通、なんてものは一切通用せず、何もかもが異常である」、と。金級冒険者にそこまで言わしめる場所であった。
「・・・・分かってるよ」
「・・・・刻藤、覚えておけ。時として、『逃げる』という選択肢は大きな意味を持つ。黒級ダンジョン、想像を超える事態は必ず起こる。それも、一度や二度では済まないだろう。
お前の性格上、難しいことだろうが『逃げる』ということを頭に入れておけ」
エドワードが真剣に、そして強い口調でそう言った。
「うん、そうだね。歩チャンはちょーっと、事態を正しく認識できないときがあるからね。今までは紙一重で何とかなっていたけれど、あれはただの奇跡だからね」
アイリスも、エドワードに同調した。二人は、僕が『分かった』ということに関して、ほぼ信用していないようであった。
まぁ、確かに。分かってるよ、って言う人間が信用ならないのは理解できる。
「最後なのに、ボロクソ言うな・・・・。けど、うん。・・・・分かった、って言うのは違うな・・・・、うん、ちゃんと覚えておくよ」
僕がそう言うと、二人は少し笑って頷いた。
「・・・・ん、じゃあね。また、何かあったら、こっちから接触するよ」
(「まぁ、またすぐに会うことになりそうだけれど・・・・」)
「うん、その時はよろしくお願いします」
僕はそう言って二人に頭を下げた。
「頑張ってねぇ、歩チャン」
「やれるだけ、やってこい」
「・・・・はい!」
そして、転移装置に触れた。すぐに僕の身体は転送力の光によって埋め尽くされ、眼前にいた二人の姿は一瞬のうちに見えなくなった。
◇
僕がレヴェルから帰ってきて、早くも一週間が経った。世界戦線の、最初の会議を目前に控えた状況で、ちょっと、いやかなり大きな問題が起きていた。
「・・・・何があった? レナ・・・・」
僕たちは、僕の家のリビングで机越しに話をしていた。目の前に座るレナの表情は重かった。ただ、それに似つかわしくない、何か危ない雰囲気を持った眼の色をしていた。
「・・・・ごめんね、歩君。だけど、これだけは譲れない。私は、戦線には参加できない」
大きな問題、それはレナが世界戦線へ行くことへの拒否であった。急に、僕がいなかった一か月間で一体何があったのか、僕もノアも知らない。
「何があったのか、言ってよ!! ねぇ、レナ! 何があって・・・・!」
「・・・・・・・・」
言い切る前に、僕は口を閉ざしてしまった。レナの悲痛な顔が、僕の言葉を遮らせた。
・・・・ああ。たぶん僕がなんて言おうが、レナはその意思を変えることはないんだろう。
「・・・・歩、そこまでにしとけ。もう、気づいてんだろう?」
「っ・・・・!」
ノアの言うとおりだった。家に帰って、レナの顔を見たときから違和感は感じていた。何かをしなくてはならない、という絶対的な覚悟が、レナの中にあるということを感じ取っていた。
「レナさん・・・・、何があったのかは僕たちには分かりません。だけど、貴女が何かやらなくちゃいけない事が出来たっていうことだけは分かります。・・・・、だから僕たちは良いです」
ノアは優しくそう言った。ノアもまた、僕と同じようにレナの異変を、覚悟を感じ取っていた。
「・・・・ごめんね、二人とも」
そう言うと、レナは頭を下げた。あまりにもその姿は弱々しかった。本当ならば、ここで何が何でも引き留めるべきなんだろう。何があったのかは知らないけれど、そんな顔をするくらいなら一緒に世界戦線に行こう、と。
けれど、僕は止めることができなかった。喉まで出かかっていた言葉は、それ以上、上にはいかなかった。
「ッ・・・・、分かった、分かったよ」
僕は瞼を強く閉じて、そう絞り出して言った。
「僕と歩はレナさんの意思を尊重します。・・・・まぁ、世界戦線は任せてください。三人ですけれど、やり遂げますから」
ノアは僕のことを少しだけ見てから、レナへ向かってそう言った。
「・・・・うん。そっちは二人に任せるよ」
「・・・・レナ。一つだけ、条件。ちゃんと、帰ってきてよ」
瞼をゆっくりと開けて、レナの顔を真正面から見つめてそう言った。
「・・・・うん。それは、約束する」
その返答は力強く、はっきりと返ってきた。
「・・・・はぁ。うん、ちゃんと終わったら、説明してよ」
その返答を受けたら、これ以上僕たちが言うことは無くなってしまった。
「・・・・うん」
レナはそう頷くのだった。
◇
イギリス ビッグベン前
僕たちはあの話し合いから一週間後、海を越えていた。今回の世界戦線の目標は、イギリスの黒級ダンジョンである騎士王のダンジョンの制覇。当然、その会議もイギリスで行われる。飛行機で約十二時間半をかけて、イギリスへと辿り着いた。
「へー、ここでやるんだ」
イギリスに着いてすぐに、僕たちは世界戦線の会議が行われる場所であるイギリス国会議事堂へと訪れていた。
———・・・・歩、大勢いるぞ。
(「え・・・・、あぁ。やっぱりか・・・・」)
レティアの声を聴いて、国会議事堂の入り口付近を見ると、どこから情報を嗅ぎ付けたのか、マスコミが大勢駆け寄っていた。
「! トリックスターが来たぞ!!」
僕とノアの姿を見つけると、すぐにマスコミが駆けだした。正直、その姿は子供が見たら泣き出しそうなくらい鬼気迫っている。下手なモンスターよりも怖いくらいだった。
「・・・・ノア、掴まってて。一瞬で行く」
僕はノアに小さくそう言った。もともと、マスコミがいる可能性は考慮していた。だから、その対策法も既に考えていたのだった。
「! ・・・・頼む、歩」
ノアは頷くと、僕の背中に飛び乗った。ノア的にはカッコつかなくて嫌だろうけれど、しょうがない。
それに関しては、マスコミの対策を考えているときに、ノア自身も了承していた。
「・・・・封印:自動」
それは、レヴェルで磨いた封印と時間軸加速との掛け合わせ。複雑な動きをしながらの時間軸加速はミスが多い。だから、僕が出した策は移動する軌道に時間軸加速を合わせるということ。それは、移動を自動で行うということであった。
僕は、今いる場所から国会議事堂の柵を越えるまでの地点を頭の中で繋いだ。そして、一息吐いた瞬間にノアと僕は頭の中で描いた軌道を完璧になぞって、移動した。
「!!」
大勢のマスコミは何が起こったのか分からないまま、きょろきょろと辺りを見渡していた。一瞬にして目の前から姿を消し去った僕たちの姿を必死に探していた。
「・・・・すみません。時間が押しているので、今日のところは失礼します」
ノアを背中から降ろしてから、僕は柵越しにマスコミに向かってそう言って軽い会釈をした。マスコミたちは声の下後ろを振り返り、その顔には驚愕の二文字が浮かび上がっていた。
「! 御二方とも、お疲れ様です」
柵を越えて、僕たちは入口の方へ向かって歩いていくと、警備員が立っていた。警備員は僕たちを見ると、額に片手を当てて敬礼をしてそう言った。
「・・・・お疲れ様です。まぁ、こいつが全部やってくれたので、僕は楽でしたけれどね」
ノアは、僕を指差しながら、少し笑ってそう言った。
「ははは、そうですか。それでは、入場許可証の提示をお願いいたします」
そう言われて、僕たちは自分の名前と顔が描かれたパスを取り出した。
「あぁ、はい。お疲れ様です」
「お願いします」
僕たちは、取り出したパスを警備員の方へ向けて手渡した。
「・・・・こちら、お返しいたします。刻藤 歩様に、ノア・ライヘンドア様、御本人ですね。どうぞ、中にお入りください。
会議室には既に他の方々もお待ちになられております」
じっくりとパスを見てから、警備員の人は僕たちにパスを返すと、礼儀正しくそう言った。
「ありがとうございます」
「いえ、お気をつけて」
僕たちは、警備員に軽い会釈をしてから、先へと歩いて行った。
◇
「・・・・さて、行きますか」
「・・・・そうだな」
ガチャリとドアを引いて開けると、国会議事堂の中へと僕たちは足を踏み入れた。
「・・・・凄いね」
本来、そこまで大きくないであろう会議場所は、魔道具の影響でか、かなり広くなっていた。
「・・・・もっと仰々しいのを想像してたんだけど、思ったよりも軽い感じだな」
既に、辺りには多くの面々が揃っていた。今まで世界戦線に多く呼ばれた経験のあるベテランや僕を含めた、最近名前が挙がるようになっていた者もちらほらいた。
「・・・・ふーん。なるほどね」
入ってから、あんまり気持ちの良い感触は無かった。何て言うか、値踏みされているような、実力を探られているような少し気色悪い感覚だった。
———歩。
(「流石に、気づいてますよ」)
———値踏みでもされてそうだな。柳生が参加しない今、君が日本を背負っている。たかだか十八歳が、だ。
(「・・・・そうですね。にしても、あからさま過ぎますけれどね」)
———まぁ、それはそんなものだろう。むしろ、こそこそされる方が面倒くさい。
(「はは、まぁ、それもそうですね」)
「? どうした、歩」
「いや・・・・、何でもないよ」
確かに、感触は気持ち悪い。けれど、レティアの言うように多分そんなものなんだろう。世界戦線、それは国を背負った戦いでもあり、選ばれた冒険者はその国の持つ力そのもの、と言っても過言とは言い切れない。そんな代表たちを値踏みしようとするのは当然だろう。
・・・・けれど、それにしても僕たちに対する視線は少し強かった。
「・・・・今まで、日本人少なかったからな」
ノアも視線には気づいていたのか、そう言った。それ程に視線を隠す気はなさそうだった。
「・・・・なるほど」
日本からは毎回、基本的に毎回選ばれるのは師匠のみ。そこに、金級冒険者が一人か二人加わる程度。
まぁ、毎回とは言ってもまだ世界戦線は合計で五回しか行われていない。けれど、それでも師匠は五回中、四回に選ばれている。
そんな中、今回の世界戦線では来ていないレナたちを含めても日本からは五人が選ばれていた。
「・・・・ま、いきなり新参者が現れたら注目もするよね」
「まぁ、確かに。・・・・それにしても少し視線が強くないか?」
ノアが小声でそう伝えてきた。
「うん、なんかね」
確かに、新参者を注視するにしては強すぎる視線が僕たちを襲っていた。
特に、真ん中近くに座っていた金髪の男からは何て言うか、嘲笑にも似た視線を感じていた。
「とりあえず、座るか」
「・・・・うん、そうだね」
僕たちは、そんな視線をできる限り無視しながら空いていた椅子へと座った。
◇
僕たちが席に着いてから十数分後、僕はあり得ないほどにイライラしていた。理由は明白、はっきりと僕たちの耳に聞こえてくる騒音のせいだった。
「———だよなぁ?!」
金髪の男が机に脚を乗せて、傲慢に振舞って話をしていた。
さっきから何度も何度も、塵のような話がずっと聞こえ続けていた。
「ハハハ! それは面白い、良いな。足手まといが確定しているのは面白い!」
「だろう? 劣化した雑魚に、逃げ出した二人。そして、新人が二人。面白れぇよなぁ?!」
塵のような話。それは、僕たち日本に対しての話だった。
僕たちはもともと五人。そのうち、二人が参加せず、三人が世界戦線においては新人。舐められる可能性があることは理解していたけれど、まさかここまで堂々と馬鹿にしてくるとは。
さっきまでの他の冒険者たちからの視線に合点がいった。こいつらがその話を吹聴し続けていたのだあろう。そりゃあ、あんな視線もされるだろう。
「・・・・歩、やめておけよ。ここで争いごとを起こしても良いことはないんだから」
ノアが僕の考えを読んだのか、そう制止した。正直、今すぐにでもあいつらへ殴り込みに行きたいところだったけれど、何とか耐えようとしていた。ノアの言うとおり、争いごとを起こしたところで、良いことはない。むしろ、これからを考えたら、悪いことだらけだ。
———歩、堪えれるか?
(「・・・・どうでしょう」)
———良いことはないぞ。ただでさえ、注目されているのに。更に、注目を浴びることになる。
(「・・・・それは・・・・」)
「おい、歩。聞いているのか?」
「・・・・・・・・分かってる」
僕はノアの言葉に小さく頷いてそう答えた。
横目で、大冝で話す男の顔を見た。僕も世界戦線に向けて勉強していた。その男の名は、フリッカー・ラーグナ。確か、僕と同じように異例の速さで金級にまで登り詰めた実績があったはず。
・・・・ただ、尊敬に値しない屑であるらしい。
「でもよ、奴らの詳しい情報をなんでしってんだ? 特に接点があるわけでもねぇだろ?」
「・・・・あぁ、情報を買ったんだよ。あの回復薬の情報とかな。能力が劣化したうえに、一人で戦うことができない雑魚、ってことをよ」
「・・・・フリッカー、この場でそれを言うのは得策とは言えないな」
黒いマスクを着けた、赤髪長身の女性がフリッカーへとそう言った。
その女性は多分、イタリア代表の一人であるアリーチェ・フローナ、二年ほど前から金級として活動している実力派であった。
「あ? はっ、良いだろ。俺の勝手だしな」
「・・・・私に被害が出ないなら良い。けれど、何かあったとしても止めないがね」
「はは、冗談きついぜ。あいつらが病院行きになる前には止めてやれよ」
フリッカーは笑いながらそう言った。流石に、僕の殺気に気づいていたらしい。そして、もうそろそろ手を出してくると予想でもしていたのだろう。
「・・・・・・・・さて、ね」
アリーチェの目線が、既に臨界点な僕と交わったような気がした。
「・・・・でよぉ———」
「! 歩!」
ノアの制止は間に合わなかった。
———無理だよな、歩。分かるよ。・・・・だったら、とことんまでやろうか。せめて、私くらいは付き合おう。
レティアが僕の背中を僅かに押した。そんな些細な事だけで、僕が動くにはあまりにも十分過ぎた。
「口を閉じろ、産業廃棄物が」
僕の口から、言葉を漏れ出てしまった。
◇
「・・・・あんまり、うちのノアを馬鹿にすんなよ? お前の言動は不愉快なんだよ」
殺気だった声で、僕はそう言った。でしゃばるべきじゃない、他でもないノアが耐えているのに、僕が出る幕じゃないことは分かっている。
でも、同じ仲間を、友達を罵られて我慢なんて僕にはできなかった。
「・・・・はっ、事実を述べられて吠えんなよ。それとも、かまってちゃんか?」
「・・・・なんで、こんなところでそんな事が言えるんだろうなぁ? 仲間がそうやって言われるの許せないんだよ。ノアが弱い? 取り消せよ、その言葉を」
「却下。こいつは弱ぇ、一人じゃまともに闘えない、それに頼みの回復ですら劣化した。荷物としか言いようがないだろ?」
「ノアの回復は超一流だ、それに闘えなくてもノアは後ろから状況を俯瞰してサポートしている。どこが荷物だ?」
「はっ。・・・・それに、そいつだけじゃねぇ。逃げ出したあの女もそうだ」
「!」
「あー、そうそう。この前もボコボコにされたらしいしなぁ、弱ぇ奴がイキがるからそうなんだよ」
「お前、もう喋るなよ。虫唾が走る」
「あぁ? ・・・・はは、勝手に走らせてろよ。お前がどう思おうが知らねぇが、八つ当たりしてくんじゃねぇよ」
「・・・・口が閉じれないなら物理的に閉じさせればいいか?」
「あ? はっ、笑わせんなよ。ザコの寄せ集めみたいなところでしかイキれない奴らが」
「二度と笑えなくさせてやろうか?」
「やってみろよ?」
「・・・・」
僕は濃密なプレッシャーを全身から噴き出した。殺気を鋭く、重く、余すことなくフリッカーへとぶつけていた。
「!!」
「言葉を今、取り消すなら半殺しで終わらせる」
「・・・・しなかったら?」
「さぁ・・・・、僕にも分からん」
「ははっ! デス・ギャンブル!」
フリッカーはそう叫んで椅子から飛び上がった。そして、その直後にフリッカーの背後に開店したルーレットが現れた。そして、回転が停止すると針が指し示す場所には金色の文字が書かれていた。
「はは、天運も俺の味方か! 大当たりじゃねぇか!」
その瞬間、僕の身体が急激に重くなるよな感覚に襲われた。それに加えて、平衡感覚が曖昧になっていた。
対人において、たぶんこいつの能力はかなり強いらしい。その分、ムラも大きそうだけれど。
「! ・・・・」
———普通に厄介だな。分かりやすいが、対処の使用が無い。
(「関係ないですよ。こんなのどうってことない」)
「おい、急に黙りこくって。自信なくしたか?」
「・・・・」
実際、フリッカーの能力は弱くない。けど、僕にかかるデバフも、フリッカーに対するバフも、些細な事に過ぎない。
フリッカーじゃ、どう足掻いたところで、僕に勝つことは出来ない。
「おいおい、本気でビビってんのか? だったら———」
「———は、はははっ!!」
僕は満面の笑みを浮かべながら、大声で笑いだした。
「・・・・あ?」
「はぁー‥‥。いやぁ、悪いな。それ如きで、金級を名乗れるってどんな生ぬるい国なんだと思ってさぁ」
屑でも分かるように、皮肉を大量に込めて僕はそう吐いた。
「・・・・あ?」
「その程度、うちじゃ銅級よりも下だぞ。高雅たちにも手も足も出なさそうだ」
「・・・・」
「その程度で世界戦線? 笑わせるよ、大道芸人を呼んだ方が士気を高められて幾分マシじゃないか」
僕は笑いながらそう言った。
煽り、というには少し言い過ぎてはいた。フリッカーだけじゃなく、こいつの国の事も貶している僕の発言は、国際問題に発展する可能性は少なくない。
けれど、ここまでこいつを増長させた国も悪いと思った。
だから、僕はブレーキを外して言い続けた。
「はっ・・・・分かった、俺も遊びとは思わねぇ。怪我しても文句言うなよ?」
フリッカーの顔には明らかな怒りが見て取れた。別に、怒りで動きを単調にする目的があった訳じゃないけれど、僕の煽り文句は存分に聞いているようだった。
「怪我? ・・・・ほんと、生ぬるいなぁ。それしかない認識じゃ通用しないんだよ」
怪我なんて生ぬるい、二度と冒険者を出来ない、二度と喋れなくなるくらいには再起不能にしてやりたい程だった。
「! やめろ、歩!」
それは、ノアにも伝わっているようだった。腕を掴む力が強くなっていた。
ふと、ノアの顔を見ると、何て言ったら良いのか、複雑で曖昧で逡巡しているようなそんな表情だった。
まぁ、関係ないか。どうせ、止まるつもりないんだから。
「離れていてよ、ノア。アイツは僕が叩き潰すからさ」
僕は、何も知らない部外者が大切な人たちを傷つけることを許容できない。
思えば、いつからか感情のコントロールが下手になったとは思う。
「歩、僕はあいつの言うことは気にしてない、レナさんだって同じことを言う! だから、やめてくれ、歩!」
「・・・・とかなんとか言っているようだが?」
フリッカーは少しにやけながら、そう聞いてきた。フリッカーの目を見れば、やめない事は明白だった。まぁ、僕も止まる気はないのだけれど。
「はっ。・・・・やめるわけないだろ、むしろ、やめるって期待したのか?」
「抜かせ!!」
そう言うと、ノアが僕の片腕を掴んでいる最中に、突っ込んできた。
でも、むしろ都合がよかった。アイツは完膚なきまでに叩き潰したかった。だからこそ、すべての攻撃を完璧以上に防いだうえで圧倒的な力を見せつける。僕はそれをするのが目的だった。
それに・・・・、周りの冒険者たちは止める素振りはない。多分、ぽっと出の僕の実力をこれで実際に見るという思惑もありそうだった。だったら、尚更日本の力を存分に見せつけないといけない。
「・・・・ほらね、ノア。ちょっと、離れておいてよ。すぐに終わらせるからさ」
僕はそう言うと、少し強引にノアから腕を引き離した。
そして、グラグラとふらつく脚を一歩分だけ前に出した。
「後から文句は言うなよ?!」
そうこうする間に、フリッカーは僕に肉薄していた。既に、攻撃モーションにすら入り、僕が何かしたとしても一撃は食らうタイミングだった。
———関係ないよな、歩。
(「・・・・はい」)
「・・・・時壁」
僕が行ったのは回避でも迎撃でもなく、右手を大きく開いただけだった。
瞬間、僕とフリッカーとの間には、短くて絶望的なまでに遠い距離が生まれた。
「!!」
フリッカーの動きが止まったのを見た、他の冒険者たちが驚きの表情を浮かべていた。
手の内を軽々しく晒すようで、あまり気乗りはしないけれど、・・・・まぁ良いか。そんなことよりも今はもっと重要な事があるのだから。
「! なんだ、これ・・・・?」
その壁は時間という生物が抗うことのできないものによってこの場に生まれた異物。時間が動けばそれに抗うことは出来ず、同じように時間が止まればそれに抗うことは出来ない。
僕がやったのは、空気を空間に封印するのではなく、空間の時間を強制的に停止させる事であった。
その壁は、僕の異能力が耐えられる以上の火力か、エネルギーを有したまま完全に静止した原子を強制的に動かせない限り、破ることのできない絶対的な防御へと昇華していた。
フリッカーの目の前に現れたその異物は、フリッカーの攻撃を受けてなお、動く気配すら感じさせなかった。
「神藤流 手刀ノ型 緋断」
鬼月を抜いたら殺してしまう。僕は空いていた左手を即座に振りぬいた。前への踏み込みと同時に放たれた手刀は弧を描いて、フリッカーの首元へと迫った。
ほぼ、全ての流派を扱えるエドワードから教わった手刀は、無刀であれど必殺となるものであった。
けれど、未熟すぎる僕の手刀如きじゃ首を切断するのは不可能、だけど首に直撃させれば悶絶、失神させることくらいはできる。
「手刀だぁ?! 大概にしろよ、クソ餓鬼!!」
怒り口調を隠そうともせずにそう叫ぶと、首元に迫る手首を途中で掴みこんで強引に止めた。
てっきり、時壁に気が行って反応できないと思っていたんだけれど・・・・、反応速度は速いらしい。
———おお。舐めたな、歩。
「・・・・」
思っていたよりも握る力は強く、万全の状態であったとしても、僕が自力で振りほどくのはほぼ無理であった。
「おい———!」
自力では振りほどけない、ならばこいつが手を離す状況を作り出せばよいだけだった。
———ならどうするか・・・・? 答えは一つ。
「ぶん殴る」
———かませ。
「時間軸加速」
左手を掴ませたまま、僅かに身体の重心を左後ろに移動させた。そして、がっちりと掴まれて固定された左腕を起点に、左半身を軸にして加速させた右腕を放った。
完全な初見殺しとはいえ、放たれた右腕は深々とフリッカーの脇腹近くへと突き刺さった。
「ッ!!」
フリッカーは僕の手を掴み続けることは出来ずに、後ろへと吹き飛んだ。並べられた机にぶつかり、机はひしゃげ壊れた。
「ゴホッ・・・・、ッテメェ・・・・!」
壊れた机に囲まれて、その中心でフリッカーは血を吐いた。
「・・・・疲れたのか?」
想像よりも軽く、無様に吹き飛んだフリッカーを見下ろしながら、嘲笑うようにそう言った。
その構図はまるで、僕とフリッカーの間に絶対的な差があるようであった。
「! クソがッ・・・・!」
フリッカーは闘志を絶やすことはなく、むしろ僕の顔を見てより増したようであった。
すぐに散らばった木屑を舞わせて、もう一度僕へと接近した。
「・・・・分かったでしょ、勝てないの。・・・・なんだっけ、雑魚が吠えるな? そっくりそのまま、お前に返すよ」
「! ・・・・ブチ殺すぞ、刻藤!」
とうとう、フリッカーは避けていた言葉を声に出した。否、出してしまった。
———・・・・言ったな、やっとその言葉を。さぁ、歩。やろうか、とことんな。
「・・・・正当防衛、ってね。これで僕が返り討ちにしたとしても良い訳だ」
僕はそう僅かに声に出すと、口角が上がったのを感じた。
「!」
「手ェ・・・・、引くなよ」
フリッカーは少しだけ、ほんの僅かに躊躇した。目の前に立つ俺が不気味に笑い、得体の知れない恐怖がフリッカーの身体を襲ったからだった。
「ッ———!」
頭は未だ正常ではないし、立っているだけでもグラグラとしている。その状態で時間軸加速を使えば、操作をミスる。
だから、あらかじめ軌道は描いておいた。さっきのマスコミたちから逃げたこれは、闘いにも大きく応用が出来た。
「封印:自動」
寸分の狂い無く軌道を描きつつ、急加速すると、フリッカーよりも先に肉薄して首元を掴んだ。そして、勢いを殺すことないままに膝蹴りを鳩尾へと叩き込んだ。
「ゴホッ———、!!」
死んだら困る、だから内奥に大きな損傷は負わせていない‥‥はず。
けれど、多少のダメージを負ったフリッカーはさっきと同じようにして前屈みで血を吐き出した。
「っ舐めるなぁッ!」
けれど、フリッカーはその状態で踵を振り上げた。
「!」
僕は身体を反らしてその上げられた脚を躱した。フリッカーは勢いを利用して、自分の鳩尾にぶつけられた僕の膝を回転軸に、両手を床について倒立のような体勢を取っていた。
そして勢いよく上げた脚を、上半身が背後に反れた僕の頭へ向けて死角から、思い切り振り下ろした。
———上だ。
「ッ・・・・!」
「時壁」
けれど、その脚は僕に当たらない。絶対的な壁は認知できる場所である限りは無限に出すことが出来る。その分、デメリットもあるけれど、今はデメリットは意味を為さない。だからこそ、僕はフリッカーに惜しむ事なく壁を出し続けていた。
壁を壊すことが出来ない以上、フリッカーに僕を倒す手段は持ち合わせていなかった。
「効かねえって言ってんだろうが」
「ッそが・・・・!」
「神藤流 掌ノ型 芯貫」
フリッカーは倒立の状態だった。僕は少し腰を落として、膨張した太腿の筋力を解放すると同時に、その守りようのない腹部へと掌底を叩き込んだ。フリッカーの能力による原因不明の平衡感覚曖昧なせいで、ピンポイントで重心部分を穿ちきることは出来なかったけれど、フリッカーは勢いを殺せる事なく吹き飛んだ。
「・・・・・・・・」
「ゴボッ・・・・!」
内臓を潰すなんて事は出来ないけれど、内臓を揺らす事は出来る。
吹き飛んだフリッカーはさぞ、苦しいだろう。鳩尾に刺さった痛みも消えぬままに、内臓が揺れて捻じれるような痛みに襲われ続けているのだから。
「・・・・っふぅ」
感覚がぶれている。腰を落とすだけ、脚を一歩前に出すことすら難行だと思える。僕の身体は、たった一撃すらまともに食らわせることが出来ないほどに、平衡感覚が狂っていた。
正直、壁によって防御をほぼ動作なしで行うことが出来なければ、僕が負けていてもおかしくは無かった。
「ッガァァア・・・・!!」
———鈍ったな、歩。しかも・・・・。
「・・・・しかも、避けやがった」
倒立の体勢が影響したのか、フリッカーは掌底が突き刺さる直前に身体を後ろに倒すことで完全な直撃を免れていた。けれど、立つことですら苦痛になるほどの激痛は依然襲っている。・・・・だと言うのに、フリッカーは強く口を噛み締めながら立ち上がった。
口元の血を見るに、かなりダメージは負っているようだった。けれど、ここまでされて未だ立ち上がれるその胆力は認める他なかった。
だけど、それはそれ。
認めたから何だ、っていう話。ノアを、レナを貶したコイツは許さない。
「ゴホッ・・・・、刻藤・・・・!!」
「・・・・無様な姿だね、あんだけ言っておいてボコボコにされちゃってさ」
「刻、藤・・・・!!」
フリッカーはお腹を抑えながら、強く僕を睨んでいた。
「まだ、やんのかよ」
「あ‥‥たり、前だ」
「そう。封印:自動」
だったら、容赦はしない、ボロボロすぎるほどのフリッカーの腹部へと打撃を二回撃ち込んだ。今度は打撃までの軌道を描き、それをなぞった。ほぼ、機械的な動きはフリッカーに直撃した。
「ッッッツ・・・・!」
三度目は流石に耐えきれなかった。意識はあっても、身体が限界を迎えてしまっていた。フリッカーの身体はがくりと膝から崩れ落ちた。
「はい、終わり・・・・」
「ゴホッ・・・・、ゲホ・・・・」
フリッカーは口の中に自然と溜まってしまう、不快な鉄の味のする液体を吐き出した。
白目を剥いているわけではないが、限りなくそれに近いほどに瞳孔が乱れてしまっていた。
「‥‥ふ、これで仕上げだ」
僕はここまでボコボコにされて尚、折れないフリッカーの髪を片手で無造作に鷲掴みにした。
そして、強引に顔だけを上げさせると、右手でフリッカーの顔をひたりと掴んだ。
「テ、メェ・・・・」
「はは、耐えろよ? ・・・・時間軸幽閉」
そして、僕は少しだけ右手に力を込めた。レヴェルで華開いた異能力と共に。
「!?!」
瞬間、フリッカーの眼は何も捉えなくなった。異能力は、いとも簡単にフリッカーの精神を蝕んでいった。
「おい、なーにをやってんだ。二人とも」
「! ‥‥」
背後から圧が掛かった声がした。フリッカーの事に気が行き過ぎて、僕は全くハインツさんの事に気づいていなかった。
「‥‥歩よぉ。世界戦線で共に戦う仲間なんだ‥‥」
ハインツさんの言う事はごもっとも。世界戦線、それもトップクラスの黒級ダンジョンに協力して挑む以上、潰しあうことは御法度。それに、これからの事を考えて、お互いにこれ以上やるのは不毛以外の何物でもなかった。
けれど、引けない理由が僕にもある。
「‥‥そこまでにしとけよ、歩。それに言い過ぎだ。それ以上、何かすんなら俺がお前を叩き潰すぞ」
ハインツさんは強く圧を放ってそう言った。ここで、ハインツさんと仲を悪くするのは得策じゃない。
それに、僕じゃまだ勝てない。
最低限は、フリッカーに仕返しをすることも出来た。それなら、ここいらが引き際なのだろう。
———ハインツが出てきたのなら、引くしか無いだろうな、歩。
(「・・・・そうですね」)
「・・・・。まぁ、しょうがないですね。ハインツさんがそう言うなら。僕も悪ふざけが過ぎたようですね」
僕はそう言うと、フリッカーの顔からゆっくりと手を離した。
それに、周りを見るとさっきよりも多くの人がかなり増えていた。多分、召集された全員が集まったようであった。
「ッ———!」
僕がフリッカーに行ったのは単純な、簡単なこと。ただ、異能力によってフリッカーが認知する時間を限りなく遅くさせた。大体、一秒を三時間くらいに引き延ばしていた。
僕が手を離すまで、約五~六秒ほど、半日分の時間をあの状態で探していた。
「ハインツさんの言葉通り、ナカヨクしてくれよ」
「・・・・お、まえ・・・・」
フリッカーの身体は震えていた。肉体をボロボロにされた上で、精神を蝕まれた。それで精神を壊していなのが不思議なほどにはフリッカーに与えた恐怖心は大きいはずであった。
「・・・・次は無い。良いか? 俺は三回も耐えれるほどに我慢強くねぇんだ。・・・・それと、ノアには直々に謝罪を入れろ。分かったな?」
僕は小さくフリッカーの耳元でそう囁いた。ほんの少し、握った手には力を込めて。
「! ・・・・」
小さく、震えるようにフリッカーは頷いた。僕はフリッカーに純然たる「死」を体感させた。これを受けて正気を保っているのは少し意外ではあったけれど、腐っても金級。その一点は、流石と言える。
ハインツさんの邪魔‥‥もとい、制止が入ったとは言え、充分だろう。自らの攻撃は全くとして通ることはなく、その上で死ぬという感覚を強制的に植え付けられる。もう、向こうから変に絡んでくることはないだろう。
「‥‥歩、少しは自重しろよ。お前は日本の代表、それに宗一郎やレナガいない中、お前が日本のトップを背負っているんだからな」
「・・・・はい」
「・・・・あー、悪いが。医療系の能力持ちはフリッカーを治してやってくれ。内臓が捻じれているのと、骨が何本か逝ってる」
ハインツさんはちらりと、倒れているフリッカーを見てそう言った。
「! はいっ!」
ハインツさんのその言葉に、真っ先に駆け出したのはノアだった。
エドワードたちが言っていたように、ノアの能力はイレギュラー、異能力と同じ規格外の力を持っている。実際、能力が弱体化して尚、その大怪我をほぼ一瞬で治せるのは異常だった。
「・・・・はぁ。とりあえず、この空気を変えようか」
ノアがフリッカーの怪我を治すのを見てから、ハインツさんはそう言った。
「知っている者も多いだろうが、俺はイギリスの黒級冒険者、ハインツ・S・インフェルノ。この世界戦線のリーダーだ、宜しく頼むぜ」
ハインツさんの声は良く響いた。ハインツさんからは圧倒的な圧のようなものが感じ取られた。息をするのが苦しくなるようなものではないけれど、重くてびりびりと僕たちに圧を掛けていた。
「まだ、お互いの事は良く知らねぇだろうが、今いるこのメンバーで四ヶ月後、イギリスの黒級ダンジョン 騎士王のダンジョンへと挑む」
実際に口に出すと、急激に実感が湧く。本当に、僕たちが日本の代表として黒級ダンジョンに向かうなんて。
———緊張してきたか? 歩。黒へ行くことは。
(「・・・・それもありますけど」)
———私の事か? 二重ダンジョンにまだ行けていない事か?
(「はい。・・・・僕も辞退するべきだったのかなと」)
———ふ、気にするな。今はそれを気にすることはない。目の前の黒へ集中しろ。
(「ぬ・・・・はい」)
「・・・・だからな、この三ヵ月で訓練していく。ここにいるのは全員が銀級以上、かつデッドエンドもしくはそれに準ずるレベルのダンジョンを制覇した経験のある紛れもない猛者だ。
断言するぞ。俺たちは四ヶ月後、地球上三つ目となる黒級ダンジョンを消失させる」
黒級ダンジョンの解放、それは数字には直せないほどに大きな意味がある。その国が亡ぶ可能性のある因子を排除することが出来るというのはあまりにも大きいことだった。
事実、十数年前には黒級ダンジョンの暴走によって国が三つ、地図から消え去った。
そんな超危険なきゅいが地球上から消失する、それはあまりにも大きすぎる事であった。
「リーダーはさっきも言ったが、俺。そして、副リーダーがアメリカ代表の———」
「ミラー・スコッチ。‥‥インフェルノ、気安く私の名前を呼ばないでもらえるか」
ミラー・スコッチ、それは世界に三人しかいない黒級の一人であった。師匠、ハインツさん、そしてミラー・スコッチ、その三人が冒険者の中でトップの人たちであった。
それにしても、このミラーという女性はかなり性格が厳しいらしい。言葉が氷柱のように鋭く冷たかった。
———・・・・ミラー・スコッチ・・・・'
(「? 知ってるんですか?」)
———いや、知らない名だな。彼女が、残りの黒級というわけか。
(「まぁ、レティアが消息不明になった後ですからね。ミラーさんが黒級になったのは」)
———・・・・そうか。
「・・・・はいはい。見ての通り、少しばかり厳しい性格をしているが、実力は一級品なんでな」
ため息を吐くと、ハインツさんはやれやれと首を横に振った。
「男が嫌いなだけだ」
その言葉通り、ハインツさんの事も苦手らしい。これでもかというほどに、態度と言葉が完全に一致していた。
「分かってる、分かってる。・・・・ってな訳で男諸君、副リーダーへの接し方には気を付けろ」
「・・・・私はミラー・スコッチ。男どもと馴れ合う気は無いが、最低限はこちらも善処する。なに、世界戦線が終わるまでの辛抱だ」
『辛抱』って、その言葉は僕たちに向けて言ったというよりかは自分に言い聞かせているような感じだった。
「あぁ・・・・、」やそれと。知っている者は多いだろうが、今回の世界戦線には日本、イギリス、インドネシア、中国、ロシア、イタリア、フランス、エジプト、ナイジェリア、ブラジルから計二十七人が欠席する」
——・・・・多いな。
(「ですね」)
意外だった、師匠とレナ以外にもそんなに多くの国から冒険者が辞退しているとは。
「毎度こんな事はあるが、そいつらは俺自身がいかない理由を聞いて、納得した者たちだ。だから例え、お前たちが死んだとしても恨むのは俺だけにしろ、良いな」
僕を含めた冒険者に、強く釘を刺すようにハインツさんはそう言った。言い訳をするならそれは全てハインツさんのせいにしろ、という事。それは思っているよりも辛いことだろう。ハインツさんは実力も精神面も常軌を逸しているらしい。
さっきまでフリッカーと笑いながら話していた奴らは少し身体が強張っていた。
「・・・・さて、具体的な話し合いは明日以降だ。まぁ、どっかの馬鹿どもが色々とやらかしたおかげで、空気は悪いが、もともと今日は顔合わせをするだけだ」
ハインツさんと目が合った。どっかの馬鹿、‥‥まぁ勿論、僕の事なんだけど。
ハインツさんはかなり怒っているかと思っていたけれど、そんなことは無いらしい。僕と目が合ったハインツさんは少し笑った。
「‥‥飯でも食いながらな」
ハインツさんがそう言って指を鳴らすと、たくさんの料理が運ばれてきた。各国の料理がいくつもの更に乗せられて次々と運ばれてきていた。
「さぁ、食え! 今日は無礼講だ! 楽しもうじゃねぇか!!」
さっきまでの雰囲気は一瞬で消え失せ、冷たい空気の国会議事堂が宴会場へと早変わりした。
◇
「刻藤 歩君。君、強いんだねぇ」
料理を楽しんでいると、僕に話しかけて来た人たちがいた。
「・・・・、あなたたちは?」
口の中に含んでいた寿司を呑み込むと、そう尋ねた。
「あぁ、失礼。紹介が遅れた、当方の名はタニシェル・ヴァレンタイン。フランス代表の金級だ」
「・・・・ハイデン・シャクメル」
僕より十センチほど背の高い金髪の男性と、髪が長くほとんど顔が見えない人がそう名乗った。
「・・・・刻藤 歩です、よろしくお願いします」
近くにあった机の上に皿と箸を置いてから、そう応えた。
「ああ、よろしく頼むよ」
「・・・・よろしく」
「どうしたんですか、急に?」
率直に、僕はそう言った。正直、さっきのあの闘い、というよりかは喧嘩を見て、誰かが話しかけてくるとは思えなかった。
「・・・・さっき、あの男も言ってたろう? 親睦を深めろと。ただ、それだけさ」
「・・・・やっぱり。・・・・君には攻撃当たんない、だから敵対したくない」
急に僕の事を指差しながら、ハイデンと名乗った人が首を振った。攻撃・・・・? 何かをされた訳ではないけれど、何かがあったらしい。
「? 攻撃?」
思っていた事が口に出てた。
「ああ、特に気にしないでくれ。この子は少し変わった言動が多いからな。・・・・けど、この子の言うように敵対したく無い、って言うのは、当方としても同意見だ」
「・・・・。そうしてもらえると、僕たちも助かります」
「・・・・ふっ、そうだね。困った事があったのなら、当方らに言うといい。当方らが出来る限りは、手伝おう」
「良い関係、築けたら嬉しい」
「はい、ありがとうございます」
「これからよろしく頼むよ、歩君」
そう言うと、タニシェルさんたちと僕たちはグラスを僅かに音を立てて合わせた。
◇
「おーい、あゆむぅ、喧嘩したんだって?」
「・・・・」
「おいおい、無視かよ?」
「チッ・・・・」
「舌打ちだあ?! つれない事するじゃねぇか、同じ日本代表のよしみだって言うのによ!!」
天神 智基、今回の世界戦戦において五人目となる日本代表の男であった。
能力は・・・・、まぁ今は良いか。
ただ、コイツは見た目とは想像できないくらいに強かった。この前少しだけ、軽く手合わせしたけれど、特に能力による手数の多さは厄介だった。
けど、コイツはうるさいし、ダル絡みが多い。悪い奴じゃないんだけれど、面倒な奴だった。
「はぁ・・・・、何の用だよ」
僕はため息を吐きながら、嫌そうな顔をしてそう言った。
「喧嘩したんだろ、喧嘩。ドイツのフリッカー・ラーグナとよ」
「・・・・だったら、何だよ」
「いやぁ、普段温厚な癖して結構エグいことしたらしいじゃんか」
「反省は・・・・してるよ」
まぁ、反省はしている。今後、同じ事があった時にやらないかと言われれば多分またやるとは思うけれど。
「はは、別に反省することでもねぇだろ。向こうも承知の事だったんだし、・・・・それよりもここには可愛い人が多いな!!」
「・・・・やめろ、天神。僕まで巻き込まないでくれ、勝手に一人でナンパでもしててくれ」
コイツは、本当に軽い性格をしている。何で、世界戦線でナンパが出来るんだよ。図太すぎるだろ。
「・・・・つれないねぇ」
天神はそう言って肩をすくめると、やれやれというふうにジェスチャーをした。
やれやれって言いたいのは僕だけどな。
「まぁ良いや、今日は無礼講なんだし楽しんでくるわ。お前も楽しめよ」
「そうだね」
(「・・・・詳しい事はまた後でな」)
僕の横を通り過ぎながら、天神が僕の耳元でそう呟いた。
「・・・・」
そして、この天神はレヴェルの関係者だった。どうやら、エドワードたちは僕を世界戦線に送ると同時に裏からこの天神とコンタクトを取っていたらしい。この前の考えは、後者で当たっていたようだった。
多分、さっきの喧嘩もちゃんと見ていたはず。その上で、天神は情報か何かを集めていたんだろう。
それに、フリッカーがノアやレナたちの情報を買った・・・・ね。
そんな事を知っている人はかなり限られる。
「・・・・天神 智基、なんか色々と凄い奴だな」
「・・・・うん、そうだね」
僕は、天神の背中を見ながらそうポツリと言うと、片手で持っていたグラスの中身を飲み干した。
◇
「あぁ・・・・疲れた」
僕はホテルのベッドに身を預ると、天井を見ながらそう呟いた。
あの宴の後、僕はしっかりとハインツさんたちに怒られた。いや、ハインツさんというよりかは副リーダーのミラーさんと、規律に厳しいと噂のブルスト・イングラーさんに。
むしろ、ハインツさんはアホみたいに笑っていた。その態度がより一層、二人のお叱りを強めていた。
「だから、言ったろ。手を出すなって」
「・・・・そうだけどさぁ」
「・・・・それで、どうだった? 歩から見て」
「・・・・うん、ヤバいよ。全体的に、めっちゃ強い。特に、インドネシアとアメリカ、イギリス辺りは別格だね」
僕はそう答えた。あの後、僕たちは宴で色んな人と話をした。理由は明白、代表たちの強さをアバウトに知っておく為だった。
話している内に実際に見て思ったのは、今言ったこの三ヶ国の強さは他と比べて別格という事だった。
黒級がいるイギリス、アメリカはともかく、インドネシアは異常と言えるほどだった。
「インドネシア・・・・。あぁ、あの英雄がいる所か」
インドネシアの英雄、それは黒級三人の名前と同じくらい、いやそれ以上かもしれないほどに有名な人物の仇名であった。
彼が行ったのは至極単純で、それでいて成し遂げる事がほぼ不可能に近い事。
それは、金級ダンジョンの暴走をたった一人で防ぎ切った事であった。正直、人ができる事じゃない、少なくとも僕が知る限りでは異能力持ちのエドワードたち、あとはハインツさんくらいしか出来ないだろう。
「・・・・うん。正直、あの人ハインツさんと同じくらいの強さなんじゃないかな」
何ならハインツさんよりも・・・・。条件付きでハインツさんよりも強い気さえする程であった。
異能力・・・・では無いはずだけれど、イレギュラーなのは間違いない。それも、ノア以上の異常性を備えた能力。
「へー、そりゃあ心強いな。そんな人たちが仲間なんてさ」
本当に、仲間ならそう思う。冒険者の中に無銘教がいない保証なんて一つもない。もし、そんな人たちが無銘教だったら。考えるだけでゾッとする。
そういう意味では、世界戦線は全くとして気を抜くことは出来ない。
「・・・・うん、それはそうだね」
ベッドで、今日いた冒険者たちを思い返した。今の僕の力は、世界戦線内だと真ん中くらいだろう。
・・・・いや、装備が完全に整っている状態なら分からないか。僕も含め、全員が自分専用の装備を持っているはず。それを踏まえれば、力の推定なんてハインツさんレベルの圧倒的すぎる力が無ければ意味をなさないだろう。
「まぁ・・・・、今日は寝るか」
「そうだね。ほんと・・・・、イギリスで慣れないことばかりだしね」
ノアのその言葉に頷くと、僕は深く考えることを辞めた。
そして、部屋の電気を消して眠りにつくのだった。
お久しぶりです。今年も夏が暑いですね。
更新がとても遅くなりました。
何はともあれ、これで4章の開幕です。世界戦線、騎士王のダンジョンは結構前から書きたかった章なので楽しみです。
なるべく早く更新できるようにしていきますので、今後ともよろしくお願いします。
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