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幕間 戦いの跡ははっきりと。

僕がレヴェルへと向かう数時間前、僕とノアは中央病院に訪れていた。


「あぁ、すまないな。君たちも忙しいだろうに」


ドアをノックしてから中に入ると、凛理が少し驚いたような顔をしてから、そう言った。


「・・・・いえ、大丈夫ですよ」


ノアと僕は元閃光のメンバーであった二人のお見舞いに来ていた。

御世辞にも二人は、無事というわけではなかった。パッと見えるだけでも、凛理は眼に包帯を巻いているし、高雅に至っては五体が満足なわけでも無い。それに、能力が元よりも大幅に減衰しているらしい。

医者曰く、その減衰度は、冒険者として生きて行く事は、ほぼ不可能な程であった。


「・・・・二人とも、ニュース見たよ。凄いことになってるね」


右眼に包帯を巻いた凛理がはにかんでそう言った。


「あー・・・・、そうですね。正直、荷はかなり重いですけどね」


僕とノアは少し苦笑いしてそう答えた。実際、未だに驚いている事に何も変わりはなかった。

既にニュースで大々的に取り上げられた今、連日の報道陣の取材や様々な人たちからのメールなどが驚きを落ち着かせてくれなかった。


「ははは、まぁそうだよな。・・・・それにしても、大変だったな」


高雅が僕たち、もとい僕を見ながらそう言った。僕がやった事を知っているのか、それともただ僕の顔を見てかは分からないけれど、どこか悲しそうな眼でそう言った。


「・・・・それはお互い様ですよ。それに、僕は恵まれている方ですよ。後遺症とか、特段大きな怪我をしたわけじゃ無いですから」


少し僕は苦笑いしてそう言った。でも、僕の言うように、僕自身の身体は五体満足で何かが欠けたわけでもない。それは恵まれていると言っても過言では何ら無かった。


「はは・・・・。そうだな、大変だった・・・・」


「・・・・どうするんですか? これから」


この質問はとんでもなく失礼なことだと言うのは理解してる。だけど、聞かずにそのままではいられなかった。

下手したら、この人たちは最悪の選択をするかもしれない。もし、そうであるならどんな手を使ってでも止めなければならなかった。


「おい、歩———!」


ノアが空気を読めない僕の発言を諌めるように少し怒っていた。


「良いんだ、ノア君。・・・・そうだね。私たちはパーティーも消えてしまったし。この通り、身体も全て元通りになる訳じゃ無い。まぁ、冒険者から一般人に代わるだけだよ」


凛理はそう言うと、高雅の盛り上がっていない布団へ視線を送った後、包帯が巻かれた左眼をさすっていた。


「・・・・それは、残念な事ですね」


「そうだな。けど、後悔はして無いさ」


高雅は、はっきりとそう言い切った。高雅の顔の後悔の色は、その言葉通り限りなく薄かった。


「・・・・」


「あの時、無理してなかったら俺たちは確実にバーターを倒せないまま死んでた。それじゃあ、死んでったアイツらに顔向けできないからな。代償があろうと仇を討てた。後悔する要因なんて何一つないさ」


そう言い切ると、高雅は笑っていた。


「強いですね。・・・・尊敬しますよ、一人の人間として」


後悔が無い、なんて事は絶対に無い。どんな結果になろうと、後悔は必ず付き纏う。

でも、この人たちはその後悔を糧にしていくんだろう。それは想像する以上に重い足取りで、想像よりもずっと過酷な事だ。けれど、この人たちはその障壁を乗り越える。もしかしたら、もう既に乗り越えているのかもしれない。それは、あまりにも辛かったことであろう。

この人たちは僕には無い、強さを持っていた。


「! ・・・・ははは、それ前にも聞いたな」


「あー、そうだね。・・・・そう言えば、あの人はどうしてるんだろ。って言うか、何だったんだろうね」


凛理が高雅の言葉に反応してそう言った。


「? ・・・・誰か来ていたんですか?」


「ん? あぁ、バーターとの闘いの時に俺たちを助けてくれた人でな、名前が確か・・・・マリー———」


「! マリー・アルスフィア! まさか、その名前じゃないですか?!」


まさか、二人からマリー・アルスフィアの名前が出てくるとは思いもしなかった。その名前の持ち主は、今の僕にとって一番情報が欲しい人物だった。


「! なんで、刻藤君がその名前を知ってるの?」


「詳しく教えてください! もっと、その人について!!」


僕は椅子から勢いよく立ち上がると、高雅へと詰め寄った。


「・・・・詳しくも何も、俺たちもほんの少し話しただけだから・・・・」


少し、焦りすぎた。前のめりになって高雅に迫った。多分、鬼気迫る勢いで聞こうとする僕に、高雅は少し引いてしまっていた。


「それでも良いです! 何か、アイツについて教えてくれませんか?!」


「あ、あぁ。分かった、俺たちが知ってる範囲で教えるよ」


「・・・・けど、なんで刻藤君はそんなに彼女のことを知りたがってるの?」


当然の疑問を凛理がぶつけてきた。それに、さっきまでの僕の反応を見て疑問を抱かない人はいないだろう。


「・・・・」


僕は急に黙り込んだ。普通なら、マリーの情報を欲しがるなら、その対価として僕が何で情報を欲しがってるのかを教えなくちゃいけない。けれど、これはやたらと吹聴して良いものなんかじゃない。これを言う事で命に関わる可能性は低くは無い。


「歩・・・・」


ノアは急に黙り込んだ僕を心配するかのように声を掛けた。


「・・・・分かってる。・・・・虫の良い話だとは思ってますけれど、詳しくは言えないです。ただ、僕とマリーとの間には切り離せない因縁があるんです」


遠回しな警告。僕が言えるのはこれが限度だった。優柔不断と言えば、そうかもしれない。だけど、僕はノアたちに話して良いのか分からなかった。


「・・・・。よく分からないけど、詮索はしないでおくよ。お互い、そうした方が良さそうだしね」


凛理は僕の言葉を聞いてか、表情を見てか、これ以上は聞くべきでないことを察してくれていた。


「・・・・はい」


「それじゃあ、後でマリーさんのことについては連絡するよ。・・・・それよりも、俺たちの愚痴を聞いてくれよ」


そう言うと、高雅は自然に話を変えた。妙に辛気臭く、暗くなった空間をどうにか和ませようとしていた。


「・・・・そうですね、時間も有りますし。聞かせてくださいよ」


少しだけ笑った後、僕たちはたわいの無い事を話すのだった。


歩たちが高雅たちの見舞いに向かう少し前、ダンジョン組合にマスターである龍羽もまた、冒険者への見舞いに来ていた。


「・・・・さて、説明して貰おうか。何が起こった?」


病室のベッドの横で、頬杖をつきながら龍羽は蓬莱へと聞いた。


「・・・・俺が聞きてぇよ」


点滴を左腕につけたまま、窓から外を見ながらタバコを吸っていた蓬莱は龍羽の顔を見ることなくぶっきらぼうにそう言った。


「・・・・。何があったら、あれだけの冒険者が死に、生き残った者もほぼ全員がトラウマを抱えるんだ。しかも、全員が銅級以上、手練れと言って遜色ない奴らが、だ」


龍羽は見るからに、顔色が悪かった。それは無銘教によって数多くの仲間を殺された事、目元の隈を見るにほとんど眠れていないのだろう。


「・・・・また、無銘教だよ」


ポツリと、窓の方を向いたまま蓬莱がそう言った。


「・・・・それは既に聞いた。辛いことは承知で聞く、詳細を教えてくれ」


「・・・・奴は、無銘教のNo.6だと言っていた。名前はナガカミ シイラ。闘った・・・・いや、逃げていて分かったのは、奴の能力は楽器を通して殺傷能力の高い攻撃を飛ばしてくる」


眼を閉じてそう口を開いた。今でも、蓬莱の瞼の裏にはあの地獄が焼きついている。

誰も守れない、一瞬のうちに冒険者が両断され、物言わぬ人形へと成り下がっていった。

身体が震える、思い出すだけで心の底から凍りつくような恐怖が未だ存在していた。


「一人か?」


「あぁ・・・・。たった一人、それで俺たちは壊滅させられた。あれはもう、俺たちなんかが対処できるような存在じゃ無い、人外の域だ」


蓬莱は皮肉を言うかのように、まるで自分を嘲笑するかのようにしてそう言った。『人外』、たったその一言に蓬莱の感情が全て纏められていた。

少なくとも、自分たちが相手にすることは絶対に不可能な領域。金級のトップや、黒級らの化け物たちの領域にナンバーズはいた。


「・・・・無銘教・・・・、アイツらは本当に何が目的でこんな事をする・・・・?」


呟くように、龍羽の口から言葉が漏れた。


「・・・・龍羽、無銘教の奴らを同じ人間だと考えるな。アイツらは俺たちの尺度では測れない、得体の知れないナニカだ」


タバコの先についた灰を落として、龍羽に向かってそう言った。

蓬莱の言っていることは正しい。無銘教、特にナンバーズは普通じゃ無い。得体の知れないナニカ、それは実に的を得た表現だった。

無銘教を相手にする、それ即ち相手を同じ人間だと思わない。それが出来なければ真に対等に戦うことは不可能であった。


「・・・・そうだな。はぁ・・・・、すまなかったな入院中に。今はゆっくり休んでくれ」


一つだけ心の底を吐露するかのように大きなため息を吐くと、龍羽は椅子から立ち上がった。


「・・・・難儀だな」


「本当にな」


龍羽はそう、複雑な表情を浮かべながら苦笑いすると、病室を出て行った。


「点滴を交換するお時間ですよ・・・・って、またタバコ吸ってるじゃ無いですか!! 何度も禁煙だって言いましたよね?!」


龍羽が出て行ってから少しして、看護師が病室へと入って来た。

窓辺に立ちながら、タバコを吸っていたのを見ると、蓬莱の元へと慌てながら駆け寄って行った。


「・・・・はいはい」


蓬莱は少し煩わしそうにしながら、灰皿にタバコを押し付けると、甘んじて看護師の説教を受け入れるのだった。


レヴェルへと歩が向かった一日後、ノアはある場所へと訪れていた。


「・・・・何かあるとは思っていたが、珍しい客だな」


未だ昼間であるのに、瓶に入ったブランデーを右手に持ちながらハインツがそう言った。


「・・・・あまり驚かれないんですね」


「まぁな。色々と聞きたいことはあるが、第一にここにきた理由は?」


ハインツは机の上に脚を乗せたまま、ノアを横目で見ていた。


「・・・・僕は強くならなくちゃならないんです」


瞳に陰を落としながら、ノアがそう言った。


「・・・・何のために? 君の能力は戦い用じゃ無い。けれど、回復としては今すぐに特例で黒級にしても良いくらいの超一級だ。君が戦う必要も、前に出ることすら必要は無いと思うが」


ハインツのその問いは実にまともだった。ノアの能力は完全な回復系。高雅のように防御系であれば攻撃にも転じることが出来るものはある。けれど、ノアの能力は攻撃に転じることは不可能。

けれど、弱体化したとはいえ、その圧倒的な回復能力は唯一無二であり、回復役として後ろにいるだけでその存在は十全に発揮出来る。

前に出ることも、ましてや戦うなんて事は無縁であるはずであった。


「・・・・そんなことは分かってます。けど、僕が一緒に戦えていたら、僕が圧倒的な強さを持っていたら、アイツがあんな風になる事は無かったかもしれない」


「・・・・刻藤 歩か」


ハインツはノアの言葉をそう言い直した。ノアが危険を犯して、する必要のない事をしようとするその理由は刻藤 歩のため、その一点であった。

歩は少しずつイカれていっていた。心の底、自分自身で認知できない部分で、無くてはならないものが少しずつ剥がれ落ちていた。それは異能力の弊害か、殺人という行為へのストレスからか、はたまた別の理由なのか、それはノアには分からない。

だけど、間違いなく、これだけは言える。歩が一人きりで戦う事を続けていなければ、共に友達として戦い、横に立つことが出来ていればあそこまで自分を追い詰めることは無かった。


「・・・・はい。僕は仲間として、アイツの一人の友達として、見過ごせないんですよ。アイツだけが何かを背負い続けている、それをただ見ているだけなんて僕には出来ない」


ノアは肝心なところで力になれない自分が嫌だった。戦闘力は皆無で、逃げ隠れすることしかできず、肝心の能力も死人を生き返らせるなんてことは出来ない。

だから、ノアが選んだ選択は少しでも戦えるようになることであった。


「・・・・ハハ、彼は本当に仲間から思われているんだな」


「・・・・そんな高尚なものじゃないですよ。ただ、友達が苦しんでる、それを見過ごす理由は無いでしょう?」


「・・・・そうだな。良いだろう、その申し出を受け入れよう」


ハインツは空になった瓶を机の上に置くと、笑ってそう言った。


「! ・・・・ありがとうございます!」


(「・・・・それにしても、無銘教と刻藤 歩。なんの繋がりがあるのか・・・・」)


真顔に戻ったハインツは口に出すことはせずに、そのことに関して頭を巡らせた。ハインツは無銘教の事について独自に伝手を多用して調べていた。そして、調査をすればするほど、不自然過ぎるほどに刻藤歩と無銘教との繋がりが色濃く出て来る。

未知の敵と、未だ十八歳の少年との繋がり。それは、あまりに不可解で謎であった。



「結果は?」


計十台に及ぶモニターを前にして、休む事なく指を動かし続けていた眼鏡の男へと宗一郎が声を掛けた。

眼鏡の男は寝る事すらしていなかったのか、眼は充血して顔も少しげっそりとしていた。


「はー・・・・、やっと見つけましたよ」


宗一郎が話しかけてから少しして、慌ただしく動かしていた手を止めて、眼鏡を外した。

顔を拭うかのように両手で覆うと、背もたれに大きく寄りかかって大きなため息と共にそう言った。


「そうか、やはり・・・・」


「えぇ。奴らの拠点は魔境として有名なアマゾンダンジョンですよ。どうやら、日本に集中的に攻撃を仕掛ける事で他の、特に海外のダンジョンから目を逸らさせていたようですね」


アマゾンダンジョン、それは魔境と呼ばれる全地帯ダンジョン化した場所であった。

ダンジョンそのものの難易度は最低で金、それに加えてアマゾンの気候や無銘教の要素を加えたら難易度は黒以上の測定不能とまで言える。

超危険地域に無銘教の本部は存在していた。


「・・・・もう一つについては?」


「そっちも貴方の言った通り。間違いなく、各国家権力の中枢に無銘教が絡んでます。色々と探って分かりましたけど、国家の内部情報に微かな痕跡がありました。向こうにも相当優秀な奴が居るっぽいですね、上手すぎる程に巧妙に隠されてます。

確実に世界中の政府の一部と無銘教は繋がってる。これは日本トップのハッカーである俺が断言します」


マウスでパソコンのファイルをクリックして、中の情報を見せながら、ハッカーである雅舟 荘司が言った。

何を持って日本一と言うかは曖昧ではあるが、荘司は世界各国の国家内部の情報までハッキングすることが出来る力を持っている。少なくとも、荘司が言うように、日本トップもしくはそれに近い力を持っていることは正確であった。


「・・・・この事については?」


「誰にも。それに、これは公にして良いものじゃ無い」


超危険集団である無銘教と、世界中の政府が繋がっていると言う情報は証拠と共に公開すれば、大混乱を世界規模で招く事は容易に想像出来る。

だからこそ、荘司は未だ誰にも話していなかった。


「誰がつながっているのかまで特定しているか?」


「残念ながらそこまでは。・・・・けど、各国家に一人だとかそう言う話じゃ無いのは確実ですよ。少なく見積もっても、一つの国に百だとかそう言う単位です」


一つの国に最低でも百人。それは全世界で考えると、千人ですら少ない数が無銘教と繋がっている事となる。その事実だけで、無銘教というものがどれほど大きいのかが嫌でも理解出来る。


「そうか・・・・分かった。・・・・素性や、背景は無視して良い。お前が適正だと思う人物を全世界から三十人選んでくれ。要請は俺がする」


「・・・・! まさか!」


「あぁ、俺が出る。俺の弟子に手を出したんだ。そのツケは師匠である俺がキッチリと取る」


そう言う宗一郎の言葉には殺気が篭っていた。


「・・・・そうですか、でも良いんですか? 世界戦線から離脱することになると思いますが」


「・・・・しょうがないだろう。それに関してはハインツたちに任せるさ」


「そうですか。弟子の事を可愛がりすぎですね」


「・・・・そうかもな。アイツは何事も投げ出さなかったからな。そんな弟子がいれば嬉しいもんだ」


宗一郎はそう言うと、少し笑った。


「ハハ、そうですか。・・・・でも、本当に気を付けて下さい。無銘教は、未知数だとかそんな次元じゃないですよ」


「・・・・分かってる。準備、予測、全てを完璧以上にまで行うさ」


「・・・・こんな事を言いたくはありませんけど、それを行った上でも、土俵に立つ事すら、足りないかもしれないですよ」


荘司は眼鏡を掛けてそう言った。荘司は無銘教をこの一ヶ月間調べ続けていたからか、表面層だけだとしてもよく理解していた。


「・・・・・・・・そうだな」


少しの沈黙の後、宗一郎は小さくそう答えたのだった。


「さー、おじさんたち。紫龍へようこそ」


「・・・・まさか、こんな所にあるとはねぇ」


紫龍の本拠地はダンジョンのすぐ側にあった。ダンジョンといっても、難易度は金の泰山ダンジョン。アマゾンダンジョンらに比べれば程度は低いものの、泰山付近一帯がダンジョン化している場所であった。


「・・・・ヤンさん、後で殺されるとか無いですよね・・・・?」


「基本的には無いと思うけどね。このご時世、簡単には裏の人間が補充されないしね」


「よく分かってるね。その通り、殺されることは無いよ。まぁ、死の危険が常にあるくらい危険ではあるけど。・・・・でも、そんなの前からでしょ?」


「・・・・それは・・・・そうだな」


「はい、敬語を使ってくださーい。弱い後輩の癖にタメ口で話さないでくださーい」


ワンが呟くようにそう言ったのをリンは聞き逃さなかった。冗談で言ってるのか本気で言ってるのか、リンはそう言った。


「・・・・はい」


「ふふ、宜しい。んじゃ、私はここまでかな。後はリィさんに頼んでるから」


少し広めの部屋に入ると、後ろを振り返ってリンが二人にそう言った。


「「?」」


「頑張ってねー、二人とも」


リンはそれだけ言うと、影に潜って一瞬で二人の前から姿を消した。


「「!!」」


「・・・・、お前らか。ようこそ紫龍へ」


「っ・・・・、これは、やっばいねぇ・・・・!」


リンの代わりに二人の前に現れたのは得体の知れない人間だった。真っ黒、否、闇そのものが人の形をとったかのような、化け物と呼ぶのも生温い程の圧倒的な力を持った人間。

二人はソレの圧を真っ正面から受けていた。身の毛のよだつ、背筋が凍る、そんな言葉じゃ形容出来ない重圧が止まることを知らずに襲いかかっていた。


「紫龍に入る条件は何か。・・・・それは紫龍からのスカウトに加えて、俺が実力を認める事。簡単だろ?」


「ノー、とはとても言えなさそうだねぇ」


二人に否定という選択肢は用意されていなかった。


「準備はして良いぞ」


「ふー、やるしか無いね」


「・・・・嫌なんですけど、ずっと寒気が止まらない・・・・!」


「生憎、それは僕も同じだよ」


「安心しろ、死んだとしても何とかなる」


「・・・・余計やりたくなくなるね・・・・」


死んでも何とかなる、それは言い換えれば死なせるまで追い詰めるという事であった。


「俺にはあまり暇な時間が無いんだ。早く構えろ」


「・・・・ヤンさん、行きますよ」


「あぁ」


二人は覚悟を決めたように、未だ恐怖の対象であるリィへと構えた。


「何処からでも来い」


「・・・・紫龍へのリベンジ戦と行こうか」


ヤンはそう言うと、即座にリィの足元を液状化させた。ヤンの能力は設置している範囲内であればノーモーションで変化を反映できる。いくら化け物の器であるリィといえども初見でノーモーションであれば僅かながらに裏をかくことができる。


「抜刀!!」


リィの足元が液に呑まれるとほぼ同時に動き出していた。


「遅いな、それじゃ通用しないぞ」


けれど、それはリィにとっては遅く、減点対象だった。


「攻撃を当てたいならもっと速い段階で動け。誰にも当たらんぞ、こんなのは」


ヤンの能力は決め手には欠ける代わりに、サポート・奇襲として使う分にはかなり有用であった。特に、発動がノーモーションかつ即座に変化できるのが強みだった。だからこそ、決め手となる攻撃者はそれに合わせた攻撃が必須であった。

今はヤンがワンの攻撃を当てるための補助を行なっている。本来なら、殺すための補助をしなければならない。

その点で言うと、今のワンはヤンの能力に対して百パーセント応えることが出来ず、端的に力不足であった。


「ッ・・・・!」


闇磔(あんたく)


「!! がぁっっ・・・・!」


抜刀された太刀をいとも簡単に掴んで握り砕き、ワンの身体に僅かに触れた。

その瞬間、ワンの身体を闇が埋め尽くし、十字架に縛り上げた。


「お前は分かった。能力の見所はあるが、未熟すぎてダメだな。そこで痛みと共に見ておけ」


「・・・・そんな簡単に・・・・」


冷や汗を流しながらヤンは呟いた。


「実際、簡単だからな。・・・・さて、ヤン。お前の力はどうだ?」


「・・・・僕はそこのワンよりも弱いけどねぇ」


「それは無い。・・・・俺がお前を知らないとでも思うか? 鮮血のヤン・ユートン」


含みのある言い方で、リィはヤンの二つ名と共にそう呼んだ。


「・・・・久しぶりだねぇ。もう十五年ほどそれは聞いてこなかったんだけど」


ヤン・ユートン、二つ名は鮮血。二十年前の裏業界で起こった事件に起因するその二つ名は、普段のヤンからは想像出来ないものであった。

彼は、今は亡き闇に葬られた過去の中国暗部 罸虎の構成員の一人であった。


「本気でやれ、ヤン」


「・・・・そうだねぇ」


闇刀(あんとう)光噛(こうがみ)


「やろうか」


リンが戦った時に感じていたように、あの時ヤンは本気で戦っていなかった。ほぼ間違いなく自分たちを殺さないと言う確信があったからこそ、あの時は本気を出す必要がなかった。

けれど、今は違う。リィは期待にそぐわなかったら容赦なく殺してくるだろう。だから、ヤンは本気で戦う事を余儀なくされた。


「有名なお前に、敬意を表して戦おう」


「・・・・倒せるかな、これで」


「!!」


リィが真っ黒な刀を構えた瞬間、ヤンは目と鼻の先まで接近していた。一瞬だけ遠目でリィが見たのは、ヤンがもともといた場所の地面がバネのようにしなっていた事だった。

ヤンの持つ武器は三節棍。至近距離から振られた多節棍はその先端は音速を超える速度でリィへと襲いかかった。


闇穴(あんけつ)———!」


けれど、それは強制的にその軌道を外された。フーがユゥとの戦いの時に使ったようにして相手の攻撃を黒い穴へと吸い込ませた。

そして、攻撃が外されると同時に後ろへと退いていたヤンへと追撃を行いかけたところで違和感に気付いた。


「動けないよ」


リィの足は沈み込んだ瞬間に元の性質に戻り、足を地面の中に封じ込めた。


「沈ませるだけじゃないのか」


「まぁね。てっきりあの女の子から聞いていたと思ったんだけどね」


「・・・・武器はこれだけじゃないだろ?」


リィの黒穴に呑み込まれた三節棍は塵のように分解されて、残った部分が地面へと落ちた。


「そうだね」


そう言うと、ヤンは懐から二本の棒を取り出して先端同士を合わせて一本の長い棒に変えた。


『接続・変形』


機械音が響くと、接続された二本の棒が斧へと瞬時に変化した。


「斧に三節棍、前は小刀・・・・。全武器の心得があるということでいいか」


「・・・・まぁね。そうじゃないと()()()()()()()()()でしょ」


「・・・・良いな」


リィは笑うと、自らの足の部分の地面を丸ごと闇を纏わせて消し去った。


「汎用性が高いねぇ。その闇は」


「俺もこれは気に入っているんでな」


「・・・・そう、かいっ!」


ヤンは話している途中に、さっきと同じようにしてリィの目前へと迫った。

寸前までヤンの身体によって隠された斧が横一線に振りかぶられた。


闇盾(あんじゅん)


ガキっと音がするとともにヤンの振り抜かれた斧が真っ黒な盾に防がれていた。

盾からはもやのようなものが漏れ出て、形が揺らいでいた。


「! ・・・・闇って何だろうと思ってたけど概念的なものなのかな・・・・?」


闇で出来た盾を壊せないことを一瞬で悟ると、ヤンは追撃をする事なく潔く距離を取った。


「・・・・大正解。俺の指す闇っていうのは形を持たないものだからな」


リィは今回は追撃を行おうとはしなかった。足元は見るまでもなく、また埋まっている事を理解していた。


「・・・・さて、どうしようかな。斧じゃ有効打を与えられなさそうだね」


そう言うと、ヤンは両手で持っていた斧を折るようにして接続を解除すると、二本の棒へ戻して懐へとしまいこんだ。


「降参でもするつもりか」


「・・・・まさか。勝てるイメージは無いけど、何処まで通用するかは知りたいからねぇ」


「殺す気でいいぞ。むしろお前はその方が本気を出せるだろ」


「そう・・・・だね」


少し眼を閉じてから息を吐いたヤンは両先端に三日月状の刃がついた武器を手にした。


「珍しいな」


「・・・・僕のお気に入りだよ」


「ふ・・・・。なら、俺も本気だ。闇纏(あんてん)


リィの全身を真っ黒なもやが埋め尽くし、徐々に鎧のようなものへと姿を変えた。顔まで闇が覆うと、真っ黒な武者がヤンの前に現れた。


「!」


リィの全身が鎧を纏った直後、ヤンが走り出すようなモーションと同時にヤンとリィとの間に大きな壁が地面から飛び出した。


光塵(こうじん)


リィの動きは速かった。壁が成り立った瞬間にリィは光噛でその壁を斬り裂いていた。壁の向こう側にいるであろうヤンの身体ごと両断する勢いで壁を斬り裂いた。


「これ如きで何が———!」


「想定以上の力だね。・・・・けど、これには関係ないよ」


壁を斬り裂いたリィが向こう側に見たのは、両断されたヤンの姿では無かった。ヤンはリィの元へ駆け出してはいなかった。

リィが見たのは、さっきよりも少し離れた場所で対物ライフルであるバレットM82の引き金に手を掛けたヤンの姿であった。


「・・・・ふ、流石」


リィが少しだけ笑った刹那、バレットM82が唸り声を上げた。

壁をいとも簡単に粉々に破壊し、超高威力の弾丸がその先の闇に直撃した。距離は僅か二十メートル近く、その距離からのバレットM82の弾丸は気づいた時には既に当たっている。そしてそれは、リィも例外では無かった。

弾丸が直撃してすぐに砂煙が舞い上がり、辺りを漂っていた。


「倒せて・・・・いないんだろう?」


手応えはあったものの、それで倒したという確信は全くヤンには無かった。


「・・・・あぁ」


その答えと共に、砂煙をかき分けて姿を現したのは、左腕が消し飛んだリィであった。けれど、違和感はリィの無い左腕からは一切の血が流れ落ちていない事だった。


「君は、本当に化け物なのかな?」


「心外だな。片腕が消えただけだ」


「・・・・本当に消えたのかねぇ」


「・・・・あぁ、消し飛ばされてはいるぞ。ただ、俺自身限定だが、この闇は身体構成材料になるからな」


ヤンの放ったバレットM82の弾丸は確かにリィの身体に大ダメージを与えていた。けれど、リィはあまりに規格外なだけであった。


「うーん、十分に化け物だねぇ」


「久しぶりだ、ここまで一方的にやられたのは」


「・・・・躱す気も無いくせしてよく言うよ。全部の攻撃を受ける気だったんでしょう?」


ヤンは呆れるように、ため息混じりにそう言った。

普通なら躱せるような所を躱す素振りを見せない、そもそも足元の氷を一瞬で破壊できるような奴が追撃をしようとしない時点でおかしい話だった。


「・・・・さぁな。面白かった礼だ、俺もお前にお返しをしよう」


リィはヤンの問いに答える事なく、口角を吊り上げてそう言った。


闇界(あんかい)


「ッ・・・・!」


一瞬だった。素の力に白旗が上がっていたヤンは駆け引きの技術と能力を最大限に活用する事でリィを追い詰めていた。けれど、そんな小細工が無意味と思えるほどにリィは規格外であった。

リィが再生した左手を握り込むと、一瞬で辺り一帯を闇が支配した。


「・・・・ッ、まさ・・・・に規格外・・・・だねぇ・・・・」


覆い隠していた闇が消えると、傷だらけのヤンの姿があった。さっきまで傷一つ負っていなかったヤンはボロボロで立つ事が精一杯なほどであった。


「・・・・よく耐えたな、やはり流石だ。ヤン・ユートン」


少し驚いたようにリィがそう言った。リィの予想では、死ぬ一歩手前か、既に気絶しているかくらいであった。

けれど、ヤンは意識を保ったまま耐えていた。それはリィにとって感嘆に値する事だった。


「それ・・・・は、素直にありがたく・・・・受け取っておくよ・・・・、けど・・・・もう、限界・・・・かな・・・・」


そして、ヤンは気絶して地面に倒れ込んだ。


「・・・・ヤンは即戦力、ワンは鍛え直しだな」


リィはそう呟いて、身体に纏っていた鎧を解いた。

そして、思い出したかのように、磔にされていたワンの方を見ると、パチンと指を鳴らして拘束を解いた。


「ッ・・・・、くそ・・・・」


磔から解かれたワンは膝から崩れ落ちると、そのまま意識を手放したのだった。


「・・・・世界戦線、俺たちも送り込むか・・・・」


リィは倒れた二人の身体を闇で掴むと、歩きながら思案するのだった。


レヴェル 本拠地


「・・・・なるほど、柳生 宗一郎が出るのか」


「びっくりだよねー、てっきり柳生は世界戦線に行くとばっかり思ってた」


本拠地に戻ってきていたマリーは外で収集した情報を会議室のような部屋で集まった全員に伝えていた。


「足りると思いますか? エドワードさん」


深刻な顔をしたまま、マリーの話を聞いていた甚平がエドワードに尋ねた。


「全く。柳生単体では話にならない。せめて、ハインツとセットの上で環境が整ってやっとナンバーズらとの戦いの土俵に乗れる」


悩む時間すら見せずに、エドワードは即答した。けれど、それはレヴェルにいる人間なら全員がそう答える。規格外の力を持つレヴェルですら、それほどまでに無銘教を強い存在と認識していた。


「・・・・ま、そうですよね」


「じゃあ、どうするの? 見殺しは流石にないでしょ。柳生 宗一郎が消えるのは結構痛いよ?」


マリーは目の前のテーブルに突っ伏しながらそう言った。

異能力を持つマリーたちからしてみても、黒級であり日本トップクラスの力を持つ宗一郎を失うのは痛いようだった。


「・・・・俺が行く。マリー、甚平、アイリス、お前らも来い。最悪の事態になったとしても逃げる事はまだ可能性があるだろう」


少し考えてから、エドワードはそう答えた。それは、今まで隠してきたレヴェルという存在を公に出すという事であった。


「了解」


「はいはーい」


エドワードのその言葉に否定する事もなく、三人は頷いた。


「って事は、エドワードが向こうに接触するって事でいいのかな?」


「しょうがないだろ。俺たちの存在の秘匿性と柳生、その二つを天秤に掛けたとき傾く方は明白だ」


異能力という強大な力を持つ集団がいることを公にすることには色々なリスクがある。けれど、それを考えても宗一郎を失うのはあまりに大きかった。


「それに、それだけをしないと日本以外の国に応援要請が通じない可能性があるからな」


エドワードの言う通り、黒級の宗一郎が応援要請をしたとしても、各国の冒険者たちがそれに必ず応じるという保証は無い。

だからこそ、エドワードたちが現れる事で、取り引きの利益を少しでも上げる事は理にかなっていた。


「了ー解」


「・・・・これでこの話は終わりだ、アイリス、甚平、マリーには後日詳しく伝える。今は・・・・、刻藤の事を済まさなければな」


エドワードがそう言うと、会議室にいた全員が部屋から出て行った。


「そーだね。・・・・この話は刻藤君には話さなくていいんでしょ?」


部屋から出る直前で後ろを振り返ったマリーはエドワードにそう聞いた。


「勿論。それで無銘教に乗り込まれたら元も子もないからな」


レヴェルは既に知っていた、無銘教の目的は刻藤 歩を確保するという事を。そのために、歩を強く、誰にも負けないような絶対的な強さを求めているのだった。


「おっけー」


そして、会議室からマリーが出ていった。後に残ったのはエドワードとアイリスだけだった。


「はぁ・・・・、めんどくさい事になったね・・・・。死ぬ準備はしとくべきかな」


部屋にエドワードと自分だけになると、大きなため息を隠すそぶりすら見せずに吐いた。


「・・・・縁起でもないことを言うな、と言いたい所だが。・・・・そうかもしれないな」


エドワードもアイリスも、無銘教と正面から戦って無事に終わらない事を既に予想していた。

最悪なのは全滅、良くても誰かが犠牲になる事は覚悟しておかなければならなかった。


「平和なんて、所詮は仮初でしか無いのかねぇ。少年に託すことしかできないなんて、あまりにあの子が可哀想だ」


「・・・・そうだな。それならやはり俺たちは死ねない、託す事だけをしないためにもな」


「・・・・それでも腕の一、ニ本くらいの覚悟はしとくべきだねぇ」


アイリスはそう言うと、足取り重く部屋から出て行った。


「・・・・ライ、今度こそお前を・・・・」


昔を思い返すかのように、瞳を閉じたエドワードは強く拳を握りしめたのだった。



「・・・・それで、本当にそれで良いのでしょうか?」


薄暗い、月明かりしか入っていない空間でライはあの御方と通信越しに話していた。


「良いよ、あの子は捨てよう。そっちの方が有効活用できそうだからね。それに、冒険者たちには一度勝てた、という感覚を植え付けておいた方が都合が良いかな」


あの御方は即答でそう答えた。あの子、というのが誰を指しているのか分からないが無銘教の幹部以上であることだけは確かだった。


「御心のままに」


「それじゃあ後は宜しく頼んだよ。私は・・・・少し眠る」


「了解致しました」


ライの返答を聞くと、あの御方は通信を切った。


「・・・・七瀬はいるか」


「ハッ、ここに」


ライがそう虚に問うと、片膝をついて頭を下げた薄く青がかった髪色の男が現れた。


「・・・・例の計画を実行に移せ。俺を含め、ナンバーズ九人分の複製体を完成させておけ」


「承りました」


「それと、無銘教の雑兵を数千人程度配置しておけ。それくらいあれば十分だろう。細かい判断はお前に任せる」


「承りました。・・・・拷問官らなどは配置しなくて宜しいでしょうか」


「・・・・そうだな。アイツらは配置しなくて良い。複製体と雑兵、そしてアイツの本体だけで十分だ」


「・・・・では、その通りに」


そう言うと、一度も顔を上げることなく一瞬で虚空へと姿を消した。


「・・・・刻、藤・・・・歩・・・・」


誰もいなくなった空間でライはそう呟くと、目を閉じてから暗闇へと歩き出していった。


僕が高雅たちの見舞いから帰ってくると、家の前には悠馬さんの姿があった。


「すまない、刻藤君」


僕の家の居間に入るなりすぐに、悠馬さんがそう言って頭を下げた。

四大財閥・・・・、今は三大財閥となったうちの一角である悠馬さんが頭を下げることにどれだけの価値があるのか。


「あぁ、いや、しょうがないですよ。親御さんたちが許せる事じゃ無いですし」


僕は否定して苦笑いしながら、悠馬さんの頭を上げさせた。もし、こんな事が世に出回ったら、ニュースに出れるなんてものじゃないだろう。


「君一人に背負わせて良いものでは無いし、君一人が背負うものでも無い。これは、私たちの力が及ばなかった。本当にすまない・・・・!」


悠馬さんや、伸治さんたちを含めた一部の人たちは僕の退学に関して全力で抵抗してくれたらしい。けれど、膨れ上がったその他大勢の意見を無視することはできない。特に、日本という社会の中では大勢に反抗することは極めて難しかった。


「・・・・納得してますよ、今回は。むしろ、学校側に対して問題が被らなくて良かったですよ」


今回は前の黄印学園と違って、僕に非がないわけじゃない。

それに、今回のダンジョン実習において、金級である僕が責任を取るべきなのは間違い無い。保護者たちから訴えられないだけまだ良い方だと言えた。


「っ・・・・」


悲痛な眼を悠馬さんはしていた。

理由はよくは分からないけれど、悲しそうな、辛そうな顔で僕を見ていた。


「それに、ちょうど良かったです。冒険者をやりつつ、学校に通い続けるのは僕にはちょっと難しすぎるので」


「・・・・学校は嫌いか?」


「・・・・嫌いでは無いですよ。だけど、普通じゃない僕が行っていい場所じゃないと思います。・・・・僕がいたら絶対に巻き添えを出してしまう」


既に気づいていた。思い上がりなんかじゃなく、悪い意味で僕は普通じゃないことを。

刻帝もハオさんも何も言ってくれないけれど、無銘教は確実に僕を狙っている。

冒険者ならまだしも、学校にこのまま居続けたらもっと大きな事故に繋がる。だからこそ、僕が学校に行かないのは明白だった。


「・・・・君は、・・・・いや、よく分かった。君を退学や中退処分にはしない、休学状態にしておく。高卒認定を別に取っても良いし、何らかの形で学校で卒業しても良い。それは君に任せるよ」


「・・・・ありがとうございます」


悠馬さんは退学という形にする事で、僕の経歴に傷をつくことへの配慮を既に実行していた。

それを断る理由も無い僕はそう答えた。


「・・・・話は変わってしまうが、刻藤君」


机に出したお茶を一口飲んでから、悠馬さんは話を切り出した。


「はい」


「君は世界戦線に行く事が決まっているだろう。・・・・だから、君の防具を宮家と星桜で作らせてもらえないか」


「! 防具を・・・・ですか。でも、僕はもう既に持ってますよ」


「あぁ、それを更に改造する形で、だよ。更に強靭に、君の力へ変えさせてくれないか」


「・・・・願っても無い事です。・・・・でも僕は契約しているわけじゃ無いのに良いんですか」


少しだけ考えた後、僕はそう答えた。今よりも強くなることができるなら、この申し出は願っても無いことだった。それに、天下の財閥二つが協力して僕のを作ってくれるなんて、こちら側からお願いしても承諾されないような夢のような事だった。


「あぁ。それに、君は契約をしない方が何かと便利だろう。・・・・もちろん、契約をしてくれても良いんだけどね」


「・・・・今はまだ契約の事は分からないですけど、防具をお願いしても良いんですか?」


念を押して、もう一度僕は聞いた。契約をしていない人間にこんな事をするなんてほぼ、というか絶対にない事だった。


「あぁ、任せてくれ。世界戦線までに完成させておく」


けれど、僕の思惑とは反対に悠馬さんは笑うと、ぐっとサムズアップした。


「お願いします」


僕はそう言うと、指輪を捻って御面を取り出すと机の上に置いた。


「確かに、受け取った。期待しててくれ」


机の上に置かれた御面を丁寧に受け取って箱の中へ入れると、悠馬さんは椅子から立ち上がった。


「それじゃあ、私は行くよ。お茶、ありがとう」


「いえ、何から何まで本当にありがとうございます」


「・・・・私たちにはこれくらいしか出来ないからね。私も伸治も君のことを心から応援している。何かあったら連絡してくれ」


「・・・・はい、その時は頼りにさせていただきます」


「あぁ」


悠馬さんは笑ってそう答えると、僕の家から出て行った。


「・・・・やっぱ辛い? 歩君」


階段を降りてきたレナが僕の背中越しに、そう聞いてきた。

二階でも話が聞こえてきたのか、それとも聞き耳を立てていたのか。レナはほんの僅かだけ口が震えた後に言葉を出した。


「・・・・・・・・いや。ダンジョンに関する以外の事が僕から無くなって、身体は軽くなったかな」


僕は閉まった扉を見ながら、そう答えた。


「・・・・そっか。私は口出ししないけど、勉強を教えて欲しくなったら言ってよ、多分教えられるからさ」


「・・・・うん、そうだね」


僕はレナへと振り向いて、少しだけ笑ってそう言った。


「・・・・明日から歩君どこか行くんでしょ?」


「うん」


「・・・・じゃあ、今日はご馳走だね。当分会えなくなるんだし」


「・・・・はは、そうだね。うん、ノアたちも呼んでみんなで食べようよ」


「良いねぇ! それ」


僕たちはそんな事を話すと、二人で笑った。束の間のほんの僅かの日常を過ごすのだった。

大幅に更新が遅れました。

一応、これで3.5章は終わりです。次回から4章の世界戦線の話に入ります。3.5章は異能力持ちが出てきましたけど、異能力はもう少しくらいは出す予定です。ちなみに、レティアがあまり出てこないのには理由があります。いずれ、その理由も書いていきます。4章もお楽しみに。


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