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九十五話 弱さを知覚して。

僕は目を覚ますと、もうそこにはエドワードの姿があった。


「‥‥やっと起きたか」


「‥‥。ああ‥‥、はい」


寝起きのせいか、まだ少し頭にモヤがかかったような感じだったけれど、エドワードにそう応えた。


「ふっ‥‥。さぁ、起き上がれ。それと闘う前に、これを食っておけ」


エドワードは、僕に向かってラップに包まれたクッキーのようなものを投げ渡した。


「? これは?」


「うち特製の栄養食だ。それ一つで一日以上、動き回っても問題ない」


「すっご‥‥」


「食い終わったら、構えろ。もう、タイムリミットまで一日もないぞ」


「はぁ‥‥」


栄養食を口の中に放り込んでから、僕は少しだけ目を瞑った。短く息を吐いてから、肺の中に空気を満たした。


「‥‥行こう、刻帝覇王」


満たした空気を吐き出しきってから、エドワードを真っ向から見据えて、封印では無い異能力の名前を口にした。


『『ああ、そうだな』』


僕の中で、二人がその言葉に呼応した。


時間軸認識(並列)/時間軸施行(起動)


「‥‥、そうこなくてはな」


エドワードは少し笑いながらそう言うと、刀では無く両刃の剣を鞘から引き抜いた。


「昨日やられたツケを返してやる」


碧色に染まった両眼で、不敵に笑いながら鬼月を引き抜いた。


「来い」


「時間軸加速×封印:自転 極速」


早い話、僕の異能力は扱うには時間が足りなさすぎた。本来の力からは一段どころか二段以上落ちていた。刻帝と訓練はしたものの、ついぞ扱い切ることは不可能だった。

だからこそ、元々扱っていた封印と異能力を並行して扱うことで、カバーしていたのだった。


「面白い使い方だが、それは付け焼き刃にしかならんぞ」


当たり前のようにエドワードには欠点を見抜かれていた。けれど、問題は無かった。気づかれていたとしても、関係ない。

それに、奥の手は別に用意していた。


「分かってるよ! けど、マシだろ!!」


「そうだな、マシにはなった。‥‥が、一撃を喰らわせるほどでは無いがな」


「それも分かってる、最低条件は整った。あとは僕の技量次第!」


「‥‥時間軸迅速」


「っ‥‥」


分かってはいたことだけれど、まだ僕の力はエドワードに及ばない。異能力を使えるようにはなったけれど、完全では無いし、扱いきれているわけでも無い。

今だって、エドワードの動きに間一髪のところで反応しているだけで対応しきれているとは言えない状況だった。

けれど、反応は出来ている。昨日は何も分からないまま、ただただ、ボコボコにされた。それに比べれば、大きすぎる進歩だった。

まぁ、進歩していなかったら、確実に僕の命は無かったんだろうけど。


「複式:封印 虚爪・消尽」


全方位からの斬撃、その全てが一直線にエドワードへと襲いかかった。


「甘いな———」


全方位から攻撃を受けていると言うのに、エドワードはさも当然かのように躱しきった。

けれど、そのエドワードの動きは、想定するには簡単すぎる事だった。


「時間軸跳躍:二式 改 超神速・零」


僕は虎爪を回避したエドワードの真横へと動いて、既に抜刀していた。移動してから、抜刀するまでの動きを極限まで短縮した。

今の僕じゃ、昨日刻帝がやっていたような零斬は出来ない。けれど、それに近しいことは出来る。自分の身体に対する時間軸の扱いは、空間に比べれば扱える。

だから、自分の身体のモーションを限りなく零にして、超神速を打ち込む。僕の手持ちの攻撃の中で最速のものだった。


「時間軸超越」


時間を消し飛ばす事によって出来る、エドワードの擬似的な瞬間移動。エドワードは瞬時に、僕の背後へと移動していた。

視界から一瞬で消え、何も分からないまま倒される。昨日からずっとやられ続けていたエドワードの動きだった。だからこそ、予測だとかじゃなく、今回もそう動いてくるという確信があった。


「時間軸逆行:複式 虚爪・回!」


僕は即座に自分ごと伏せておいた斬撃を発動させた。反応がギリギリ出来るだけで、エドワードには僕の予測なんて当てにならない。だから、僕が取った手段は自傷覚悟の全空間を包囲する事だった。

さっき放った虚爪はこれの布石だった。


「‥‥ふっ。時間軸停止」


右手を握りしめると、エドワードは全方位から迫り来る斬撃全てを停止させた。


「今のは良かった。喰らってやっても良かったが‥‥、気が変わった。見せてみろ、刻藤 歩。お前の最大限を」


「っ‥‥、上等だよ」


「時間軸超越」


エドワードの異能力も万能というわけじゃ無い。クロノスタシスは連続で扱えるものでは無い上に、相手が万全の状態の時に正面に移動すれば、対処の仕様はある。

けれど、エドワードは使うタイミングが上手かった。所謂、裏テンポの時。人に必ずしも生まれてしまう僅かな隙を確実に狙ってくる。そのタイミングで来られれば、対処どころか反応することすら難しかった。


「っう‥‥!!」


僕はギリギリで鬼月をエドワードと僕との間に捩じ込むと刀を受け止めた。

ギリギリと刃がぶつかり合っていた。


「来ると分かってても‥‥、反応しきれないもんですね‥‥!」


「昨日よりかは、身体は動いているようだがな」


「お陰様でねっ‥‥! 複式 神昇!」


通常、鞘に納めてから抜刀する工程を飛ばして、相手の刃と自らの刃を滑らせることで加速させて、相手の攻撃を受け流しつつ、超至近距離から神速を叩き込んだ。


「時間軸———!!」


「時間軸加速:封印!」


僕は自分自身じゃ無く、鬼月に加速を封印した。刻帝覇王という異能力と封印はあくまでも別物だった。

だからこそ、刻帝覇王の能力を鬼月へと封印する。それによって急加速が鬼月自体に加えられる。エドワードの想定外の急激な速さの伸び。それが僕の狙いだった。


「‥‥! 時間軸崩壊」


「マジかよ‥‥!」


刻帝が喰らっていたのを見たけれど、ここまでとは予想出来なかった。身体が完全に停止して、頭だけはクリアになっているなんとも気持ち悪い状況だった。


「・・・・正直、今のは危なかった。お前にしか出来ない使い方をしてくるとはな」


危ないという割に、エドワードには余裕があった。

正直、時間軸崩壊を使う必要までもないように感じた。それに、この隙しかない状況でも攻撃をしてくる気さえ無かった。


「攻撃してこないのかよ‥‥?」


「ふっ‥‥、言ったろ? 俺はお前の限界を見ると。ここで辞めるのはそれに反するからな」


僅かに口角を上げながら、エドワードはそう言った。正直、その顔は恐いなんてもんじゃ無かった。

けれど同時に、僕の口角が上がった。


「‥‥っ」


僕が思い描いたやり方では無かったけれど、エドワードのこの行動で、僕の半分以上の目的は果たせていた。


『歩、ここだぞ。ようやく、お前が牙を剥く時間だ』


刻帝から聞いた事がもう一つあった。エドワードの致命的とも言える弱点を。

エドワードの異能力は刻帝も言っていたように刻帝覇王の劣化版。だから、刻帝覇王には無いデメリットが存在する。

それは、時間軸崩壊を使用した後の代償だった。時間軸を崩壊させるには多大なエネルギーと能力そのものを使用する。

だから、時間軸崩壊を使った後、一時的にエドワードの異能力は半分以上が使用不可能になるのだった。


「分かってる。‥‥()() ()()()。時間軸完全解放」


時間軸解放は今の僕じゃ、満足に扱えてせいぜい十秒程度。それに、十秒後にはまず間違い無く倒れるだろう。

けれど、能力が半減以上しているエドワードならその十秒に全てを賭ける意義はある。


———決めきれよ、歩。‥‥君は、強い。


(「‥‥はい!」)


「!!」


眼を開くと同時に、エドワードの真後ろへと移動した。刻帝覇王を使用している状態なら、純粋な身体能力でさえ、異常の域にまで上げる事が出来ていた。


「時間軸加速:複式 瀑龍」


本来の龍巣の数段階上。荒れ狂う斬撃が前から飛び狂い、その上で風圧によって動きを制限する。回避をしようとした時点で回避は不可能になる。回避をしようとしなくても、一つの斬撃が腕を消し飛ばせるほどの威力。回避、防御どちらを行うにせよ難しい技だった。


「時間軸迅速」


けど、相手はエドワード。瀑龍ですら、何も影響を受けていないようだった。

瀑龍はエドワードを捉えられず、床へと全てが叩きつけられた。


「時間軸跳躍 刻跳」


けれど、落胆している時間は無い。

瀑龍を即座に躱したエドワードのすぐ目の前に僕は移動した。いや、移動したと言うよりかは移動にかかる時間を無視して、転移に近いことを行なった。

その移動は、コンマ一秒として要していなかった。


「時間軸改編:複式 龍巣・時渡!」


時間軸改編は強引に過去に事象を捩じ込む。僕は至近距離からノーモーションでの龍巣を放った。

龍巣は高威力の分、僅かに溜めを必要とする。けれど、時間軸改編と組み合わせれば、僅かな溜めどころか、鬼月を構えていない状態からでも叩き込むことが出来た。

故に、時渡りという名前であった。


「! ‥‥、()()()()()()() 一番 ホロウ・カウントリング」


「くっ‥‥!」


薄々気づいていたけれど、どうやらエドワードは全ての刀、剣の流派を扱えるようだった。昨日だけでも、柳生新陰流、二天一流、北辰一刀流の三つ。そして今はイギリスの剣術流派を扱っている。

けど、今はそんな無駄なこと考えている暇は無い。もう残りは五秒も無かった。ここで決めなかったら意味が無い。


「‥‥喰らえよ、エドワード。僕の渾身だ」


僕は鬼月を構えると同時に、そうエドワードに言い放った。


「‥‥来い」


口角を上げたエドワードは、避ける動作をする事なく真正面から受けようとしていた。


「柳生新陰流 ()式 無限!」


刻帝と訓練、もとい闘っていた時に出来た技。虎爪の無尽を更に発展させた技。時間軸逆行を常に斬撃に掛け続けることで、実質的に無限回の斬撃を一点に喰らわせ続ける。相手が斬り刻まれようと、ぐちゃぐちゃになろうと、僕が能力を消さない限り永遠に斬撃が襲い続ける。


「! これは‥‥、良い攻撃だ」


素直に、エドワードは感心したようにそう言った。

幾らエドワードとはいえ、能力が十分じゃないなら、無限を凌ぐのは至難の業だった。


「だが、惜しむらくは必殺でない事。躱せないのなら落とせば良い。ベルツハルン剣術 一剣 ヴェレ」


エドワードは斬撃全てをほぼ同時に合わせて無効化した。

ベルツハルン剣術はドイツの剣術で防御特化のものだった。特に、多対一を想定したものであり今回のような時に十全に力を発揮するのだった。


「っ‥‥!!」


無限は、ほぼ、不可避の攻撃ではある。けれど、防御不能なわけでは無い。斬撃に迎撃されれば、その斬撃は消えてしまう。消えてしまえば、時間軸逆行も意味を為さなくなってしまう。だから、エドワードの取った行動は最善のものだった。


「 二式 神速!」


出来れば無限で決め切りたかった。僕は初見で適応された動揺を隠しながら、納刀していた鬼月を抜刀した。


「苦し紛れの攻撃は意味が無い‥‥!」


ヴェレを放った直後の僅かな隙を狙って神速を打ち込んだ。けれど、エドワードにはそんなものは誤差でしかなかった。

ヴェレによって左に振りかぶられた剣を動作を繋げて鬼月へと斬り返した。


『ここだ! 決めろ、歩!』


———やれ、歩!


刻帝とレティアが叫んだ。狙いはただ一つ。わざわざ神速を放ったのはヤケになったからじゃない。

神速から更に加速する鬼月についていけなくさせる為だった。


「‥‥ァァっ! 時間軸凝縮 偽・絶世界(ゼツセカイ)!!」


鬼月の軌跡がエドワードの身体へと肉薄した。いや、既に刃は届いていた。

僕の絶世界は不完全。刻帝だったら過去、現在、未来全てを叩き斬れる。けれど、僕は過去と現在までしか斬れない。けど、今はそれで十分。能力は弱体し、一瞬の前は無限に囚われている状態。そして、急激に神速から速度を増した鬼月によってエドワードの防御は整っていない。

条件は素晴らしいほどに整っていた。残り0.5秒、この一瞬に文字通り全ての力を注ぎ込んだ一撃だった。


「! そこまでとはな‥‥!! ぐっっっ‥‥!!!!」


エドワードは満足いくように防御することは出来ず、完全に直撃した。

確かな手応えが僕の手には感じられた。けれど、感傷に浸るまでもなく、一瞬で血の気が引いていった。

絶世界は超高威力の斬撃。不可避であるのに加えて直撃すれば、ほぼ確実に全てを両断するだけの威力はあった。

僕の手に確かな手応えがある。それ即ち、エドワードを両断したことと同義だった。


「‥‥やばい、やばいっ‥‥!!」


文字通り全力を尽くして、震える脚を堪えながら、エドワードへと近づいた。


「ゴホッ‥‥、これは一本取られたな‥‥」


僕の心配は杞憂では済まなかった。エドワードは上半身と下半身が完全に分離していた。大量の血を地面に撒き散らしながら、上半身だけのエドワードが仰向けになっていた。


「すみません、すみません!! 僕———」


頭が一瞬で真っ白になった僕の言葉を遮ってエドワードが右手を立てた。


「‥‥いや、大丈夫。‥‥時間軸回帰(オド・クロノ)


その瞬間、エドワードの身体がブレた。テレビが壊れて画像にノイズが走るように、エドワードの全身にノイズが走っていた。


「何‥‥これ?」


そして、一秒と掛からずに千切れたエドワードの身体は元通りになった。しかも、身体だけでなく、地面を濡らしていた血液でさえ、全てエドワードへと戻っていった。


「ふぅ‥‥。奥の手を使わされるとはな」


何事も無かったかのように、エドワードはそう言った。

首を鳴らしながら、エドワードは床に落ちた剣を拾うと、鞘へと納めた。


「は? 何をして‥‥?」


何が起こったのか全く分からなかった。

けれど、エドワードの服ですら元通りになっている事から、多分時間を巻き戻したかそれに近い事をしたんだろう。


「刻藤、お前の異能力の劣化版が俺の異能力だ。だけどな、何も劣化だけをした訳じゃない。これは劣化によって得た恩恵と言ったところだ」


「‥‥良くは分かりませんが、殺していないなら良いです。それより‥‥、僕はあなたに一撃喰らわせましたよ」


「‥‥ふっ。そうだな。文句のつけようもない、お前の勝ちだ」


エドワードは少しだけ笑ってそう言った。


「じゃあ———」


「おっと‥‥、限界だったか」


言い切ろうとしたところで僕の意識は飛んだ。刻帝覇王は強力でデメリットもほとんど無い。けれど、頭にかかる負荷が尋常じゃ無かった。

負荷に関してはどんどん使って慣れていく以外に道は無いとの事だった。

特に、絶世界は現在の時間軸どころか過去や未来まで同時に干渉する。まだまだ未熟な僕だと意識が飛ぶのは当たり前だった。


「‥‥どう、成長するか‥‥」


床に倒れた僕を起こしながら、エドワードはそう呟いた。


僕がエドワードと戦っている一方でレナもまた別の戦いをしていた。


「‥‥。これは酷いなぁ‥‥」


レナは白から伝えられたラウストの研究所へと一人で訪れていた。

研究所は、危険地域となっている鳥取砂丘に存在していた。中は冷気が立ち込めていて、怖いほどに静まり返っていた。


「拷問に解体‥‥、何でも‥‥かぁ」


幾つもの部屋の中に、染みついた紅い跡や錆びた刃物が散らばっていた。さっきの部屋には人間、それも子供と思われる腕が半分白骨化して床に落ちていた。

その部屋の現状を見ると、今でも絶叫が聞こえてくるようだった。


「‥‥ッッア‥‥!」


「!!」


小さく呻くような声が反響しながら聴こえてきた。正確な位置は分からなかったけれど、確かに人の声だった。

可能性は低いとは思う。けれど、僅かでも生存者がいる可能性があるのならば、レナにとって駆け出さない理由にはならなかった。


「!‥‥ラウスト=バラック、本当に最期までクソ野郎だな‥‥!」


反響した音を出来る限り正確に拾いながら、向かった部屋でレナが目にしたのは、顔の部分と体型だけ人間で、両手両足は異様な姿になってしまった生物だった。

以前、歩が殺した異形となったつぐみに近かった。けれど、それよりも()()()()()()であった。


「ァァァ、アアアアアッッツ!!!!!!」


顔を歪ませながら、レナに気付いたその生物は即座に突進してきた。レナは一息だけ吐くと、一瞬で生物の真後ろへと移動した。

生物の真横を通り過ぎる過程でレナは双剣で急所に斬撃を喰らわせていた。

しかし、全くとして効いた様子は無かった。効くどころか、手応えはあったのに、もう一度見たときには完全に治っていた。


「なっ‥‥! 急所すら人間外か‥‥!」


レナは完璧に人間の急所である眉間、心臓、肝臓の三箇所を確実に捉えた。まず間違いなく即死であるはずだった。

けれど、レナの前に立つこの生物は人間では無かった。ただ、生物というカテゴリーに入っているだけで名前をつけることなど到底できないものだった。


「私一人で、対処し切れるか‥‥?」


レナは機動力や手数の多さという点では冒険者の中でトップクラスの実力がある。けれど、明確な弱点として、高威力を出せず、決め手に欠けるという事だった。

完全に一人であるレナは人であるならまだしも、化け物の相手となると分が悪かった。この生物を倒すためには、圧倒的な火力か、全身を微塵斬りに出来るほどの力が必要だった。


「アァ、がああああああ!!!!」


その叫び声は威嚇などでは無く、助けを求めるような声だった。痛みに耐えきれないと言うような叫びだった。


「あ‥‥、そうか。辛かったね、‥‥必ず、君の息の根を止めるよ」


レナは双剣を鞘に納めると、両腕に着けられたブレスレットを回転させた。

即座に、赤と黒を主体にした籠手が両腕に巻き付いた。


「早速こいつの出番か」


レナの両腕に巻き付いたのはつい最近新調した特殊な武器だった。それは、ある生物。いや、かけがえのないある()()を素材とした、能力を備えた籠手だった。

名付けて、()()()()()。レナにしか扱えない、レナだけの専用武器だった。


「行くよ、()()


文字通り、今のレナは一人じゃない。レナの欠点をこの武器ならば、ほぼカバーすることができるのだった。


「ああああああああああ!!!!」


「雷姫・雷弓 纏雷ノ滅矢」


レナは移動と同時に、弓の弦を右手で引き絞った。引かれた弓に雷そのものと思えるような矢が現れると、レナは右手を弦から離した。

矢から発せられる雷が大気にまで影響を及ぼしていた。音を置き去りにして、光速で進む矢が絶叫する奴の身体を貫通した。


「雷爆」


一瞬のうちに再生しようとする奴の身体が、内側から破裂した。

レナは放つ雷を外側への放電速度と放電量を増加させていた。それをする事で貫通した際に、身体の内部に雷を残す。レナは残った雷を遠隔で操る事で内部から破壊する事が可能になっていた。


「あぁァ‥‥ァァ‥‥」


飛び散った生物は呻き声を上げながら、まだ僅かに動いていた。


「ごめんね、辛い思いをさせて。もう、大丈夫。ゆっくり眠ってくれ」


レナは優しくそう微笑んで、少しずつ身体が崩れ去っていく人間へとそう言ったのだった。


「‥‥‥ゥ」


「‥‥ふぅ」


レナは名前も知らない、元人間の肉片一つまでも消え去るまで見届けてから、その部屋を後にした。


「‥‥ここか? ラウストの部屋は」


暫くして、鍵が掛かっていたドアを見つけると強引に蹴破って中へと入った。

その机の上に何冊もの本が乱雑に散らかっていた。


「‥‥えーと、これとこれか。ん? これは‥‥、日記?」


白から言われていた物を探していると、一冊の厚い本が目に留まった。

特に何かを考えた訳でもなく、レナはその本を開いた。


「‥‥! これ、本当に言ってんの?」


それは日記などではなく、研究レポートのような物だった。

そこに書かれてあったのは、能力を持たせたまま人間をモンスター化させる実験の過程だった。

この本と、機材があれば実質的に無限に高レベルのモンスターを作り出すことが出来る。もちろん、倫理を無視すればの話ではあった。

けれど、この本は喉から手が出るほどに欲しい者が多くいる禁書であった。


「‥‥あぁ、本当だぜ?」


突如、レナの背後から声が掛けられた。


「!! 誰だ!?」


勢い良く本を閉じて、即座に後ろを向いた。


「おー、おー。そんなに叫ぶんじゃねぇよ」


「御託は要らない。誰かって聞いてるんだけど?」


気配すら無く、突如として現れた男に強めにレナは言い放った。この男が何者なのか、レナには全くとして分からなかった。

冒険者や、どこぞの闇組合の人間ならまだ良い。最悪なのは、この男が無銘教であることだった。

だから、レナは気を少しとして緩めることをしなかった。


「早く答えろよ。答えないんなら敵とみなす」


「はっ、‥‥どうしてこうも、気が強い女ばかりいるのかねぇ?」


「雷弓・纏雷ノ落月」


レナは即座に攻撃を仕掛けた。一般人、という可能性は捨て切れないけれど、それを差し引いたとしても、攻撃を行う価値はあった。少し、躊躇しただけでも命に関わることは多くある。だからこそ、即座に殺す勢いで、レナは雷弓を放った。

天井スレスレに放った雷が男へと降り注いだ。


「イかれてんなぁ!」


この男は口を三日月の様にしながら、上から迫る雷をバク転して後ろに退くことで、いとも簡単に躱してみせた。

男を捉えることの出来なかった雷がラウストの部屋にあった本棚を破壊した。


「話はちゃんと聞いたほうがいいぜ?」


「‥‥違法な事してんだ。警戒すんのは当たり前だろ?」

(マジかよ、こいつ‥‥)


レナの首筋に冷や汗が流れた。全力で無いとはいえ、雷をいとも簡単に避ける。レナは、この男がほぼ確実に自分以上の力を持つ事を察したからだった。


「まぁ、それもそうだな。‥‥()() ()()()?」


不敵に笑みを浮かべると、男はレナの名前を口にした。


「‥‥やっぱ知ってて声掛けたか」


レナとしては、偶然会ってしまったということを期待していた。

けれど、名前を言ってきた辺り、この男はまず間違い無く自分に何かしらの用があって近づいていた。


「当たり前だ。お前の方は知らないみたいだけどな」


「生憎と、ストーカーの顔を覚える趣味は無いんでね」


それでも、レナは一切感情を顔には出さなかった。あくまでも、強気を貫き通していた。

挑発のように受け取れる男の言葉を鼻で笑うようにしてレナは言い放った。


「ハッ、面白ぇな。あの女に似てんなぁ‥‥。最初はまさに今のお前みたいだったなぁ」


気持ち悪いような笑顔を浮かべて過去を思い返すようにうっとりとしながら、男は呟いた。


「酷い顔してるぞ、鏡見るか?」


「何って言ったか‥‥、あぁそうだ。思い出した」


男はレナの言葉に何も返す事なく、一人で何かを思い出すように、腕を組みながら右上を見ていた。


「‥‥()() ()()()‥‥だったか?」


そして、その口から発せられたのは最悪の一言だった。


「雷弓・死纏之霹靂(してんのへきれき)


ノーモーションとまではいかないが、瞬き一つの間に、黒く染まった矢が男・・・・、否、無銘教ナンバーズである車谷猛牙の眼前まで襲ってきていた。


「ヒャハッ! さっきの言葉そっくりそのまま返してやるよ!」


「ブチ殺す。雷弓・死纏之百雷(してんのひゃくらい)


躱した猛牙の真上から矢の雨が降り注いだ。レナの感情を代弁するかのように黒く染まった雷が猛牙の身体を埋め尽くした。


「消し飛ばせ、雷玉!」


更に、ダメ押しの一撃。マイナスイオンの移動する向きを全方位から一点に集中することで生成した、雷玉を猛牙へと直撃させた。雷によって部屋が荒れ、煙が舞い上がった。

レナは、雷玉をぶつけると同時に後ろへと退いていた。


「‥‥」


完全に直撃はしていた。けれど、レナには全くとして手応えが感じられなかった。


「効かねぇなぁ!!」


煙が薄れると、無傷の猛牙の姿があった。擦り傷どころか、雷による火傷すらついていなかった。


「雷はこうやって使うんだぜ? 雷龍刀」


刀身に雷が迸る刀で、レナを雷弓越しに斬りつけた。


「ぐっ‥‥!」


雷と雷だからか、雷弓ごとレナが斬り裂かれることは無かった。

けれど、レナは後ろに重心がずれて、よろけてしまっていた。


「雷龍咆哮」


刀を消すと同時に、猛牙は片手を大きく開いた。大量の熱量を有したビームの様な雷が猛牙の片手から射出された。レナへと向かうその雷は龍が暴れるように、唸りながら突き進んでいた。


「! ッう‥‥、舐めんな!」


瞬時に、籠手で雷を受け止めるようにして全身に直撃するのを防いだ。

雷姫の籠手の性質上、雷などであれば相手が操るものであっても、ある程度は操作出来た。なんとか、レナは最小限のダメージで凌ぎきった。


「ヒャハハハ!!」


空間跳躍(モード)×極雷姫(移行) 雷雷越空(ヤクサイカヅチ)


レナは雷を防ぐと即座に、攻撃へと転化した。全身に雷を纏わせた上での空間跳躍を使用した二連続での能力の使用。

歩やエドワードとも引けを取らないレベルでの神速の移動だった。けれど、狙いが悪かった。


「ハッ‥‥」


一瞬、薄ら笑いを顔から消した猛牙は、重心を後ろに傾けると、真後ろにレナが現れるとほぼ同時にレナへと蹴りを突き刺した。その動きは、レナの動きに反応したというよりかは、レナの動きを予測したようだった。


「ガハっッ‥‥」


かろうじて受け身は取れたものの、ダメージは確実にあった。

ここに、第三者がいれば一度レナをクールダウンさせることは出来ただろう。けれど、レナはもう前しか向いていなかった。


「ゴホッ、ゴホッッ‥‥!」


口から漏れ出た血を服の袖で擦りながら、レナは咳き込んだ。猛牙の蹴りは特に、レナの循環器系に大きなダメージを与えていた。


「はー、弱いねぇー。けど、好きだぜ、弱ぇのは。一方的、っていうのは気持ちが良くなるからなぁ!」


レナが弱いかと言われるとそれは断じてノーだった。けれど、今のレナは攻撃が物量と速さだけで、強いとは言っても、強者では無かった。


「空間跳躍×極雷姫 極雷之纏刀(タケミカヅチ)


レナの両手に紅黒い大太刀が握られた。

雷によって出来たその刀は、周りの大気を歪ませる。歪んだ大気によって刀に向かって風が吹いていた。


「雷斬・極閃」


雷とは思えないほどの熱量を放つ刀が大気を斬り裂き、焼き尽くしながら猛牙の首へと光速以上の速さで迫った。

歩の絶世界や、エドワードの攻撃に比べれば少し劣るが、それでも普通なら躱せるようなものでは無かった。


「‥‥土龍剛鱗」


けれど、猛牙とは相性が悪かった。レナの雷刀がいくら高火力とは言え、基になっているのは雷。刀そのものでは無かった。だからこそ、猛牙の鱗を斬り裂ききることが出来なかった。

猛牙は一歩として動くことなく、レナの刀を防いだ。


「惜しかったが、残念だったなぁ!」


「!!」


レナも流石に、動揺を隠し切れなかった。雷斬・極閃は、レナの手持ちの技の中で、合わせ技を除いて単体で最高火力の技だった。相性が悪いとは言え、擦り傷程度で済まされるような物では無かった。


「土龍穿貫」


「ガヒュッ‥‥!」


一瞬のうちに、ドリルのように尖った右手がレナの腹部に突き刺さった。

腹を貫きこそしなかったものの、確実に大ダメージとなる一撃だった。


「ゴボッ‥‥! はぁ‥‥、はぁ‥‥!」


壁を突き破り、地面を勢い良く転がったレナは口から大量の血を吐いた。

その血の量を見れば、どこかの臓器が壊れた事は明白だった。


「ハハハハハッッッ!! あー、楽しいなぁぁっ!」


「ゴホッ‥‥、雷刀———」


レナは床に倒れながらも、身体を震わせながら右手に雷を纏わせた。


「させねぇぜ?」


「ゴハッ‥‥!」


ボールを蹴るように、猛牙はレナの身体を蹴り飛ばした。レナの身体はベキベキと嫌な音を鳴らしながら、地面を転がった。

右手に纏っていた雷が蹴られた衝撃で霧散していった。


「‥‥、ヒュ‥‥」


肺が傷ついたのか、レナの呼吸はおかしくなっていた。

誰がどう見ても、レナの身体は満身創痍どころでは無いほどにボロボロだった。


「ヒヒヒッ‥‥、ヒャハハハッッ!! さっきまでの強気が見る影もねぇなぁ! 無様すぎて、滑稽すぎて、口角を下げれねぇ!」


「ゴホッ‥‥、雷‥‥」


「‥‥、もう雷を操る気力すらねぇ癖に、強がんなよ?」


「ッ‥‥、反転・黒雷雨」


通常、上から下へと落ちる雷が真逆となって、下から上に向かって飛び出した。


「おっ‥‥?」


そして、同時に通常のように雷が上から降り注いだ。上と下そのどちらからも雷が猛牙の身体を襲った。

レナの黒い雷は当たれば岩ですら粉々に出来る威力を持つ。それを上下からぶつけられれば、死は免れない。


「ハハハ、文字通り死力を尽くした攻撃も俺には届かねぇようだなぁ? ッヒャハハハ!!!!」


「ゴボッ‥‥」


最後まで、レナは自分の心を折らなかった。けれど、精神が肉体を支えるのにも限界があった。

レナは血を吐きながら、床に臥した。ギリギリで生きている、むしろ即死していないのが奇跡と言うほどであった。


「‥‥何だ? もうギブかよ? ‥‥まー、少しは楽しめたしなぁ。‥‥ちゃんと殺してやるよ」


「はーい、そこまで」


パンと手を叩く音がした後、一瞬で猛牙の足元だけが沈み込んだ。


「な‥‥?!」


完全な油断をしていた猛牙は、一瞬で両足が沈み込んだのに対して、何が起こったのか理解するよりも速く体勢を崩した。


「死に晒せ、クソ野郎」


体勢が崩れるのと同時に、フーが猛牙の首元を斬りつけた。


「うおっ‥‥!」


ギリギリで沈み込んだ地面から抜け出すと、浅く首を斬られながらも首と胴が泣き別れになることは躱した。


「‥‥おじさんは早く、この人を連れて離脱して」


猛牙が離れた隙に、リンは倒れたレナに回復薬を喉に突っ込ませるようにして無理矢理飲ませてからヤンへと渡した。


「君たちは?」


ヤンは慎重にレナをおぶると、フーとリンにそう聞いた。


「「こいつをブチ殺す」」


二人は声を揃えると、殺気を全開にしてそう言った。

二人のその濃すぎる殺気によって空気が粘り強い呼吸しづらいものへと変化した。


「‥‥オーケー。転移の粉を使わせてもらうよ」


上着の内ポケットから布袋を取り出すと、結ばれていた紐を解きながらそう言った。


「そうして。この前の歩以上の重体だから。回復薬如きじゃ、時間稼ぎにもなんない」


「分かってる。君たちも、気を付けなさいよ」


転移の粉を足下に撒きながら、ヤンはそう二人に注意した。

ヤンの見立てでは、二人が殺されるような相手では無い。けれど、絶対に勝てる相手でも無い。それに、ヤンは注意しておかないと二人が暴走する危険があるのを知っていた。


「「了解」」


二人は、ヤンの注意にそう応えた。


「何だ、お前らはよぉ‥‥? 人が楽しんでいる最中に———」


「‥‥無銘教ナンバーズ、車谷 猛牙。お前を処理する。お前はここで死ね」


フーは酷く冷たい目で、猛牙の名前を呼んだ。レナは分からなかったこの男の名をフーたちは知っているようだった。


「! ハッ‥‥、さっきとは立場が逆になったみてぇだなぁ———!」


少し、驚いたように猛牙は反応した。まさか、自分の名前も、何者なのかすらバレているとは思っていなかった。


「遺言はそれで良い?」


「っ‥‥!」


リンが真正面から、猛牙へと肉薄した。身体を動かす前に、リンは猛牙の影と自分のを繋げることで高速移動を行なっていた。

首筋を的確に狙ってきたリンの刃を上体を逸らして躱した。


「投影:ユゥ・ジンソン」


フーは、リンが肉薄したのと同時に影でユゥを創り出した。ユゥの能力ははっきり言って強い。それに、初見であれば躱す事が難しいものもある。その上で、巻き添えを出し難いという今の状況にとっておきだった。

ユゥを猛牙の背後へと回すのを隠すように、猛牙の視界を遮りながら暗器を放った。


「ハハハッ‥‥、三対一はヤベェな‥‥」


「断影」


ユゥの影を伝って、猛牙の背後へと移動したリンが猛牙の影を断ち斬った。


「うお‥‥」


「「死ね」」


「‥‥炎龍発炎」


猛牙の身体から業火が立ち上がった。近づいた二人は即座に躱したにも関わらず、服がチリチリと焦げていた。

それに、躱すのが少し遅れたユゥの影は左腕を持っていかれていた。


「ッ‥‥」


「あっつ‥‥!!」


「弱く無いやつはめんどくせぇ‥‥。風龍凩嵐」


炎を出し終えてすぐに、猛牙を中心として幾つかの竜巻が出現した。そして、竜巻が意思を持ったかのように、三人へと襲い掛かった。


「隙が多いんだよ」


けれど、雷に比べれば竜巻は範囲が広い代わりに速度が高いわけではなかった。特に、影に潜ることの出来るリンとフーにとって範囲がデカいだけの攻撃は当たるわけが無かった。それに、竜巻は猛牙の視界も制限してしまっていた。二人からしてみれば、竜巻を使った後の猛牙は隙だらけだった。


「‥‥誘ったんだよ。水龍貫砲」


猛牙の周囲から水のビームのようなものが全方位に向かって放たれた。猛牙はわざわざ竜巻を作って、二人が接近しやすいように誘導していたのだった。

猛牙は敢えて隙を見せる事で、フーとリンの思考を竜巻によって隠れた場所から近づくという選択肢だけに制限していた。

けれど想定外だったのは、ただ一点。フーとリンの二人が近距離において猛牙よりも強い事だった。


「引っかかったのはお前だけどな」


フーがそう言うと、リンとフーに向かっていたビームが全て強制的に捻じ曲がった。それらは全て、ユゥの重力球に吸い込まれていた。重力球にはこういうスケープゴートのような使い方もあった。


「っつ‥‥!」


「「絶技・両翼八連」」


リンとフーは左右から同時に四回の斬撃を繰り出した。能力を存分に使用することで斬撃が同時に襲いかかる。計八回の同時に現れた斬撃を猛牙が躱すのは不可能であった。


「! っ‥‥、土龍剛鱗」


刃が触れるよりも前に、猛牙の身体を硬い鱗が覆った。けれど、猛牙の剛鱗は単純な物質による攻撃にはそこまで強いわけでは無かった。二人の八回の斬撃によって、鱗は完全に剥がし切られ、猛牙の身体には至る所に斬り傷がついていた。


「クソッ‥‥!!」


「終わりだ」


「死ね」


鱗を削り斬った二人は、即座に次の動きへと繋げた。猛牙は前方からの重力球のせいで、回避は行えない。それに、さっきのような火龍は少し溜めが必要だった。けれど、今の猛牙にはそんな僅かな時間すら無かった。

完全に、二人の斬撃は猛牙の命を捉えたのだった。


「チィッ‥‥!!」


「‥‥残念だがぁ、そう簡単には獲らせられないなぁ」


突如として、猛牙の周囲から全方位に、黒い棘のようなものが伸びた。既に振りかぶってしまった短剣を即座に手離し、二人はその棘を躱した。けれど、影法師であるユゥは棘に貫かれ、人の形が解かれていた。


「「!!」」


「帰るぞぉ。危ない事をするなぁ」


猛牙の元から飛び退いた二人は、猛牙の隣に黒フードの男がいるのを見ていた。


「‥‥クロウ」


「はぁ‥‥。全く、お前はぁ‥‥」


「! クロウ・リーブルン!」


フーがクロウの名を叫んだ。クロウは紫龍が、無銘教ナンバーズの中で唯一、能力を含めて全てを知っている人間だった。

その理由は、彼が元中国暗部であったからに他ならない。紫龍ではない、もう一つの今は亡き暗部。クロウは以前、そのトップであった。


「‥‥、流石は紫龍だなぁ。まだ幼い癖して‥‥、敵ながら称賛するぞぉ。けど‥‥、今日はこれ以上は無しだぁ」


クロウは品定めするように、リンとフーを見ながら、パチパチと手を叩いた。


「‥‥邪魔が入ったな、悪いがこれで今日は終いだ。・・・・じゃあな」


猛牙は、未だ自分のことを睨む二人から少し目を逸らしてそう言った。


「!! テメェらっ‥‥!」


動かずにいたフーと対象的に、リンは真っ先に鮮やかな刀身をした短剣を携え、クロウたちへと飛び掛かった。

けれど、リンが攻撃するよりも速く、二人の身体は泥のようになって消えた。


「‥‥チッ! 逃げられた‥‥」


「‥‥まぁ、良いでしょ。始動 レナを助けられたし」


フーは一つ息を吐くと、右襟の部分を触って黒い装備を解除した。


「ふーっ、‥‥そうね。けど、まさかあの狐丸財閥が裏を伝ってまで応援要請をしてくるなんてね」


頭を冷やすように深く息を吐いてから、フーと同じようにしてリンも装備を解除した。


「‥‥、俺としては狐丸じゃ無いような気がするけどなー」


「? ‥‥どういうこと?」


「んー、いや狐丸が僕たちに救助を要請しただけで、それ自体を要求してんのは違う奴な気がする。狐丸 白の性格からして、わざわざ俺たちに応援を要請する意味が分からんし」


「‥‥ふーん。よく分からないけど」


リンはさっきからの戦闘のせいでぐちゃぐちゃになった資料を漁りながら、適当にそう応えた。


「‥‥俺だってよく分かってないよ。まぁ、何はともあれ、ギリギリだけど間に合ったし。・・・・成果としては十分でしょ」


「‥‥帰る?」


「歩たちとも連絡付かんし、帰ろうかな」


懐から取り出した携帯を少し見てから、フーがそう言った。


「はーい。‥‥あっ、そうだ。ここは燃やしとかないとダメなんだっけ」


「うん、お姉ちゃんは先に出といて良いよ。俺が燃やしとく」


影から誰かを投影しながら、フーがそう言った。


「じゃ、よろしくー」


そして数分後、二人は燃えたラウストの研究所から出て行ったのだった。


鳥取県 山陰の霊場


未だ、表にダンジョンとして認知されていないはずの場所に二人はいた。


「お前なぁ‥‥、あの方にちょっかい出すな、と言われただろうがぁ」


クロウの能力によって移動した二人は、少し足早に歩きながら話していた。


「‥‥良いじゃねぇか、クロウ。刻藤には手を出してねぇんだしな」


猛牙は笑いながら、軽口を叩いた。


「はぁ‥‥、物は良いようだなぁ。俺は庇わないからなぁ」


「良いぜ、これくらいであの方がキレるとは思わねぇけどな」


「‥‥いやぁ、ライ辺りがキレるだろぉ」


「うっ‥‥。それは、ヤベェかもな」


ライがキレる姿を想像したのか、猛牙は少し表情が悪くなっていた。


「とりあえず、準備しとけぇ。もう直ぐ、俺たちは身を隠さないとならないんだからなぁ」


「あぁ、分かってるさ。ほとんど準備は終わってる。今日のはお遊びみてぇなもんだ」


「‥‥ふっ、お遊びの割に案外傷を負ったなぁ。ちゃんと治しとけよぉ」


「‥‥あぁ。そうだな」


猛牙はクロウにそう言われると、少し笑って応えた。

猛牙の身体にはリンとフー、そして、レナによって出来た傷がついていた。特に、リンとフーの両翼八連による右太腿と左脇腹の裂傷は、決して浅いものでは無かった。


「顔は覚えた、借りは必ず返すぜ‥‥」


「多分無理だと思うがなぁ‥‥」


「‥‥お前はどっちの味方だよ?!」


横からそう言ってきたクロウに猛牙は吠えた。


「‥‥無銘教の味方さぁ。個人的な味方はしてないもんでなぁ」


「チッ、そうかよ」


「‥‥実際問題、あの子たちは強いぞぉ。お前も出し惜しみしている余裕なんて無いほどになぁ」


「‥‥分かってるさ。それを踏まえて借りは返すって言ってんだ」


さっきまでの戦闘を思い返すように、猛牙は自分の右手を見ていた。

本気を出していないとはいえ、クロウが来なければ、確実にかなり重い一撃を貰っていた。

そして、猛牙はそれを重々承知していた。だからこそ、次に会うときは遊びも妥協も一切ない状態で戦うことを決めたのだった。


「‥‥まぁ、頑張れぇ」


僕がエドワードに勝利してから、一週間近くが経った。僕は今、エドワードだけじゃ無く、マリーや他の異能力を持つ人と戦っていた。

結果から言うと、マリーとは十回戦って三回程度勝てるぐらい。エドワードにはあれ以来、一勝もしていなかった。


「歩チャン、疲れちゃってんじゃ無いのぉ?」


「クソッ‥‥!」


それに、この女にも全く勝てていなかった。名前 はアイリス・ベルトール、能力はマテリアルスレイブ。半径二十メートル以内で視界にある人間以外の物質全てを自在に動かすことが出来る異能力だった。形の変化は出来ないけれど、存在するものを動かせるというのはあまりにも強かった。

僕の攻撃の瞬間に僕とアイリスとの間を空気を動かして真空にする事で完全な防御を行いつつ、それと同時に僕の服を操作する事で動くことすら出来なくさせられていた。

正直言って、エドワード以上に闘いにくい相手だった。


「チート過ぎませんかね‥‥?」


僕の口から言葉が漏れた。でも、実際チートなのは確かだった。

だって、服を操作して動けなくさせるとか強過ぎるにも程がある。それに、封印で服を身体に固定しても意味はなかった。

アイリスに良いように、僕はボコられ続けていた。


「アッハハ! 全裸で闘ってくれても構わないよ?」


「‥‥でも本当に方法がそれくらいしか無いですよね‥‥」


「いやぁ‥‥。君の異能力と違って、私のにはちゃんと欠点はあるんだけどねぇ」


アイリスは腕を組みながら、床に座り込んでいた僕へとそう言った。


「欠点?」


「そうだよ。例えば‥‥、遠距離には何も出来ないとか、死角からだと能力が適用されない‥‥とかね」


「‥‥成程。‥‥でも、そんなの僕に教えて良かったんですか?」


「別に問題無いよ。最悪、何かあったとしても今の歩チャンじゃ、私たちに勝てないから」


「っ‥‥、そうですね」


「アッハハハ! そういう事だよ。‥‥けど君は敵対しないでしょ。‥‥それに、分かったでしょ。私たちが敵じゃないってことは」


「‥‥まぁ、それはそうですね」


この一週間、レヴェルで過ごして分かったことがいくつかあった。

まず、明確にこの人たちは敵じゃ無いという事だった。偽装しているって可能性がないわけじゃ無いけど、僕が見る限りそんな思惑は無いようだった。


「無銘教だけだからね‥‥、私たちが狙うのは」


「‥‥そういえば、異能力者全員がレヴェルにいるんですか?」


「‥‥いいや、そんな事はない。未だ覚醒してない者や既に死んだ者、()()()()()()()さえいる」


アイリスとの闘いを見ていたエドワードがそう呟くように言った。


「! 無銘教に?!」


「そうだよ」


「‥‥異能力者でも全員が味方ってことではないんですね」


「そう。しかもさ、タチが悪いのは完全に覚醒した異能力はイレギュラーを除いて、異能力しか対抗できない事なんだよね」


「‥‥前々から気になってたんですけど、イレギュラーって何なんですか?」


「イレギュラー‥‥ねぇ。異能力とは違う形の異常だよ。早い話、異能力と同じレベルの力を持ってる。けど、異能力と違ってその根っこの部分が全く違うんだよね。

異能力は地球の意志、イレギュラーは人の意思を集約したものだから。

身近な例だったら‥‥、ノア・ライヘンドアとかハインツ・S・インフェルノとかかな」


「‥‥ハインツさんもそうなんですね」


「そう。ノア・ライヘンドアの能力については驚かないんだね?」


「ノアは前に陸が言っていたのを聞いたので」


「‥‥イレギュラー持ちには気をつけろ。異能力者でも負ける事はあるからな」


僕とアイリスとの戦いを見ながら、僕に異能力の指導をしていたエドワードが口を開いた。


「そんなにですか」


「うん。私やエドワードですら危ない奴はいるし」


「‥‥無銘教ですか」


「うん。‥‥それにね、元々、エドワードも無銘教だったんだよ」


「は‥‥?」


それは、あまりにも突飛なことすぎた。エドワードが無銘教にいた、なんて悪い冗談にも程があった。


「‥‥アイリス。関係無い事を話すな‥‥」


少し、エドワードの眼光が強くなってそう言った。アイリスとエドワードの間に、ヒリついた空気が漂った。


「‥‥関係無くないでしょ。むしろ大いに関係あると思うけど。それに、聞かせておいたほうがいいと思うけど」


「‥‥、好きにしろ」


エドワードが先に折れた。ため息を吐きながら、エドワードは階段を登っていってしまった。


「そうさせてもらうよ」


「ど、どういう事ですか。エドワードが無銘教だったって‥‥」


「ん、‥‥無銘教は元からかなり危ない組織でね。裏に生きるものからしてみれば、割とその名前は有名なところだった。

そして、エドワードはそこで拾われた孤児だったんだよ」


「‥‥、それは‥‥」


「けど、エドワードは無銘教に染まらなかった。ずっと、無銘教は異常だって思ってたって。そして、エドワードは成長していくにつれて、機会を伺いながら、死に物狂いで無銘教から逃げた。

元々あそこにいたエドワードはずっと思ってる。あんなものがこの世にあってはならない‥‥ってね。だから、エドワードはレヴェルを作ったんだよ。無銘教という()()()()を潰すためだけにね」


アイリスの口から語られたのは意外すぎる過去だった。多分、僕が想像する以上に辛い物である事は明白だった。


「‥‥そんな事があったんですか」


「‥‥うん。だからエドワードは強くなって欲しいんだよ、君たちに。

今の無銘教は正直に言って、正真正銘の化け物たちの寄せ集めだよ。全ての冒険者と私たちを合わせた上で、完璧な状態でぶつかってもやっと五分五分になるレベル。だからね、一刻も早く強くならなくちゃダメなんだよ」


「‥‥そうですね」


(「‥‥そして、刻藤 歩。君は、私たちとは比較できない程に過酷な未来が待ってる。私たちは、君を、そしてこの世界を、助けるためだけの()にすぎない」)


アイリスは口には出さなかった。いや、口に出せなかった。

刻藤 歩を待つ未来は過酷すぎる業火の道である事をアイリスは言えなかった。アイリスは心の中で、ほぼ確定した未来を憂うことしか出来ないのだった。


「もう一戦、お願いします」


「‥‥おっ。‥‥全裸になっちゃう?」


「‥‥いや、全裸にはならないですけど」


僕は少しため息を吐いてから、鬼月を構えたのだった。

お久しぶりです。更新が二ヶ月くらい遅れてしまってすみません。

次回は二週間以内には行うと思います。一応、次で3.5章は終わりです。

少し余談です。現実で少し前に終わりましたけど、バレンタインがありましたね。その風習はこの世界にもちゃんとあります。歩は例年ゼロです。レナやノアはめちゃくちゃ貰ってます。ちなみに、蒼丸や一平も貰ってます。その辺の話はいずれ書きます、めっちゃ書きたいので。



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