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偶像の定理  作者: 御冬夏夜
38/43

瞳の奴隷 ②

 その日の帰り道。まざまざと殺人現場を目の当たりにしたせいもあって、私達の足取りはひどく重かった。


「大丈夫? ノエル。だいぶ疲れてるっぽいけど」

「うん……ちょっと、大丈夫とは言えないわね」


 付き添う為に部活を休んでくれたポーラに、私は素直に首を横に振る。

 ベイカーさんを始めとする警察の方々が現場に到着してからは、それなりに私達も大変だった。第一目撃者ではないけれど、あの時間帯に現場付近を出歩いていた数少ない人間だったため、結構な質問攻めにあう事となったからだ。もっとも、レイチェルさんほどではなかったけれど。


「そういえば、レイチェルさん……だったよね。彼女も大丈夫だったのかしら」


 警察に同行した彼女の事を思い出し、ぽつりとそう呟いた私に、ポーラは軽く苦笑いした。


「今は他の人の事より、自分の事を心配しなよ。でも、確かに気にはなるけどね。なんせ今、一番疑われてるのはあの子なんだろうから」


 そう――現場、最も犯人の嫌疑が濃くかかっているのはレイチェルさんなのだ。なにせ彼女には全くアリバイがなかった。他に誰も目撃者がなく、時間帯と早朝の濃霧のためか、他に不審者らしき人影の目撃証言もなかったため、彼女のアリバイを誰にも証明できないからだ。その事は彼女自身も認識していたようだったけれど。


「まあ、でもさ」


 と、ポーラが楽観的な声で言う。


「アリバイはないけど、それ以上に証拠も今のところないんだからさ。マイヤー警部補やベイカー警部の事だから、レイチェルさんに無茶な取り調べはしないでしょ」

「……それもそうね」


 彼女の言葉に頷き、そこでこの話を終わらせた。今あれこれと考えたところで、仕方のない話でもあるのだから。


「さーてと。それじゃあさ、ノエル」


 と、駆け足で私の前に回り込み、ポーラは満面の笑みを浮かべる。


「気を取り直して、今朝行きそびれたパン屋さんにでも行かない? この時間ならまだ開いてるはずだからさ」

「そういえば、結局行けなかったものね」

「そうそう。気分転換も兼ねてさ。おいしいものでも食べようよ」


 断る理由もないので、二つ返事で頷く。ポーラは嬉しそうに小さく跳ねると、私の手をとって、そのまま一目散に駆け出した。

 それからポーラに引っ張られる事数分。センター街にあるお目当てのパン屋の前まで来たところで、私達は思いがけない再会を果たす事になった。


「あれ、レイチェルさん?」

「あ……今朝はどうも」


 ちょうど店内から出てきた彼女と目が合い、お互いに頭を下げる。しかしその後に続く言葉を、私達には出せなかった。なにせ出会った経緯が経緯なのだ。非常に気まずい沈黙が辺りに流れる。それを破ったのはレイチェルさんの方だった。

「ええと。こんな所で立ってても仕方ないし、とりあえず、ここのカフェテリアでお茶でもしない?私が奢るわ」

「えっ? そんな、申し訳ないですよ」

「いいのいいの。今月はバイト代もはずんだから余裕もあるし。さ、行きましょう」


 レイチェルさんは再び店内に戻ると、二階に続く階段をさっさと上っていく。私達は少しの間逡巡した後、その厚意に甘える事にした。


「……すみません、ご一緒させてもらって」


 カフェテリアの端、大通りを見下ろせる窓際の席に着き、まずはレイチェルさんに礼を述べる。彼女は気にしないで、とにこやかに答えた。


「なにせ事件現場で知り合っちゃったものね。しかもそのまま、任意とはいえ警察に連行までされるし。そんなマイナスの印象のまま、あなた達と()()()()()()()っていうのも、ちょっとね……だから今日は、ちょっと格好つけさせてもらったわ」

「そんな、ボクらは別に気にしないのに……ん?」


 ウェイトレスさんが持ってきてくれた水を一口含み、ポーラは小首を傾げた。


「仲良く付き合うって、レイチェルさん。これからもボクらと会いたいって事? いや、もちろん別の学校にも友達ができるのは嬉しい事なんだけどさ。ただその……」

「話の流れから考えて、そういう意味の付き合いというだけではない……ですよね?」


 言葉に詰まったポーラを助ける形で、私がそう言葉を続けると、レイチェルさんは意味深な笑みを浮かべた。


「そういう事。それにしてもあの警部補さんの言ってた通り、凄い洞察力ね。さっきの二言三言だけでそこまで読み解くなんて。ノースヤードの小さな名探偵、なんて言われるのも頷けるわ」

「……ええと」


 今、彼女の話に出てきた警部補というのは、おそらくマイヤーさんの事だろう。私について、一体どういう話をしたのだろうか。一抹の不安を抱えていると、レイチェルさんはさらなる追い打ちとなる話をしてきた。


「聞いたわよ、あなた達ってついこの間ノースヤード女学院で起こった二つの事件を見事解決したんですって? さながら推理小説の主人公みたいな活躍でしたって、あの警部補さん言ってたわよ」

「……マイヤーさん……」

「あはは……」


 軽くこめかみを抑える私の横で、ポーラはなんともいえない笑い声を漏らす。いつの間にそんな大げさな評判になってしまっていたなんて。


「でも、その話のおかげで納得したわ」


 レイチェルさんは真面目な顔をして話を続けた。


「最初に現場で会った時の、あなた達の落ち着きっぷり。もう何度かそういう場面を見てきていたのなら、それも頷けるわね。まあ、全然喜ばしい事じゃないんだろうけど」

「……そうですね」


 ため息まじりに低い声で呟く。と、レイチェルさんはハッとした表情を浮かべ、ごめんなさい、と短く謝ってきた。


「今の言い方はさすがに無神経すぎたわ。別にあなた達の事を皮肉ったりしようという訳じゃなくて、つまりその、ね……とにかく、気を悪くしてしまったわよね。ごめんなさい」

「あ、いえ、大丈夫です。気にしている訳ではありませんから」


 実際、そういう風に言われても仕方のない事ばかり経験してきたのだ。特にこのひと月の間は。その事を今更気にしても仕方がない。ポーラも同じ考えのようで、うんうんと渋い顔で頷いていた。


「まあ世の中にはさ、宝くじの一等に当たる人もいれば、その真逆の目に遭う人もいるって事だよね。よくできてるよ、やれやれ」

「ふふっ、言われてみれば確かにそうね」


 ポーラが肩を竦めるのに合わせて、レイチェルさんは小さく笑う。私はそろそろ話を戻す事にした。


「それで、レイチェルさん。最初の話ですけれど」

「そうだったわね。あなた達と仲良くしておきたいっていうのは、お察しの通り、今朝の事件絡みよ。あなた達なら何かしらの事実を暴けるんじゃないかって思ったの」

「……なるほど。それは、あなたに犯人の嫌疑がかかっているから、それを晴らす為に、という事ですか?」

「それもあるけど……それ以上にね。今朝の被害者、私と同じ高校に通ってる同級生だったのよ」

「それは確かなんですか?」

「ええ。とはいっても、クラスメイトだった訳じゃないんだけど。ただ、彼女、色々と問題のある子で。それで度々関わりはあったのよ」

「問題、ですか?」

「いじめよ。彼女、いじめグループの中心の一人だったのよ」


 いきなり重大な情報が飛び出し、私は軽く身を乗り出した。レイチェルさんは水で口を潤してから、話を続ける。


「クラスが違うから、私も実態を全部知ってる訳じゃないんだけど。何度か、実際にそういう現場を見かけててね。まあカツアゲとか、いじめられてる子を仲間とつるんで囲っていびったりとか。それでその度に私も止めに入ったりはしてたんだけど、まあ……焼け石に水というか。元々素行も良くなかったようだから、仕方ないんでしょうけど」

「ともかく、誰かから恨みを買いやすい人ではあったんですね?」

「ええ。いじめに恐喝に万引きに、とにかくトラブルには事欠かない子だったから」

「なるほど……」


 つまりは怨恨絡みによる事件という線も考えられるのか。しかし、まだそう判断するには情報が少ない。


「レイチェルさん、その件についてもう少し詳しく話を聞かせてもらえませんか?」

「ええ、いいわよ。まずは、そうね…とりあえずいじめの件から、」


 と、唐突に彼女の表情が強張った。その視線は真っ直ぐ階段の方に向けられていて。


「……ドロシー、あなた」


 私達もそちらに視線を向けると、そこには両頬のそばかすが特徴的な、小柄な少女が目を丸くして立っていた。けれど私達と目が合うなり、彼女は小さく呻いて。


「あ、待って、ドロシー!」


 レイチェルさんが呼び止めるよりも早く、彼女はよれや皺の目立つ制服の裾をぎゅっと握りしめ、階段を駆け下りていってしまった。


「……あの、今の子は」


 しばらく呆気にとられた後、私はレイチェルさんにそう尋ねる。彼女は苦虫を嚙み潰したような表情で答えた。


「ドロシー・メイン。あの子が今話そうとしてた、いじめに遭っている子よ」

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