現実世界で「はじめまして」【2】
グットエンディング
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「それじゃあみんな、誰が誰か見当がついていると思うけど、自己紹介から始めようか。ボクは神様だよっ。よろしくねー」
マイクを片手に持ち、満面の笑みを見える美青年こと、神様。
目鼻立ちのはっきりとした、誰もが羨む完璧な顔。彼の容姿は、ハーフなのかと疑いたくなるほど繊細な作りであった。
ゲームの中の神様と殆ど瓜二つの神様は、マイクを握り締めながらソファーの上に立つ。
「それじゃあ、次は……」
神様は無邪気にそれぞれの顔を覗うと、マイクを好青年の口元に近付けた。
「はい、キミ」
「……心も体もクルーエルの物、マサムネです。今日は皆さんにクルーエルと俺の結婚報告をしようと思って、オフ会に参加しました」
眼鏡を掛けた好青年こと、マサムネが興奮気味にそう喋ると、隣の不良青年が小さく「あ」と言ってから、彼の持っていた婚姻届にジュースを溢した。
「あー、ごめんッスー。やっちまったッスー」
「ちょ、お前……!」
台詞を棒読みするかのように言う不良青年の顔をぎっと睨むマサムネ。そして、不良青年も慣れたように低姿勢で睨み返している。
「はいはーい。喧嘩は止めてねー?」
睨み合う二人に対して、満面の笑顔を向ける神様。そんな神様の笑顔の奥から感じる威圧感に圧倒され、マサムネと不良青年は睨むのをやめた。
それを確認した神様は、次に金髪でそこら中にピアスが付いている不良青年にマイクを向ける。
「はい、キミの番っ」
「……エゼフィールッス。よろしくッス」
不機嫌そうに言う不良青年こと、エゼフィール。だけど、少し恥ずかしいのか顔を真っ赤にしている。
その姿を横で見ていたマサムネは、口を両手に押さえながら笑いを堪えていた。
「その顔でエゼフィールとか……」
「うるさいッス、変態さん」
「それも照れてる……っ! 可愛いな、お前」
「そっちの趣味はないッスから、変態さん」
「言われなくても、俺だってない」
二人の掛け合いが楽しかったのか、女子高校生の二人もクスクスと笑っている。
だが小さな女だけは短髪少女の影に隠れながらも、マスクと前髪で顔全体を隠しているから笑っているのかもわからなかった。
「さてさて、お次はキミ達かな?」
神様はマサムネとエゼフィールの掛け合いを無視し、短髪少女と長髪少女にマイクを向ける。
「はいはぁい! 月子だよぉ! よろしくぅ」
長髪少女・月子は神様からマイクを奪い取ると、そのまま勢いよく立ち上がった。すると、その反動で月子の大きな胸が激しく上下に揺れる。
「おお」
「すげぇッス」
マサムネとエゼフィールは、お互いに顔を近付けて目を見開きながらその大きな胸を見る。
そんな二人の態度を見てか、短髪少女はその視線から月子を守るように立ちはだかった。
「ちょ、見えん」
「見なくていいです」
「せっかくの生ぱいおつがもったいないッス」
「もったいなくないです。やらしい目付きで見ないでください。でないと、容赦しませんよ?」
残念そうにする二人に向かって、短髪少女は鋭い目付きのまま両手を構える。その構えは少林寺の構えであり、気迫のこもった瞳は容赦なくエロい視線を送っていた二人に突き刺さった。
「初日はあらゆる格闘技を極めた格闘少女だから、現実では敵に回さない方が良いですよぅ」
短髪少女の影からひょっこり顔を出した月子。だが顔だけでなく、大きな胸も少し見えてしまい、マサムネとエゼフィールの視線がまたエロくなっていることに気が付く。
「ちょ、月! 月は不用心なのよっ!」
「えー、そうかなぁ」
月子は困った表情で言う。だが、一番困っていたのはマイクの奪われている神様であった。
「……ねぇ、月子ちゃん。そのマイク返してもらっていいかな?」
「ふぇ? ああ、はぁい」
月子の魔性っぷりに骨抜きにされつつあるマサムネとエゼフィール、そして天然が炸裂している月子を尻目に、神様は短髪少女にマイクを向ける。
「じゃぁキミ、自己紹介」
「え、っと。私は初日です! 宜しくお願いしますっ!」
短髪少女こと、初日はそう言ってから深く一礼した。
「うん、よろしくね。……あとは」
神様は初日の自己紹介を聞いたところで、あの全身黒ずくめで、前髪とマスクで顔が隠れている小さな女の子の姿を探す。だが、初日の影に隠れていたはずなのに、彼女の姿はなかった。
「あれ、どこいった?」
「……多分、机の下かと」
初日が小さな声で神様に告げる。神様は「ああ」と小声で言うと、すぐに机の下を覗いた。すると、やはりそこには黒い物体が小さくなっていた。
「ここに居た。はい、次はキミだ」
神様は優しい笑顔を見せてから彼女にマイクを向ける。だが、彼女は震えているだけで何も喋ろうとはしない。むしろ、この状況から逃げだそうとしているらしく、慌てて机の下から出ようとする。
「逃げてどうするの?」
逃げようとする彼女の腕を掴み、それを止めた神様。だが、彼女の腕を掴んだ瞬間、少しだけ驚いた。成人女性のわりには細すぎる。栄養失調ではないかというほどに骨と皮しかないような、そんな細さであった。
神様に掴まれた腕を振り解こうとするが、そんな体力もない小さな女はがたがたと震えながら神様を見る。
「自分を変えようと思ったんじゃないのかい?」
神様は優しく言う。その言葉を聞いてか、小さな女のわずかに見える肌――首筋と耳――がほんのり赤く染まっているようだった。
「ほら、出ておいで」
そう言われると、震えながらも神様の言葉に従う小さな女。液晶画面の前に立たされた小さな女に改めてマイクを向けて神様は聞く。
「改めて、自己紹介を」
その言葉を聞いた小さな女は、大きく深呼吸をしてから小さく言葉を発した。
「ク、ク、クル-……エル、だ」
幼い声は震えながらも自分がクルーエルだと主張する。
今にも泣きそうな声は、そこに居た全ての人を沈黙にさせた。
「ふぇ……」
みんなの反応がないことに、より不安を感じたクルーエルは情けない声を発した、その時。
「う、おおおおおっ! 我慢できない、すぐ嫁にしたい、しろ、させろおぉぉおぉおぉぉ!!」
「だめッス!! 俺っちの妹にするッス!」
「月子、家に持ち帰りたぁい」
「だめだよ、月! せめてなでなでだけにしとこう!」
それぞれの反応に、クルーエルはたじろぐ。そんな姿を見て、神様はつい失笑してしまった。
「予想と違ったでしょ?」
「あ、ああ……」
「ほんと、くーちんは馬鹿だなぁ」
神様に至っては、ゲームの中と同じようにクルーエルに接してくれる。
クルーエルはまた泣きそうになった。でも、泣いてはいけないのだと、必死に堪える。
「それに、これ邪魔」
神様の声がしたと思ったら、急にクルーエルの視野が開けた。
気付くと、クルーエルの前髪は上げられ、マスクも取られている。
「な、ななななななななななっ!」
その顔は彼女がコンプレックスだと言っていたほど、崩れているわけではなかった。
少し吹き出物は出来ているが、白い肌にくっきり二重。瞳は大きく、唇も多少ふっくらしている。
「可愛いじゃない」
神様の顔が視野に入ると、クルーエルはより顔を赤らめた。神様の笑顔が彼女にとって眩しくて、目が痛くなる。
「可愛い!」
「ほんとぉ、かぁいいーっ」
「さすが、俺の嫁だ」
「おねー様は可愛いと思うッス」
そう続けて言われると、クルーエルは茹蛸のように顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そんなクルーエルの顔を見て、そこに居た者達は微笑んだ。
――嬉しい、本当に嬉しい。
クルーエルは心の中でそう叫んだ。
初めて出逢った『友人』。それがネットゲームという中の繋がりだったとしても、それだけでもクルーエルは嬉しかった。
今まで一人だった彼女にとって、二五年間生きてきた中で、なによりも嬉しい出来事。
クルーエルは胸に手を当て、自信を持った笑顔でこう言った――。
「みんな、これからも宜しく頼む」
……と。
実はこれでクルーエル編終わりです。
裏話をすれば、クルーエル、神様に恋してます。……気付いてないけど。
では、いつか次の章にてお会いできる日を楽しみに。