第9区 勝者と敗者
メニューは16km。15kmまではペースが設定されていたが、残りの1kmはフリーとなるメニューだった。予選会メンバーを決めるうえでも重要な練習だった。参加したメンバーは1年生は山田一人。2年生は俺、森田、広瀬。3年生は水田先輩、林先輩を含めた6人。そして4年生は加藤先輩を始めとした9人がいた。その中から予選会に出られるのは12人。熾烈な戦いだった。
スタート直前、珍しく森田と山田が緊張の面持ちを見せていた。あの二人が静かに真剣な顔をしている。この緊張感は久しかった。俺は去年は三次合宿の似たような練習で離れた。そのままケガをして予選会は走れなかった。去年よりも強くなった自信はある。
練習が始まり、まずは15kmのペース走だ。ここはとにかく余裕をもって終えたい。残りの1kmが勝負になる。そこまでは力を温存したい。去年はここで一杯一杯になってしまい、1kmまで持たなかった。だが今年は違った。5kmを過ぎても、10kmを過ぎても余裕を持てていた。
(行ける!)
手ごたえしかなかった。
山田と森田も頑張っている。4年生が一人、二人と遅れている中粘っている。が、余裕はなさそう。すでに苦しそうな顔をしながら必死に走っている。
「まだここからだぞ。気持ちで負けんな。」
加藤先輩が後ろから激を飛ばしている。俺も余裕はあるとはいえあそこまでのことはできない。さすがだ。だが、山田と森田には離れてほしくない。俺はあいつらとも予選会を走りたい。4年生だけに任せるわけにはいかない。下級生が頑張らなくては。
「みんなしんどい・・ハァ・俺も・・だから・・・行こう。」
なんとか声をかけれた。二人もそれを聞いて再び前を向き直した。頑張れ。頑張ろう。
15km手前まさかの出来事が起きる。俺の視界の隅で一人の選手が集団の前から下がっていくのが見えた。その背中は常に俺が見続けていたもの。最近は遠すぎて見えなくなっていたもの。急に近づいたかと思えば、そのまま俺の後ろに消えていった。
広瀬が遅れた。
「・・・!!」
加藤先輩が何かを叫んでいるが、俺はもう聞く余裕もない。あれが広瀬なのかもちゃんとは見えなかった。だが、なんとなくで感じた。あれは広瀬だ。俺は性格がよくないと実感した。広瀬が離れるのはチームにとって悪いことだ。想定外の出来事だ。だが、それでも俺は力がわいてきた。広瀬に勝てる。わかってる。広瀬は無茶をしていた。誰よりも練習をして頑張ってきた。俺なんかよりすごい選手だ。だが、今この時、俺は広瀬に勝っている。力があふれてきた。性格が悪い。
ラスト1km。俺は加藤先輩に続く2番目にゴールした。加藤先輩は広瀬の面倒を見ていた影響でみんなより5秒ほど遅れて1kmを始めたにもかかわらずあっという間に全員を抜いていった。山田と森田は10番目と11番目。みんなの想像を超える大健闘だ。広瀬は集団から遅れつつ12番目。嬉しさはあった。だが、それを表情に出すほど空気を読めない男ではない。
その日の夜、山田と森田と三人で小さなお祝いをして、その日は終わった。
‐‐‐
夏合宿を終え、寮に帰ってきた。俺は夏合宿を乗り切った。大きな進歩だ。ひとまずのやり切った感とともに部屋に戻った。
「お疲れ様です。二番目でのゴール、すごいですね。」
川谷が出迎えてくれた。練習の内容はチーム全員に共有されている。俺の走りも知ってくれていたらしい。
「ありがとう。あの時は神ってた。」
ちょっと調子に乗りすぎかな。まぁそんなくらいでいいだろ。
「広瀬先輩に勝ったのも久しぶりなんじゃないですか?」
「・・・あぁ。うれしいのはうれしいけど、素直には喜べんな。」
あいつの調子が悪いことはなんとなくわかってた。もしかしたらどこかにケガでもしてたかもしれない。それだけあいつは無茶をしていた。
「広瀬先輩は大丈夫なんですか?」
「わからん。あいつのことだからどうにかするとは思うけど。」
「あんま話してないんですか?仲いいと思ってました。」
仲いいか。どうなんだろうか。俺はまだあいつのことをライバルだと思っている。だからこそ勝ったらうれしい。だが、あいつにとって俺はもうライバルじゃない。負けるとは思ってない相手。そんな奴に負けたうえで話しかけられたら嫌な気分になるだろう。そう考えると話しかけられなかった。
「加藤先輩は広瀬がああなること分かってたんですか?」
俺は加藤先輩に相談することにした。俺より加藤先輩の方が今の広瀬を励ますには適任だと思った。
「まぁ苦しむとは思ってた。」
じゃあなんで止めなかったんだ。そう言いたげな顔をしてしまった。
「俺が止めても聞かなかったと思う。それに、自分で気づいた方が後々のためだ。」
「加藤先輩の言うことなら、聞くと思いますよ。」
確かに、自分で気づくことも大切だ。だが、予選会までこの調子でいられるのは困る。あいつを戻せるのは加藤先輩だけだ。
「いや。お前だろ。」
「え?」
俺?なにが?
「広瀬はお前の言うことなら聞くと思う。」
なんでだ?俺はもう広瀬の視界にも入ってないはず。
「今の広瀬は、お前のことしか見てないぞ。お前に抜かれたくないと俺に何度も相談しにきた。」
まじか。知らなかった。加藤先輩と話していたのは俺に追いつかれないようにするためだったのか。
「だが、お前に負けた。俺は広瀬のやりたいようにやればいいとアドバイスをしたが、結果負けた。
あいつは今、俺も、自分も信じられなくなってる。」
俺はしばらく考えた。どう話しかけるのがベストなのか。チームのため俺たち下級生が頑張らないとダメなんだよ。あの時はたまたま俺が勝っただけで、広瀬の方が強いよ。わからん。結局、9月末の予選会のメンバーを確定する選考の意味を持ったタイムトライアルの日になってしまった。
トライアルには選抜合宿に選ばれなかった選手も参加する。もちろん、川谷も参加する。絶対負けられない。だが、それよりも気がかりは広瀬だった。夏合宿以降はそこまで無茶をしている感じはしなかったが、調子が上がってるとは言い難い。このままでは予選会メンバーに選ばれるかどうか怪しいラインだ。なんて声をかければいいのか。まだ分からない。このままじゃやばい。焦りつつも自分のことでも手一杯で広瀬のことに集中できない。結局スタート直前になってしまった。スタートラインに並んだ時、おれのとなりには広瀬がいた。
「お前には、負けたくない。絶対勝つ。」
とっさに出てしまった。ただの本音を言ってしまった。励ますのも元気づけるのも、全部忘れて。
だが、広瀬は笑った。久しぶりに笑顔を見た。
「俺も。」
一言だけつぶやいてトライアルは始まった。




