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【10話完結オムニバス】理不尽な男を捨てたら、理想の溺愛に出会いました。〜大人のリベンジ愛短編集〜  作者: かぶんす
「私がいないとダメ」は嘘でした。 30歳無職のクズヒモ男を捨てたら、推しの年下ミュージシャンに全力で溺愛されています。

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第1話:甘い毒と「私がいないと」という麻薬

こちらは現代恋愛 第3弾として投稿いたします。

毎日20:10に投稿いたします。


現代恋愛オムニバス、気にっていただきましたら、ブックマーク・★評価よろしくお願いします。

感想やレビューもお待ちしております。

智樹ともき、今日のご飯、唐揚げでよかった?」


キッチンの油の音に声を張り上げると、リビングのソファからくぐもった声が返ってきた。


「んー、何でもいい。あ、そうだ真由、タバコ切れてたわ。あとで買ってきて」


スマホの画面から目を離さずに吐き捨てられた言葉に、私は「うん、分かった」と短く返した。


私の名前は真由まゆ、三十歳。都内の不動産会社で事務として働いている。

そして、この狭いワンルームマンションで一緒に暮らしているのが、中学・高校の同級生でもある彼氏の智樹だ。


油の跳ねる音を聞きながら、私は胸の奥に澱のように溜まる重苦しい感覚を、必死に飲み込んだ。


(大丈夫。智樹は今、人生で一番辛い時期なんだから。私が支えてあげなきゃ)


自分にそう言い聞かせるのは、もう何度目になるだろう。


智樹と再会したのは一年前のことだった。

共通の友人経由で連絡を取り合うようになり、カフェで久しぶりに会った時の彼は、どこか大人びて洗練されていた。


『俺さ、今は東京の弁護士事務所で働きながら、司法試験の勉強してるんだ。金融系に強い弁護士になりたくてさ』


そう語る彼の目は輝いていて、昔と変わらない無邪気さと、大人としての頼もしさを感じさせた。

だが、付き合って数ヶ月が経った頃、彼の両親が相次いで事故で亡くなった。

一人っ子だった智樹はひどく落ち込み、葬儀が終わると、まるで逃げ込むように私の部屋に転がり込んできたのだ。


『真由しか頼れる奴がいないんだ……。親がいなくなって、俺、どうしていいか分からなくて』


すがりつくように私を抱きしめた彼の体温と、濡れた目。

その時、私の中で妙な優越感と責任感が芽生えたのを覚えている。


――この人は、私がいないとダメになってしまう。

――私が、彼の唯一の居場所になってあげなきゃ。


それはまるで、甘くて危険な麻薬のようだった。誰かに強く必要とされる感覚が、三十歳を迎えて将来に不安を抱いていた私の心を、じんわりと満たしていったのだ。


「真由ー、喉乾いた。お茶持ってきて」


ソファからの呼び声に、私は火を止めて冷蔵庫から麦茶を注いだコップを持ち、リビングへと向かう。


「はい、どうぞ。勉強、進んでる?」


智樹はコップを受け取り、一口飲むと不機嫌そうに眉をひそめた。


「まあね。でもさ、司法試験って甘くないわけ。ただテキスト読むだけじゃ意味ないんだよ。実務の現場を知るために、いろいろ人脈作ったり、裏の金流れ見たりしなきゃいけないの。真由には分からないだろうけど」


「そう、なんだ……。弁護士事務所のお仕事は? 最近、昼間に家にいることが多い気がするけど」


私が恐る恐る尋ねると、智樹はあからさまに煩わしそうな溜息をついた。


「言っただろ? 外回りと調査が多いんだって。事務所にずっと座ってるだけが弁護士の仕事じゃないの。疑ってんの?」


「ううん、違うの。ただ、無理してないかなって思って」


「心配すんなって。俺には俺のやり方があるんだから。あ、それより今月の家賃、真由の口座から落ちるようになってるよね? 俺、今ちょっと手持ちの口座が凍結手続き中でさ」


「うん、払っておいたよ。両親の遺産の手続き、まだ時間かかりそうなの?」


智樹の両親は地元でそれなりの資産家だったはずだ。だが、彼が私の家に来てからというもの、お金の話になるといつも曖昧にごまかされる。


「まあな。弁護士費用とかいろいろかかんだよ。手元に入ったらちゃんと返すからさ。真由は俺のこと信じて待ってればいいんだよ」


智樹は私の腰に手を回し、頭を胸元に寄せてきた。


「真由がいてくれてよかった。真由がいなかったら、俺、本当にどうにかなってたよ。世界で一番愛してる」


「智樹……」


耳元で囁かれる甘い言葉。

さっきまで胸の中に広がりかけていた不信感が、その一言で一気に吹き消されていく。

やっぱり、彼は私が支えてあげなきゃいけないんだ。彼には私しかいないんだから。


そう思い込もうと、私は彼の背中に手を回した。



しかし、その「安心感」は長続きしなかった。


週末の夜、智樹は「勉強仲間を連れてくる」と言って、三人の男性を部屋に招いた。

狭いワンルームに足を踏み入れた男たちを見て、私は思わず息をのんだ。


だぼついたスウェットに、首元から覗く派手なタトゥー。くわえタバコのままズカズカと部屋に入り込み、土足に近い感覚でフローリングを踏みつけていく。


「ちわーっス。智樹の連れ? 結構可愛いじゃん」


蛇のような目をした男が私を上から下まで舐めるように見回し、ニヤリと笑った。


「おい、真由に変な気起こすなよなー」


智樹は冗談めかして笑いながら、男たちの肩を叩く。そこには、弁護士を目指して勉強に励む知的な青年の姿は微塵もなかった。


「真由、缶ビールとつまみ出して。足りなくなったらコンビニで買ってきて」


「あ、うん……」


私は急いでキッチンに向かい、怯えながらビールと缶詰を盆に乗せて運んだ。

彼らはリビングのローテーブルを囲み、酒を飲みながら大声で笑い合っている。


「でさぁ、先週のパチンコ、マジで激アツでさー」

「智樹、お前あの後いくらすられたんだっけ? 五万?」

「言うなよ! 次で取り返せばいいんだからよ」


漏れ聞こえてくる会話に、私の心臓がドキンと跳ねた。


(パチンコ……? 五万……?)


智樹は「気分転換に、問題ない範囲でたまにギャンブルをするくらいだ」と言っていたはずだ。それに、親の遺産手続きで手持ちがないと言っていたのに、そんな大金をどこから……?


「おい真由、氷なくなった。持ってきて」


智樹の声にハッと正気に戻り、「はい」と声を絞り出す。

氷を運ぶ途中、ガラの悪い男の一人が私に声をかけてきた。


「お姉さん、智樹から聞いてる? こいつ、金払い良くて助かるわ。また飲みに行こうぜ」


「金払い……?」


「おう。俺らにいい店教えてもらうからって、いっつも奢ってくれるんだよなー」


男たちがゲラゲラと笑う。智樹は一瞬、気まずそうな顔をして「余計なこと言うなよ」と男の肩を小突いた。


私は氷の入ったペールをテーブルに置き、逃げるようにキッチンへ戻った。


(なにかが、おかしい……)


智樹の言う「人脈作り」とは、この人たちのことなのだろうか。

「実務の現場を知る」とは、パチンコ店に通うことなのだろうか。


キッチンの隅で小さくなりながら、私は自分の手を強く握りしめた。

手心がじんわりと汗ばんでいる。


智樹は両親を失って傷ついているんだ。だから、少し羽目を外してしまうこともあるのかもしれない。私が理解してあげなきゃ。私が彼を正しい道に戻してあげなきゃ。


「私がいないと、あの人は駄目になる」


頭の中で、その言葉を呪文のように繰り返す。

そう思わなければ、目の前で繰り広げられる異様な光景と、胸を刺すような疲労感に押しつぶされてしまいそうだった。


夜が更け、男たちが嵐のように去っていった後、部屋には吸い殻の臭いと散らかったゴミだけが残された。


「あー楽しかった。真由、片付けよろしくな。俺、ちょっと疲れたから寝るわ」


智樹は散らかった部屋を顧みようともせず、ベッドに横になり、すぐにいびきをかき始めた。


私は一人、静まり返った部屋でゴミ袋を広げ、空き缶を拾い集める。

手が震えていた。


「大丈夫……大丈夫……」


呟く声が、虚ろに部屋に響く。

智樹からの「愛している」という言葉だけを命綱にして、私は自分自身を偽り続けていた。


この時の私はまだ知らなかった。

自分が「支えている」と思っていたものが、ただの巨大な嘘と搾取の上に成り立つ、底なしの泥沼であったことを。


そして、その泥沼の中で私の心が、少しずつ、確実に壊れかけているということを。

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