序章 エレベーターは異世界につながっていた
42歳、係長。上司に怒られ、部下は辞め、毎日終電。
気づいたら会社のエレベーターから異世界に飛ばされていた。
しかしそこでも待っていたのは——魔王軍の侵攻、貴族との予算交渉、言うことを聞かない勇者。
気づけば王様の側近に。気づけば国を動かしていた。
最強のスキルは剣でも魔法でもない。
議事録・根回し・誰も責任を取らない案件の処理。
異世界に転生しても、結局おれは中間管理職だった
異世界に転生したのに、また中間管理職でした
序章 エレベーターは異世界につながっていた
時刻は二十三時四十七分。
田中義則、四十二歳。係長。独身経験ゼロ。趣味なし。特技は「誰も責任を取らない案件を気づいたら処理していること」。
本日の残業時間、四時間三十分。
エレベーターのボタンを押しながら、田中は今日の振り返りをしていた。振り返りといっても達成感があるわけではない。ただの敗戦処理の確認だ。
午前中——部長に呼ばれた。「例の件、どうなってる」。例の件が何なのか部長本人も把握していないのは、この三ヶ月で学習済みだ。「現在調整中です」と答えると「早くしろよ」で終わった。会話の情報量がゼロだった。
午後——後輩の山田が「ちょっといいですか」と声をかけてきた。嫌な予感がした。正解だった。「転職することにしました」。三人目だ。今年三人目。田中の部署は今や、転職の踏み台として業界に名が通りつつある。
夕方——取引先からクレームの電話。担当者は直帰していた。田中が対応した。担当案件でもない。でも出た。出てしまった。出てしまったら最後、「田中さん、お願いします」になる。なった。
そして深夜——誰もいないオフィスで、田中一人が議事録を完成させた。
エレベーターが到着した。
田中は乗り込み、一階のボタンを押した。
ドアが閉まる。
いつもと同じ、蛍光灯がやや黄ばんだ、どこか狭い箱の中。
ふと思った。
——俺、いつまでこれやるんだろう。
答えは出なかった。十五年、同じ問いを立てて、十五年、同じように答えが出ていない。
エレベーターが動き始めた。
——のだが。
なんか、揺れた。
縦方向に。
下ではなく、なんか、斜め下というか、ナナメというか、方向の概念が崩壊するような感じで。
田中は思った。
——点検中のやつ、乗っちゃったかな。
次の瞬間、光った。
エレベーターの中が、まるごと。
田中は思った。
——蛍光灯、切れかけてたのか。
その次の瞬間、床がなくなった。
田中は思った。
——は?
目が覚めたら、草原だった。
青い空。白い雲。遠くに山。風が吹いていて、草が揺れていて、どこかで鳥が鳴いていた。たいへん牧歌的な光景だった。
田中は上半身を起こし、あたりを見回し、一分ほど無言でいた。
それからスマートフォンを取り出した。
圏外だった。
田中は空を見上げた。
——迷惑かけた人に連絡できないな。
クレームの件、引き継ぎメモを書いていなかった。山田の離脱で穴が開いた案件の調整、途中だった。来週月曜の会議の資料、まだ五割だった。
田中は立ち上がり、ズボンについた草を払いながら、とりあえず道を探すことにした。
異世界かどうかはまだわからない。わからないが、とりあえず人を探して、状況を確認して、関係各所に連絡を取る必要がある。
いつもと同じだ、と田中は思った。
わからないことが起きたら、まず情報収集。次に関係者への共有。そして優先順位をつけて対処する。
足元の草を踏みながら歩き始める。
遠くに煙が見えた。人里だろうか。
田中義則、四十二歳。
異世界に来ても、やることは変わらなかった。
第一章へつづく




