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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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第38話 勝った牧場に、預けたい牝馬

 連勝の三日後、榊原ファームに見慣れない四駆が入ってきた。


 朝の作業がひと段落しかけた時間だった。

 恒一は水桶を戻す手を止め、砂利を踏むタイヤの音を聞いた。


 勢いがない。

 でも、引き返すつもりもない。


 迷った末に腹を決めて来た車の入り方だった。


「兄さん」


 事務所の戸から美緒が顔を出した。


「予約、入ってない」


「分かってる」


「断る?」


「まず、用件だけ聞く」


 四駆から降りてきたのは、五十代半ばくらいの男だった。

 作業着でも背広でもない。

 牧場を歩く靴は履いているが、大手の関係者みたいな余裕はない。


 助手席からは年配の女性が一人降りた。

 言葉より先に厩舎の方を見る目だった。


「すみません」


 男が頭を下げた。


「榊原さんですか」


「そうです」


「小田切といいます。急に来て申し訳ありません」


「今日は予定外です。長くは取れません」


「一言だけで構いません」


 小田切はそこで言い切った。


「牝馬を一頭、預かってもらえないかと思って来ました」


 美緒が横目で恒一を見る。


 見学じゃない。

 売買でもない。

 繁殖預託だった。


「事務所で聞きます」


 恒一が言った。


「ただし、受ける前提ではありません」


「それで十分です」


 事務所に入ると、小田切は血統表と簡単な記録を机に置いた。


「馬の名前はミカヅキノユメ。六歳です」


「若いですね」


「若いです。ただ、楽な牝馬ではありません」


 そこで同席していた女性が口を開いた。


「気が細いんです」


「ご家族ですか」


 美緒が聞く。


「姉です」


 小田切が答えた。


「今は二人で見ています」


 記録を見る。


 競走成績は地味だった。

 勝ち上がりまでは行っている。

 繁殖に上がってからはまだ一頭目を出していない。


「黒峰には?」


 恒一が聞いた。


 小田切は苦く笑った。


「話はしました」


「断られたんですか」


「“悪くはないが、優先しない”と」


「……」


「あと、“今のうちには向かない”とも」


 いかにも黒峰が言いそうな言葉だった。


「気が細い。環境変化に弱い。脚元も少し不安がある」


 小田切は続けた。


「だから、大きく回すところには置きにくい」


「なのに、うちに?」


「タチカゼを見ました」


 小田切ははっきり言った。


「二着の時も、勝った時も」


「……」


「急に強くした馬じゃなかった。壊さず、我慢を覚えさせて勝たせたように見えた」


 言い当てられていた。


 美緒が書類をめくる。


「預託料は?」


「払います。相場も分かっています」


「その上で、どうしてうちなんですか」


「雑に扱われると終わる牝馬だからです」


 小田切は少しも迷わなかった。


「でも、終わった牝馬だとは思っていない」


「黒峰は違った」


「向こうは“切るほどではないが、優先しない”でした」


「だから、うち?」


「昨日までの榊原ファームなら来ていません」


 小田切が言う。


「でも今の榊原ファームなら、見てもらう価値があると思った」


 そこまで言われたら、見ないわけにはいかなかった。


「馬は?」


 恒一が聞く。


「連れてきています」


「見てもらう前提で来たんですね」


「見てもらえずに断られるなら、それも答えだと思って」


 玲奈がその時、事務所に入ってきた。

 空気を一度見てから、机の紙に視線を落とす。


「話は?」


「繁殖預託」


 恒一が言う。


「勝った直後に?」


「そう」


 玲奈は小さく息を吐いた。


「来ると思った」


「受けるかはまだ分からない」


「当たり前」


 外へ出る。


 ミカヅキノユメは車の影でじっと立っていた。

 小柄な栗毛。

 見映えで押す馬じゃない。

 首を少し高くして、周囲を気にしている。

 ただ、怯えて暴れるところまでは行っていない。


「近づきすぎないでください」


 姉が言った。


「人が増えると固まるので」


「分かりました」


 恒一は少し距離を取ったまま馬を見る。


 視界に文字が浮かぶ。



ミカヅキノユメ

気性安定:C

環境変化耐性:D+

脚元耐久:C-

受胎安定:B

母系活力:A-

産駒伝達率:A-

繁殖価値:B

脚元リスク伝達:C

推奨対応:少数管理/接触人数制限/馬房位置固定

総評:手はかかるが、母系の芯は強い。雑に回すと沈むが、丁寧に持てば返る



 返る。

 そこが大きかった。


「兄さん」


 美緒が小声で呼ぶ。


「どう?」


「受ける価値はある」


「でも?」


「手はかかる」


「かなり?」


「かなりな」


 玲奈は少し離れた場所から馬を見ていた。


「脚元は?」


 恒一が聞く。


「弱い」


 玲奈は即答した。


「壊れてるわけじゃない。でも、雑に立たせると怖い」


「気性は」


「人が増えると固まる。移動のあとに食いも落ちやすい」


「受けるなら?」


「余白が要る」


「……」


「この一頭のための余白。今の頭数のままで抱えるならいい。増やすならやめた方がいい」


 その言い方は重かった。


 今の榊原ファームで、一番高いのは余白だった。


 小田切が遠慮がちに口を開く。


「無理なら、はっきり言ってください」


「無理ではありません」


 恒一が答えた。


「ただし、勝ったから何でも受ける段階でもない」


「分かっています」


「この牝馬だから見ています」


「そうです」


 返事は早かった。


「売るつもりもありません」


「それも分かります」


「扱いに困っているだけではありません」


「残したい。でも、今の場所では持ち切れない」


「……」


「だから、持てるところへ預けたい」


 美緒が横で言う。


「受けたら当然お金は入る」


「ああ」


「でも、馬房も人手も食う」


「そうだ」


「今のうちは、“空いてるから入れる”じゃない」


「分かってる」


「入れるなら、何を入れないかを先に決める話」


「……」


「そこまでやるなら、ただの預かりじゃなくなる」


 その通りだった。


 今の榊原ファームで繁殖預託を受けるなら、置いておくだけでは済まない。

 管理の中身ごと引き受けることになる。


 小田切の姉が初めて少し表情を緩めた。


「その言い方をするなら、まだ望みがありますね」


「何がですか」


 美緒が聞く。


「うちも、置いておける場所なら来ていません」


「……」


「この馬、雑に無事なら意味がないんです」


 恒一はもう一度、ミカヅキノユメを見た。


 地味だ。

 手がかかる。

 でも、芯はある。


 黒峰が切り捨てた理由も分かる。

 そして、うちに持ち込まれた理由も分かる。


「受けてもらえますか」


 小田切が聞いた。


 恒一はすぐには答えなかった。

 勝った直後の勢いで何でも抱えるのが、一番まずい。


 だから先に、条件を口にした。


「外から受ける繁殖は、この秋冬は一頭だけです」


「……」


「その一頭を受けるなら、この馬にします」


「はい」


「見学動線も、接触人数も、馬房位置も、うちの基準に合わせてもらう」


「分かりました」


「勝ったから預ける、ではなく、任せた理由を管理で返します」


「……」


「それが嫌なら受けません」


 小田切はそこで大きく息を吐いた。


「それでお願いします」


「即答ですね」


 恒一が言うと、小田切は少しだけ笑った。


「黒峰では、その言い方はされませんでした」


「どう言われましたか」


「“悪くないが、優先しない”です」


「……」


「でも今の言い方なら、預ける意味がある」


 受ける。

 その言葉が腹の中で少し重かった。


 勝ったあとに来た最初の仕事だ。

 だからこそ、軽く受けちゃいけない。


 美緒が横で言う。


「兄さん」


「なんだ」


「今の、かなり牧場主っぽかった」


「前は違ったか」


「前は“助かるなら受ける”が先だった」


「……」


「今は“持てるなら受ける”になってる」


 玲奈が短く頷いた。


「それならいい」


「お前は毎回それだな」


「大事なところだけ見てるから」


 ミカヅキノユメは、まだ少し首を高くしていた。

 でも、さっきより耳の忙しさは減っている。


 この一頭が返るかどうかで、タチカゼの勝ちが本当に牧場の仕事へ変わる。


 そう思うと、背中が少し重くなった。

 でも、それは悪い重さじゃなかった。


 勝った。

 だから値段が上がった。

 見学が増えた。

 順番も変わった。


 でも今度は違う。

 勝ったから、難しい仕事が来た。


 その方が、たぶん本物だった。


---


榊原恒一の現状


牧場経営力:B+


配合読解:C-


繁殖観察:A-


若駒評価:A


現場判断:A


資金繰り判断:B


交渉・信頼:A-


牧場再建度:36%



榊原ファーム経営状況


現金余力:低


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:上昇中


若駒資産価値:A


自家保留価値:A


牧場ブランド:C+


倒産危険度:高



補助表示


若馬売却成否:成立


育成先:北斗トレーニングファーム


受託繁殖:ミカヅキノユメ 受入決定


管理方針:少数管理・接触人数制限・馬房位置固定

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