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クィア

ナツが湯殿に来た頃には夜の11時を過ぎていた。

仕事終わりに【歌い手ギルド】の人達とご飯を食べに行き、盛り上がって帰社するのが遅くなってしまったのだ。

帰りはカオルがまた律儀に送ってくれたので何も問題は無い。

アスフィリアは仕事でこの間から会えていないので寂しい感じはあったが、仕事は楽しいので気は紛れていた。

夜の遅い時間では、湯殿に人はいない。なので、鼻歌を歌いながらナツは踊るように身体と髪を洗って湯船に浸かった。

疲れが癒される。幸せな気分だ。


「極楽だぁ」

「……誰かと思ったら、ナツやないか」


急に声が聴こえたのでナツはビクッと思い切り身体を震わせてしまった。完全に貸し切り状態だと思ってたので鼻歌も聴かれていたかも知れない。


「驚かせてすまんな」

「……エミル様……」


湯気で姿が見えなかった先客は、金髪美人のエミル様だった。

綺羅びやかな容姿に目を奪われる。

イケメンというよりかは、美人と表現した方がしっくり来るのは何なんだろう。

ちなみにエミル様と呼んでいるのは、以前、格好良く助けて貰った事があり、尊敬の意を込めての事だ。


「此処、女湯だったんか。よう見とらんかったわ」

「この時間じゃ気にしないよね」


湯船は効能付きの濁り湯なので互いの裸体は見えない。


「混浴でもええんか?」

「構わないよ」

「ナツはええ子やね」

「エミル様は?あたしに見られるの嫌だったら先に出るけど」

「オレも気にせんわ」

「良かった」

「仕事終わりか?」

「うん。【歌い手ギルド】の人達とご飯食べに行っててこの時間になっちゃった」

「仲良いなぁ」

「エミル様も仕事帰り?」

「あぁ。さっき帰社した所や」

「お疲れ様です」

「どーも」


近くでご尊顔を拝めると、本当に綺麗な顔立ちだなと感心してしまう。睫毛は長いし、唇は艶っぽいし、肌も白いし荒れてない。


「……そんなに見られると緊張するわ」

「あ、ごめんなさい……。見とれちゃって……」

「ナツも綺麗やで」

「ありがとう。でも、エミル様はあたしよりももっと美人だよ」

「そうかぁ?嬉しいわ」

「肌荒れとかしないの?」

「そんな気にせんし、ベタベタするもん塗るの嫌いやから基本は何もケアしてないで」

「えー……それでそんなキメ細やかな肌なんだ」

「皆、美人言うけど、ヒースやアスフィリアだって美人やろ?」

「まぁ、そうなんだけど……。皆違った魅力というか、雰囲気?放っててあたしは癒されてるよ」

「それなら良いわ」


美人な上に声も良い。耳に優しく響く安堵する声。


「あぁ、そういやこの間、大変やったって?」

「ん?」

「アスフィリアと拉致られたんやろ?よう無事やったな」

「あぁ……。あたしは何もされてないし、そもそも逆恨み?だし。アスフィリアに難癖付けるのは筋違いだったって話だ」

「それで、あんたがぶっ飛ばしたんか」

「………うふふ」

「相手は冒険者ギルドやろ?下手したら死ぬで?」

「そうだね……。弱い奴等で助かった」

「ナツ」


不意に手を握られ、ナツはドキッとした。


「お前が強い事はよう知ってる。だから、あんま一人で戦わんで……。こんな綺麗な顔に傷が付いたら勿体ないわ」

「……うん。気を付ける……」


エミルにはナツが喧嘩が強い事を知られている。

その最中に助けて貰ったのだからバレるどころの話ではなかった。ギルドの人達には内緒にとお願いすると彼は快諾してくれた。


「勝手に握って悪いな」

「いや……大丈夫よ」

「……オレが、美人やから不快とは思わないって?」

「誰だってそうじゃないの……?それに知ってる人なら多少の安堵があるし、不快にはならない」

「外見差別やない?」

「人は見た目が勝負って言うじゃない?外見は大事だよ」

「それは、敵を増やす言い方やで」

「天然美人は得だよ、何かとメリットが付いてくる。だからそれを武器にして使わなきゃ勿体無い。それに、美人かブスかなんて責められてもそれはその人の所為じゃないわ。持って生まれたものが偶々備わっていただけ。どんなにブスでも性格さえ明るければ可愛いものよ」

「……ナツが、美人やからそう言えるんやろ?もし、皆から指を差される位のブスやったら、そんな言葉は吐かんで」

「そうだろうねぇ。でも、あたしは綺麗である為に努力してるよ。美人でも中身が詰らなかったら宝の持ち腐れだし」

「……そうか?」

「ムカつく?」

「同性に言ったら友達にはなりたないな」

「そうだよね」


ナツは可愛らしく笑ってみせた。


「……そういや、二人きりでこう話すのは久々やね」

「あぁ……確かに。エミル様、ギルドに居ないから」

「ずっと仕事やってん。オレの場合は遠方が多いからな」

「慣れた?」

「慣れたわ。ナツはどうなん?店は順調か?」

「順調順調。この間、1週間位お休みしても、お客さん達離れなかった」

「そりゃ嬉しいなぁ……。あぁ、メイメイの件か」


エミルは思い出した様に呟く。

彼が帰社した頃にはメイメイはもう元気になっていた。


「ひっどいやられ方してたんやろ?ライスが治したんか?」

「そう。あの子、凄いよね」

「能力は優秀なんやけどねぇ……。愛想をどっかに置き忘れたんちゃう?」

「んー……笑って欲しいなとは思うけど」

「あいつ、言葉もキツイから何か言われたらオレに言いや」

「うん……。ありがと、エミル様」


夜も深まる時間ではもう湯殿に来る者はいない。

夜勤の人達もいる為、湯殿は一日中稼働している。

なので、今この場で何かが起きても誰にも気付かれない。


「……ナツは、アスフィリアが好きなん?」

「……ん!?」


いきなり何を聞いてくるのかとナツは答えに詰まった。


「あれ?違うた……?そんな気したんやけど……」

「いや……。合ってるよ……唐突だったから吃驚した……」

「あぁ、すまん。急過ぎたな」

「……アスフィリアの事は好きよ。もう皆にバレてんのかな」

「知らんのは互いだけや」

「………そっか」


そんなに解られてしまう位、ダダ漏れなのだろうか。

それより、互いという事はアスフィリアも同じ想いを……?

あれ……?この間も似たような話をした気が……。


「誰かを好きになるて、どんな感じなん?」

「えっ……」

「オレは性的な事には頓着無いねん。恋愛もよう分からん。だから、好きな人に一生懸命想いを伝える意味も理解出来ん」

「……そういう人もいるんだね」

「居るやろ。同性愛とか知らん?」

「知ってるよ」

「偏見は無いねん。ただ、同じ人をずっと好きでいられる精神が分からん。ナツの事は好きやけど、ギルドの仲間としての感情や。今、この場でキスしたいとかえっちしたいとかは思わないんよ」

「あら。じゃあ、エミル様と一緒なら安心だね」

「ナツみたいな美女と混浴しとったら普通の男は襲うで?」

「男が皆、狼みたいな言い方」

「そういうもんやないの?」

「あ、そしたら興奮とかもしない?下半身の方」

「せんなぁ……。勃った事無いわ」

「フラストレーション溜まらない?」

「よう分からん」


ナツにも性的欲求はある。アダルトヴィデオをたしなむ位なのでそういう類いのものは好きだ。男の人はみんなそうなんだと思っていた。ナツの世界にも、エミルのような人間はいた。

自分の性に拘らない。恋愛感情が不明瞭など色々。

それでもやりたい事をやって満喫している人達を知っている。


「こういう話すると大抵の奴等は変人扱いや。可笑おかしいて指差して笑うんよ。お前は皆と違う。せやから仲間にはなりたないて……。まぁ、普通の反応やな……。みんなと違うは怖いことや」

「違うよ?おそれる事なんかじゃないよ」


真っ直ぐな目で断言され、エミルはナツから目をらせなくなった。


「みんな違う人間だもん。どこかしら合わない部分もあって当たり前じゃん。自分を基準に考える奴等の言うことなんか大した事ないよ。えらい騒いでんなぁ……くらいに思っておけば良いんだよ」

「……でも……男として終わっとるとか、可哀想とか言われたら泣いてまうわ」

「良いじゃん。泣いちゃえ!その方が洒落てるよ」

「……ほんまに?」

「何でも《可哀想》って決めつけるのは良くないと思うんだ。さっきの話じゃないけど、綺麗じゃなくて可哀想とか、結婚出来なくて可哀想とか色々言ってんじゃん?それって何を基準に可哀想って言ってるのかなって。そういう貴方は可哀想じゃないんですか?それで満足ですか?って。確かに受ける側にとってはマイナスな言葉だけど、言い換えちゃえば良い意味になると思うのよ」

「例えば?」

「そうね……。結婚してないなんて洒落てるじゃーん!とか?」

「……あんまいい気にならんけど……」

「じゃあ……同性の人が好きなんてめっちゃお洒落じゃん、とか?」

「あぁ、まぁ……それなら嬉しいわ」

「《可哀想》って言葉を《オシャレ》って意味に変換したら、世界はもっと色付くよ」

「……楽しそうやね」

「うん。楽しくなってきた」

「……ナツに会えて良かったわ。ずっと悩んでたからな」

「解決された?」

「解消されたわ。ありがとうな」

「どういたしまして」


褒められてテンションが上がってしまう。

お風呂でこんなに話をするとは思わなかった。


「明日も店あるんか?」

「うん。エミル様もお買い上げしてくれると嬉しい」

「何時からやったっけ?」

「午後3時開店だよ」

「……夕方くらいに顔出すわ」

「ありがとう。エミル様はお休みなの?」

「あぁ。久々にゆっくり休める」

「良かったね」

「ナツにも会えたしな」

「元気パワー送ってあげる」


ナツは笑顔でエミルの両手を握り、暫く目を閉じた。

特に何の変化もなく、エミルは様子を見守っている。


「……これで大丈夫」

「ありがとな、ナツ」

「此方こそだよ」

「そろそろ出よか?あんまり居ると逆上んで」

「そうだね」

「先に出た方がええか?」

「ん?気にしないよ」

「裸で一緒に居る所見られたら誤解されんちゃう?」

「……あー……そういうのは嫌だね。じゃあ、あたし先に出る」

「おー」

「着替え終わったら呼んだ方がいい?」

「その方が助かるわ」

「解った。では」


湯船から出るナツを見ないようにエミルは視線を逸らしていた。

ナツは気分上々でまた鼻歌を奏でながらさっさと着替えを済ました。身体はぽかぽかしており、少しだけ視界が揺らぐ。

そんな事には構わずエミルに声を掛け、ナツは入口付近で待つ事にした。


「……プリンセス?」


こんな時間帯に来る人など居ないだろうと決めつけていたので、不意に呼ばれてまたビクッと反応してしまった。

振り向いた先にいたのはウィユだった。


「悪い、驚かせたな」

「いや……誰も来ないと思ってたから……」

「あぁ……。ボクは結構こういう時間帯に利用してるんだよ」

「……そうなんだ」

「プリンセスはもう入った後かな?」

「うん」

「部屋まで送ろうか?」

「あ、平気だよ。ウィユ、仕事終わりでしょ?」

「あぁ……。だが一人で帰す訳にもいかないだろう?」

「心配には及ばんで」


支度を済ませたエミルの登場に今度はウィユの方が驚いていた。


「……エミル……」

「久しいな、ウィユ」


ギルドの仲間と会うのも久しい程、エミルはギルドに居ない事が多い。


「……二人は一緒だったのか……?」

「ただの偶然や」

「……そう。なら、いいんだ」

「ゆっくり休んでね、ウィユ」

「ありがとう、プリンセス。エミル、ちゃんとプリンセスの事、送り届けてくれよ」

「おぉ。任せとき」


ウィユは深く聞かずに湯殿へと入っていった。

聞かれた所で混浴したとは言えまい。

そしてナツはエミルに部屋まで送って貰った。


「戸締まり用心や」

「ありがとう、エミル様」

「おぅ。またな」

「うん」


ナツが部屋に入ったのを確認するとエミルも自分の部屋へと向かった。

……何やらドアの前に寄りかかっている人物に気付き、ゆっくりと近付く。

全身ズタボロで服も所々切り裂かれている。


「派手にやられたなぁ?」

「……治して」

「夜勤の奴等に言えば……」

「だって今日ライスなんだもん。あいつ怖いし」

「治癒能力は優秀やろ」

「エミルに治して貰いたい。以上」


エミルは辺りを見渡し、誰の気配も無い事を確認する。


「……ほんま、手の掛かる子やね」


部屋に上げたのは、ギルドの仲間であるミスト。エミルの美しさとは違い、儚げな空気を纏った美青年だった。

性欲の無いエミルに興味から懐いている。


「何の依頼やったん?」


無言で脱ぎ出すミストにエミルは単刀直入に聞く。


「……普通の依頼。怪我人がいっぱい居るから来てくれってやつ」

「それでこの怪我か?」


上半身には痣や打撲が目立っていた。白くて綺麗な肌なのに傷があるのは勿体無い。

エミルは優しくミストの身体に触れながら痣を消していく。


「帰って来る時に山賊に襲われた……」

「……何か盗られたん?」

「……オレの……羞恥心?」

「……なんて?」

「だから……男か確かめられた。流石に強姦まではしてくれなかったけど」

「……その顔でそういう事よう言えるな」

「あいつら……微々ったんだよ。それらしい誘惑したのに、化物でも見るみたいに逃げ出していった」

「そりゃあそうやろ」

「男なら妊娠もしないし、後腐れしないのに」

「その辺の女で満たせば良かったんやない?」

「みんなオレより美しくなかった」

「……あぁ、そう」


呆れを通り越して感心してしまう。

ミストは性欲モンスターというやつで、相手が自分の許容範囲内の顔であれば男女問わず性行為に至る習性を持っている。

このギルドには何かしら性的マイノリティを抱えている者が多い。けれど、問題視されていないし誰も指を差しはしない。

ミストもギルドの人間には手を出さない主義だが、気に入った者に対してのスキンシップは激しい。


「エミルにはどんなに媚びたって満たしてはくれないもんねぇ」

「済まんなぁ。お前の事は綺麗やと思ってる。けど、抱きたいまではならんのや」

「知ってる。だから、待ってたんじゃない。後で一人で満たすからいいよ」

「……ミスト。ナツやメグには絶対、手出したらアカンで」


2人もミストの好みの顔立ちをしている。

エミルは一応忠告しておいた。


「大丈夫。ギルドの人間とはそういう関係にならないから」


その辺はわきまえているんだな、とエミルは安堵した。


「治してくれてありがと。褒美に、添い寝してあげる」

「要らんわ」

「オレ、温かいよ」

「はいはい。どうせベッド一つしか無いしな」

「……ほんと、エミルは優しいよね」


呟くミストは哀しげな笑みを浮かべていた。

それにエミルは気付かないフリを決め込み、軽くベッドメイキングを施して先にミストを布団に誘導した。

いくら明日が休みとは言え、流石に夜更かしの域を超えている。


「おやすみ、エミル」

「あぁ。良い夢を」


エミルが眠る頃には隣から気持ちの良い寝息が聴こえていた。


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