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帰還

【アーシャ】の営業時間は午後3時から午後9時まで。それ以外の時間帯は何があろうと受け付けていない。

治癒能力者ギルド【エヴァー・ラスティング】は常時、怪我人病人等受け入れている。緊急でやって来る事の方が多い。なので、常に夜勤当番が存在し、ギルドの人間達が順番に行っている。

本日の夜勤当番は、ヒースとウィユだ。明日の朝までフロントで待機している。ヒースが夜勤の間、ミシュの事はシエルに任せているらしい。

よって、【アーシャ】が閉店し、ナツとメグが部屋へ戻る時も誰かしらと出会う事になる。


「お疲れ様、プリンセス」

「ウィユとヒースもお疲れ様」

「メグは?」

「あぁ、今来るよ」


バタバタと片付けを終えてメグも店から出てきた。

今日の売れ行きも上々で、お客様はにこやかにテイクアウトされていった。此所、苦情は無し。この日常が続けば良い。


「お疲れ様、メグ」


ナツと同じ様にメグの事も労るウィユ。ヒースもひらひらと手を振りながらにこやかに出迎えている。


「これから夜勤でしょ?」

「あぁ。よりによって、ヒースと一緒だ」

「運が悪かったねー、ウィユ」

「キミの手は借りないよ」

「えー?それはこっちのセリフだよー」


ウィユの敵意をヒースはさらっと交わす。仲が悪い訳でもなくかと言って仲良しな訳でもない。そういう距離感。


「ナツ、メグ。気を付けて帰ってね」

「ありがとう、ヒース」


2人が部屋へ戻った直後、救急の患者がやってきた。

腹を刺された若者、喧嘩で骨折した壮年、風邪が悪化して運ばれてきた老人。立て続けに仕事が入り、ウィユとヒースは手際良く治癒を施していく。


「全く……。どうしたらこんな怪我になるんだ」

「悪いなぁ、ウィユ」


殆どが街の人々なので大体顔見知りであったりもする。

なので偶に指名してくる患者もいるが夜勤は当番制なので診てもらいたい治癒能力者に当たるのは運だ。


「ヒース様ー!」


偶々、転んで派手な傷を負ってやってくる女性達も稀ではない。特にヒースが夜勤と知ると口コミみたいに拡がって態と怪我人になって現れる人間もいる程。人気があるのも厄介なものだ。


「あら。派手に転んだねぇ」

「でもラッキーだったわ。ヒース様に会えたんだもの!」

「それは良かった」


ヒースは面倒がる素振りも見せず、一人一人丁寧に治癒していく。その姿勢がまた人気を増長させているのだが本人は気付いていない。


「私もヒース様が良かったー」

「残念だったね、ボクが担当で」

「ついてないわ」

「そうか」

「折角怪我までして会いに来たのに」


女性は拗ねた様子でヒースを眺めている。

ただ会いたいが為に痛い思いをするとは寧ろ感心してしまう位だ。


「ボクはキミみたいな綺麗な人が来てくれて疲れも癒されるんだけどな」

「えっ……」

「怪我なんてしたら勿体ない」


そう微笑むと女性は頬を赤らめた。

ウィユはそのまま女性の頬に触れ、顔を近付ける。


「折角、こんなに綺麗なんだから」

「……あの……」

「本当にボク達を必要としてくれる人がいるから、もうこういう事はしちゃいけないよ」

「……はい」


耳元で甘く囁けば女性は惚けた表情で頷く。

以前にもヒース目当てで怪我をした女性達が押し寄せ、同時に重傷患者も運ばれてきて当時ヒースと夜勤だったライスが担当したが虚しくも救えなかった事がある。ライスは酷く落ち込み、ヒースを激しく罵倒した。それでも女性達の行動はあまり変わらない。


「そろそろ、どうにかしてほしいけどね」


呟くウィユを他所にヒースは女性達に愛想を振り撒いている。


「ヒースの人気も大概ね」

「サノエ」


行きつけの酒場の店主が不機嫌そうにぼやく。彼は仕事の片付け中に熱湯を誤って足にかけてしまったらしい。酷い火傷だったがウィユの治癒能力で跡も残らない。


「お前も、よくやってるよ」

「ありがとう」

「また飲みにおいで。酒の一杯くらい奢らせてくれ」

「それは助かるよ」

「……まぁ、それにしてもアレは釘を刺しておいた方が良いんじゃないのか?」

「そうだね」

「本当に救える人達を蔑ろにしたら駄目だ」

「ヒースも解ってはいるよ。ただ、女性達の意識の問題なんだよ。迷惑を掛けているという自覚が無い者が多い」

「私が一発ぶん殴ってやろうか?」

「更に仕事を増やさないでくれ……」


サノエは頼りになる青年だ。20代の若さで自分の店を持ち、繁盛させている。街の人達との交流も深く謂わば情報通だ。怪我をしていなくてもギルドにはちょくちょく顔を出してくる。


「はい、終わり」

「ありがとう、ウィユ。素晴らしい能力だ」

「傷跡なんて残ったら勿体ないからね」

「世話になったな」

「いえいえ。気を付けて帰って」

「はいよ」


出入り口付近には自動会計機が設置されており、治癒の料金はそこで支払われる。踏み倒そうとしても防犯カメラで捉えているのですぐに捕まってしまう。まぁ、一時的な確保であって支払いさえすれば解放してくれるらしい。先日の男性からも徴収済みだ。

ちなみに夜勤帯はちょっと高い。


「落ち着いたか?」


女性達の波も去り、患者もパタっと止まったのでウィユは水を渡しながらヒースに聞いた。


「めっちゃ疲れた……」

「キミは優しいから。誰も無下に出来ないんだろう?」 

「そうなんだよ〜。怪我なんて、頑張って作ってくるものじゃないのにね」

「面と向かってそう言えばいいじゃないか」

「それが出来ないからこんなに疲れてるんじゃないかー」


ヒースは怠そうに身体を伸ばしながら愚痴を零した。


「ライスに言われて相当堪えてる感じ?」

「それもある。だってライス怖いんだもん」

「あの時は本当に恐怖でしかなかったね」

「また夜勤で一緒になるかも……」

「お気の毒様」


他人事みたいにウィユは喉を潤した。

夜も深まり、この時間はあまり患者は来ない。なので交代で仮眠を取る事にした。奥の部屋の端のソファーベッドで2時間弱、身体を休める事が出来る。能力の使い過ぎは疲労困憊に繋がるので休息は大切にされていた。



ヒースとウィユがまだ夜勤をしている頃。

嫌な夢を視てしまったナツはシャワーを浴びていた。

起きた時に全身汗だくでその気持ち悪さを取っ払う様に。

外は少しずつ明るくなり始めており、もう一度眠る気にもなれなかったので床に転がってただ呼吸していた。どんな夢だったかも思い出せないけれど、ざわざわとした胸騒ぎが止まらなかった。

元の世界にいた頃の記憶はとうに捨てたんだ。

戻れる確証も無い。ならば覚えていても何の為にもならない筈。

どんなに意識的に忘れようとしても記憶の片隅にある思い出は不意に迷いを生む。この先もこの世界で生きていくのであればこの世界での記憶を残していきたい。

段々と頭が冴えてきた。 開けた窓から心地良い風が吹き込んでくる。身体もさっぱりしていたので何か飲もうと勢いよく立ち上がった。


「痛っ……!」


バランスを崩した拍子に右足がグキッと鳴った。恐る恐る足首を見ようと屈んだ瞬間、目の前が暗んでバタン、と前から倒れてしまった。


「最悪だ……」


足は痛いし、今ので額もぶつけて地味に痛い。まだ明け方で他の患者もいるかも知れないのに。何より甘えているのではないかと思われてしまう。治癒能力者かれらがいるから怪我も痛みも恐れていないのではないかと。

これは痛みが治まるのを待つしかないな、と考えているとドンドン、とドアを叩く音が聞こえた。


「誰?」

「さっき凄い音したけど、先輩大丈夫?」


外からの来訪者がメグだと分かり、ナツは這い蹲るようにしてドアまで向かい、鍵を開けた。


「やぁ、メグ……」

「何してんの、先輩。転んだ?」

「うん。捻挫と頭強打しちゃった……」

「ドジだねぇ……。おでこから血出てるよ」

「マジ……?」

「まだウィユ達の夜勤帯でしょ?診てもらおうよ」

「や、でも……迷惑じゃ……」

「一患者として手当てしてもらおう。そのままじゃ痛いでしょ」

「うん……」

「ほら。連れて行くから」


メグにおんぶされる形でナツは連れて行って貰った。

フロントに行くと二人とも揃っていて交代での仮眠は終わったらしい。患者の姿も無く、静かな空気が漂っていた。


「またえらい転び方したな、プリンセス」

「わぁ、痛そう」


呆れるウィユと不思議そうに怪我の状態を診るヒース。


「ごめんね、仕事中なのに」

「いいよ。気にしなくていい」

「ナツ、放置してれば勝手に治るとか思ってた?」

「うん……」

「駄目だよー。捻挫だと思って軽く見たらもっと痛い思いするよ」

「……ごめんなさい」

「こういう時は頼ってほしいな」

「……うん。次からはそうする」

「よしよし」


ヒースはおでこの怪我を治しながら優しくナツの頭を撫でた。

イケメンにされたい仕草ランキング上位の行為を不意にされ、思わずドキッとしてしまった。自然と出来るから凄いなぁと感心してしまう。だから女性達が放っておかないんだ。


「女の子の顔に傷が残るなんて勿体ないからね」


微笑むウィユもイケメンだ。同性だと分かっていてもときめいてしまう程に。


「ありがとう、ウィユ、ヒース」


足も頭も無事に治癒され、なんだか気分も朗らかだった。


「お疲れ様。紅茶どうぞ」


ナツが治癒されている間、メグはお礼にと人数分の紅茶を淹れていた。先程から良い匂いが漂っていたのは紅茶だったのか。


「ありがとう、メグ」

「気が利くねぇ」


温かい紅茶は疲れも癒してくれる。

もうすぐ夜勤の時間も終了し、そろそろ日勤の人達と交代する頃だ。それまで患者は訪れず、落ち着いた空気が流れていた。


「今日の日勤って誰だっけ?」

「確か……」


言いかけた矢先、 砂に絡まる足音が響き皆がそちらに視線を向けた。

ボロボロの格好で久方振りにその姿を見せたのはアスフィリアとメイメイ。

それは、喜ばしい帰還とは到底言えないもので、どれ程凄惨なダンジョン攻略だったのかを物語っている。

見た目こそ満身創痍なアスフィリアだが、大きな外傷は見当たらない。ただ、長距離からメイメイを背負ってきたのか息切れが激しく、喉が悲鳴を上げている。


「アスフィリア!」


すぐにヒースとウィユが駆け寄る。


「メイメイ……を……先に……」


胸を押さえながらアスフィリアは促した。

アスフィリアの横に倒れているメイメイをヒースが抱き起こすと、その痛々しい姿に言葉を失った。

右眼からの出血で服はほぼ血塗れになり、その上、右腕が亡くなっていた。


「酷い……」

「右眼は抉り取られたのか」

「右腕もすっぱり切り落とされたみたいだね……。出血は止まってるけど……」

「ボクらじゃ手の施しようが無い」

「ルルは……?」

「昨日から出てる。帰りは解らない」

「……それじゃあ……メイメイは……」


ウィユはグッと拳を握り締める。

治癒能力には個人差がある。誰もが治癒に特化している訳では無い。特例治癒能力者のルルならば処置が出来ただろう。けれど、ウィユとヒースでは力量不足だ。既に失われてしまったものを治癒する事は出来ない。右眼は失明し、右腕は二度と戻らない。


「メイメイ……!」

「メグ!」


近寄ろうとした彼をナツが止める。

一般人が関わっていい案件じゃない。心配なのは解るが今は何もしない方が賢明だ。


「騒がしい」


成す術も無く呆然としている空気を切り裂いたのは日勤当番のライスだった。

長い黒髪を靡かせながら不機嫌そうに睨みつけている。

折角綺麗な顔立ちをしているのだからもっと柔らかな表情でも身に着ければいいのにとナツは思う。


「ライス……」

「退いて」


感情の無い声でヒースとウィユの間に割り込み、メイメイの状態を診る。辛うじて息がある方が奇跡みたいなものだ。ショック死してもおかしくないダメージなのに。もう、後は意地で生にしがみついている様なもんだな。


「少しは楽になるでしょ」


ライスはメイメイの右眼と右腕の切断部分にちょんちょんと触れただけで立ち上がった。


「終わり……?」

「そっちの面倒はお前らだけで大丈夫だろ?」

「待って……!」


咳き込みながらアスフィリアが呼び止めた。


「なに?」

「……さっき……嘔吐もしてて……血も混じってた……。内臓もやられてるかも知れない……」

「は?」


ライスの眼光がアスフィリアを突き刺す。


「お願い……メイメイ……助け……」


言葉の代わりに酷い咳が込み上げてきた。肺が限界にきている。

ヒースが背中を擦り、深呼吸するよう促した。


「あぁ……確かに。内臓もぐちゃぐちゃだ」


服の上から手を当てただけでライスは確信した。

本当にまだ生きている事が莫迦みたいな奇跡だ。

今度はトントントン、と優しく指で叩き、ライスはアスフィリアに向き直る。


「お前も相当な莫迦だね」


がッ、とアスフィリアの首元を掴み、瞬時に手放した。

一瞬の事だ。それまでヒューヒューと喉が鳴っていたのが嘘みたいに止まり、肺の痛みも無くなった。


「ソファーにでも運んであげたら?オレは時間まで寝るから。起こさないでよね!」


そう言い残し、ライスは部屋へと戻っていった。


「毎度、あの子の能力には心服するよ」

「そうだねぇ……。一瞬で痛みも辛さも治したもんね」

「アスフィリア。他に症状は?」

「無いよ。オレの場合は自己解決だから」


疲れも取っ払ってくれたのか、アスフィリアは平然とメイメイを抱え、奥のベッドへと運んだ。


「無事に帰還とはならなかったか」

「相当なダンジョンだったんだねぇ……」

「だから嫌なんだ。ダンジョン攻略の要請なんて」


吐き捨てる様に呟き、ウィユはメグに歩み寄った。


「辛いか?」

「……メイメイ……助かるの……?」

「ライスの治癒能力なら死には至らない」

「……そっか……」


メグは純粋な故に繊細で、誰かの痛みや感情を自分の事の様に感じてしまう。メイメイの凄惨な姿に当てられ、涙が止まらなくなっている。


「プリンセスは?具合悪くないか?」

「あたしは大丈夫……」


久しぶりに会えて今すぐにでも抱きついて「おかえり」と言いたかった。その気持ちをグッと抑える。


「ヒース。夜勤明けで申し訳ないんだけど、メイメイの事見てて欲しい」

「構わないよ。ライスが来るまでは様子見するけど」

「ありがとう」

「これからマスターへの報告?」

「そうだね」

「終わったら皆にも報告して欲しいかなぁ」

「分かった」


アスフィリアはナツに構う事なくギルドマスターの元へと行ってしまった。報告は大事だ。全ての治癒能力者達を把握していなければギルドマスターといえどその責任を問われる。


「メグとプリンセスは部屋へ戻った方が良い」

「うん……そうする」

「店は出来るか?」

「……今日は臨時休業かな。メグが本調子じゃない」

「その方が賢明だな。メグの事、頼んでも良いかい?」

「うん。ごめんね、ウィユ。夜勤明けなのに」

「気にしなくていい。プリンセスもアスフィリアの事が心配だろう?」

「そうだけど……今は話しかけちゃ駄目だと思うし……」

「後でキミの所へ行く様、ボクから言っておくよ」

「……ありがとう、ウィユ」


ナツとメグがエレベーターに乗ったのを見送り、ウィユもメイメイの側に行く。ライスの治癒能力は主に癒しの能力が強い。触れただけで痛みと辛みを一瞬で和らげてしまう。先程まで顔色が悪かったメイメイも今は穏やかな寝顔になっている。


「お店は休むって?」

「そうした方がメグの為だ。マスターにはボクから伝える」

「宜しくねぇ」


それから数時間経って二人は日勤と交代した。

ライスと共に日勤だったシエルはメイメイの状態を見て顔面蒼白になったが、なんとか気力で持ち直したらしい。

その後、ギルドに戻ってきた他の治癒能力者達も事情を知ってその日は一日ざわざわした空気が漂っていた。

【アーシャ】も臨時休業となり、客がいないので静かだった。

それからメイメイが目覚めたのは三日後の事だ。

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