極寒の光彩④
APICOが面白過ぎるので短めです。
何でもはしません、ゲームで養蜂はしますから許して!(笑)
◤ケフィアの司祭、マリアード◢
「ストロー様。件の冒険者が到着しました」
「お。そうなのか? ちょっと早いけど台帳に記載して貰ったら…部屋に案内して…それから昼飯にして貰うか? どう思う。ウリイ、ダムダ」
「う~ん。そこはやっぱりお客さんに決めて貰おうよ」
「俺ぃは…例えば1階のダイニングでどんなものが食べられるのかぁ説明したら喜んで貰えると思うんですぅ」
「なるほど! 流石はダムダだ!」
「ちょっと旦那様!ボ、ボクだって言おうと思ってたんだよ!」
私はストロー様に西方の最強格の魔術師のひとり、巷では“極寒”テレンスなどと揶揄される男、ホアイト・テレンスが宿まで案内した事を伝えました。
恐らく呼び込むまで待っているような男ではないでしょう。アデクでは西方で恐れ知らずの魔術師ですからね。勝手に入ってくるでしょう。
まあ、賢い男との噂ですし…あの奴隷達をここまで連れ歩くほど大事にしているのですから。この御方…我らが絶対に忠誠と信仰を捧げる雷の精霊シュトローム様の御前で愚かな真似はしないと思いますが、万が一。あの男がストロー様を害するようならば、私が全力で排除することに迷いはないでしょう。
……ところで、私の最大の杞憂は今やストロー様の支族の御一人となられたリレミッタ様です。彼女は南方と東方の境で暮らしていたスナネコ族の生き残り。彼らは現在、ヨーグの奥に小さな集落を築いて細々とアデク達から隠れて暮らしています。
そして、テレンスこそスナネコ族やその周辺の他の獣人種族達にとっては最大の敵。数多くの獣人が命を散らしました。彼女やデスルーラ達が彼に向ける恨みは相当なものでしょう。
見たところ…リレミッタ様の気配を感じません。恐らく、精霊の聖域である常世で今は過ごされているのでしょうか? ストロー様にこのような心労を御掛けしてしまうのは断腸の想いですが……問題が起きる前に御口添えして貰う他ないでしょう。
「………中はもっと凄いわねえ…。本当に何なのかしら此処は?」
「……うわっ!うわっ(床を覆っているカーペットや照明のシャンデリアに驚いている)」
私がストロー様に話を切り出す前にテレンス達が入ってきてしまいましたね。仕方ありません。
「何なのって……宿だぞ?」
ストロー様の言葉にテレンスが強張る。咄嗟に手で連れの彼女…ラベンダーを庇いましたね。
………凄い汗ですね。無理もありませんね。私も初対面では無様にストロー様に醜態を晒してしまいましたね…思い出すだけで死にたくなります。
おっと、流石は貴族と呼ばれるだけあって顔以外の所作は完璧ですね。テレンスは足を揃えて片手を腹に抱えるようにして深く腰を折って頭を下げました。てしか…西方の最敬礼でしたか。
「お初にお目に掛かかるわ。精霊よ。アタシの名はホアイト・テレンス。…西方の魔術師よ」
「……えっ せ、精霊…!? (……普通の若い男の人にしか見えないけど)」
頭を下げたまま視線を上げたテレンスの隣のラベンダーが動揺していますね。まあ、あの程度…ストロー様は歯牙にもかけないでしょう。
「おや? 俺を精霊だと知ってるのか。それに、どうやら疑ってもいないようだな? 誰に聞いた? マリアードからか?」
「………魔術をそれなりに嗜んでいれば、此処に入った瞬間に嫌でもわかるわ。それに…何というか…貴方、様は…言葉にできないけど…私がどうこうできる存在じゃないことくらいすぐわかるもの」
「そうか? ウリイとダムダも、俺がそんなに強そうに見えるか? …客商売なんだからそういう評価は微妙なんだがな~弱ったなあ~」
テレンスのストロー様への評価に自慢気に胸を逸らすウリイ様とダムダ様。彼女らは夫婦というよりはストロー様に絶対の忠誠を誓った眷属そのものようにも私には思えますね。実際に死の際から救いだされたのですから当然とも思えますが。
それよりもメイクのせいで顔色は伺えませんが…テレンスはストロー様の受け答えに面白いように反応していますね。フフフ…無理もありませんか。亜人を妻とするような精霊という絶対者と対峙したアデクの虐殺者など絶望という言葉ですら生温いでしょう。彼に限っては哀れに感じてしまいますね…。
「ん? 随分と俺に恐縮しているようだが…はは~ん? もしかして、アンタ達も他の迷信深い奴と同じで俺の機嫌を損ねたら…常世とやらに飛ばされると思ってるクチか? ないない!こちとら宿屋なんだ。わざわざ遠いおころやって来てくれたアンタ達にそんな真似はしないよ。どうか楽にしてくれ…どうにも俺が偉そうにするのは嫌いなんだよ。俺の事はストローと気軽に呼んでくれ」
「で、では…お言葉に甘えさせて頂くわ。……ラベンダーももう肩の力を抜きなさい」
「は、はい…」
ストロー様はテレンスにさも対等のような態度で気さくに近づいていかれる。アデクの最大戦力などあの御方にとっては何の意味もなさないでしょう。
「さて、改めてようこそ俺の宿屋へ!…なんだか他所じゃ精霊の宿なんて大袈裟に呼ばれているが単なるベッドが自慢の普通の宿屋さ?」
「ふ、普通って…?」
「ちょっとラベンダー…失礼でしょ!?」
ストロー様……流石にそれは無理があるかと思われます。
「さて、長旅ご苦労さん! 早速…部屋か食事か。おっと、お泊りは何人だ…ふたりだけってことはないと思うが…ああ、勘だぞ? 勘」
「……貴方に嘘なんて言っても意味が無いでしょうから、アタシ達は全員で6人よ。その…できればアタシ達全員で泊まれる部屋が在れば良いのだけど…」
「テレンス様…」
恐らくだが…ストロー様は無意識下で常にケフィア周辺にスピリットを漂わせておられる。勘などと言われているが、テレンス達の人数を把握されている可能性が高いですね。
「6人ねえ…ゲストルームは確かデス達に貸し出す予定だしなぁ~。 …あ!最上階のスイートがあった!普段泊まる奴がいないからすっかり忘れてたが…あそこなら好きなだけ自由な大きさのベッドも出せるし、6人なんて余裕だ! …もしかして、連れに巨人なんていないよな?そこまで移動したり部屋の扉を潜る関係上8メートルくらいまでなら大丈夫だぞ?」
「「…………」」
ストロー様の言葉に愕然とする二人ですが、そんな事では先が想いやられますよ?
「生憎、巨人族は連れにはいないけど…そのスイートの部屋をお借りするわ。一先ず3泊でお願い」
「そうか。兎に角、チェック・インしてもらうからアッチのカウンターで宿帳に記入してくれ」
ストロー様は奥のフロントまで二人を連れて行かれると、テレンスに宿帳の記入(要するにサインだが)するように促されました。すると、何故かストロー様は意味ありげに宿帳を眺め始めたのです。
「ほ~ん」
「……何よ? まさか、アタシ達の魂を引っこ抜いて好きなように操ろうってわけじゃないでしょうね?」
「え!?」
アデクの奴隷使いでもあるまいし、そんな卑劣な真似を精霊様がなさるはずがないだろっ!? この戯けがっ!! 精霊の慈悲すら忘れた愚か者め!
…おっと。つい心が乱れてしまいました。修行が足りませんね。
私はそっといつの間にか手にしていたワンドを裾に戻しました。
「魔術師ってのはそんな事もできるのか? ……いやなに、あんまり似てないな? 瞳の形と色はソックリだが」
「「!?」」
ストロー様の言葉に二人は驚いて飛び上がりましたが…何か核心をつかれたのでしょうか? まあ、私がそれ以上嘴を突っ込むことでもないでしょう。
「た、大変だあ!」
フロントにドタバタと誰かが走り込んで来ました。何事です…?
「ストロー様ぁ!」
「どうした、ディモドリ。そんなに慌てて?」
「それが…そっちの人の方のお連れさんとデスルーラ殿が連れて来ている若い獣人達が裏の広場で争ってるみたいなんだ! 特にネコ獣人の青年が言い寄られてて…」
「オイオイ…俺の客にな~にやってくれてんだあ!? デスの奴なにやってんだよ?」
「多分…エイちゃんのぉとこじゃないですかねぇ?」
抜かった…!今日はテレンスばかりに気を取られて本来であれば広場へと就けている兄弟姉妹を麓の方や遠方の町に離してしまっていました。
「れ、レタスちゃん!?」
「テレンス様っ!」
テレンスは私の全力にも近しい猛ダッシュで宿から飛び出していってしまいました。私は宿の1階から広場へと急ぎましょう!
◆
どうやら私がテレンスより先に広場に着けたようですが…遅かった!
テレンスの従者のひとりであるシャム族の青年が額から血を流して蹲っていました。
…拙い。……非常に拙い。ストロー様を悲しませてしまう…!
私は彼を傷付けたであろう近くに居た黒毛のネコ獣人達を割と本気の目で睨みつけました。
私の視線を受けた3人が飛び上がって後退りますが、逃す気はありません。そんな距離など私には一息吐く間よりも早く縮められます。
「「ひいっ!?」」
「……何をしているのですか?(ニッコリ)」
話を聞けば、彼らはデスルーラと別行動している最中に広場に居た彼らと接触。その際、シャム族の彼がアデクの奴隷…しかも護衛で自主的に行っているという言葉を聞いて獣人の裏切り者と激昂し口論に…そして、彼は最後まで我慢して罵倒に耐えたにも拘わらず、槍を持った彼…トベロスがカッとなって額を殴ってしまったようですね。……どうしてくれようか?
「レタス! 大丈夫!?」
「すいません…テレンス様…俺が問題を起こしてしまいました…」
「違うです!オデは見てました。最後までレタスは反論はしても手を出すような真似はしてないですっ!」
「ヒック…う、うん! レタス兄は自分やマラカイト兄ぃ…て、テレンス様の悪口…言われても ヒック…ずっと我慢して、た…悪いのは、アイツらだよ! グスン」
「マラカイト…アップル…」
流石にこの3人にも手を出したことに悪気はあるのでしょう。眼に見えて落ち込んでいますね。
が、そんな事で許されることではありません。先ずはあの男からこの3人を守る事にシフトせねば…!
シュウウウウウ~…!
「私からこの者達の非は詫びます。ですから、先ずは落ち着きなさい…ここで争う事は…!」
まるで湯が沸くようにレタスを抱えるテレンスの周囲から蒸気が上がって揺らめいています。凄まじい魔力量ですね…あのムラゴラドを除けば流石は西方魔術師、最強の男。
ビキッ! ピキピキ…ギギギギッ ギギギギィィィィィ~!!
「う、うわ!? なんだぁ!」
「迂闊に動かない方が良いでしょう。……死んでしまいますよ?」
テレンスからの蒸気が薄れるにつれて周囲が急激に冷却され白くなっていく…鋼鉄のフェンスが軋むほどか…。
「よくも…!」
男は白い息を吐きながらギロリと私達の方を睨みました。あのメイクも相まってとてもではありおませんがマトモな人間の相には見えませんね。
「よくもアタシの可愛い息子に…!こんな酷い仕打ちを…っ ゆ、許さんぞ…… 許さんぞぉおお!? 貴様らぁああああ!!」
ビシリと床のタイルから氷の柱が幾重にも奔ります…これがあの“極寒”か。このままでは村の他の住民にも被害が出てしまいますね…。
私が手加減できる相手ではないな…ストロー様…っ! 申し訳ございません!
私が集気を纏ったワンドを手にして振りかぶったその時でした…!
「そこまでだ」
空気を裂くような轟音と激しい光が収まると私の集中させていたスピリットもテレンスのあの波濤も嘘のように消え去っていました。私達は思わず皆その場に崩れ落ちてしまいました。
ですが、これで無事にお終いではないでしょう。
「マリアード……デスの奴を連れてきてくれないか? ちょっと話がある」
「ははっ!直ちに!!」
私は風の様にその場から去りました。急いでデスをストロー様の下へ出頭させねば!
…まだ微かに私の手が震えています。
無理もないでしょう。ストロー様は瞳を赤くされ額から数本の青い稲妻を角のように生やしておられました…あのように憤られたのはウリイ様とダムダ様がこのケフィアに連れてこられた日以来です。
おお、女神達の母にして地母神ガイアよ…どうか精霊の怒りをかってしまった愚かなる我らを許し給え…!




