ストロー・オブ・ザ・マリッジ①
ストローの本気を見るのです?(笑)
「けっ 結婚しよう!!」
「……え。ボ、ボク達はもう旦那様のお嫁さんのつもりだったんだけど…?」
ウリイとダムダから自分達の子供を身籠ったと聞かされ、大いに動揺して発した言葉にポカンとするウリイと周囲の面々。ダムダに至ってはショックを受けたような表情を浮かべてしまっている。
ちなみにだが、この世界の住民の夫婦関係はかなりフワっとしている。特に人間に関しては一夫多妻制が多く、男女関係を持とうと自分の子供を孕ませようと当の男の方が認めない限り、それは夫婦と見なされず、理不尽なことだが女性の立場がかなり悪い。なので、周囲に堂々と女を自分の妻として宣言し、経済的な理由もあって挙式など上げれる男女の方が珍しいのである。
だが、獣人や亜人のおおよそはそういった儀式的な習慣は持たないが、そういった甲斐性のない男にはとことん厳しい社会である。なので余程の立場か実力のある男の獣人しか複数の妻を娶ることはないし、正直に言えば種族全体的に恐妻家が多いとも言えるだろう。
そして、先のウリイの言だが…獣人・亜人の貞操観念は決して緩くはない。無理矢理ならともかく、自身から体を許した男は既に夫認定なのである。それなのに、一見ストローの言葉は今迄は夫婦ではなかったという意味にとらえてしまったのかもしれない。
「あ。イヤイヤイヤイヤ違う違う!? 折角、お前達の結び衣装が完成しただろう? 俺もいつ頃が良いか考えてはいたんだがな~。こうなりゃお腹が大きくなる前にやった方がいいだろう」
「「ボク(俺ぃ)達と結んでくれるの!?」」
結び、とは結び衣装…つまるはこの異世界グレイグスカのウエディングドレスなのだが。別段、本来の挙式で着なくても式は挙げられる。ただ、やはり高価で価値のある品、特に女にとっては夢の財産であるとも言える存在なのだ。ただ、ウリイ達が言う結びとは人間達の結婚式とは次元が違う。獣人・亜人にとって、真の結ばれた者同士での離婚は存在し無い。死別したとしても、その魂は一生夫婦であるとされる。それほどにまで重い愛の儀式だ。なので、獣人・亜人は夫婦の誕生をそこまで祝う習慣は少ない。女に選ばれる男が居たのだな、と思われる程度であろう。
ただし、過去の偉人、すなわち後世に名を残せるほどの獣人・亜人の男は愛した女と結びの義を上げており、種族によっては伝説的な意味すら持つのだ。
と、ウリイとダムダ。それに他の獣人達も思っているのだが、当の本人であるストローは勿論そこまでの考えはない。むしろ、世に言うところの"デキ婚"のような焦りようである。
「…? 当たり前だろう?」
ストローが何の不安も無く言い放つ様を見て、ウリイとダムダは互いに手を握って静かに泣き始めてしまい。それを目撃した獣人達は皆、顔を両手で覆った。その内、心の弱い男の獣人達は気絶してしまったようだ。恐らくは自身がそのセリフをもし言ったらどんな目に遭うのかを想像してしまった為であろう。
「さあて…こいつあ忙しくなるぞ。なあ、マリ」
「此方に控えております」
「おおう!?」
宿の玄関に向かってマリアードに声を掛けようとしたストローが、例の如くいつの間にか横に立っていた司祭に気付いて驚く。
「はあ…ってことで俺はコイツらに結び衣装を着せて皆に祝って貰いたいんだ。年末年始の祭りの準備で忙しいのは分ってるんだかえどさあ、悪いが頼めるか」
「お任せ下さい!なれば挙式は年の最終日と致しましょう。であれば、ストロー様と所縁のある者は皆このケフィアへと集うことでしょう。デスルーラに文を出し、元奴隷達だった獣人達を年明けよりも早く村に戻すように致します。ああ、それと石工を呼ばねば!ストロー様の晴れの舞台にあの聖堂では少し格が追い付いていませんからね。ウイナン!急ぎで麓の村人達とでケフィアまで石材と職人を招集するように」
「ええっ!?マジかよ司祭様…雪が近いのにさあ」
ラズゥの隣でやや呆けながら拍手していた孫のウイナンがマリアードの無茶振りを受けるというとばっちりに遭った。
「ちょっと待ってくれよ。言っちゃあなんだが、聖堂の周りは皆を集めるのには狭いよ? せめて広場でやれないかなあ~」
「ふむ…確かに。ですが、このケフィアには聖堂にしか女神像はありませんし。…移動することは我らにとっては禁忌ですし、いっそ…広場に仮の聖堂、いや本殿を建てれば…? ウイナン、私も少し思考しますから一応は石材と職人はちゃんと招集しておいて下さいね。あ、それと備品も不足していますから木材も良いものをお願いします」
「勘弁してくれよぅ…早く醸造場の仕事に戻らないとブンコに俺がエールにされちまうよ」
結局、ウイナンは助からなかったようだ。マリアードも先程の満面の笑みを消し、ストロー達に一礼をしてから宿から去っていってしまった。
「ボク達と結びの義をしてくれるなんて…夢みたいだね」
「俺ぃも…こんな凄いことになっちまってぇ。…父と母達にも見してやりたかったなあ…」
そう言ってダムダが涙ぐむのを見たストローの頭に電球が光る。もしかした文字通りに光ったのかもしれない。宿の面々の視線がストローの頭上に集中した。
「あ!? すっかり忘れてた!オイ!ウリイとダムダ連いて来い!」
「きゃ! ご、御主人様ぁ…駄目だよ乱暴なのはぁ~…ボクもダムダもお腹に赤ちゃんが…」
「馬鹿!そんなんじゃあないよ!? …ってなんでそんなチョット期待してる目をしとるんだお前は」
ストローはウリイとダムダの手を引いてカウンター奥のドアを開いて奥のPゾーンであるリビングへと出た。
◆
「よし、早速電話すっか」
ストローは黒電話のボタンを押す。
「あのぅ…旦那様は耳にその紐の付いた変なのを当ててぇ、何をなさってるんですかぁ?」
「電話だよ? あ、通じねえか。う~ん、そうだな…女神様を呼んでるって感じ?」
「ああ、女神様ですかぁ…って女神!?」
ダムダは驚いて飛び跳ねる。ちなみにだが、ダムダは緊張するほど言葉が標準語になる癖があることをここで加筆しておく。
(プルルル… プルルル… プルルル… プルルル… ガチャッ)
「お、出た。良かったぁ~」
『はい。知識と衰退を司る女神ウーンドですが。ストローよ、何のようですか?』
電話先に出たのはストローをこの世界に降ろしたばかりか、当人の了承を得ずに雷の精霊とした北ルディアを統治する女神ウーンドだった。
「ウーンド様、この前にさ。俺の願いを何でも叶えてくれるって言ったよね?」
『……誤解が少しあるようですが、何でもとは言ってはいませんよ? ところで単刀直入に貴方の望みとは?』
ストローがチラリと背後の二人を見やる。今回は壁に女神の姿が投影されることはなかったので、ひとりで喋っているようにも見えるストローを不思議そうにウリイとダムダは伺っている。
「女神様なら、もう知ってるかもしれないがな。俺の嫁のウリイとダムダが俺の子を身籠ってくれた。…そこでだ、このケフィアで正式な夫婦としての挙式を挙げることにしたんだ」
『……それは…おめでとうございます。それと、女神は何でもお見通し、みたいなていでやってるだけでしてね。実は偶に地上を眺める以外は自身の仕事に夢中で他の神々や属性神…つまり精霊に丸投げなんですよ? 私は神の威厳とかに興味はないので正直にぶっちゃけますからね、その辺は。まあ、貴方の監視は確か…ジア姉様が属神である月の精霊ルナーに命じていたはずですが? もう、貴方は接触なされたのでは。ですが、貴方の支族が身籠ったのは初耳です。実に興味深いですね……… 貴方の元居た世界で言うところの"デキ婚"というヤツなのでは?』
「うぐ…」
流石は知識の女神である。ウーンドはストローの生前居た世界の知識も多少なりとは知っている様子であった。
「まあそこは…じゃなくて。俺の願いはあの二人を死んだ家族に会わせてやりたいんだよ」
『……死者との再会ですか』
ストローの言葉に驚く二人だったが、ウーンドの返事は鈍い。
「無理なのか? 知識の女神たるウーンド様でも無理なの?」
『……若干、貴方の私への接し方が愚弟と似てきているようで不快ですね。だが良いでしょう…可能ですよ。ただ、今すぐとは無理ですね。なにせ近道を行くのにはアイツの場所を通らねばなりませんしねえ。そうだ試しにやって頂きたいことがあるのですが…』
その後、数度ストローが会話を交えるとストローは受話器を置いた。そしてスタスタと宿へと戻ろうとするので慌てた二人に捕まる。
「あのぅ…旦那様、さっきのお話は…?」
「ボクも、気になるんだけど…」
「ああ。ウーンド様にさあ、俺達がウリイとダムダの家族に会いに行けないかと相談してたんだよ」
「「会えるの!?」」
「まあ、今日中には無理だが…上手くいけば式の前には会えるかもしれないな」
そうやって二人に微笑んだストローが呆けた表情の嫁二人を残して宿へと戻っていった。
ストローが宿へと戻るが、時間の流れの違いから地上ではものの数秒のできごとだった。
「お~い!チョット悪いが聞いてくれ!!」
ストローが宿に居合わせる者達に声を掛ける。誰しもが何事かと顔を向ける。中には他の者にせっつかれてトイレから這い出てきた者まで居た。
ストローは自分に視線が向いているのを確認すると、息を軽く吸って笑顔を浮かべる。
「チョットお前ら、外に出ろ(ニッコリ)」
◆◆◆◆
「よ、良かったぁ~。旦那が急に怒ってボコボコにされるかと思ったわ」
「俺も…ちうか精霊様が本気で怒ったら跡形もないだろうがよ?」
ストローの宿に居た者達がストローに連れられてゾロゾロと外へと出てきていた。
「皆、すまんね! 今日の夜はタダ飯にすっからさあ」
「ちょっと旦那様!?」
「何をする気なんですかぁ」
そこへ正気を取り戻したウリイとダムダも駆けつける。
「お。もう誰も宿に残ってないな?」
「う、うん」
「俺ぃ達が最後ですぅ」
「なら良し!」
ストローは周囲からの視線を浴びる中でそっと地面に両手を突いた。
「…久々だな」
(:現在のスキル使用状況では以下の機能が使用可能です。………設備………宿泊設備全般。宿泊者鑑定。プライベートルーム及びキッチン。………行動及び効果………悪質な来訪者の締め出し。宿泊者の全快。※建造物の中に最低1台以上のベッドの設置と利用料の徴収が必要です。:現在のスキルレベルはLV2。1階のベッド設置数8。2階の部屋数シングル5:ダブル5。現在、建物LV2が設置済みです。フリースペース(小)1棟が設置可能。※特殊条件下により支配領域拡張が可能になりました。次のレベルまで、利用者100/100。)
「ふむ。次へのグレードアップだが…前にはなかった"支配領域拡張が可能"。コレだな…ウーンド様が言ってたのは」
ストローは今までに感じなかった自身の力が水のように地面へと流れ込む感覚を覚えながら、スキルのレベルを上昇させた。
「「うわあああああぁああ~~~!!?!」」
その時、地面一体が輝きだし、ケフィアが、ヨーグの山が、…大地が揺れた。




