無敵の代償
今週は平日もこの時間帯くらいまでに更新できたら良いなあ~と思ってます。
まあ、そこはどうしても仕事帰りの残りライフ次第なんですよねぇ(死相)
その日、ストローの宿屋を訪れた、一見年若く見える大魔術師ムラゴラド。
胸にしまってあった疑似精霊石と称する…いわばスピリット測定器、精霊発見装置でもある水晶が砕け散った途端に激昂し、何も知らぬストローに飛び掛かったのだった。
「早くお前の仲間であるあのクソ精霊を俺の前に呼び出せええぇ!!」
そこには最早、激情のあまりに強者の余裕すら欠片も感じらえない人間の男がいた。その目端からは涙すら流れている。
「師匠!!止めて下さい!! 相手は本物?の精霊様なんでしょう!? いくら師匠が不死身でも無理ですよ!」
「約束を違えたな!ムラゴラド!? 許さぬぞ!精霊様からその手を離すのだ!! この愚かな魔術師め!!」
そこへマリアード達が怒りを湛えて駆け付ける。マリアード達はそれぞれ手に淡い光を放つ武器を携えており、既に完全な攻撃態勢でムラゴラドとロトスアンを完璧なトライアングル・フォーメーションで取り囲む。
だが、ムラゴラドはより感情を爆発させる。
「愚かだと!? 精霊に縋る事しか頭にない貴様らが、この俺を愚かだとぬかすのか!ならば貴様らが縋る精霊の所業を見よ!! 俺は死にたくとも死ねぬこの忌しい呪いを掛けられたのだ!! 此奴が新参の精霊だとしてもだ!此奴には同じ精霊が俺にした所業をどうにかする責任があるのだ!!」
「身勝手な事を言うんじゃない!! 貴方にどんな事が起きたのか知りませんが、秩序を司る精霊たるドライアド様が何の理由も無く貴方を呪うはずがない!」
「うっ…!煩い!!」
「―ボクの御主人様から離れろ!」
キュイン。という音が聞こえたかと思うとムラゴラドはストローから吹き飛び、ロビーの壁に信じられない衝撃音を起こして激突した。なにせこの宿のものは決して壊れない。つまり、衝撃をなんら和らげることなくぶつかったものに跳ね返るのだ。常人ならば五体がバラバラになったのは間違いない。
「ぐっ…おのれぇ!精霊の使い魔めがぁ…」
しかし、苦渋の表情を浮かべながらムラゴラドは自身を吹き飛ばしたものを睨む。そこに居たのは支族化したウリイだった。見ればダムダも支族化してはいないものの、額に青筋を浮かべて臨戦態勢に入っている。
「ウリイ…人前で御主人様は無しだって言ったろ…。というかどこのどいつかは知らんが、コイツは俺の嫁だぞ? 使い魔なんかじゃあない。それとだウリイ…今回は助かったが、次は絶対に客?相手にはかますなよ? 絶対に死なすから…」
「わ、分かってるよ! というかボクとダムダがいるんだからもう安心だよ!フンスフンス!」
どうやらウリイはムラゴラドの死角であるロビーの柱から支族化した際に得た能力である"貫通ダッシュ"を使ったようだ。光速に匹敵するスピードで柱とストローすらすり抜けて、ムラゴラドだけに体当たりを放ったのだろう。
「精霊が嫁だと…? フン!女好きの精霊とはノームの再来ではないのか。だが、支族化した者は初めて見たが厄介だな…身体能力は大生を上回るかもしれぬ」
少し冷静になったのか、ムラゴラドは持ち前の明晰さを取り戻す。
「おお! 流石はストロー様が選ばれた細君!お見事です!」
ムラゴラドを引き離せた事に安堵したのかマリアード達がストロー達に駆け寄った。
「舐めるなよ…大生は伊達に数百年の間、精霊をやり込める方法を探っておったのだぞよ。精霊は魔術の原形そのもの…我が偽りの太陽すらその気になれば打ち消されるであろう。だが!酔狂にも人間の姿をしているのが仇になったな! あの根っ子女を呼ぶ気になるまで封印してくれるわ!」
ムラゴラドは今度はブツブツと恐ろし気な呪文のようなものを唱えだすと、ストローの周囲に何か文字のようなものが浮かび上がる。
「こ、これは…! かつて悪神を慕う者共が編み出したという古の封印術!? ムラゴラドめこんな外法まで操るか!!」
流石のマリアードと言えども動揺する。しかし、ストローの側に居たダムダが大きく息を吸った。
「『 ―黙れぇ!!― 』」
輪唱するような大声がダムダの喉から放たれる。するとどうしたことか、ムラゴラドの口が無理矢理閉ざされたのだ。
「ムグゥ!? なグ…! んんっ!!(まさか!精霊が使うとされる"強制の言霊"か!? ぬかった!隣の牛女も此奴の精霊支族だったのか!?)」
「うわ!? スゲー声出るなお前…というかただの大声じゃあないみたいだな」
「ハアハア…!俺ぃが授かった能力みたいですぅ…。でもぉ、多分ほんの少ししか効果はないと思うからぁ気を付けて下さぃ!」
息を切らしたダムダがほんの少し笑顔を見せる。
「師匠! もう復讐なんて虚しい事は止めて下さい!!」
「んんぐうぅ~…!! ぶふぁあ!? ロトスアン!大生の邪魔を致すな! 退け!!」
暴れるムラゴラドを何とか取り押さえようとするロトスアンだったがムラゴラドに押し退けられてしまう。
だが、何か意を決したような表情になった彼女はそっとムラゴラドの背に触れる。彼女の髪がより赤く輝いて揺れ蠢いた。
「……師匠、お許しを。 ―無敵の代償」
「ぬ!? ロトスアン!お主、何の真似だ!」
驚愕したムラゴラドの身体がみるみる内に金属のオブジェへと変化していく。
「……ふう。これでほんの少しだけ時間が稼げる」
そう呟くと、ロトスアンがストロー達の前にひれ伏した。
「小生はムラゴラドが弟子、ロトスアンと申します。…この度は我が師がとんだ無礼を働いてしまい、誠に詫びようもございません。…もし、小生の命で贖えるのならば、喜んでこの命差し出しましょう。ですが、小生の魔術によって我が師を鋼の塊と化して動きを封じましたがそれは一時的なもの。恐らく1時間も持ちません。もはや気の触れた師はまた貴方様を害そうと行動するでしょう。どうか、その間に出来るだけ遠くへとお逃げ下さい…我が師は真の不死身故に息の根を止める事はできません。愚かな師を許して欲しいとは申しません…ですが、所詮は数百年を生きたとて師も人間でしかないのです。どうか精霊様…お慈悲を……!」
涙を流しながら少女が土下座する。皆が一様に沈痛な表情を浮かべる中、この宿の主は大きな溜息を吐く。そして、ロトスアンの前に屈み込んだ。
「…何があったのかは知らんが、俺の周りにまで迷惑を掛けられちゃあ参るなあ。まあ良いさ。ところでお前さん、銀貨6枚持ってる? カップルなんだからダブルで良いだろ?」
「か…かぷ? は、ハイ! 銀貨なら持っております!6枚と言わずお許し頂けるなら金貨でも何でも全て差し出します!」
「イヤ、うちは一泊銀貨3枚って決まってるから。ハイ毎度」
困惑するロトスアンの手から銀貨を取り上げると、ストローは「よっこらせ」と腰を上げると彫刻と化したムラゴラドをしげしげと眺める。
「ホントに金属の塊だなコリャ。 うおっ!想像した通り重てえし。でもぶつけて凹ませたらヤバイよな…? 悪ぃ!運ぶの手伝ってくれないか、ダース? 後でジャーキー出すからさあ。 あ、ウリイ。2階のダブルの空き部屋の鍵、開けてくんない?」
「へ? う、うん!任せてよ!」
光の速度でウリイがカウンターへと向かって行く。
「呪いだか何だか知らんが、取り敢えずソレがどうにかなれば問題ないんだろう? 大人しくしてる間にさっさとベッドに転がしちまえば、明日の朝には機嫌も良くなるだろうぜ。お、すまんなダース。チョット足の方持ってくれる? あ~助かるわぁ。んじゃ2階の部屋まで頼むな!」
赤い髪の少女はその光景が信じられず呆然と部屋に運ばれていく自分の師を見ていた。その肩にそっと悟りきった表情を浮かべたマリアードの手が置かれるのだった。




