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「おめでとうございます! 安藤さん。あなたは本日人間を卒業しました。以降あなたの種族はキジンとなります」


 気が付くと、俺は何もないだだっ広い部屋にいた。

 どのくらい広いかというと、野球場くらい広い。

 そして目の前にはSFっぽいコスプレをした20代くらいの、めちゃくちゃ美人だが無表情な女。

 どんなコスプレだ、と言われたらボディスーツのような恰好に頭や背中に機械っぽい天使の輪や翼が装備されている、といえばいいだろうか。

 そんな彼女の言葉を聞きながら、俺はなんでこんなところにいるのかを思い出そうとする。


 つい先ほど、午後11時半までのサービス残業を終えて、俺は帰宅途中に夜食を買いにコンビニに入ったはずだ。

 そして週刊誌とエナドリとカロリーバーを購入して店を出た所までは覚えている。


「ええと、すいません。いくつか質問してもよろしいですか」


 俺の言葉に、彼女は鷹揚に頷く。


「もちろんです。いきなり言われても分からない事だらけでしょうからね」


「助かります。ではまず、失礼ですが、貴女はどなたで、ここはどこでしょうか」


 あいにく俺はこんな美人には面識がないし、あのコンビニの近くに、こんな巨大な空間を持つ建物はなかったと思う。

 誘拐されたにしても一瞬でここに居たのだ。

 彼女が宇宙人で、ここがUFOの中だと言われても不思議ではない。


「まず、私は機械仕掛けの神、デウス・エクス・マキナ。気軽にDEM(デム)さんとでも呼んでください。そしてここは私が管理する領域、電脳神界とでも呼ぶべき空間です」


「あ、はい。デウス、エクス、マキナさんですね。分かりました」


「DEMさん、でいいのですが……」


 無表情のままジト目で睨むという高難易度な芸当をしてくる自称神様。

 いや、なんかよく見たらこいつちょっと地面から浮いてるし、本気で人間ではないのかもしれない。


「では、デウス、エクス、マキナさん。俺は何故ここに連れてこられたのでしょうか」


 わざと強調して名前を呼ぶ。

 俺は初対面でこんな怪しい相手を愛称で呼ぶような陽キャではない。このまま話を続けさせてもらう。


「DEMさんと呼ぶ気はないのですか? 私は安藤さんと呼んでいるのに」


 この女、思ったより面倒くさい!


「いや、別にそういうつもりは……で、DEM、さん」


「はい、ありがとうございます。安藤さん。仲良くなれて嬉しいです」


「アハハ……」


 仲良くはなってねーよ! と声を大にして言いたいが、彼女の機嫌を損ねるのは避けたいので我慢する。

 彼女は美人だし、言葉だけ聞けば非常に可愛らしいのだが、せめて無表情を崩してから言ってほしかった。

 言葉の抑揚は完璧なのに顔はピクリともしていない、というか瞬きすらしていない。

 あとなんか少しずつ近づいてきてるし、普通に怖いんだが!

 

「安藤さんが連れてこられた理由についてですが、先ほどお伝えした通り、人間を卒業されたからですね」


「人間を卒業、ですか。自分では普通に人間のつもりなんですけど……」


 そもそも人間を卒業とはどういう意味だろう。

 自分はいたって普通の生活をしている普通の人間のはずだが。


「ふふふ、安藤さん。普通の人間は1000連勤なんてしませんし、平均勤務時間が12時間を超えたりしません」


「っ何故それを! タイムカードの偽装は完璧な筈だ!」


 彼女が指摘した通り、俺は今務めている会社で()()()にサービス残業や休日出勤をしていた。

 というか今日もまさにその残業の帰りに拉致されたわけだが。


(――この女、まさか労基の人間か!?)


「だが残念だったな! あくまでも自主的に残っているだけで、労基にそれを辞めさせる権限はない! ……ないよね?」


 正直、その辺あんまり詳しくないしダメって言われたら会社休まされるかもしれない。

 今進めているプロジェクトが山場なのでせめてそれが終わるまでは待ってほしい。


「落ち着いてください。私は労基の関係者ではありませんし、労基はあなたの敵ではありません」


 嘘だ、労基は俺になんやかんや理由を付けて仕事を休ませようとしたり会社に文句をつける悪の組織である。

 きっとこの女も労基のエージェントに違いない。

 きっとなんやかんや理由を付けて有給を消化させたり、会社に行政指導とかするつもりなのだ。


「くっ、殺せ! 会社に迷惑はかけられない!」


「労基を一体何だと思ってるんですか……えっと続けますよ? それで、あなたは神が定める機人系の《称号》を規定数獲得してしまいましたので、私の元に転送されたという訳です」


 飽きれた声を出しながら(あくまで無表情のまま)、労基の人間ではないという彼女の言葉に俺は小首を傾げた。


「キジン?《称号》?」


「キジンは種族です。《称号》は特定の条件を達成した人間に与えられる記念トロフィーみたいなものだと思ってください」


「あー、最近のゲームとかでよくある実績解除のアレか」


 こう見えて、俺は仕事以外での自由な時間に少しずつ進めるゲームや漫画が唯一の趣味なので、こういうサブカルな話題には詳しいのだ。


「話が早くて助かります。それで、その《称号》を達成するとそれぞれちょっとした報酬が貰えるのですが、あなたが獲得した《サイボーグ》、《社会の歯車》、《鋼の意思》の三つは、すべて取得するとキジンに進化できるという特別な称号なのです」


 《サイボーグ》? 《社会の歯車》? 《鋼の意思》?

 何一つ分からんが、何よりキジンと進化というのが一番分からない。


「キジン、というのはなんだ? 鬼の人とか、鬼の神なのか?」


 まさか奇人変人のキジンじゃないだろうな? そうだったらさすがに進化は拒否するぞ。

 キャンセルボタン長押しの構えだ。


「いえ、機械の人で機人です。いわゆるアンドロイドですね」


「機械の……それもどうなんだ? あんまり人間から離れるのはなんか嫌なんだが」


 俺は三大欲求はそんなに強い方ではないが、さすがに睡眠も不要、食事はオイルや電池、のような状況は勘弁してほしい。

 いやオイルや電池で活動するアンドロイドなんて知らんけど。


「いえ、機械といっても感覚的にはほぼ人間で、追加で機械っぽい事が大体できるようになる、というのが近いでしょうか。人間と同じように食事や睡眠もできますし、生殖行為も可能ですよ」


「せっ……ま、まぁ、君みたいな感じになるってことでいいのかな」


「君じゃなくてDEMさんです。正確には私は神なので上位存在ではありますが、似たようなものだと思ってください。あとは疲れなくなったり……そうですね、大体の家電の代わりが出来るようになりますよ」


「ふむ」


 彼女の説明を受け、腕を組んで真剣に考える。


 正直、完全にこの話を信じたわけではないが、もし真実だとしたら悪くない話に思える。

 しかし、現代社会に生きる俺に、本当にそんな進化が必要だろうか。

 家電は一通り家に揃っているし、仕事で疲れた記憶はあまりないのだ。


(――でもまぁ、貰える物は貰った方がいいよな。何か仕事の役に立つかもしれないし)


「……じゃあ進化、お願いします」


 一通り悩んだ後、俺はあっさりと結論を出した。


「はい。分かりました。では次に目が覚めたら、あなたは機人へと進化し、新たな一歩を踏み出す事になります」


 彼女が俺の手を取ると同時、俺の足元に、機械の回路のような複雑な光の模様が走る。


「なんだコレカッコいい……うおっ! なんだ!?」


 バチバチと放電を始めたその模様の上で、彼女の頭上の輪と翼が神々しく光を放ち始める。


「進化後の転生先は剣と魔法の世界、《フォルタジア》! 人の身でありながら機械の体を得たあなたが、その世界で何を為すのか、それを私に見せてください!」


 輝きをどんどん強めていく彼女がそう叫び――、は?


「ちょっと待てええええええ! 異世界転生は聞いてないんですけどおおおおお!??」


 プロジェクトが! 俺の出世が! というか明日の勤怠が!

 俺の必死の叫びもむなしく、視界は真っ白に染め上げられて、やがて意識が落ちた。


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