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夜勤明けの朝。フロアには朝食のために利用者さんが揃い始めていた。


事務机のパソコンを閉じ、帰ろうと立ち上がると、チヨさんの部屋から悲痛な叫びが聞こえて来た。


「もうやめてよっ、嫌だって言ってるじゃない」


今、彼女の部屋には日勤の男性職員が入っている。


「すみません、失礼します」と、小太りの男性職員が汗で濡れた額を拭きながら、見るからに疲れ切った表情で部屋から出てきた。


「どうしました?」


「朝ごはん食べに行きましょうって誘ったんですけど、ものすごく嫌がるんですよ。昨日もろくに食べてないって聞いてるんで、お腹は空いてると思うんですけど……」


帰り支度をしていた夜勤明けのベテラン女性職員が、わかりやすくため息を吐いた。


「あの人、滝本君しか駄目だもんねぇ。最近それが顕著になってきて困るわぁ」


まるで僕が悪いとでも言いたげな視線を向けられる。


「ちょっと見てきます」


肩にかけていた荷物をロッカーに戻し、チヨさんの部屋に向かった。


「チヨさん、滝本です」


「何度も何度も!嫌だって言ってるでしょう!」


ベッドで布団を頭までかぶったチヨさんが怒鳴る。

ドアの前で名乗った僕の声も耳に入っていないようだ。


「僕ですよ、滝本です。ほら、ミモザの刺繍」


ポケットから自宅の鍵を出し、刺繍のキーホルダーを布団をかぶるチヨさんの前に掲げて見せる。


「え?あぁ!滝本さん、どうしたの」


「チヨさん、もしかして何か作ってる最中ですか?」


テーブルの上に置いてある、折り紙の束。


かなりの枚数が積み上がっていて、これから何かを折ろうとしていたのか、三角に折った紙が無造作に机に置いてある。


「それはねぇ、鶴だよ。でも作り方を忘れちゃったみたいでねぇ」


よろよろと立ち上がろうとしたチヨさんの身体を支え、車いすに座らせる。


チヨさんはテーブルの前に移動すると、紙の端を折っては「違うのよねぇ」「これも違う」「こうだったかしら」とあちこちに折り目を付ける。


おどけたように「子供でもできるものなのにね」と首をすくめるが、一つ一つの仕草は苛立ちを隠しきれないらしい。


「刺繍は若い時からやってるから覚えてるんだけど、最近始めたような折り紙は駄目ね。あーあ。やんなっちゃった」


折り紙を机に放りだし、自嘲気味に笑う。


「一緒にやりましょうよ。僕も折り紙なんて久しぶりで上手くできるかわかりませんけど、二人でやればきっと思い出しますよ」


「あら、そう?じゃあお願いしようかしら」


それから二人で少し時間は掛かったものの鶴を折った。


途中の過程を教えると、チヨさんは「あぁ、そうそう。そうだったわねぇ」と、少し震えるか細い手で丁寧に折り紙を折った。


完成した鶴に満足したチヨさんが思い出したように


「もうこんな時間じゃない。そろそろ朝ごはんできてるかしら」


何事もなかったかのように、自分から進んで朝食を食べに部屋を出た。


「あれ、滝本さん帰らないんですか?」


チヨさんが朝食をとっている間、フロアの隅にある事務机で色鉛筆を手にしているの僕を見た男性職員が、手元の紙を覗き込んだ。


「鶴の折り方を描いておこうかと思って。プリントアウトしたものでも良いんですけど、チヨさんはこういう手作りの物が好きだから意識して見てくれるんじゃないかと思ったんです。よし、これでいいかな」


出来上がった鶴の折り方の紙に、小さく『たきもとより』と書く。


これを見て作ってくれたらと、チヨさんの部屋のテーブルにそっと置いてから職場を出た。



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