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冗長な僕と淡白な君  作者: アストロコーラ
高校二年一学期

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閑話 石井 翔という男について

 石井 翔という男について語るとき、彼彼を最も端的に表すなら、『順風満帆』という言葉が当てはまるだろう。

 愛情深い両親のもとに生まれ、何一つ不自由なく成長してきた。

 恵まれた容姿に加えて、生来の明るさもあいまって彼を悪し様に言う人間は誰もいなかった。

 文武両道、眉目秀麗、温厚篤実、彼を表現するのにふさわしい言葉は、枚挙にいとまがない。

 ただ、そんな石井にも欠点と呼べるべき点が一つだけあった。

 心が少年すぎるのである。悪く言えば高校生にしては情緒が幼過ぎるのだ。

 人間が成長していくにつれて、ぶち当たるような対人関係の悩みを、持ち前の人徳だけで乗り切ってしまったものだから、人の感情の機微というものに若干のズレというものがあった。

 故に、人の悪意や好意といったものに鈍感であったし、自身の初恋というものも未だに無かった。

 それは高校生になっても変わらないままであった。

 家から近いという理由だけで選んだ高校に入学した時から、彼はそのルックスと性格で一躍クラスの人気者になった。

 お昼休みには大きな欅が作る木漏れ日の中でクラスメイトと昼食を食べあい、放課後にはファミレスや学校付近の飲食店で友人と語らうのが彼の日常となった。

 ほどなくして、彼に向けられる異性の目には、熱気を帯びた特別のものになるのだが、彼はそれを友情程度のものとしか感じていなかった。

 石井には、それらよりも、心惹かれるものがあったからだ。


(あの二人、カッコいいなぁ~)


 クラスメイトの大半と友人になった時、まだ彼に興味を示さない人物が二人いた。


「よろしく、えーと、石井君で合ってたかな? あんまり運動は得意じゃないから、僕の分も頑張ってもらえると嬉しいね」

(メカクレって本当にいるんだ、孤高な雰囲気が様になっていて、カッコいいなぁ)


 村瀬 詠耳と呼ばれる少年は、どこかしら陰を感じさせる雰囲気を持ち、その痩身と話しかければ飄々と流されるような話し方が石井の感性に刺さるものがあった。

 できれば仲良くなりたいと思ったが、村瀬自身が一人を好んでいるようなので、体育などのグループで行われる課題以外は自分から声をかけることはしなかった。

 授業中ほとんどの時間寝ていることも、お昼休みにフラっと消えてはいつの間にか戻ってくる様子も、漫画のキャラのようで、石井の心をワクワクさせるものだった。

 意外にも手先が器用で、調理実習で同じ班になった時には彼が作ってくれた卵焼きが甘くて絶品だったのを覚えている。

 カフェでアルバイトをしているらしく、そこで身に着けたらしい。

 エプロン姿がとても似合っていたのを覚えている。

 普段とは違う、ギャップというカッコよさをそこで初めて体験した。


「なに? 用件が無ければ、放っておいてほしいのだけれど」

(わぁ、すごいキレイな顔だなぁ。性格もサッパリしてて、クールビューティってやつだ)


 白石 透という人物は、村瀬君よりも棘のある性格で、明確に他人を拒絶していた。

 見るものを冷たくする切れ長の目、肩まで伸ばしたつやのある黒髪、完璧とまで言っていい整った顔にすらりとした華奢な体格。

 クラスメイトの中、いや、出会ってきた女子の中でもトップと言ってもいいほどに彼女は美しかった。

 ただ、彼女には人を拒絶する意外にも一つ変わった点があった。

 真夏の容赦ない日差しが照り付ける中でも、制服の下には絶対にインナーを着込み、極限まで肌の露出を減らしていた。

 それを石井は、肌が弱いから大変なんだろう程度の感覚でしか無かったが、どうもクラスメイトの女子から言わせると違うらしい。

 お高くとまっているから肌を見せたくないだの、私は他の人間とは違いますよアピールだの、商売道具を簡単に見せたくないだの、散々な言われようだった。(商売道具というのが何を指しているのか石井には分からなかった)

 悪口は良くないと思ったので、その場では注意したが、彼女に対する陰口は石井のいないところではずっと続けられていたらしい。

 また、村瀬君も人とコミュニケーションをとるタイプではなかったが、白石さんはもっと酷かった。

 グループ課題で国語の小説を読んで学び取れることを発表する機会があったのだが、彼女は我関せずを貫き通し、最後まで自分から話すことは無かった。

 それがやはり、クラスメイトから反感を買う一因となったのだが、石井には違うものが見えていた。


(確固たる自分があるって、すげ~!)


 石井の心は、相も変わらず少年のままであった。

 要は、何かしら陰のある人物に、カッコよさというものを見出してしまうのであった。

 それは、ある種の中二病のようなものだった。

 王道よりも少し外れた、ダーク―ヒーローに憧れるような精神性を彼は持ち続けていた。

 自分が明るく、人に囲まれた生涯を送ってきたからか、その反対の生き方の二人に憧れを抱いているのかもしれない。

 クラスから浮いた二人は、石井にとっては興味の対象であり続けた。


(教室に弁当箱忘れちゃった)


 それは始業式の日。放課後になってだいぶ時間が経った学校で、一人教室に忘れ物を取りに戻っていた。

 二年生になった初日から忘れ物をするとは、まだ春休み気分が抜けていないようだ。

 自身を戒めながら教室にたどり着くと、誰もいないはずの教室から声がする。

 そーっと教室の扉から覗いてみると、会話の内容は分からないものの白石さんと村瀬君が楽しそうに話している。

 いや、楽しそうなのは村瀬君だけかもしれない。白石さんは少し眉をひそめて、困惑の表情を浮かべている。


(へぇ、白石さんってあんな表情するんだ)


 それは、今までの氷のような鉄仮面とは違った、血の通った人間がする表情であった。

 その表情を、まったく関係ない自分が盗み見てしまったことに恥ずかしさを覚え、当初の目的を忘れて帰宅してしまった。


(あの二人、仲良かったんだ)


 少なくとも、一年生の時は二人で話しているところを見たことは無かった。

 春休み中に何かあったか、はたまた隠していたのか。

 それは分からなかったが、石井の胸には一つの思いが芽生えていた。


(あれ、もしかして、二人と仲良くなるチャンスか?)


 二人とも去年とは違い、他人とコミュニケーションを取るつもりなら、自分とも仲良くなれるかもしれない。

 それは、二人をこっそりと目で追い続けてきた石井にとって、まさに千載一遇のチャンスだった。

 石井は持ち前の行動力をもって二人にアクションをかけた。

 その結果は、暗澹たるものだったが。

 一年生の頃と変わらず、村瀬君は飄々と距離を置くだけだったし、白石さんにはとんでもない誤解を与えてしまった。

 自分から友達を作りに行くという行為に、若干の緊張を覚え大事なところで言葉が抜けてしまった。


「僕と付き合ってください」


 友人として付き合ってほしかったのに、一番大事なところが抜け落ちてしまい、結果告白のような形になってしまった。

 石井と親密な関係を築いているのに、急に第三者から言われても困惑するだけだろう。


「お断りします」

「そうだよね、急にごめんね。村瀬君にも悪かったな」

「なんで彼の名前が出てくるの?」

「え、仲良いでしょ?」


 怪訝そうな顔をする彼女の反応に、言ってはいけないことだったかもと自分の口の軽さを反省する。

 あまり人気のない場所でしか二人は会っていないのだ、それをわざわざ言う必要は無かった。

 いつの間にか集まっていたギャラリーもざわざわと騒いでいる。

 そのあとの顛末を考えると、自身の行いを恥じ入るばかりだ。

 白石さんには謂れのない誹謗中傷が飛び交ってしまうようになってしまったし、村瀬君との逢瀬も他意があったわけではないが二回も邪魔をしてしまった。

 教室で二人の顔が近づくシーンは、見てはいけないと分かっていてものぞき見してしまった。

 学校で大胆なことするなぁと、顔を真っ赤にしてしまった。

 白石さんがクラスメイト二人に絡まれてしまったのもどうやら自分の行いのせいらしい。

 村瀬君から連絡が来たときは、初めての連絡に舞い踊ったがどうやら緊急の事態だったようで短い一文しか書いていなかった。

 慌てて教室に向かうと、クラスメイトの女子が声を荒げている様子だった。

 どうやら、自分が注意したことが気に入らず、その矛先が白石さんに向いてしまったようだ。

 この短期間で、二人には迷惑かけてばかりだな。

 そう思うと、自身に対する怒りや、不甲斐ない悲しみが湧き上がってきた。

 二度とこうはなるまいと、自身にも言い聞かせるように女子二人に言い聞かせながら心に誓った。

 教室の窓から、村瀬君と白石さんが二人で並んで歩いて帰るのが見える。


(あ、笑ってる……)


 見たことがない、白石さんの笑顔が村瀬君に向けられている。

 やはり、二人は仲が良いようだ。


(はぁ、俺も二人と仲良くなりたいなぁ)


 どこか陰のある、しかし少し明るくなった二人を見ながら、一人教室でぼんやりと考えていた。


(俺も陰のある感じを出してみるか……どうすればいいんだろう、口数を減らすとか?)

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