フラズルドキッチン
「自由ってさ、正直に言って手に余るよね。大人は自分の好きなように生きればいいって言うけれど、ある程度のレールを敷いてもらったほうが、生きやすいと思うんだ。。」
「言われたって、その通りには生きないくせに」
「その通りに生きることが大事なわけじゃないんだよ。そういった生き方もあるって見本を示してほしいんだよね。その見本に沿って生きるか、独特な生き方を選ぶかどうかは別の話さ」
「結局、何の話がしたいの?」
「夏休みってさ、暇すぎない?」
机に突っ伏しながら窓を見る。
さんさんと陽光が降り注ぎ、アスファルトが照り返しで熱を帯びている。
街を歩く人も、なるべく日陰から日陰に行くように、早足で歩いている。
僕も冷房の効いたカフェの中にいなければ、今ごろ汗だくになっていただろう。
18時を過ぎようとしているのに、一向に日差しが弱まる気配はない。
店長に淹れてもらったアイスコーヒーをストローで啜る。
カランと氷がコップにぶつかる音がする、風流だね。
ちらと顔を上げると、白石さんは暑さを気にするわけでもなく、いつものように甘味を頬張っていた。
今日はベイクドチーズケーキを作ってみた。
あんまり凝った物は作れないけれど、お菓子って雑に言ってしまえば混ぜて温めるだけだから、簡単なものは難しい作業は一切ない。
……なんか、ここ最近で上達したものってお菓子作りだけな気がしてきた。
まぁ、何も上達していないよりはマシか。
一年生の時の記憶とかほとんどないしな。何してたっけ、当時の僕。
「勉強でもしたら? 折角習慣にしてあげたんだから」
「流石に一人で毎日六時間とはきついよ、あれは僕には無理だ」
苦い顔をしてテスト期間中を振り返る。
目の前のスパルタ先生のおかげで学年順位は上の下と、以前では考えられないほど向上したが、毎日勉強漬けの生活はもうしたくない。
ちゃんと勉強してる人や、進学ガチ勢はきつくないんだろうなぁ、ちょっと尊敬する。
僕も少しは自分を省みたので最低でも一日一回は机に向かうようにしている。
え、ちゃんと勉強はしないのかって? 反省した程度で生活習慣はそう簡単に変えられないよね。
「課題ぐらいはちゃんとやりなさいよ?」
「あぁ、提出物に関しては大丈夫だよ。先生に目をつけられない程度にはちゃんと出してるから」
「それをちゃんととは言わないのだけど」
読書感想文だとか、指定されたプリントだとかは真面目に出すつもりではある。
次の授業範囲の予習だとか、科目ごとのちょっとした提出物はサボるつもりだ。
別に学校推薦で大学に行こうとか考えているわけではないので、内申が悪くなってもいいのだ。
そうなると、余った時間が大量にあるのだ。
友人もいない、部活もないとなると、夏休みは途端に虚無の時間になる。
ゲームだとか創作活動だとかインターネット内のコミュニティもないので、本当に暇である。
とりあえずカフェのアルバイトの時間を増やして、暇を潰してるのが現状である。
店長からは『もっと遊べ』と叱られたが、遊ぶ内容が無いのだ。
……しょっぱい人生だ。悲しくなってくるね。
「趣味とかないの?」
「ないんだよなぁ、何か一つに熱中できるだけの才能がないんだよな。全部途中で飽きちゃうし、そもそも食指が動かないし、本当に暇なんだよね」
「虚無な人生ね」
「そこはさぁ、悩み相談に寄り添ってくれるもんじゃないの? そんなバッサリ斬られたら泣いちゃうよ?」
相も変わらず彼女はドライである。
いや、話を聞いてくれているだけ前よりは愛想が良くなったのかな?
最初の頃とか返事すらしてくれないことがザラだったからなぁ。
少し寒くなったかなと外を見ると、先ほどまでの空模様とは打って変わって曇り空になっていた。
夕立かな、今日の夜は蒸し暑そうだ。
寝苦しい夜は、夢見が悪いから嫌いだ。やっぱり夏っていらなくないか?
「昔からそうなの?」
「ん?」
窓から目を戻すと、こちらを見つめる彼女と目が合った。
あぁ、バイト終わりにヘアピン外すの忘れてた。
目を見つめられるの、苦手なんだよな。
「生まれた時から、そうやって全てに対して身構えて生きてきたの?」
「......もうちょっと僕にも分かるように、かみ砕いて言ってくれないか?」
貫くような鋭い視線が、僕を射抜くように捉え続ける。
綺麗な瞳だと思う反面、煩わしい気持ちが湧いてくる。
ヘアピンを外し、いつものように目を隠す。
まぁ、彼女の言いたいことは何となく分かるけどね。
首を括ったあの日から、いやその前から、僕は僕という生き方を変えられないのだ。
「自覚が無いなら、この話は終わりね」
「いやまぁ、無いことは無いけどさぁ、性分ってやつはそう簡単に変えられないよ」
「私のアドバイスを忘れたの?」
「なんかあったっけ?」
「もっと簡単に生きたら?」
「あぁ、忘れてる訳じゃないけど、僕には難しいアドバイスだよ。だって、別に難しく生きてるつもりはないし」
いつものように彼女はため息を吐く。
呆れているかな? 失望したかな?
下がるほどの評価は、僕にはないか。
「見本があったら、あなたはその生き方を真似するの?」
最初の話かな、人生の見本があるなら多分、真似して生きるかな。
だって簡単だし。
「喜んでそのレールに沿って生きるね」
「あなたは、それで楽しいの?」
「楽しいって、そんなに大事かい?」
それは偽らない僕の本音だ。
そういった感情がよく分からないから、彼女に声をかけたのだ。
同じ苦しみを背負った彼女なら、共感できるかもしれないと思って始業式に話しかけたのだ。
「......やっぱり、村瀬君は壊れているわ」
「お互い様、とは言えそうにないね今回は」
それは出会った日に言われた言葉。
あの時は白石さんも壊れている同士だと思ったけれど、思ったより彼女は正常らしい。
愛想が死ぬほど悪いだけだ。それもそれでどうかと思うが。
「あなたの口から本当に好きなものを聞いたことが無いわ」
「あれ、そうだっけ。自己紹介の時に会話が好きって言わなかったっけ?」
「会話が好きな人間がぼっちなわけないでしょ」
「それは偏見混じってない?」
まぁ、言われてみれば好きって単語を言った記憶はないかも。
好きってなんだろうな。
「おこちゃまね」
「高校生ですから」
「そうやって茶化すところがおこちゃまなのよ」
白石さんは伝票を持って立ち上がる。
窓の方に目を向けると、夕立は通りすぎて空が真っ赤に焼けていた。
一つ思い立ったことを、僕に背を向ける彼女に声をかける。
「あぁ、最近になって好きな事できたよ」
「それを大事にしなさい」
「君のためにお菓子を作るのは、楽しくて好きだよ」
「......そう」
素っ気ない返事をして、そのまま振り向くことなく店の外に出て行ってしまった。
子供っぽいねぇ、初めて言われたなぁ。
大人になれば、人生って楽しくなるのかね?
難しいね、僕にはよく分からないことばかりだ。
ふと目の前を見ると店長がいつの間にか立っていた。
いつから居たんだろう。
「詠耳、お前も青春してんなぁ......」
「は?」
しみじみとした様子で店長が呟く。
僕らの会話のどこに、青春要素があったんだろう。
「『君のためにお菓子を作るのは、楽しくて好きだよ』かぁ、お前こんなん告白と変わらんぞ」
「......そういうもんですかね?」
「詠耳、俺のためにお菓子作ってくれって言ったら作るか?」
「まぁ、頼まれたら作りますよ。お世話になってますし、何より店の設備使わせてもらってますから」
「だよなぁ、お前は真面目だから言われたらちゃんと作ってくれるよなぁ」
うんうんと頷く店長が、何を言いたいのか分からず首をかしげる。
「それが、何で告白につながるんですか?」
「あのお嬢ちゃんに作っていくとき、お前毎回は頼まれてないだろ?」
「あぁ、確かに、勉強を見てくれたお礼以外は頼まれてないですね」
「堅物のお前が、自発的に、他人のために動くってことはもうラブの感情しかないだろ?」
それはちょっと、脳みそがピンクすぎないか?
最近の高校生でも、もう少しまともな思考回路をしている気がする。
「流石に短絡的すぎませんか」
「はぁ、詠耳よ、お前はまだおこちゃまだな」
「おこちゃまですかね?」
「おこちゃまだ、小学生ぐらいの情緒だな」
おこちゃまかぁ、一日に二回も言われたらそうなんだろうな。
好き、楽しい、大人、何が大事なんだろうな。
氷が溶け、水っぽくなったコーヒーをすする。
……もっと自分に目を向けるか。
「店長は、いつから自分が大人になったと思いましたか?」
「ん? 俺はいつだって青少年の心で生きているが」
一番身近な大人は、頼りにはならないようだ。
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