意外な一面
「今回はどなただったのですか?」
商業ギルドへ向かう途中、メルは唐突にそう聞いてきた。
「エンジュちゃんだよ」
「そうですか」
それで会話は打ち切られた。傍から聞けば何の話か分からないが、僕らの中では完結している。
「ごめんください」
メルが商業ギルドの扉を開けながら、そう声をかける。
「おい、あれ」
「ああ、『双銀』の連中じゃねえか。団長までいるぞ。殴り込みにでも来たか?」
こちらを見ながら小声で話す声を敏感な聴覚が捉える。
「くくくっ、何も知らない連中からすればただ事ではないと思うだろうな」
隣のノルンはこの状況を楽しんでいる。本当に容姿と言動が一致していない。
「と、当ギルドに何か御用でしょうか?」
明らかに委縮した受付の者と思われる男性がこちらに向かってきた。
「急な来訪申し訳ありません。ギルド長のギデオンさんに話があるのですが、取り次いでもらえませんか?」
「か、かしこまりましたっ」
その場を一刻も早く立ち去りたかったようで男性は駆け足で建物の奥へと消えていった。
「メル、そんなに威圧してどうするんだい?彼も委縮してしまっていたではないか」
「ここは金の亡者の巣窟みたいなものですよ。ノルンが気を抜きすぎなんです」
再び受付の男性が僕らを呼びに来るまで、二人はじゃれあっていた。
「それで、私に用があるとのことでしたが『双銀』の団長様までお越しになられてどうなさいました?」
受付の男性に案内されて通された部屋には、眼鏡をかけた蟷螂のような細身の男性がいた。いかにも座り心地の良さそうな椅子に深く腰掛け、こちらの一挙手一投足の動作一つ見逃さない意思を見せる目を向け観察している。普段通りの商業ギルド長『ギデオン・ラルクス』その人であった。
「ええ、そちらの幹部の方に不正を行っていた可能性があることを告発しに参りました」
メルはギデオンに臆することなくそう切り出した。
「告発ですか...それは確かなことで?こちらも具体的な証拠もなく首を飛ばすわけにはいかないのですよ」
「それはそうでしょうね。では、こちらが証拠になります」
メルは親父さんから預かった例の契約書をギデオンに差し出し、事のあらましを説明した。
「では、『ダグラス商会』が脅しをかけ、うちに『黄金亭』のご主人の訴えを揉み消したものがいると...事実なら信用にかかわる一大事ですね」
ギデオンは顎に手をあて考える素振りを見せた。そして、こちらを思惑を見透かすように鋭い視線を向けた。
「話は分かりました。調査はしましょう。それで、真の狙いは何ですか?これを機に商業ギルドを潰しにきましたか?」
ギデオンは僕達に何か裏があるのではないかと疑っているようだ。逞しい商人魂である。
仕方ないので誤解を解くことにした。
「そんなことはないですよ。商業ギルドは王都に必要な施設です。正しい運営がされていればの話ですが――」
ギデオンはビクッと反応した。
「――僕達がここにいるのは筆頭ギルドのそういった役割と貴方にこの前の貸しを返してもらいに来たんですよ」
極力笑顔で話したつもりなのだが、ギデオンは冷や汗を流し始めた。
「具体的に私に何をしろと?」
「そんなに難しいことじゃないです。調査の結果、黒だった場合は彼らを『黄金亭』に二度と近づけないようにして欲しいだけです。簡単でしょう?」
ギデオンはしばらく考え込み、口を開いた。
「分かりました。その依頼承りました。その代わり、この前の一件はチャラにしてくださいね」
それでギデオンとの面会は終了した。
「団長が一番威圧してましたね。私の考え方が正しいということですよ、ノルン」
「いや、あれは自覚なしだと思うのだが...そういえば貸しとは何だったのだ、団長?」
帰り道、ノルンがそう聞いてきた。
「大したことじゃないさ。彼の飼い猫探しを手伝っただけだよ。後から知ったけど、彼は極度の愛猫家らしい。見つけた時はこちらが引くくらいに感謝された」
「ふふっ」
「くくっ、あの見た目で猫を愛でている姿は滑稽だな」
商業ギルド長ギデオン・ラルクスの意外な一面であった。