ケプラ草
学園へと辿り着いた私は、一直線に図書館に向かった。
図書館内は疎らに生徒の姿は見えるものの閑散としていて、自分の荒れた呼吸音が嫌でも耳に入ってくる。
早速『ケプラ草』について調べる。
『ケプラ草』
万病に効果があると伝承されていたが、最近の研究により特定の病には効果がないことが判明した。しかし、効能は多岐に渡り、あながち伝承も間違いではない。製薬の調合には技術を要し取り扱いには注意。また、植生地は凶暴な魔物の生息する魔素の濃い森であるため、流通量は極端に少ない。・・・
魔素の濃い森と言ったらこの辺りだと『メロウの森』だ。
王都の子供達はみんな『メロウの森』について知っている。親が言うことを聞かない子供に対し「良い子にしないとメロウの森から怖い魔物が攫いに来るよ」と脅すからだ。子供に対して随分と物騒だが小さな子供に対してはとても有効だ。ある程度大きくなると学園で魔物の脅威について学ぶため、子供から老人まで共通認識で『メロウの森』は近づいてはならない場所となっている。
メルさんは団長さんが薬草を『採り』に行っていると言っていたような気がするが、きっと『取り』に行くと聞き間違えたのだろう。
ともかく私も出来ることをしないと。いけない事と知っていながら、私は読んでいた本のケプラ草の項目だけを切り取り、図書館を飛び出した。
肩を落として街道を歩く。
ケプラ草を採りに行ってくれるように騎士団の詰め所に頼みに行ったが、ダメだった。母が倒れてから四半日以上経っている。馬車などを使って『メロウの森』まで往復ギリギリ五日という時間だろう。もう自分で行くしか...
そんな考えをしていると、後ろから肩を叩かれた。
「君がメルの言っていたエンジュちゃんだね?」
振り向くと誰もいなかった。いや、正確には下にいた。フリフリのドレスを着るというより包まれていると表現するのが正しい、絵本の中から飛び出してきたような黒髪ツインテールの可愛らしい小さな女の子。背の低い私より頭一つ以上小さいため、視界に入らなかった。
「むっ、失礼なことを考えているね。これでも君より全然年上の立派なレディなのだよ」
頬を膨らませて憤る姿に、小動物の威嚇の面影を重ねてしまう。
しかし、今はほっこりしている場合ではない。
「あの、すみませんが...」
「事情はメルから全て聞いている。そして君が『メロウの森』に向かおうとしていることも理解している。しかし、それは徒労に終わるだろう」
「このままだとお母さんが...」
「君のような子供が『メロウの森』に向かったところで何が出来る?――」
あなたの方がよっぽど子供だろうと反論しようとしたが踏みとどまる。この人が言っていることは間違いではないからだ。それは自分がよく分かっている。
「――自分の無力さに打ちひしがれる経験は誰でもすることだから恥じることはない。だが、無茶はいけない。君が危険に晒されることをお母さんは喜ぶと思うかい?」
「思わない、と思う」
母は実の娘ではない私を本当に大切に育ててくれている。本当に大切に...
「それが分かっているならいいんだ」
にっこりと笑うその幼い顔を見て、押し込めていた感情が溢れ出す。拭っても拭っても涙が止まらない。
「でも、おがあ、ざんが」
「ああ、それは心配いらない。団長は君に約束をしたんだろう?」
「だんぢょうざんは、だいじょうぶだ、っていっでだ」
「それなら安心だ。彼は誰よりも信頼できる人物だからね――」
まただ。メルさんが見せたような宝物を自慢するような顔。この人達にとって団長さんはどのような人なのだろう。とても気になる。
「――それとさっき君に徒労になると言ったのは、そのことが関係しているから必要以上に落ち込む必要はないよ」
彼女のことを信じ、私は彼女に慰められながら『金色亭』へとゆっくりと歩いた。
エンジュちゃんは難聴系看板娘です。