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無茶苦茶である。
ティアロットがナイトホーク二に命じた戦法は、なんと先の展開を考えていなかった。
敵陣を縦横無尽に暴れ回るロボット。
文字通り回る、である。
独楽のように回転しながら、次々と首なし騎士を跳ね飛ばし、挽き潰し。
逃げても追いかけてくるのだから、暴走車より性質が悪い。
「いまは自動平衡装置が働いてるけど、いずれ過負荷で壊れちゃう。そしたら転倒しておしまいさ。もう起こせない」
なにしろ重たいからね、と、ティアロットが笑う。
「笑うところじゃねえだろ。自爆攻撃じゃねえか」
北斗の声は苦い。
たった二機しかないロボットを、こんなところで使い潰してしまうとは。
「まともに正面から戦って、じわじわと削られて倒される方が、総督さんの好みかい?」
「そうは言わねえけど……」
「勘違いしないでね。あたしだって大事なナイトホークを壊したいわけじゃないんだよ」
しかし、このまま首なし騎士団と戦い続ければ、いずれ破壊されてしまう。
単体の性能ではロボットが上回るが、数が違うからだ。
それを悟ったとき、ティアロットは作戦をシフトした。
完勝が望めない状況。
であれば、どれだけ敵を減らせるか。
「冷たいようだけどさ。戦術ってのは本質的にこうやって考えるんだよ。敵を一人殺すために、味方が何人死ねばいいのかってね」
そのあたりの割り切りが、紅の魔女の凄味だ。
軍師としての。
どれほど強くても、どれほど大事にしていても、駒は駒として考える。
余計な感傷は持ち込まない。
ナイトホーク二には、なるべく多くの敵を道連れにしてもらう。
敵陣に乱れさせることができれば、さらに上々だ。
青の軍が突撃を仕掛ける契機を作るために。
「それにまあ、ナイトホークはあくまで機械だからね。命の無駄撃ちをするよりずっとマシさ」
「OK。俺が考えないといけないのは、このチャンスをどう活かすかってことだな」
「正解だよ。総督さん」
思い定める北斗に、ティアロットが笑みを見せた。
やや切なげなのは、やっぱり手間暇かけて作ったナイトホークが惜しいからである。
「こちら北斗。ロボットの攻撃は自爆攻撃だ。長続きはしないから、引き継ぎを頼む。どうぞ」
『ライザック了解。勇戦に敬意を。以上』
青の軍からの返答はごく短い。
自分たちの役割を完璧に理解しているから。
やがて、思うさま暴れていたナイトホーク二が、地響きを立てて倒れる。
衝撃で腕が千切れ飛び、幾人かの首なし騎士を巻き込みながら。
「全部で五十ってとこか。よく頑張ったね。ナイトホーク二」
小さく、魔女が呟いた。
首なし騎士の一割近くを道連れに倒れたロボット。
勇戦に呼応するかのように、青の軍が突撃を敢行する。
敵としては、恐るべき怪物が倒れたと喜ぶ暇もない。
完全に乱れきった黒い陣列。
青の奔流が切り裂いてゆく。
まるでチーズかバターでも切るように。
先頭を駈けるライザックの前に、ひとりのデュラハンが立ちはだかった。
ひときわ立派な鎧をまとった騎士だ。
「お見事な一撃。さぞ名のある騎士とお見受けする」
小脇に抱えた首が、朗々と言葉を紡ぐ。
馬を止めるライザック。
激戦の中に生まれた空白地帯。
周囲では、青と黒の殺し合いが続いている。
「ルーン王国青の軍隊長、ライザック・アンキラ」
「死霊騎士を率いるウィリアム・クライヴと申す。一手所望」
「望むところ!」
愛馬に拍車をくれ、突き進む真なるルーンの聖騎士。
同時に、ウィリアムもまた突撃した。
白馬と黒馬が衝突する。
どちらかといえば臆病な性質である馬だが、一歩も退かない。
ライザックの愛馬など、むしろ猛り狂って黒馬の首に噛み付くほどだ。
顔のない馬が哀しげな悲鳴をあげた。
どこから声を出しているのか判らないが。
もっとも、ライザックにしてもウィリアムにしても、そんなものを気にしている余裕はなかった。
最初の衝突で、互いに宙に投げ出されているからだ。
どうと落ちる。
甲冑をまとっての落馬である。普通なら大怪我をするところであろうが、さすがは真なるルーンの聖騎士の異称を奉られる男である。一転して跳ね起きる。
同時に鞘走らせた長剣が、突きかかってきた槍の穂を斬り飛ばす。
「お見事!」
必殺の一撃を易々と防がれた闇の騎士が、役立たずとなった槍を投げ捨て、腰間の剣を抜いた。
睨み合い。
それも一瞬。
今度はライザックが斬りかかる。
音高く絡み合う二本の剣。
死霊の騎士どもと激戦を繰り広げる青の軍。
それを横目にアトルワ軍が移動する。
援護のため、ではない。
彼らが首なし騎士団を引きつけている間に、一気に敵本営を突くのだ。
理由がある。
青の軍とアトルワ軍。どちらも精兵ではあるが、連携力は高くない。
共闘するのだって初めてだ。
風話通信があるとはいっても、高度な連携などできようはずもないのある。ならば、無理に同一場所で戦うより、それぞれに別の局面を担当した方がずっと効率的だ。
事実として、青の軍は死霊騎士を相手に互角以上の戦いをしている。
ここに乱入して、より有利になるかといえば、そういう話でもないのだ。
逆に、連携の悪さを突かれて形勢逆転、という事態になったら目も当てられない。
ここは、青の軍の勇戦を信じ、敵総大将を討ち取るのが上策というものだろう。
もちろん北斗は躊躇った。
数で勝るとはいえ、強力な敵部隊を友軍に押しつけてしまうことになるから。
両軍が協力して首なし騎士団を倒し、しかる後に総大将を伐つべきではないか、という戦術的思考が働くから。
だが、最終的に彼は決断した。
決め手となったのは、一騎打ちを始める直前にライザックから届いた風話である。
行け、と、一言。
ルーンの聖騎士の後継者が漢と見込んだ真なるルーンの聖騎士の言葉だ。
おろそかにはできない。
ライザックがここは任せろと言うのだから、任せて大丈夫。
「突進! 不死の王とやらを討ち取るぞ!」
ぼろぼろの愛機ナイトホーク三に飛び乗りながら叫ぶ。
装甲は二割方が剥がれ落ち、石に見えるよう偽装されていた関節部分も、金属部品が剥き出しになっている。
けれど、まだ動ける。
まだ戦える。
そう主張するように鈍く輝く黄色い両眼。
「いくぜ。ナイトホーク三」
ヴォォォンと駆動音を高め、走り出す。
後に続く騎兵と歩兵。
すでにアトルワ軍は八百を割り込んでいる。
損耗率二割超。普通の指揮官であれば、否、よほど無能な指揮官でも、撤退を視野に入れる数字だ。
「この期に及んで退却しても、なんにも良いことはないけどねー」
「ああ。ここまできたら勝ちきるしかねえ」
隣に立つナナに、凄絶な笑みを見せる北斗。
ここまできて不死の王を取り逃がす結果になったら、戦死したものたちは浮かばれない。
それどころか、不死の王の呪いに囚われ、彼ら自身がアンデッドの軍勢に加えられてしまう。
ルーンのためアトルワのために散っていった勇士たちに、そんな恥辱を味わわせるわけにはいかない。
絶対に。
「負けられねえ」
「たまにおかしなことを言うね。総督さんは。負けてもいい戦いなんか、どこの世界にあるんだよ」
ナイトホーク二を失ったため、ミシディアとともに馬に乗ったティアロットが言った。
赤い瞳から放たれる視線は、前方にわだかまる闇に注がれている。
敵の本陣だ。
「ナイトホーク二の弔い合戦だよ。不死の王。覚悟してよね」
紡がれる言葉。
「いや。あんな無茶苦茶な戦い方をさせたのは不死の王じゃなくて、ティアじゃ……」
「あぁん?」
余計なことを言おうとする手綱を持ったミシディアを、鞍の前輪から紅の魔女が睨みつけた。
ほぼ真下から。
怖い。
「あ、いえ。すんません」
仲の良いことである。




